プールの中の白い手6
目を覚ました梨郷を連れて医務室を出て、フードコートへとやって来た。もう少し休ませても良かったのだが、本人の希望で。
「ほら、オレンジジュース」
深刻な表情をしている梨郷の前にストロー付きの紙カップを置く。それから、秋野さんと僕のコーラ。
改めてフードコートのテーブルで三人、向かい合う。
「今日はカフェオレじゃなくて良いのか?」
オレンジジュースは子供っぽいとか言い出しそうだ。僕はそう思ったことはないけど、梨郷は敏感だからな。
「こういうとこの、苦いじゃない」
「梨郷さん、おうちで甘いカフェオレを飲むんですか?」
「いや、僕のバイト先によく来るんだ。梨郷専用に作ってるから」
「そういうことですか」
梨郷はストローをくわえて、オレンジジュースを一口飲んだ。
「尚、さっきのこと。聞きたいでしょ?」
深刻な表情を崩さず、そう言ってくる梨郷。なんか芝居がかってるというか、推理ドラマの登場人物みたいだ。
「まぁ、聞きたくないってことはないけどな。ただ救命胴衣が外れて溺れたわけじゃないんだよな?」
「そんなわけないでしょ。黙って聞きなさいよ」
梨郷は言葉を切って、
「足を何かに引っ張られたの」
本人が言うのだから間違いないのだろう。
「助けてくれた塚本さんて人は引っ張ったものは見てないって言ってたけど、お前は?」
「白い人間……ううん。もしかすると幽霊とか妖怪かも」
肩を抱いて震える梨郷。
「幽霊妖怪はともかく、人の形をした白いもの、だったんだな?」
「うん。勢いよく引っ張られて水飲んでパニックになっちゃって、よくは見られなかったんだけど」
「全身白タイツの芸人のイメージでオッケーですか?」
それは面白すぎるな。
「み、見たものはそんな感じだけど、凄く不気味だったのよ!」
「ふむ。白タイツが犯人だとすると、それはどこへ消えたんでしょう? 水面に顔を出したら一発でわかりますよね。犯人が人間だったらという前提ですが」
「人間じゃないわ。きっとそれは妖怪で、足を引っ張った後に消えたのよ……!」
僕は腕を組んだ。
「その結論で良ければ、もう帰るぞ」
「あっ、待って、もうちょっと考えたい。ねぇねぇ、尚はどうなの? 何か気づいた?」
「そうだな、このプールの、というかジャングルプールの構造が詳しく分かれば何か見えてきそうだな」
「構造?」
「この施設に関して、わたし達が知らないことがある、と。もしかして、あの岩場のことでしょうか。叩いてましたしね」
秋野さん、よく見てるじゃないか。
さて。それを知るためにはここの従業員に探りを入れる必要がある。
「あら、さっきの」
声をかけられ、振り返ると監視員の女性が立っていた。
「もう大丈夫なの?」
「は、はい。元気ですっ」
前から思ってたけど、梨郷は根本的に人見知りなんだろうな。僕の時との態度の差よ。
まぁ、いいや。
これはチャンスだ。
「あの、塚本さんはどこにいますか? こいつが直接お礼を言いたいらしくて」
梨郷は、はっとして何度も頷いた。
「んー。今休憩中かな」
彼女は顎に手を当てて、首を傾げた。
「そういえば……プールの中には監視カメラがありましたよね。梨郷さんにイタズラをした人の姿って映ってませんでした?」
秋野さん、ナイス。
「塚本君がモニター見てて、女の子が沈んだって急いで助けに行ったのよね。見なかったんじゃない?」
「モニター……。何度かこういうことがあったって聞いたんですけど、その時は」
僕がそう問うと、
「塚本君は何も言ってなかったから見なかったんだと思うわよ」
僕ははっとした。
「もしかして、塚本さんがモニター係をしてる時に溺れる人が結構います?」




