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りんごの怪談記録メモ~怪談話の謎を解け!~  作者: たかしろひと
第1章
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墓石の周りの人魂1

 休日の昼下がり、特に二時半過ぎになるとランチ目当ての客は減り、一時だけだが時間の流れが緩やかになる。三時を過ぎればお茶をしに来る客が増えるのだ。


「ねぇ、えすぷれっそって美味しいの?」


 そんな癒しの時間なのに、僕の目の前のカウンターテーブルには今居梨郷が座っている。手には甘々なカフェオレが注がれたコーヒーカップが。まぁ、僕が淹れたんだけど。


「コクがあって美味しいですよ。砂糖を入れれば、梨郷さんでも飲めると思います」


「……」


 何故か無言で見つめてくる梨郷を無視して、注文されたパフェの材料であるバナナをカットする。

 香ばしい匂いが漂ってきた。見ると、マスターがサイフォンでコーヒーを淹れ始めている。


「ねぇ、営業モード気持ち悪い。普通に喋れないの?」


「普通と言われても困りますね。お客様には丁寧に対応しろと言われてますので」


「お客……あ、そっか。わたしがお金を出してコーヒーを飲んでるから、客になるのよね? だったらこのカフェオレ、尚のおごりね。ほらこれで客じゃなくなったでしょ」


 なんで僕が奢らなきゃならないんだ。無茶苦茶だなこいつ。

 でも了承しないと何しでかすか分からない、か。


「……わかったよ。で、何の用だ?」


「実はね、クラスの友達がお墓の近くで人魂を見たって言うの。怖いって言うから、尚のこと紹介しといたから」


「話の流れがおかしい。なんで人魂と僕を結びつけるんだよ」


「好きなんでしょ? お手伝い」


「言ってない」


「でももうここに呼んであるけど」


「はぁ?」


 と、タイミング良く店に誰かが入って来た。

 小学生のようだ。ショートヘアにカチューシャをつけている。パーカーにスカートというシンプルな格好だ。


 あの子が梨郷の友達だろうか。いや、疑う余地はないが。


「梨郷ちゃん」


 駆け寄ってきた彼女は僕の視線に気づいて、おどおどと会釈してきた。


 観察してる場合じゃない。


「いらっしゃいませ。お連れ様ですか? そちらへどうぞ」


「はい、ありがとうございます」


 彼女は梨郷の隣に座った。


「こっち、友達の田中露たなかつゆちゃん。で、これが茅部尚よ」


「初めまして、です。おにーさんが幽霊退治してくれる人ですか」


 いつの間に僕は霊媒師になったんだろう。


「いや、幽霊は退治できませんよ」


 僕は梨郷へ視線を向けた。


「おい、何嘘を教えてるんだよ。可哀想だろ」


「挨拶は良いから、話して?」


 梨郷は僕を無視して田中露ちゃんに笑いかける。


「二日前の夜、なんですけど、塾の帰りに駅西の墓地の近くを通ったんです。多分、八時頃だったと」


 二日前っていうと首吊りの件で山元さんちへ行った日か。八時というと、僕が梨郷を送っていった時間より遅いな。


「その時に、墓石の上でふわふわと浮かぶ緑色の混じった青白い人魂を見たんです」


「それで?」


 思わず僕がそう聞くと、露ちゃんはぽかんとしてしまった。


「え? あ、えと。それを見て怖くなっちゃって、そのまま逃げました。噂は知ってたんですけど、実際に見たのは初めてで」


「元々噂があったのか?」


「はい、出るって有名でした。……その日から夢に人魂が出てくるようになったんです。怖くて怖くて、眠れなくて」


 そこまで言って、露ちゃんは顔を青くした。


「……人魂の呪い、なんでしょうか? お医者さんには疲れが出てるって言われました」


 それは精神的な問題のような気がする。この子にとってはトラウマになるくらい怖かったのだろう。

 あと、疲れ? そんな時間まで塾で頑張ってるってことは親が厳しいのかな。


「昨日なんて、学校休んじゃったんだから。だから、わたし達で人魂を退治して」


「待った」


 僕は梨郷の言葉を遮った。


「二人とも、小学校四年生だったよな?」


 梨郷と露ちゃんはお互いに顔を見合わせ、頷いた。


「じゃあ、アルコールランプの使い方とか習った?」


「あ、やりました」


 露ちゃんが身を乗り出して答える。


「アルコールランプの炎の色を変える、炎色反応実験てのがあるんだけど」


 僕は一呼吸置いて、


「例えば、銅。銅メダルとかに使われるあれだ。元素。わかるよな」


 二人は同時に頷いた。


「銅をアルコールランプの炎に近づけると、化学反応が起こるんだ。炎の色が青緑っぽく変化する。この先、授業でやるとは思うけどな」


「それが、なんなの?」


 珍しく梨郷が困惑した様子で僕を見てくる。


 回りくどすぎたが、いきなり化学の話をしても分からないだろうからな。


「墓場に埋まってる人間の骨にはリンていう物質が含まれてるんだ。遺体から抜け出したリンが雨の日の夜に雨水と化学反応を起こして自然発火してる。それが人魂に見えるって話は有名だ」


 僕は露ちゃんを見やった。


「人魂を見た日、雨が降ってたんじゃないか?」


 すると露ちゃんは目を見開いた。


「あ、え、た、確かに降ってました。濡れないようにカバンを抱えて傘をさしてた覚えがあるので……え、じゃあ、わたしが見たのは」


「リンの化学反応、だな。だから、気にすることはないと思う」


 露ちゃんの表情が、徐々に明るくなるのが分かった。



 僕や梨郷に礼を言って、クッキーの菓子折を置いて帰って行った露ちゃん。


 素直で良い子だった。人並みに常識をわきまえているしな。梨郷みたいなのが最近の小学生の代表かと思ってたけど、どうやらそうでもないらしい。


「ねぇ、本当なの?」


 二杯目のカフェオレをすすりながら半眼で僕を見てくる梨郷。変わらずカウンターを挟んで僕達は向かい合っている。

 

 ほら、素直でない小学生がここに。


「さぁな。言っただろ、有名な話なんだ」


「やっぱり、適当なこと言って。本当に人魂の呪いだったらどうするつもり?」


 大人びてるくせに小学生丸出しだな。大真面目に何言ってんだ。


「なら明日、あの子に聞いてみろよ。人魂の夢を見なくなってたら呪いは解けたってことだろ」


 精神的トラウマだとしたら、僕の話でストレスは和らいだと思う。多分、大丈夫だ。


「む……。じゃあ、露ちゃんが呪われたままだったら、責任とって調査してよ」


「わかったわかった」


 僕は自信があった。田中露ちゃんが見たものは人魂じゃない。幻覚とまでは言わないけど、何かの見間違いだ。そう、思っていた。


 でもそれから数日後、梨郷から田中露ちゃんが火傷を負って入院した、と聞かされたのだった。

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