冒険者になろう!
気がついたら見知らぬ街の路地裏に倒れていた。
霞が掛かるような頭を強く振り、意識を取り戻す。
そんな俺を胡乱げに見つめてくる道行く人々。慌てて愛想笑いを返そうとするが、そこでまず違和感を覚えた。
まず、彼等の服装が尋常では無い。
Tシャツやスーツの一般的な格好をしている人など一人もおらず、皆が中世のヨーロッパの村人の様な服を着ている。
何の冗談か革鎧着た青年や腰に剣などの武器をぶら下げた奴までいる。
それだけならコスプレ会場にでも迷い込んだのか??と思うところだが、
俺のその推測は後ろから来る荷車を見て一瞬で吹き飛んだ。
通りの向こうを武装した集団が奴隷らしき粗末な服を纏い、足かせを嵌めた人々に荷車を引かせていた。
その上に積まれていたのはなんと、血まみれで横たわる竜の死骸だったのだ。
竜だぜ、竜!?
恨めしげに見開いたその黄色い瞳は眼球だけでバスケットボールくらいは有るだろう。
見ただけで堅そうな紅い鱗に覆われ、至る所から血が流れ出ていた。
爪や牙はそれ一本だけで俺の腕より太く、鋭く尖っている。そこに塗れこびり付いた赤黒い血痕は、
おそらく竜の物だけでは無いのだと言うことを周りの怪我人の数から推測できた。
俺はその時点で次に思い浮かんだドッキリ番組のロケの線を捨てた。
道行く人だけならともかく、こんな手の込んだエキストラや代物を用意するなんて、額にしたら億じゃ効かないだろう。
しがない雀荘の店員をドッキリに嵌めるは大掛かりすぎるのである。
だとしたらこの状況は・・・。
路地裏に座り込み考え込んだ俺の頭の中には、ある一つの単語が思い浮かぶ。
異世界転移!!
雀荘のメンバーには意外にオタクが多い。不規則かつ長時間の勤務(雀荘のメンバーは大抵12時間勤務)のせいもあり、
手軽に見れ、プレイできるアニメやゲーム等を趣味にたしなむ雀荘店員は少なくない。
パチンコやスロットに手を出すメンバーも多いが、そんなに稼げる職業では無いので、
金が無くなると近所の旧作100円のレンタル屋に行き、それを見ながら少ない休日を過ごす。
俺もそのご多分に漏れず、アニメやゲーム、果てはラノベに親しみ、なろう小説なども結構読み込んでいた。
だからこそ、この状況に追い込まれても慌てること無く状況を判断することが出来たのであろう。
まじかー、異世界きちゃったかー、俺。
ラノベで読んでるときは行きたいとは思っていたが、実際にこう飛ばされてみると冷静にならざるを得ないな・・・。
つうか、天和九連アガると異世界に飛ばされるんだな・・・。
麻雀で放浪してた人の師匠も案外異世界に飛ばされてたのかもしれないな、と思った。
あっちの世界では身ぐるみ剥がれてドブに死体捨てられてたけど、転移してたならその先での幸せを祈りたい。
さて、そんな事を思いながらも俺はまず、最初に落ち着いてあたりを見回した。
路地裏から見える範囲からでも色々と情報は手に入るものだ。
店の前に張られた張り紙などを見て、まず文字が読めることを確認した。
まったく意味不明の記号のようだが、頭に入ってくる時には意味を持って頭に浮かんでくるのだ。
宙に指でなぞるように頭に思い浮かんだ記号を書いてみる。
どうやら書く方も問題ないらしい。
道行く人々の話し声にも耳を傾けた。
口の動きは全く違うものの、聞こえてくる言葉はありがたいことにみんな日本語である。
よし、チートはある。
どうやら文字も言葉も自動で翻訳されるようだ。これで有りがちな言葉を話せずに序盤で詰む事は免れたらしい。
ハードなラノベだといきなり奴隷に売られる展開もあり得るからな・・・、まずはそこはクリアーだ。
その次に、何とかステータスが見れないか「ステータス・オープン!!」とか、
それに類する言葉を色々変えながら連続して叫んでみたが、
周りの通行人達の冷たい視線が倍化しただけで、何も起きずに終わった。
どうやらそういうタイプの異世界では無いらしい。
ゲーム的な処理がされてないとなると、どうやらハード目な展開だ。
コンティニューとかで死んでも助かる、なんてご都合主義があるなんて考えはしない方が良いだろう。
俺は慎重な行動を心に決めながら行動を開始すべく、路地裏からでて街の大通りを歩き始めた。
そして一月後、俺は路地裏で膝を抱えて蹲っていた。
財布の中には銅貨の一枚も無く既に二日何も胃に入れていない。腹は抗議の轟音を頻繁に鳴らしていているが、
俺にはどうすることも出来ない。
水で誤魔化そうにも異世界では水も有料であり、今の状況ではそれすらも叶わない。
いよいよとなれば少し離れた街外れの川まで行き、不衛生な生水を啜ることになるだろう。
もしそうなって腹でも壊せば腹痛で動けなくなるだろうし、それで倒れでもしたならばめでたく行き倒れの完成である。
助けてくれる親切な知り合いなど心当たりが有るわけも無く、そうなれば死が見えてくるだろう。
異世界なんてロクなモンじゃない・・・、来たいなんて思うんじゃ無かった・・・。
天和なんてアガるんじゃなかった・・・。
俺はうつろな瞳から一筋の涙を路地裏にポツリと落とし、そう何十回目かの公開の呟きを口にするのだった・・・。
一体何があったのかって??異世界に挫折したんだよ・・・。
慎重に行動するんじゃ無かったのかって??? したんだよ・・・、した結果がコレなんだよ・・・。
俺はあの後、早速行動を開始した。
雑貨屋に入り、たまたま制服のポケットに入ってた煙草と100円ライターを店の主人に買い取って貰った。
銀貨数十枚をを袋で渡されて、
「それだけ有れば三ヶ月は宿屋暮らしが出来るよ」
と恵比寿顔で言われ、親切な主人に感謝したものだ。その時は。
後から聞けば、【マナも無いのに炎が出て手のひらに収まる道具】なんて最低でも金貨10枚からの話らしい。
金貨が一枚で銀貨百枚だから・・・、まあ要するに考えられないほど足下見られてボッタくられた訳だ。初っ端から。
そんな事も露知らず、俺は鼻歌交じりで近くの服屋に入ると、何かと目立つ雀荘のメンバーの制服から、
異世界のチュニック風の普段着に買い替え、ラノベの知識よろしく酒場で情報収集を始めたのだった。
気が大きくなっていたのか、
「マスター、店のみんなに一杯づつ奢ってくれ」
・・・なんて言ったりしてな。
一回言ってみたかっただけで意味は無いんだが・・・、ココでも少なくない金を浪費してしまった・・・。
だが、流石に情報は集まったよ。
俺みたいな身分も定かでは無い人間が稼ぐ方法として冒険者ギルドを進められた。
冒険者ギルド!!
いいよいいよ!そういうの待ってたんだよ!!
やはり異世界に来たなら冒険者だよな。
仲間とパーティーを組んで依頼をこなして、そして同じパーティーの女の子と・・・むふふ。
そんなウキウキの妄想をしながら、残った銀貨を使い武器屋や防具屋で装備を揃えた。
中古だが旅に出る前の冒険者としては破格なほどの装備を揃えることが出来た。
この街の衛兵が使っていた物のお古らしく、使い古されてはいるが物は悪くない。
二、三度素振りしてポーズ等を取ってみるが案外悪くない、剣を目線の高さまで構えながら、
案外俺、異世界向いてるんじゃないか??なんて考えたりもしていた。
そして俺は、所持金の銀貨のほとんどを使い代金を払い終え、意気揚々と冒険者ギルドに向かったのだった――――