消える小学生
藍沢さんの車に乗り込んだ僕達は彼女の友達の話とやらを聞くことになった。
今回、僕は助手席に乗り、梨郷は興味津々で後ろの座席から乗り出している。
「とある喫茶店の話なんだけどね。通りかかると、必ず小学生が中へ入っていくんだって。外観はお洒落で子供が一人で入って歓迎されるような感じじゃなくて。不思議に思って後をついていくと、中には誰もいない。初老のマスターに聞いても誰かが入ってきたことはないっていう。そう言うことが続くんで、あたしに相談してきたんだよ」
「小学生……それって同じ子ですか?」
「ううん。毎回別の子だって話だよ。二人組とかグループとかのこともあるんだって」
僕は考える。小学生が入るお店と言ったら古い駄菓子屋とかコンビニとか、後はスーパーもかな。小学生だけで喫茶店はあんまり想像つかない。
「あ、マスターに孫がいるんじゃない?」
そう言ったのは梨郷だ。うん、あり得る話だ。
孫は客とは呼ばないし、友達を呼んで遊ばせてるのかもしれない。
「いいや、いるにはいるらしいけど、遠くに住んでるから滅多に遊びに来ないってさ」
「んー、じゃあ、どこかの通りに抜ける道でマスターに頼んで通らせてもらってる、とか」
小学生あるあるだな。
「お前もマンションの敷地を通り抜けてたからな」
「関係ないでしょっ」
僕は藍沢さんに向き直った。
「ところで、そのお孫さん云々の情報はお友達さんがマスターに聞いたんですか?」
「そうだよ。入ったのに何もせずに帰るのもあれだと思うし、珈琲でも飲んだのかも」
「お友達さん、霊感があって、幽霊とか見える人だったり?」
「ないない。ちなみにその喫茶店に変な噂はないよ」
この場合、重要なのはマスターの本意だ。藍沢さんの友達が見ているのなら、小学生が入店したのは間違いない。つまり、マスターが嘘を吐いている。その嘘を吐く理由は何か?
「小学校の近くなんですか?」
「そう。リンちゃんと同じ小学校」
「え!?」
「リンちゃんの家とは真反対だからね」
「あ、そういえば友達が話してたような……昨日も喫茶店に行ったとか行ってないとか、あ、でもそれって確か……」
僕は息を吐いた。それから梨郷へ視線を向ける。
「不審者、か?」
「あ、そうそう。不審者が出て、避難の家になってる喫茶店に逃げ込んだって」
あ、わかった。梨郷の証言で確信した。
「藍沢さん、お友達さんて誤解されやすい見た目をしている男性なんじゃないですか」
「え……? ああ、うん。汚れたTシャツとかボロボロのスニーカーとかはいて普通に外出するやつだよ。ちょっと変わってるけど、性格とかは普通で。何かわかった?」
「わかったも何も」
いや、これは主観と客観の問題か。藍沢さんにとっては友達の視点が主観だから。
「梨郷は? わかったか?」
梨郷は珍しく苦笑いを浮かべた。藍沢さんに対して気まずいのだろう。
「じゃあ、梨郷から説明してくれ」
「ああ、うん。そうね。えーと、小学生達は藍沢さんのお友達さんを見たから喫茶店に入ったんだと思う」
「あいつを?」
藍沢さんは想像したらしく、苦笑い。
「ありうるかもね。それで?」
「その喫茶店、多分、避難の家なんだと思うの」
「そう、子供達が不審者に襲われそうになったときに逃げ込めるように自治体が定めてる建物ですね」
「お友達さんを不審者と見なした小学生達が喫茶店に逃げ込んで、マスターは後から入ってきた不審者=お友達さんに嘘を吐いたんだと思う」
「……!」
藍沢さんは運転しながらも言葉を失っているよう。
「そ、そうか。なるほどね。それはなんていうか、否定する要素がないね」
否定する要素がないとか、友達は一体どういう人なんだ。
藍沢さんはもう一度頷いて、
「うん。すっきりした。あなた達に聞いたことをそのまま話して、悔い改めるよう言っとくよ。ありがとう。ていうか、リンちゃんも中々やるね」
「そ、そう?」
まんざらでもなさそうな梨郷である。
面倒なことになりそうだと思ったものの、話を聞くだけで解決してよかった。