窓の向こうの首吊り2
「……それで?」
「死体を見つけてほしいの。もし自殺なら、可哀想過ぎるもの」
随分と突拍子もない話だな。この子はホラー映画や推理ドラマの影響でも受けてるのか。
ただ、真剣なことはわかった。僕をからかいに来たわけじゃないのは確かだ。
「首吊り死体ねぇ。何かの見間違いじゃないのか? マンションの窓ってことは見上げてたんだろ?」
「分からない。でも、ゆらゆら揺れてたし、本当に首を吊った人がいたら……って考えると怖くて」
そうか、例えそれが見間違いだとしても、小学生にはトラウマになるレベルの光景だったんだな。
「だったら、見ず知らずの僕なんかに相談するな。親やじいちゃんに」
「ダメッ! このことを話したら、マ……お母さんとかおじいちゃんが狙われるかも知れないじゃない」
何に狙われるんだ……。
「犯人がいる前提なのか?」
「死体が……消えるわけないもの」
ああ、それで僕に話したのか。別に狙われても良い他人に。
「そうだな、もしそれが本当に死体だったとしたら、消えるはずがない。埋めたり沈めたり、ばらばらにしたりしても、後から必ず発見されるらしいからな、人間の死体ってやつは」
「やっぱり……」
「でもなぁ、その状況だと首吊り自殺、もしくは他殺とは考えられないだろ」
梨郷は目を瞬かせた。
「な、なんで」
「その時は夜で、マンションの窓から明かりが漏れてたんだろ?」
「う、うん」
「自殺の場合、明かりを点けたまま首を吊ったまでは良いとしても、誰かがその死体を隠す理由はどこにある? 殺したいほど憎い相手が自殺したなら、それで良いだろ。遺書くらいは処分するかも知れないけど。次に他殺。首吊り自殺に見せかけようとするなら、明かりを点けたままやるバカはいない。なんならカーテンでも閉めて、外から見えないようにするはずだ」
僕は一気にそこまで捲し立てて、一息吐く。
「複雑な事情があって自殺した死体を隠さないといけない状況だとしたら別だけどな。そういうわけで、見間違いが一番可能性が高い。以上。さ、もう帰れよ。夜道は危ない」
そう言ってやると、梨郷は顎に手を当て、何やら考え込んでいた。
「見間違い……」
「納得いかないのか?」
僕が問うと梨郷は顔を上げた。
「そう言い切るんだったら、本当にそうなのか最後まで付き合ってよ。一緒に来て」
「え、最後まで付き合うって何を」
手を引かれた。
「ほら、走りなさいよ、尚」
ここまで来てようやく気づいた。厄介な小学生に捕まってしまった、と。
○
梨郷に手を引かれ、連れてこられたのは『エコール』から駅方面へ少し歩いたところにある七階建てのマンションだった。外観は薄茶色、敷地内に駐車場や駐輪場もきちんと完備されている。
『エコール』の常連客、山元さんのお住まいでもある。先日、趣味で集めているらしいアンティークランプの電球を取り換えてあげたのは記憶に新しい。
マンションの裏手に回ると、四角の窓が縦横等間隔に並んでいる。
カーテンが閉まってる部屋もあれば、明かりが漏れている部屋もあった。電気自体が点いていない部屋もいくつか。
「ここから見えたのか?」
「そう、塾の帰りだったんだけど、ここを突っ切ると近道なの」
思いっきり私有地なんだけど。
小学生ってよくそういう情報を共有するよな。近道だとか秘密の場所だとか。大抵、見つかったら怒られるような場所にも入って行っちゃうっていう。
大人っぽく振る舞っててもやっぱり小学生だな。
「ちょっと。今、子供扱いしたでしょ、心の中で」
「変なところでエスパー能力使うなよ」
どれだけ敏感なんだ。今居さんの言い回しからして、普段から大人ばかりの環境にいるのか?
「で、どの窓」
「あそこ。えっと……五階?」
梨郷が指でさしたのは一番下のから数えて五番目、右から三番目の窓だった。今は明かりが消えているが。 
「……とりあえず、五階の部屋を見せてもらうか」
このマンションの管理人さんとは顔見知りなのだ。
「え」
歩き出そうとした僕に対し、梨郷はポカンとしていた。
「どうした?」
「いや、その、本当に付き合ってくれるの?」
「最後まで付き合えって言ったのはお前だろ。ほら行くぞ」
「う、うん。……尚って、意外とと話が分かるやつなのね」
「その微妙に上から目線、どうにかならないのか?」
いちいち気に障る。
マンションの正面へ回った僕達は大家さんの住む一階の入り口から入った。
このマンション、正面入り口を入ってすぐ左に階段があり、上って行くとさらに入り口の自動ドアがあるのだ。部屋番号を入力して開くタイプなので防犯対策も万全。山元さんは少し面倒くさそうにしていたけど。 
僕達は階段を上らず入って右、通路の先にあるドアの前に立った。
インターホンを押す。
「……はいはぃ」
声が聞こえてきて、ゆっくりと扉が開く。
「こんな時間になんか用か」
厳つい強面の男性がぬっと顔を出した。鋭い視線が僕と梨郷に注がれる。
「ひやっ」
梨郷が僕の服の裾を掴んで、後ろに隠れた。
「どうも。お忙しいところすみません」
「おぅ、尚か。どうした。子供は帰る時間じゃねぇのか。親が心配すっぞ」
見た目は怖いので誤解されることもあるけど、普通に良い人なのだ。
「あのですね、実はこの子が、このマンションの五階の窓で変なものを見たってきかないんです。な?」
僕が話を振ると、梨郷は精一杯頷いた。
「す、凄く変なものだったので、その……その部屋に住んでる人が心配で」
しどろもどろになりながらも説明する梨郷である。管理人さんの見た目の怖さに怯えているらしい。
僕と梨郷の話を聞いた管理人さんは眉を寄せた。当たり前の反応だよな。
「もしかして……首吊り死体、なんて言わねぇよな?」
僕と梨郷は顔を見合わせた。
「どういう、ことですか?」
管理人さんは腕組みをして、ため息を吐く。
「近所のやつに言われてんだ。窓に不吉なものが映るってな。五階の奥の部屋だろ? あそこは空き部屋で誰も住んじゃいねぇんさ。俺も何度か見に行ったが、なんもありゃしねぇ」
どういうことなんだろう。本当に空き部屋なら明かりすらも点かないと思うけど。
「どれ、見てみるか? そこの嬢ちゃんが満足すりゃ良いんだろ? つーか、尚、妹いたんか」
「妹じゃないですよ」
管理人さんの妹発言には梨郷も思うことがあったようで、ようやく前へ出てきた。
「そ、そうですよ! むしろ、尚の方が弟みたいなもので」
「それは、ない。お前、僕のことを下に見すぎだろ」
「かっははは、仲良いじゃねぇか。ついてこいや」
それにしても本当に部屋を見せてもらえることになるとは。
部屋からマスターキーを取ってきた管理人さんについて、階段までの通路を歩く。
「こっちのエレベーターを使うぞ」
階段を上ろうとしていた僕達だったが、管理人さんは階段の横を通り過ぎ、奥へと入っていく。
後ろをついていくと、エレベーターの扉が現れた。
「これって」
「管理人用……というか業務用ってやつだ。施設の点検業者にはこれを使ってもらってんさ」
扉の近くにボタンはなく代わりに鍵穴がついていた。管理人さんは持ってきたマスターキーをその穴に突っ込み捻る。
すると、エレベーターが反応し、すぐに扉が開いた。
なるほど、一般人には使えないようになってるのか。鍵がボタン代わりなんだな。
僕達は中へ乗り込んだ。内側にはちゃんとボタンがついているようだ。『1』のボタンの下にも鍵穴がついている。外側についていたものと同じのようだけど。
「五階……っと」
管理人さんが『5』のボタンを押すと、オレンジ色に点灯し、扉が閉まる。
僕達三人が乗り込んだエレベーターはゆっくりと動き出した。