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勇敢な僕の戦闘記

作者: 瑠菜

今日で夏休みが終わった。

午前2時、学校が始まるまで、あと6時間。

6時間経ったら僕はまた窮屈なネクタイをつけて自転車を30分漕ぎ学校へ行かなければならない。

課題は終わらせてある、漏れはないはずだ、多分。

目を閉じる。

青みたいな、緑みたいな光がまぶたの裏を通り過ぎる。

僕は観念して目を開けた。眠れない。

学校に行きたくない。



何か特別な理由があったわけじゃないと思う。

たまたま、本当に偶然に、いじめの対象が僕になっただけ。

初めはクラス全員からのシカト。

もともと友達も少なかったから最初は気づかなかったけれど業務連絡でさえ無視されて、自分はシカトされているのだと気づいた。

次に女子からの陰口。

「きもーい。」「なんか無理だわ。」「こっち来んなよなー。」「きもーい。」

スカートを短くして、派手なパンツが見え見えなクラスのビッチ中心に、わざと聞こえるように、毎日囁かれた。2つ結びの大人しいあいつも、今となってはビッチの手駒だ。

1番キツイのが男子からの暴力。

見えないところを殴られ蹴られる。

この前は吐くまで腹パンされた。

お陰で僕のお腹はあざだらけ、ズボンで隠れた足も傷だらけだ。

顔は殴られないから見かけ上はわからない。

夏休みであざは全て消えた。



もう治ったはずの夏休み前に殴られたところがズキズキした。、気がした。

結局それからあまり眠れなかった。少し寝てはまた起きて、痛みと戦った。

朝日は容赦なく僕の部屋のカーテン越しに登った。

「起きなさーい、朝よ!」

母さんが僕の部屋のドアを開けて僕を起こしに来た。

のそのそと起きて、階段をゆっくり降りる。

睡眠不足のせいか少しふらつく。

食卓にはいつもの朝ごはんが用意されていて、僕はいつものようにそれを食べた。

何の味もしなかった。

制服を着て、寝癖を整えて、歯磨きをして、

前日に用意していたカバンとスマホとイヤホンを片手に僕は家を出た。

反吐がでるくらいいい天気だった。

もう9月に近いというのに、まだまだ暑かった。

歩きながらスマホに接続されたイヤホンを耳に突っ込んだ。

僕の好きな歌を流す。

この曲だけが僕の理解者だ。

エレベーターで一階まで降りてマンションの駐輪場に向かう。

ずっと使ってなかった自転車のサドルは少し埃かぶっていた。

埃を払って、自転車にまたがる。

母さんが空気を入れてくれていたようだった。

僕は出発した。



あれは、5月くらいのことだっただろうか。

僕のいじめはまだ始まっていなかった。

その日提出の課題を教室に忘れてしまって、僕はいつもより1時間早く学校に着いた。

教室に入ると、2つ結びのあいつが自分の机をじっと見つめていた。

机の上には、一輪の百合の花がささった花瓶と、おびただしい数のチョークで書かれた悪口。

あいつは泣くそぶりも見せず、僕の方も見ずに、どこかへ行ってしまった。

その間に僕はその机を見た。

「早く死ね」「学校来んな」「ブス」「バカ」

この世界の幼稚な言葉を全て絞り出したような文字の羅列だった。

僕はいつも朝の遅刻ギリギリに投稿するから、あいつがこんな目に遭ってるなんて知らなかった。

僕が教室に入った頃には花瓶も落書きもない机で、あいつはなにもなかったように勉強しているから、全く気づかなかったのだ。

特に仲が良かったわけじゃなかったけれど、僕の良心がチクリと痛んであいつが出てったドアの方へ走った。

廊下に出てみるとあいつは雑巾を洗っていた。

俯いて、水を蛇口からめいいっぱい出して。

意識するよりも先に僕は彼女の元へ駆け寄って

「僕がやるよ」と言っていた。

「なんで?」

「いいから、お前はあの花瓶どうにかしろよ。」

「だから、なんで?」

「こんなんほっとけるほど、腐ってねーんだよ」

僕はあいつから雑巾をひったくって固く絞った。

教室に戻って、机を拭くと、チョークだからかすぐに文字は落ちた。

この雑巾が臭うのは、この机を拭いていたからなんだと僕は勝手に認識した。

全て拭き終わった後、あいつが戻ってきた。

涙を目にいっぱい溜めて、やっぱり下を向いて、さらっと揺れた2つ結びが綺麗だと場違いにそう思った。

「ありがと、ごめんね」

弱々しい声であいつは僕に言った。

それを見てたら、とても腹立たしくなった。

いつも朝一番に来て誰にもバレないように自分で片付けていたのだろう、涙を堪えて、なにもなかったように。

なんでこいつがこんなに苦しまなきゃいけないんだ?と沸々と怒りが湧いてきた。

僕は花瓶を手にとって床に投げつけた。

高音が鳴り響いて花瓶は粉々に割れた。

あいつは唖然として僕の方を見た。

僕は言った。

「今日僕とサボろ、こんなとこいたって意味ない」

あいつの返事を聞く前にあいつの手をひっつかんで教室を出た。

提出の課題も僕とあいつのカバンも割れた花瓶もそのままだ。

僕たちは流れてくる学生達とは反対方向の電車に乗った。

行き先は海だった。

5月の海は少し肌寒くて、僕は首をすくめた。

あいつは最初こそ混乱していたが今は逆に落ち着いたみたいだ。

「んで、なんでいじめられてんのお前」

僕は彼女にそう切り出した。

彼女は僕にぽつぽつと話した。

理由はやっぱり幼稚で彼女にはなんの落ち度もなかった。

「毎日結構きつくてさー、もう死んじゃいたい気分」

彼女はへらっと笑った。

「死んじゃおっかなーもう」

そう言って、海に向かって走り出した。

制服のままなんの躊躇もなく海に入っていった。

僕も歩いてそちらへ向かう。

彼女はやっぱり泣いていた。海の色と涙の色は少し違う気がした。

僕はなにも言えなかった。

笑いながら海に潜っては、泣きながら海から出てくる彼女を見ていた。


その次の日からターゲットは僕に変わった。

置いていったカバンでバレたらしい。

そこからずーっと、ターゲットは僕だ。

彼女の机に花瓶は置かれなくなったし、落書きも消えた。

そして、僕の敵に彼女もいたんだ。



30分も自転車を漕ぐと汗がじんわりと滲んだ。

ドアの前で深呼吸して、僕は教室に入った。

教室の空気は冷え冷えとしていて、絶対にクーラーのおかげだけではないと思った。

机に向かうと、百合の花の花瓶となんで死んでないの?等々の落書き。

あざがまたズキンと痛んだ。

「おい、ちょっとこっちこいよ、遊ぼうぜ」

クラスの男子が僕の肩に腕を絡ませ僕を強制連行していった。

後ろでビッチたちの笑い声が聞こえる。

あいつの顔はよく見えなかった。



今日は、大掃除と始業式だけで午前中で下校となった。

僕は部活にも入っていないので逃げるように学校を去った。

途中コンビニに寄ってアイスを買って公園に行った。

平日の昼間の公演は人が少なく、2歳くらいの男の子とお母さんか砂場で遊んでいるだけだった。

僕はベンチに腰掛け、アイスを食べた。

殴られたところがズキズキと痛んだ。

夏休みの1ヶ月間でやっと消えたあざは、簡単に復活した。

久しぶりに殴られたからか痛みは100倍に感じられた。

少し涼んでさあ帰るかと立ち上がった時、アイスの袋が手から落ちてしまった。

それはベンチの下に入り込んでしまった。

僕は拾おうと覗くと、新聞紙に包まれた何かがあるのを見つけた。

なんだろうと好奇心で、アイスのゴミと一緒に拾う。

新聞紙を剥がすと出てきたのは、拳銃だった。

僕は驚いて声が出なかった。

とりあえず元どおりに新聞紙にくるんで、元の位置に戻した。

バクバクする心臓を抑え、アイスのゴミを公園のゴミ箱に捨てた。

自転車に乗る寸前、僕は思い返したように来た道を引き返して新聞を獲った。

リュックの奥底に詰めて公園を出た。

親子2人は楽しそうにお城を作っていた。



家に着いて、親がいないのを確認して、ベッドの上に新聞を広げた。

中から出てきたのは間違いなく拳銃だった。

何型とか全くわからないが玩具とは重みが全然違う。

神は僕を見捨てなかった。



次の日、僕はいつも通り学校に登校した。

いつも通り僕の机が汚されているのとニヤニヤ笑う視線を確認した。

僕は、至って冷静に、花瓶を床に投げ捨てた。

正しくは手で払ったというほうがいいかもしれない。

「おっと、怒ってんのかー?」

とどこかから僕を茶化す声が聞こえた。

そして落書きだらけの机を蹴飛ばした。

僕の前にいた女子が悲鳴をあげる。

御構い無しに机はひっくり返った。

クラスの目立たない奴らは僕のいつもとは違う態度に怯えているみたいだったが、僕を主にいじめてた奴らはまだ余裕そうに笑っていた。

床にどかっとリュックを置いて、例の物を取り出す。

それが見えた瞬間、クラスメイトの顔色から色が消えた。

僕は上に向けて、一発放った。

球が入っているかも確認していなかったから正直賭けだったが、ちゃんと使える代物だったらしい。

球が乾いた音で床に転がった。

反撃のホイッスルのようだった。

僕はドアの方に移動して全員が逃げられないようにした。

銃口をクラスメイトの方に向ける。

恐怖で怯えている顔、事態が未だに飲み込めず唖然としている顔、皆がいろんな顔を僕に向けていた。

すうっと息を吸って、僕は叫んだ。


「お前らはゲーム感覚で、ただの遊びをやっているつもりかもしれないけど僕がどれだけ苦しいか知らないだろ。大勢で1人を虐めるのがそんなに楽しいか。どれだけ性格腐ってんだよ。いじめられて死にたいって思う気持ちお前らにわかんのかよ、学校に行きたくないって気持ち、お前らにわかんのかよ。」


感情が次から次へと露呈して、僕は口から出るままに叫んだ。

すると後ろの方から

「いじめられる奴が悪いんだよ。何調子乗ってんだよ。てめえが1人でいい子ぶってヒーロー気取りするから悪いんだろうが。隠キャなら隠キャらしく引っ込んでろよ。」

と野次が聞こえた。

すぐにあの男子だとわかった。

僕を1番殴っていた奴だ。

僕は拳銃を下ろした。

「撃たないから出てきてよ、顔も見せずにベラベラ喋ってんじゃねーよ。ヘタレが。」

僕は啖呵をきった。

奴が僕の目の前に現れた。

「さっさとその拳銃でてめえが死ねば一件落着だろ。お前死にたいんだろ?だったら死ねばいいじゃん。

俺優しいからお前の最期見届けてやるよ。」

僕の中で何かがブチっと切れた。

「いじめられる奴が悪いって言ったよな、さっき。

どこが悪いか教えろよ、何も悪くねーだろ、少なくともお前らよりかは。」

奴が鼻で笑う。

「ゴチャゴチャうるせーよ。さっさと死ねってマジで。お互いハッピーになろうよ。」

僕はもう一度、銃口を奴に向けて叫んだ。

「てめえみたいなクソに殺されてたまるか。お前が死ね」

「できないくせに、できない小心者だからいじめられてるんだよ?自覚しなよそこんとこ」

僕は震える右手を左手で支えた。

そして、もう一発、力を込めて撃った。

一瞬目を閉じて、もう一度開くと奴は平然と立っていた。奴の前に、あいつが立っていた。

ほっそい体をめいっぱい広げて奴を守っていた。

球は初めの一球しかなかったようで、彼女も奴も無事だった。

「なんでお前が出てくるんだよ。僕はこいつを撃とうとしたのに。」

僕は彼女に問いかけた。

「私が悪いの、私が君がいじめられてる原因でしょ。

それなのに今までごめんね。本当に死ぬべきは私なの。私が全部悪かった。」

彼女は泣きながら叫んだ。

「学校サボって海に行った日、久しぶりに生きててよかったって思った。あの日が人生で1番楽しかった。」

僕はその言葉を聞いて床に崩れた。

拳銃は手から滑り落ちた。

彼女は慌てて僕の方に駆け寄って、僕を支えてくれた。

そして、僕の手を強引に引っ張って教室を出た。

行き先はわかっていたし、僕はされるがままだった。



海について、彼女は1番最初に僕をビンタした。

顔を叩かれたのは初めてだったから僕は少し動揺した。

そして細い腕で僕を強く抱きしめた。

「ごめんね、ありがとう。私、君と生きててよかった。君も私も無事でよかった。」

僕は声を上げて泣いた。

こんなに泣いたのはいつぶりだろうかというくらい泣いた。

僕が泣いている間、彼女はずっと僕を抱きしめててくれた。

ごめん、ありがとう、ごめん、ありがとう、そればっかりがバカになったみたいに交互に溢れた。


そのあとやっぱり2人で制服のまま海に入った。

明日からまた笑えるように、今日はたくさん泣いた。

2人の涙は海に溶け込んで見えなくなった。






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