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まずは道具を揃えよう~試行錯誤・牌の材料~


盗賊ギルドからの借金という、借用書という名の地獄の片道切符にサインした俺は、

早速少なくない量の金貨をエルザから受け取ると、ギルドの上の酒場【銀猫亭】に駆け込み、

カウンターの席に着くなり片っ端から料理を注文し、運ばれてきた豪勢な料理を貪る様な勢いで口に運んだ。



溢れる肉汁の肉の塊を噛みしめる度に、餓死寸前だった体中に生気が戻るような錯覚を覚える。



盗賊ギルドの真上という、一般客を呼ぶには最悪の立地条件にも関わらず、この酒場の料理は極めてレベルが高く、

また、カウンターの棚に揃えてある酒も多種多様である。

それだけに料金も安いとは言えない値段設定なのだが、俺は以前から賭場の行き帰りにこの酒場に通い詰めていた。


元の世界で平均レベルの高い食事になれていた俺は、宿や平均的な食堂の薄味の食事では満足出来なかった。

調味料や香辛料は何も入っておらず、唯一使われてる塩も高価なので微量しか入っていない。


正直、元の世界の料理に比べると、食べない方がマシなレベルである。


だからといって食わずに生きられる訳がない。


そこで料理のレベルに我慢の出来なかったオレは、料金は高いが出される料理が軒並み美味なこの店に通いつめてしまい、

当然、ドンドン財布は薄く軽くなっていった。



人間、一度上げた生活レベルはそう簡単に落とせないと言うだろ・・・??

結局ソレが、俺が装備を手放すまでに生活が追い詰められた一因でもある訳である。





満足するまで胃に食べ物詰め込んだ俺は、腹を熟す時間も取らずに慌てて代金を払い店を飛び出した。


俺だって一服はしたいし、カウンターの棚に並ぶ美酒で一杯やりたいのは山々だ。

借りた金だが、その資金も充分にある。


だが、時間が無い。


何しろ俺の貞操が青髯の男色家の奴隷商人に売り飛ばされるまで、あと僅かなのだ。


こちらは一月がどれも30日なので、後29日と23時間程しか時間は無い。



ソレを越えて結果が出せないと、俺はめでたく同性愛の性奴隷として残りの一生を籠ノ鳥として過ごさなくてはならない。


そんな余生は真っ平御免なのである。


俺は押し寄せてくる良くない末路の想像を振り払うように頭を二度三度振ると、エルザに紹介された職人に

会うために、街の反対側にある職人街に向けて、足早に駆けだしたのだった――――





職人街の入り口で警備をしていた門番に盗賊ギルドの紹介状を提出すると、

ソレを一読した門番は俺を詰め所の横の控え室に連れて行き、しばらくの間そこで待たされた。


詰め所には俺以外にも、職人街出入りしてきた職人や商人が待たされている。


見たところ通行するほとんどの人間がココに留め置かれ、なにかしらの検査を受けているようだ。


ヤケに厳重だな、と首を傾げたが、案内してくれた中年の門番の話によると、職人街は出入りを厳しくしないと

持ち込まれた素材の盗難などの問題が続発するらしい。


確かに竜の鱗などその使い道は多岐に渡り、一枚手に入れれば、庶民なら一月寝て遊んで暮らせると言われている。


そんなモノが職人の作業場には無造作に置かれている、と専らの噂だ。



一般人からしたら道端に金塊が落ちているようなモノで、そんな現場に居合わせたら、

その気が無くても犯罪に手を染めてしまう人物が出てしまう危険性は非常に高いだろう。


だからこそ厳しい警備体制でその傾向に歯止めを掛けようとしているのだ、と門番はドヤ顔で説明してくれた。


まあ、他国からの引き抜きで貴重な腕利きの職人が流出するのを防ぐ意味の方が大きいんだけどな、

とも、笑いながら話してくれたのだが。


まあ、そんなモンだろうな、とも思う。

熟練の職人をそんなに簡単に奪われたら国が成り立たないだろうしな。


俺がそんな事を考えていると、俺の番の順番が回ってきたのか、また別の門番がやってきて、

その門番に連れられて詰め所を出て、職人街を歩いて行く。


そして辿り着いた工房に居たのは、小柄の緑の肌が印象的なノゴスと名乗るゴブリンの職人だった。


そう、ゴブリン。

ゴブリンである。


ゴブリンと言えば、ファンタジー小説やゲームでは邪悪な人間を襲うモンスターで、繁殖の為に人間やエルフなどを攫い、

犯し、時にはその肉を食らう最低の存在として描かれることが多いが、この世界ではそんな事はない。


立派な亜人の一種族で、小柄な事を生かして鉱山の狭いところで作業をしたり、その小さい手を生かして

優れた細工物を作る職人でもある。


同じ鉱山を住処にするドワーフ族とは親しい友好関係にあり、大雑把に坑道掘り進め、鉱石を採取し鍛冶を務めるのが

力自慢のドワーフ、貴金属を抽出し、それを使い精緻な細工物を作るのがゴブリン、という風に棲み分けが出来ており、

両者の絆は堅く深い。



もし人間族とゴブリン族が戦争するとしたら、ドワーフ族は間違いなくゴブリンに付くだろう、と専らの評判である。



最初に冒険者ギルドで討伐の依頼を受けた時に、


「ゴブリン退治とかは無いんですか??」とか聞かないで本当に良かった・・・。


その場にいたドワーフたちにボコボコにされて街から叩き出されても何も文句が言えなかったのである。


後からゴブリン族の話を聞いて、迂闊な発言をしなかった自分の幸運に感謝したもんさ・・・。




「話は分かったが・・・、オラは何を作ればいいんかね??」


ギルドからの紹介状に目を通していたノゴスと呼ばれたゴブリンは、その尖った緑色の鼻に掛けた丸眼鏡をずらし、

頭上にある俺の顔を見ながら不思議そうに尋ねてきた。


それはそうだろう。


一応紹介状には発注書の様な形式で作って欲しい物とその加工賃が記載されているが、麻雀を知らない人に

マージャンパイだの、テンボウ、だのマージャンタクだの作ってくれと言ってもまったく理解不能だろう。


俺は身振り手振り、時には羊皮紙にインクで図を書いてマージャン道具の概要をノゴスに説明する。


ノゴスはあまりピンとは来なかったようだが、


「うーん、何に使うかは分かんねぇが、とりあえず、その、パイ??ってのを作ってみるとすべか」


言うなり作業所の棚に置いてあったいろいろな材を抱えて、作業台に並べて行く。


木材、骨、金属、謎の不思議物質と色々あるが、さてこう並べてみると何を使えば良いのか全く見当も付かない。


元の世界の麻雀牌は、ユリアやアクリルなどの樹脂で出来ていたが、この異世界ではそんな物は存在しない。


全く別の素材で作る必要があるだろう。


となると・・・象牙?? 


樹脂で作られる以前には象牙の麻雀牌などが珍重された、と店の常連の爺さんが話しているのを

聞いたことがある。


それを思いだし、ノゴスに訪ねてみる。


「この世界に象はいるかい??」

「何だ??そりゃ」


芳しくない反応に俺は牌の説明をする時に使った羊皮紙の隅に象のイラストを描いて説明した。


過去には漫画家を目指していて絵の勉強した時期があった。

なのでイラストには自信があり、そこそこ上手く書けた自信はあるんだが、

ノゴスは俺のイラストを見て鼻で笑うと、


「そんな生き物がこの世に存在する訳ががねーだよ」


と、象を俺の空想上の生物だと一蹴した。



くそう・・・。まあ、確かにこんな冗談みたいに鼻が長くて耳が大きい生物、想像しにくいけどな・・・。


それでも、俺にしてみたらドラゴンなんて生き物が居るこの世界の住人に言われたくないんだが・・・。

悔しい思いを押し殺して、そんな事を考えてみる。



まあ、とりあえず象牙は存在しないことが判明した。


なら、色々試してみて最適解を探すしか無い。


俺達はまず手始めに俺に麻雀の事を思い出させてくれたスラムの子供たちの積み木遊びのように、木材を切り出して

牌を制作してみた。


途中までは上手くいっていた。何しろ木材なので加工はしやすく、その日の内に試作品は完成した。



だが、全く駄目だった。



何度か繰り返し使用している内に木製の牌は洗牌(積む前に牌が何か分からなくなるようにかき混ぜること)で

たやすく傷が付いてしまう。


こんな強度ではガン牌(傷や汚れを牌に付け、判別しやすくする反則技)が容易に出来るようになるので、

到底実用には使えない。


その失敗を踏まえ、今度は真鍮などの金属で作ってみる。


以前雀友数人とドライブがてらに行った関東の某所にあった麻雀博物館で、

金だの銀だの金属製の麻雀牌をみたことがあったので、コレは密かにイケるんじゃないかと期待したのだ。


木に比べれば加工しづらく、文字を彫るのに時間が掛かり、完成に3日ほどを要したが、これも無事に試作品は完成した。

だが、コレも駄目だった。


何故ならその重量は樹脂や木材に比べると遙かに重く、牌を扱うのに力が必要になる。

それに幾ら丹念に削っても金属だと、洗牌で掻き混ぜる時などに指に少なからずダメージが入る。


あっという間に俺たちの指の爪はボロボロになった。コレではゲームを楽しむ事など不可能に近いだろう。

到底使い物にならず却下である。



次に景徳鎮と言う名前の焼き物の麻雀牌があることを思いだし、ノゴスの知り合いの陶磁器職人に手伝って貰い、

陶磁器の牌なども作ってみたが、思った以上に壊れやすく、ヒビも入り、しかも高価で到底実用レベルとは言えない。


翡翠で作られた牌があったことも思いだして提案してみたが、ノゴスに即却下された。

曰く、そんな代物を作ろうとしたら天文学的な額になるというのだ。


そうだよな・・・、元の世界じゃ中国か何処かの皇帝の持ち物だったしな・・・。無理だよな・・・。



骨牌と呼ばれていた麻雀牌の原点に戻り、牛などの骨を使ってみたらどうかと思ったが、

骨は個体ごと部位ごとに色合いが微妙に違い、判別が容易に出来てしまう。


ならば竜などの巨大な生物の骨を使えば同一個体の同一部位から牌が作れないか?と提案してみたが、

竜などの骨は一流の冒険者達の武器や防具にも使える希少な素材で有り、値段的に到底手が出ないと却下された。



なんでも銀などを使った方がまだ安上がりらしい。マジかよ・・・。恐ろしいな、竜素材・・・。




そんな訳で、俺は作業開始一週間にして完全に素材探しに詰まってしまった。



最終的にはカードにするのも考えたが、カード麻雀は色々と取り回しが悪いしやはり魅力に欠ける。

麻雀の魅力を普及するのが本筋であるので、出来ればそれは避けたい。


しかも紙の高価なこの世界では制作費も安くはない、コレも却下である。



俺が作業場の片隅で座り込み頭を抱えていると、ノゴスが布で包まれた何かを持ってきてくれた。


「旦那が描いた絵に近いものを持ってきたんだが・・・、どうだい、使えそうかい??」


そう言いながら作業台の上に置かれた物は、象牙にソックリな軽くカーブを描く大きな牙だった。


「コレは一体・・・??」

「この街の近くの村で畑を荒らして冒険者に退治された、大牙猪【おおきばじし】の牙さ、

サイズは申し分ないと思うんだがどうだろうかね??」


そう言われて牙の端を削って確認してみたりしたが、なかなか良い感じである。

色合いも象牙に近いし、手に持った感触も粘りがあり極めて良好、強度も充分有りそうだ。


俺はノゴスに向けて笑顔で頷くと、彼は待ってましたとばかりに道具を取り出してきて牌の厚みごとに牙を切り出し、

一つ一つ丁寧に牌の形を仕上げていく。


牙は象牙と見間違えるほどの大きさなので、136牌全て作っても充分足りる。

こんな牙を持っているなんて、一体どんな大きさの猪なのだろうか・・・。


野犬に毛が生えた様な狼やスライムで心が折れた身としては、一生出会いたくない。




そんな訳でノゴスとその弟子達の手によって完成した大牙猪の牙を使った試作品の牌を、

他の牌と同じように試験してみるが、ジャラジャラとした感触は象牙の牌に極めて近く、手に馴染み、

金属製の様に指も痛くならない。


目立った傷も付いてないようなので、遂に今までの懸念の全てがクリアーされたのだった。



「問題なさそうだけど・・・、大牙猪の牙は値段はどうなんだ?? 竜の骨みたいに高かったりするのか??」


そこだけが問題だったのだが、ノゴスはニッと微笑むと、


「大丈夫だよ、ここまで大型の牙は早々出回らないが、大牙猪は食用に大量に狩られるモンスターだからね、

市場に頼めば在庫は手に入るだろうし、値段もそんなにはしないよ」


と答える。 コストの方もクリアーらしい。



「もうすぐ大牙猪が冬眠に入るから、そうなると春まで手に入り辛くなるだろうが・・・、

今の時期ならギリギリ大丈夫さ」


マジか・・・、時期も良かったんだな・・・。

だが、とりあえず十セット作れれば問題は無い。


冬の間は普及に努め、春になればまたその時に考えれば良いだろう。


とりあえずは肉奴隷落ち寸前の環境から抜け出すことを考えないとな・・・。




とりあえずノゴスに市場の方に確認して貰うと、十セット分の牙は手に入ることが確認できた。


よし!コレでイケる!!


俺はノゴスの方をみて力強く頷くと市場に牙の買い取りの注文を出し、試作品を完成させる作業に入ったのだった。




作業に入ると忙しく牙を削るノゴス達の横で、俺も別の作業に従事する事になった。


何しろ異世界で始めて作る麻雀牌、普及して広めるためにもそのまま形で作るような乱暴な真似は出来ない。



そこで牌の意匠を決める事にしたのだが、コレには色々と苦労をした。



最初に字牌に取り掛かった。

この世界にも東西南北はあるので、東南西北はソレを当てはめる。


三元牌はそもそもの由来が不明確なので少々苦労をした。三元牌の意味なんてオレも知らないからな・・・。


白粉、緑色の黒髪、口紅、なんて説もあるが、この世界の言葉に当てはめると意味が分からなくなるので、

もういっそ何も書かない白、緑色の緑、赤色の赤で色で分けることにした。


些か雑な感じだが分かり易さ優先である。



字牌に比べたら数牌は楽だった。


この世界にも数の概念はもちろん存在するし、

幾ら計算が出来ないと言っても流石に1から9が数えられない奴はいない。


ピンズは玉の数だしソーズは棒の数(イーソーは鳥のマークだが)だから、説明不要の分かり易さがある。


問題はマンズだ。まさか元の世界の漢字をそのまま乗せるわけにはいかず、

頭を抱えてウンウン唸った末に、この世界の数字をまるごと載せることにした。



些か雑な感じだが分かり易さ優先d(ry)


いいんだよ!元の世界でもヨーロッパとかではマンズの横にアラビア数字書いてるんだから!!



普及が第一、分かり易さ優先で意匠を決定したオレは、ノゴスとその弟子達に一つ一つ説明し、

彫りの作業に入って貰う。


金属よりは大分作業も楽なようで、ドンドンと完成品が積み上がっていく。



オレはその間に牌を削った時に余った牙の端材を細い棒のように削り、

軽く穴を開けてそこに染料を流し込む小学生でも出来る作業を熟していた。


簡単な作業のようだが、麻雀において重要な点棒を作っているのである。


点棒は何しろ数が必要なので今のうちに少しでも進めておきたいという事もあり、

俺が慣れない手つきで制作に回り、なんとか削った牙の形を一本一本整えていく。


生まれてこの方ゲームや漫画、麻雀ばっかりで遊んできた。

人生でこんなに真剣に作業をした記憶は無いぐらい真剣に作業を続けた。


後20日ほど後に、盗賊ギルドの納得する結果を出せなければ、オレは男色家の商人に肉奴隷として飼われていまう。


そんな崖っぷちの環境に身を置いて、始めて真面目に仕事をする気になったと言うのだからオレも救われない男だ。


オレはそんな自分に溜息をつきながら立ち上がり、点棒の穴に刷り込む顔料を探しに作業場の奥へと向かうのだった。





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