プールの中の白い手3
軽く内出血を起こしている。物凄い力で掴まれたのだろう。
梨郷も青い顔をしている。
「あ、あの、それ」
「え?」
相変わらず無表情な女の子は自分の足首へ視線を落とした。
じっと観察する。
「ああ、これですか。プールの中で誰かに掴まれたんですよ。でも大丈夫です。痛みはありませんし、経験上痕は残りません」
さらりと怖いこと言わなかったか? 本人はあまり気にしていないようだけど。
「誰かに掴まれたって、あのあの、もしかしてジャングルプールですか?」
女の子は首を傾げる。
「よくわかりますね」
ヤバい、体験者に遭遇してしまったようだ。ただの噂だと思ってたのに。
「梨郷、この子にも連れがいるんだから、あまり引き留めちゃ」
「いえ、今日は一人プールです」
「え……」
僕は思わず女の子の顔を見やる。
「今度、友人達と来る予定なのですが、個人的に下見をしに来ました。だから連れはいません」
「だったら、詳しい話を聞きたいんですけど!」
言うまでもなく、梨郷のスイッチが入ってしまったようだ。そして女の子も即答レベルで頷く。
「構いませんよ」
構わないのか……。見知らぬ小学生の頼みを二つ返事で了承って、この子、ちょっと変わってるな。
さて、僕達は近くのベンチに移動した。その場所からジャングルプールがよく見えるのだ。水深が2メートルほどあるらしく、監視員の数は多めで周りを柵が覆っている。入口は一ヶ所だけ、そこに監視員が三人もいる。 そして、入口の近くにテントが張られ、何やらモニターを見ている監視員の姿も。
小さい子が入らないように、また溺れた客がいた時に対応出来るように、徹底しているようだ。
「プールの形は円形です。中心にここから見える岩場があるのですが、あそこまで泳ぎきったところで、足首に違和感を覚え、次の瞬間には水の中へ引きずりこまれていました」
そう話してくれているのは秋野奈々姫さん。一人プールを堪能していた中学二年生だ。
それにしても今の話。自分の立場だったら恐怖でしかないな……。泳げたとしても、そんなことをされてはすぐに溺れてしまう。
梨郷もビビり顔だ。
「ほ、他のお客さんのイタズラだった、とか?」
「かもしれません。感触は……人間の肌ではないかも。ゴムみたいな感じです」
完全に梨郷の表情が引き攣っている。そういえば、こいつ泳げるのかな。
「それで、大丈夫だったんですか?」
「ええ、暴れていたら手に蹴りがスマッシュヒットしまして、さすがに離してくれました。痛覚はあるのかもしれません」
「幽霊の手を蹴ったんですか!?」
まだ幽霊かどうかわからないだろ……。
「で、秋野さんは自分の足を掴んでたものを見たのか?」
「ちらりと白いものが見えた気がしましたけど、すぐに岩の陰へ消えてしまいましたね」
はっきり見ていないなら、手かどうかわからないと言いたいところだが、彼女の足首の跡は明らかに掴まれた跡だしなぁ。
「どう思う? 尚」
「まずは現場を見てみないと」
すると秋野さんが不思議そうに僕を見た。
「現場って、茅部さんは事故調査委員会とかそういうお仕事の方ですか? 失礼ですが、未成年に見えます」
僕は、はっとした。ヤバい、梨郷に毒されて、自主的に白い手の調査を始めようとしていた。どうせ強制されるのは目に見えてるけど、これはまずい。
「尚もやる気満々ね!」
「いや、そういうわけじゃ」
「一人プールに飽きてきたところなので、ご協力しますよ」
この子、顔にでないけどノリが良いのかも知れない。
「良ければ、ご案内します」
「ありがとうございます!」
「後、敬語はいりません」
秋野さんは微かに微笑んだ。




