プールの中の白い手5
梨郷は慌てて、浮き輪に掴まる。
「まさか、盗撮!?」
「いや、入り口のところにモニターがあっただろ」
プールの壁にもいくつか見つけたが、この岩からも監視しているようだ。
「な、なんだそうなの」
一人梨郷は浮き輪から手を離した。
「この岩はそのためのものなんですね」
「そのため?」
「プール内を余すことなく監視するなら、壁だけでは不十分です。なので、真ん中にこういうオブジェを置き、カメラの台数を増やして三百六十五度見渡せるようにしたのでは」
なるほど、そうかもしれない。
「監視カメラか」
僕はノックをするように、岩を叩いてみた。若干響く感じで、中は空洞の可能性がある。
と、その時だった。
「きゃわっ」
梨郷のそんな声が聞こえ、水音がした。
振り向いた時にはライフジャケットだけが水面に浮かんでいて、
「梨郷っ」
まさか沈んだ? なんでライフジャケットが?
僕が潜ろうとした時だった。プールの縁から凄い勢いで泳いできた監視員の男性が躊躇いなく潜水し、数秒後。
「ぷはっ」
梨郷を抱えて水面に顔を出したのだった。
「けほっけほっ」
梨郷は水を吐き出し、少しぐったりする。
「梨郷っ、大丈夫か?」
「君、この子の連れ?」
監視員の男性の問いに僕は頷く。
「医務室に連れて行くから、一緒に来て」
「はい」
「わたしも行きます」
梨郷を抱えて運んでくれたのは塚本さん。細い体型だが、鍛えられた筋肉が中々凄い。これは後で知った話だが、このプールでは人気のイケメン監視員らしい。
「え、前にもあったんですか?」
医務室にて。ベットに寝かせられた梨郷を囲んで塚本さんと話をしていた。
彼によると、水中への引き込まれ事件は多発していて、塚本さんも何度か客を助けたらしい。
「もう遅いけど、変な噂が立ってててね。君らも聞いてるんだろ」
塚本さんはウオーターサマーワールドのロゴが入った黄色の半袖パーカーを羽織ながらそう言った。
「あの岩の近く以外でもありましたか?」
秋野さんの問いに塚本さんは首を横に振った。
「あの場所だけだ。特に夜が多いかな。あのプールだけ閉鎖を考えようか、という話になってるんだけど、まだ上の人が渋っててね。こちらで何かすると、さらに噂が加速するんじゃないか、と」
一理ある。ジャングルプールを閉鎖すれば何かあると宣言していることになるし。下手したら幽霊が出るプールなどとネットで拡散されそうだ。
「ちなみに……塚本さんは梨郷、こいつを引っ張ったものがなんだったのか見ましたか?」
「底の方で白いものが動くのが見えた気がしたけど、定かではない。ああ、そうだ。ライフジャケットの件はすまなかったね。サイズが大きかったのと、外れやすくなってたのかも」
と、医務室のドアが開いた。
「塚本さん、女の子起きました?」
女性の監視員がペットボトルの水を持って現れた。こちらも半袖パーカーに水着姿だ。
「あー、疲れちゃったのね」
「もうちょっと休ませるから。ありがとう」
塚本さんは彼女からペットボトルを受け取り、ベットの横へ置く。
「塚本」
女性と入れ替わりで現れたのは塚本さんと同じ、二十代後半くらいの男性監視員だった。こちらは長袖パーカーに水着姿だ。
「流水プールと交代だ。どうする?」
「ああ、行くよ。それじゃ、この子が起きたら、事務所にいる監視員に言って、帰って良いからね」
「ありがとうございます。お世話になりました」
塚本さんは頷いて、医務室を出て行った。
「目の前で起こるとは思いませんでしたね」
「ああ。僕も油断してた」
後は梨郷の証言待ちか。




