~天和アガって異世界転移~
一見したところは普通の雀荘である。
緑のラシャの張られた四角い卓に積まれた麻雀牌。
サイドテーブルに置かれたビールに、天井付近にくすぶる煙草の煙。
洗ったグラスを拭きながらそれを眺める、店長の俺。
何もおかしな所は存在しない。卓を囲んでいる人々の風貌を除けば、ではあるが。
常人の半分程の身長しかない人物が、対面の山を自摸る為に大儀そうに腰を上げて手を伸ばす。
身長が足りないからと言って子供が打っていると言う訳ではない。また周りもそう思う人間など一人もいない。
何故なら彼は顔中がヒゲに覆われた、ドワーフと言う種族だからだ。
ドワーフは身長こそ人間の子供ほどしかないが、そのヒゲ面と逞しい筋肉で子供に見間違えられる事は皆無に近い。
実はこの種族は成人前からヒゲが生えるので、ドワーフの年齢を見た目だけで判断することは難しいのだが、
幸いなことにこのドワーフは、初老ともいえる年齢らしく問題は無いようだ。
因みに成人に達してないのに打ちに来たドワーフの少年がいたが、俺にはまったく見分けがつかなかった。
その上家に座る人物に悪意を抱く人間は少数だろう。特に男性で有るならば。
何故なら彼女は、見たことが無いような麗しい外見をした美少女だからである。
一時アイドルにハマってた事がある俺でも少し見たことが無いレベルだ。
流れるような腰まである金髪、透き通るような白い肌、宝石のように輝く青い瞳、
そして作り物の様にそれらが完璧に計算されて配置されたような美貌。
一点、あえて違和感を挙げるならば、その耳が鋭く尖っていることか。
しかしそれこそが彼女が森の民・エルフで有ることを証明する特徴。
彼女にとっては誇りであり、その耳を揶揄することは、
店の隅の武器置き場に預けられた弓の的になると言うことと何も相違しない。
負けた腹いせに彼女を耳長呼ばわりした盗賊ギルドのある構成員は、その翌日から店に顔を見せていない。
財布が厳しいだけでは無いことは、この店の常連なら皆が承知していることである。
更に上家に座る人物には、特にコレと言った特徴は見当たらない。
着ている物こそ貴族のそれだが、特に目立つ訳でもなく、
大勢の人間に混ざれば埋もれてしまい見分けがつかないないのではないだろうか。
それほどに特徴の無い顔形である。
病的に顔色が悪く、時々発生するために開けた口からは鋭い牙が覗く事を除けば。
犬歯ではなく、牙である。
そう、彼は夜の眷属達の貴族であるバンパイアなのだ。
今日も対局の最中、サイドテーブルに置かれたワイングラスを手に取り、口元に運びその喉を潤す。
はたして中身は赤ワインかトマトジュースか、それとも麻雀の勝負で取り上げた人の生き血なのか・・・。
その真実を知る者は本人以外誰も存在しない。
更に上家に座った人物こそ極めつけだった。
何しろ骨しかない。
カタカタ音を立てながら配られた手牌を理牌しているのは、なんとアンデッドのスケルトンなのだ。
骨が麻雀を打てるのが疑問に思う人間も居るだろうが、魔術でカバーされているからか、
声帯も存在しないのに発声も問題なく、マナーも悪くないので麻雀をするのには何の問題も無い。
それどころか、顔の肉が無いので表情が出ることが無く、顔色を読まれる事が一切ないので
聴牌を察することが難しい。それ故か、彼はこの雀荘でもなかなかの強豪として通っている。
まさに骨のある打ち手、というわけだ。 骨しか無いが。
そう、この卓を囲む異形の常連達からわかるように、この雀荘は普通の雀荘では無い。
異世界に飛ばされた俺、この店の店長が作り上げた『異世界雀荘』である。
俺がこの世界に飛ばされたのは特に理由が有ったわけじゃ無い。
よく有る伝説の勇者の生まれ変わりだ、とかいうドラマチックな事は無かった。
トラックに跳ねられて異世界転生、だののテンプレも無かった。
ただ麻雀を打っていただけだ。
しがない雀荘のメンバーだった俺が、深夜営業中(おまわりさんにはナイショな!?何処でもやってるけど)
眠気に目を擦りながら、その日何十回目かのラス親の配牌を手に取っていたのだが、その12枚目を取った瞬間、
思わず目が覚めた。
12枚の牌が全て同じ種類、マンズだったのだ。
麻雀を知らない人に説明すると麻雀には大きく分けて、マンズ、ピンズ、ソーズ、字牌と分かれている。
大抵の場合、それらを一色だけで揃えると点数が高くなるのだ。
俺は思わず内心ウキウキ、だが素知らぬ顔で理牌(わかりやすい様に揃えること)をした。
だが、揃った牌を見てポーカーフェイスに徹しようと思っていた俺の表情は、流石に強張った。
左から1,1,2,3,4,5,6,7,8,9,9,9のマンズ12枚。
この形が何を意味するのかというと、後は1マンが一枚あれば、マンズなら何でも和了る事の出来る、
『九連宝塔』という名前の役になるのだ。
滅多に見られる役では無く、点数も最高点の役満である。
それだけではない。もし更にもう一枚もマンズならば、親が配牌だけで和了る事になる。
そうなれば、これも最高点の役満・・・、その中でも30万局に一回と言われる
最高難度の役満、伝説の『天和』と呼ばれる役でもあるのだ。
俺は思わず震える手で最後の二枚、チョンチョンを取るために手を伸ばす。
そんな俺の様子に気付いた同卓者の常連達の視線が俺に集まる中、俺は手にした二枚の牌を手牌の右にソッと置いた。
その二枚は、赤い字で書かれた5マンと、役満の完成を告げる1マンだった。
天和九連宝塔!!
ダブル役満なだけではない。伝説と言われる二つの役満が同時に完成したのだ。
こんな事は長年雀荘のメンバーをやってきたが、見たことも聞いたことも無い。
創作の世界でも麻雀を打ちながら放浪していた、雀聖と呼ばれた人物の若い頃を書いた作品で、
主人公の師匠格の老人が完成させた直後に死亡している、くらいだ。
そんな縁起の悪い手なのだが、ダブル役満はそれだけで9万6000点の大物手だ、ウチはレート高めの雀荘なので、
この瞬間大もうけで勝ち確定である。
喜んで俺は手をあけて和了を宣言しようとした・・・、が、その瞬間、俺の心臓がピタリと止まり、呼吸も止まった。
指の一本も動かないし声も出ない、パクパクと口を開けるだけの俺を不思議そうに見つめる常連客の前で俺は――――
視界すら暗転し、そのまま卓の上に覆い被さるように倒れ込んだのだった――――