道具は揃った!!しかし・・・
残り十日ほどを残して、遂にオレの命(とも言える貞操)を繋ぐ商売道具、麻雀セットが完成した。
大牙猪の牙で作った牌と点棒は元の世界の象牙のそれと比べても何の遜色も無い見事な完成度で、
ノゴスの熟練の手業によって均等なサイズに収まり、一セットを一本の牙で作られた牌は色合いも見事に均一である。
それらはまるで芸術品のようにノゴスの知り合いのゴブリンの職人の手で作られたケースに綺麗に収められていた。
持ち運ぶ為の鞄にも手は抜いていない。
出来合いの物を改良して作った割には問題なく綺麗に収まっていて、外側の革も何の動物かは知らないが、
随分値が張ったモノらしく、しっとりとした手触りは高級感に満ち溢れていた。
中身も抜かりは無い。
成形した牌に彫るように指示された図柄は、異世界の職人衆にしてみれば全く見慣れない物で有るはずなのに、
オレの指示通りに忠実に彫り上げられ、オレからみても麻雀牌として何も問題ないレベルにまで仕上がっていた。
孔雀がこの世界には存在しないので、イーソーがドラゴンの形になったりと細かい差違はあるが些細な事だ。
同時に平行して作られていた麻雀卓は職人街の別の木工職人に発注していたが、
一般のテーブルとさほど変わらない為かオレの細かい指示や修正も必要なく、見事に仕上げられていた。
点棒を入れる場所も問題なく機能し、丈夫に張られたラシャの滑りも全く問題ない。
付属して貰った同材質の木材で出来た天板を置けば、テーブルにも早変わりする何処に出しても恥ずかしくない麻雀卓である。
オレはこれらを厳重に問題が無いか、数に抜けが無いか確認した後、
丁寧に梱包して王都に向かう商人のキャラバンに荷を運んで貰う契約を結びに向かった。
そうなのだ、これらは王都に送ることが決まったのだった。
麻雀セットが完成したとはいえ、オレの身の安全が保証された訳では無い。
むしろここからが始まり・・・、麻雀がゲームとして面白いか、博打として盗賊ギルドの資金源になるか、
この異世界で本当に受け入れられるモノなのか・・・、第三者の視点によって確認されなければならないのだ。
そこで盗賊ギルドマスターのエルザは、完成した麻雀道具を王都に送るように俺に指示したのだ。
麻雀というゲームはルールが多く、複雑である。役もかなりの数を覚えなくてはならない。
賭場に出入りしている面子の大多数・・・、
文字も読めず数字も両手で数えるくらいしか数えられない肉体労働者や冒険者達には覚えることは難しいと判断されたのだ。
ロクに大学を出てないオレが覚えられたのだし、元の世界の雀荘では鳶のオヤジや荷揚げのアンちゃんなどの肉体労働者も
常連に多数居たことを知っている身としては、反論もしたくなる意見だが、
考えてみたらあの世界では、中卒でも十年近く学び舎で机に向かい学んだ学士様である。
どんな人間でも文字が読めないと言うことはほぼ無いであろうし、算数レベルなら計算だって出来る。
元の世界のレベルをこの世界の常識に当てはめてはいけないのだ、と、その時初めて思い知った。
そこでエルザは、まずは王都に居る貴族、学者、大商人等のいわゆる上級階級の伝手をたどり、
その知識層に麻雀が受け入れられるかどうか判断することにしたらしい。
その層に受け入れられれば、いずれは上流階級に擦り寄ろうとする下層に人々にも広まるだろう、との判断のようだ。
慧眼である。
思えば元の世界でも戦前の麻雀ブームの最初の火付け役は、文壇のメンバーを中心にした知識層だと聞いたことがあるし、
オレからその情報を聞いているわけでも無いのに、この判断をくだしたエルザの慧眼には唸るしか無い。
その辺りの知識を含めて納得したオレは、エルザの指示通りに王都へ完成した麻雀道具を送ることにしたのだ。
そしてオレはキャラバンが出発するまでの空いた時間に、ノゴスの作業所の一隅を借りて余った羊皮紙に簡単な麻雀のルール、
役の種類、簡単な戦術などを書いたルールブックの様な代物を書き上げ、積み上げた荷物に紛れ込ませた。
王都に先に乗り込んで披露会のメンバーを集めているエルザか、その補佐をしているギルドのメンバーに
このルールブックを読んでもらい、少しでもルールに習熟して貰う算段である。
もし十セット全部使うともなると、十卓四十人、見学者も多数居るだろうし、
オレ一人では到底手が回らないので、是非とも覚えていただきたい。
まあ、エルザとその配下ならばギルドの難しい運営も問題なくこなせている有能な知識人でもあるので、
10日もあれば充分覚えられるだろう。
オレも三日くらい前には王都に到着する筈なので、その時に補足して指導すれば何も問題あるまい。
オレは王都に荷を運んでいくキャラバンを見送りながら、そんな事を漠然と考えていた。
オレはその後、二日ほどノゴスと作業代の支払いや、もしこの世界で麻雀が受け入れられた場合の追加の制作費、
材料の確保の方法等等を話し合い、その契約についてと、作業の後処理に奔走していた。
それもようやく終わり、いよいよ明日王都に旅立とうと宿で旅の準備を進めるオレの部屋に、
ノゴスが血相を変えて駆け込んできたのだった。
「どうしたんだノゴス?? 顔色が真っ青じゃ無いか・・・??」
「おっおっおそ・・・・」
ノゴスは何を焦っているのか、激しくどもりながらオレに話そうとするので、どうにも埒があかない。
「落ち着けって、まあ座って茶でも飲めよ、美味いぞ??」
そこでオレはノゴスを落ち着かせるために、宿のおばちゃんが気を利かせて入れてくれたこの地方に伝わる薬草茶を、
ノゴスに振る舞い、自分も口に運ぶ。
涼しげな清涼感を喉で感じていると、お茶を手に持って椅子に座っていたノゴスがようやく落ち着いたのか、
重々しい声で呟いたのだった。
「キャラバンが魔族に襲われただよ・・・。積荷は・・・全滅だぁ・・・」
「へ??」
オレは間抜けな顔で短くノゴスに返事を返す。・・・少し言ってる意味が良く分からない。
「積荷を全部!敵対勢力の魔族に奪われただよ!!オラ達が作ったマージャンセットは王都に届かない!!」
オレが理解してない様子を見たノゴスの、そのやりきれなさそうな怒鳴り声で、オレは全ての状況を把握し始める。
つまり・・・、オレが・・・、借金までして作り上げた麻雀道具は賊に奪われ・・・
王都で待つエルザの元には届かない・・・??
届かなければ麻雀を普及させることなど出来るはずが無い。
麻雀が普及できなければオレは・・・・・・。
そこまで理解した途端に、オレの身体の全身から冷や汗が溢れだした。
「も、もう一度作ろうッ!?今から急いで作ればッ!!!」
「無理だぁ・・・、輸送まで考えると到底時間が足りねぇし・・・、寝ずに作るとしても、
そもそも大牙猪の牙は問屋の在庫まで全部使っちまった後だべ・・・、春にならねぇと入荷されないだよ・・・」
縋るようにノゴスの肩を掴み提案するオレに、気の毒そうにノゴスが首を振った。
む、無理なのか・・・。
つまり・・・期限までに・・・間に合わず・・・、
オレの身柄は・・・変態同性愛青髯商人に性奴隷として売り渡される事に・・・??
オレは自分の末路が深い闇に閉ざされたことをやっっっっと理解すると、その行く末と同じように目の前が真っ暗になり、
その場にドサリと床に倒れ込んだ。
「旦那! 大丈夫だか!? 旦那ッッ!!」
そんなオレの肩を心配そうに揺するノゴスの声を聞きながら、
オレはいっそもう二度と意識が戻らないことを神に祈りながら、意識を闇に手放したのだった・・・。