第7話 空間映像記録魔法
「うわー…すげぇな。浮いてる。」
赤く染まった空と一面の草原。そんななかを悠来とシュミーはふわふわと浮いていた。
「まぁ、浮いてるように見えるけどこれただの映像だからねー。」
どうやら空間を立体的に映像として記録することができる魔法のようだが…これ強くない?撮影したところどこでも動き回れるの?
「あ、あそこにフィールとシュミーがいるぞ?」
二人が浮いているすぐ下は岬になっていて、その切り立った岬の先端に沈みかけた太陽を眺めながら話す二人がいた。
「事件のちょっと前、ここで話していたんだよ…そのせいで、気づくことができなかった。」
多分今回の事件に気付く事ができなかったという事なんだろう。とても悲しい表情をしている。
シュミーは指差す。
「あっちに僕たちが泊まっていたお屋敷がある。ここからだと見えないけど、この丘を超えた先にある。」
「おう…、行かないのか?」
「この魔法は…って、説明するの面倒だな。とりあえず杖に触れておいてよ。手離すと映像途切れちゃうから。」
「え…そんな適当なひゃあぁぁ!」
悠来が何故叫び声をあげたかというと、突然急降下しはじめ、地面にフワリと着地したからだ。
「あの……降ろすなら降ろすって言ってくれないか?これ結構な浮遊感がある……」
「君はさっきからうるさいな!そのくらい耐えろ!ちょっと黙って!」
「なっ…」
と、口を開ける悠来。そしてシュミーはその口に平手打ちをする。すると悠来の口は声を出そうとしても接着されたかのように口が開かなくなってしまう。
「もごもごっ!?むぐ!!もんもご!?」
「喋るな。」
「……」
なんか…俺の正体がバレてからずっと雑に扱われてるけど、慣れてきてしまった。このまま行ったらもしかしたら逆に快感になってくるかもしれない。それは嫌、というか怖いな。
映像内の二人から声が聞こえてくる。
『フィールは両親のことをどう思ってる?』
『決まってるじゃないか。愛しているさ。大会で優勝して、二人に休暇を作ってあげることができた…それで、親孝行ができている気がしてね。とても……』
二人とも微笑んで見てるこっちまで釣られて微笑んでしまう。
『嬉しいと?』
『当然さ!この程度で親孝行なんて……甘いかな?』
『甘いね!確かに親孝行にはなってるかもしれないけど、まだ足りないよ!』
『……何が足りないと思う?』
『やっぱり、気持のこもったプレゼント!』
『なるほど……しかし、少しありきたりな気もするのだが。』
フィールは顔をしかめる。
『フッフッフ〜…だから僕はプレゼントを用意すべく、こんなプランを用意してきました!』
シュミーは懐から巻物を取り出してフィールの顔の前に広げる。巻物は風に棚引いて、顔の前をチラつかせる。
『おっと。こらこら、なんだい?これは。おぉ…これは…』
巻物の中には事細かに今後の予定が書かれていた。その予定というのはきっと、いつどこに何を買いに行くかとかいうことだろう。
『へへーん!すごいでしょ!』
二人はとても楽しそうに話をしている。とても平和なようだが…このあと何が起こるというのだろう。
『ハハハすごいなぁ!これ全部シュミーが用意してくれたのか、ありがとう……な!?……これは!?』
『どうしたの?…っは!この魔力は…ホテルからだ!』
『母様と父様が危ない!』
二人とも屋敷の方角から良からぬ魔力を感じたようだ。映像だから魔力がどうなっているのかまでは分からないが、この時相当の魔力が溢れ出ていたらしい。
多分、かなりの時間と労力をかけて作られたであろう巻物は陸風に乗ってどこかへ飛んでいってしまった。
二人は形相を変えて走り出す。丘を超えると大きな屋敷が見えてくる。その上空には真っ赤に染まった空と、巨大な魔法陣が広がっていた。
『あれは爆破魔法の陣だな。あの大きさ…起動したらこの島ごと消し飛ぶほどの威力になるだろう。』
『そうか……でもまだ発動には少し掛かりそうだ、ねっ!』
地面を蹴り上げ、二人はどんどん加速していく。すると黒衣のような格好をした集団が屋敷の扉を吹き飛ばしぞろぞろと現れる。その黒衣たちは腕に鉄の爪のようなものをつけている。
『どう考えてもこいつらが魔法陣の元凶だよね。』
『なんだお前ら、どういうつもりだ…何が目的だ!』
『………』
その黒い集団はただ黙って二人に敵意を向ける。いや、これは敵意というより“殺意”というべきなのだろう。
『どうやら味方ではないようだね。見たらわかるけど…全員拘束して、とりあえずこの爆破魔法を解いてもらおうか…』
『いや…こいつらがすんなりこの魔法を解くとは思わない。手首の紋章を見るんだ。』
この黒衣集団のリーダーだろうか、一人だけ周りとは違う服装をしているそいつは、手首に、ハッキリとは見えないが紋章がついていた。
『あれはまさか…!?』
『多分な…解いてもらうより全員で逃げる事を考えよう。』
『了解。』
『あと………誰一人殺すな…』
『……わかってるって。』
黒い集団は一斉に襲いかかる。
『……』
『……』
黒衣集団は無言で斬りかかってくる。しかしフィールとシュミーはそれをひらりと躱してカウンターを決める。
人数の比率的に考えて、明らかに二人の方が不利に見えたが、やはり数ある宮廷護衛騎士のチームNo.1ということもあり、あっという間に全員を拘束してしまった。
『なーんだ、ただの雑魚じゃん。僕とフィールだけでなんとかなっちゃったよ。』
『シュミー、油断をするな。』
『ふぅ、さーてと、目的を吐いてもらおうか。』
シュミーは腕をバキバキ言わせ、先程のリーダーと思しき黒衣に杖を突きつける。眼光が鋭い。
『シュミー、そんな暇はないぞ…とりあえずそいつらを馬車に乗せるんだ。』
『……うん、そうだね。』
『多分リアス達も交戦中だろう…シュミーはそいつらを馬車に乗せて、直ぐに出発できるようにしてくれ!伏兵がいるかもしれないから気をつけるんだ。俺は…リアスを探して、母様と父様を助けに行く。』
フィールが屋敷に入ろうとしたその瞬間、
『クックックック…』
『なんだ…?』
シュミーが杖を突きつけた黒衣が蔑んだ表情をしながら笑い始める。
『アーッハッハッハッ〜、お前らにいいことを教えてやろう!お前らの馬は殺した!』
『!?…貴様ら!』
『そしてこの魔法陣はもう既に発動している!解除することはほぼ不可能ォ!』
そいつは目も、口も、大きく開いて二人を嘲笑う。
『なっ…!』
『そして最後にもう一つ!我々は誉れ高き主の為に命を捧げる事ができるゥ!』
『はっ!おいシュミー!!そいつらから離れろ!』
『!?』
『主さまァ〜!!』
黒衣全員の胸に真っ赤な魔法陣が現れる。そして、その魔法陣がチカチカ輝くと同時に勢いよく回転し、爆発を起こす。
『ギャァ〜!!』
甲高い叫び声が響き、集団は爆散した。辺りは血まみれになり、所々に焼け焦げた肉片が転がっている。主のために自爆するとは。何というか…狂気じみている。
『おいシュミー!大丈夫か!』
『大っ…丈夫…』
『大丈夫じゃないだろ!』
シュミーが爆発に巻き込まれてしまったようだ。シュミーは返り血まみれになっているが、そんな中でも腹部と頭部から出血しているのが見える。
『これは…マズいな…』
『僕は大丈夫だから!このぐらいなら平気だ!僕のことはいいから、早くフィールの父さんと母さんを助けにいって!』
シュミーはかなり必死だ。
『そんなことできるわけないだろ!止血だけでも…』
『大丈夫だっ!そんな時間はないし、自分でできる…だからフィール、君は行くんだ…』
『わかった…………だがくれぐれも無理はするな!』
フィールは屋敷の中に走っていった。
……………………………………………………………………
「もご?もーごもっごっもご?もごもごもごもーご?(あれ?フィール行っちゃったよ?ついていかないの?)」
悠来は口が開かないのでジェスチャーで必死に訴える。
「あはは…この映像記録魔法、僕の杖の先っぽに付いてる魔法石から半径20メートルしか自由に移動できないんだよね…あはは…」
「もごもご(なるほど)」
この空間映像記録魔法というのは映像の中を自由にどこまででも動き回れるわけではないのか。
しかしそれでも半径20メートル以内なら杖の先から死角になっている所も見ることができるようだ。
便利だな…というかよくこのもごもごで何が言いたいかわかったな。ならば、
「もげ、もごもごもごもごもごごもごごごーもごごもごご?(そろそろこの喋れなくなる魔法解いてくれない?)」
悠来は再度ジェスチャーして見せる。
「え?なんて?」
「もごもご!」
「はい?」
「もーご!」
「何言ってるかわかんないよ!」
「おまぇぶん殴…あ、喋れるようになった。」
「魔法の効力が切れたんだよ……それより今ぶん殴るとか言おうとしてた?」
「してませんしてません!そんなこと言おうとしてません!」
悠来は顔を引きつらせながら慌てて否定する。
「まぁいいけど、どうでも。」
映像の中のシュミーは頭の血を腕で拭い、杖を手に取ろうとする。しかし爆発の勢いで今倒れ込んでいる所からではギリギリ杖に手が届かない。起き上がろうとするが体が痛み、またその場に倒れ込んでしまう。
『胸糞悪ィ…』
そう吐き捨てたその後しばらく、そこにはただ倒れ込んだシュミーの映像が映し出されていた。何をすることも無くただ力無く倒れている。
「お前、止血は自分でできるとか言っといてなんにもやってないじゃん」
「……あははは」
「嘘だったんだな?…こんな無茶なことしてたらいつか死んじゃうぞ?」
「なんとかなるかなーって!実際なんとかなったし!」
シュミーは照れ隠しに笑う。
どこからその自信が湧いて出てくるのやら。
「はぁ…お前意外と無茶するタイプなんだな。」
「意外って…もともと君に僕かどんなふうに見られてたのか知らないけど。」
「何というか…もっと大人しい子かと…ん?誰か来たな。」
血まみれのシュミーのもとに駆けつけてきたのはスピカとバルバスだった。バルバスは慌てることなく直ぐに止血を始める。
『シュミーったら無茶して…心配したんだからね?』
『ごめんね…フィールは?』
『多分今回の襲撃事件の親玉っぽい人と戦ってる。リアスと一緒に!』
『スピカはなんで僕のところに来たの?一緒に戦わなくても良かったの?』
『フィール、私のことが邪魔だったみたいでね…』
『フィール……こんな時まで意地を張ることないじゃないか!うっ…』
『あんまり喋っちゃだめだよ!傷口が広がっちゃうよ!』
『あの巨大爆破魔法陣が起動するのももう時間の問題だよ…フィールを助けに行かないと…』
『駄目!私達は安全なところで待ってた方が…』
『フィールによると!…あの魔法陣の大きさだとこの島ごと消し飛ばすくらいの威力があるって…』
『えっ…そうなの?』
『それに…見てごらん?あの魔法陣、とても緻密に組み込んである。あの大きさ伊達じゃない…この島は今僕らしか居ない…完全に…僕たちの誰かを狙ってるか、全員を狙ってるのか。計画的な犯行だね。このままじゃみんな助からないよ。』
『嘘…でしょ…。そうだ!バルバスの魔力障壁で爆発を防げるじゃない?!』
『…』
バルバスは静かに首を振る。
『無理だ…バルバスが全出力で魔力障壁を発動したとしても、あれの威力には敵わないと思うし…それに、もう魔力障壁を満足に使えるほど魔力が残っていないんじゃないか?』
バルバスは頷く。
もうすっかり為す術が無くなってしまったかと思われたが、スピカは突然立ち上がり目の色を変える。
『私…助けに行ってくる!』
『待って!君にはやってほしいことがある!』
シュミーは力を振り絞りスピカを引き止める。
『…何をすればいいの?』
『僕とフィールの寝てた部屋にクリーム色のポーチがある…そのポーチにオーガポーターが入ってるから、取ってくるんだ。行き先はセンターバールだ!』
『わかった!』
勢いよく返事をしたスピカは、二人を置いて駆け足で屋敷に戻ってしまった。
『大丈夫かな…』
『…』
スピカが屋敷に入ってすぐに魔法陣の外側が勢いよく回り始め、重低音を響かせる。
『マズい、時間がない…』
するとまた屋敷から小走りで誰かが出てくる。
『リアス!?戻ってきたんだね!』
『ええ…』
リアスの手にはオーガポーターがにぎられていた。
『え…それ、待って…フィールはどうしたの?』
シュミーは恐る恐る尋ねる。
『自分の部屋にオーガポーターがあるからそれを持ってシュミーのところへ行けと言われたので…』
『一緒に戦ってたんじゃないのかい?!うっ…』
興奮したシュミーをバルバスは軽く押さえつけ、止血を続行する。
バルバス……こんな修羅場でこれほど冷静になれるとは、今どんな心持ちで作業をしてるんだと疑問を抱かざるを得ない。
『大丈夫ですか?あまり興奮しないほうがいいですよ。』
シュミーは体の痛みに妨げられた疑問を再度リアスに投げかける。
『一緒に戦ってたんじゃないのか……?』
『えぇ。バルバスとスピカが戦闘から離れてすぐにそうしろと言われたので…』
『大変だ…これはマズい…』
どうやら入れ違いだったようだ。シュミーはスピカに言いつけたことを後悔し、涙が溢れそうになっている。
『どうしました?ところでスピカは…?』
『オーガポーターを取りに行かせちゃった…』
『本当ですか!?あの魔法が発動するまであとどのくらいですか!?』
『推定…2分ってとこかな…最初あの魔法陣の外側が回り始めたでしょ?あれが第1層でそこから第10層まである。1層進むのに約30秒。そして残り4層…この推測は割と正確だと思う…』
『くっ…助けに…』
『行っちゃだめだ!』
シュミーはリアスの手首をガッチリ掴んで離さない。
『でも助けに行かないと彼らの命も!』
『助けに行って、君が発動までに戻って来れなかったらどうするんだ!今は信じて待とう!』
『それは…信じて待つというのは…つまり彼らが戻ってこれなかったときは見捨てるということですか…?そんなの嫌です。見捨てて助けなかったことを後悔するくらいなら、助けに行って彼らと共にに死んだほうがマシです!私は助けに行きますよ。』
『そうか、そうかよ、なら、ポーターは置いていってね…』
すぐさま立ち去ろうとしたリアスはその言葉で足を止め振り返る。
『当然でしょう……そんなに信用されてなさったとは思いませんでした……』
『くっ…僕が自己中心的だとか思ってるかもしれないけど、君だって今動けない僕のことを考えずに……』
『今はあなたと口論をしている時間はないんですよ…』
『僕は…死にたくない…』
『そんなの…みんな同じです!それにフィールの両親はどうするんですか!』
その一言でシュミーの両目から涙がボロボロ溢れる。どうやらこの絶対絶命の状況の中で、フィールの両親の事をすっかり忘れてしまっていたようだ。
『みんなで拠点に戻ったらその腐った性根を叩き直す必要がありそうですね。』
『みんなでって…?』
『向こうを見てください、フィールとスピカが戻ってきましたよ。』
リアスはシュミーに優しく微笑む。
リアスの微笑みは、仲間を見捨てようとしたシュミーにも優しさや暖かさを見せるものだった。これは、惚れる。
皆なんとかなると思って少し安堵しているよだ、が…
フラグが立っている気がする。
屋敷からスピカとフィールが出てきた。フィールはスピカの肩を借りている。この時フィールの目は哀感に溢れたような曇った目だった。
『走って!もう時間がない!』
シュミーがそう叫ぶと、二人は最後の力を振り絞って駆け寄る。
『フィール……あなたの父様と母様は?』
リアスがその質問をしたとき、フィールは悲劇的な顔をしてリアスにこんなことを言った。
『……もう私は何も信じる事ができない。』
4人は何かを察して一瞬沈黙が走った。
『話は後だ!早くオーガポーターを!』
シュミーはリアスを急かす。
リアスは頷いてから、オーガポーターの側面にある窪みに黄色い石をはめ込み、上部をひねる。本来ならこの時点でオーガポーターが起動する筈だった。
『!?…起動しない、妨害されています!』
はめた黄色い石は黒ずみ始め、粉になって消えてしまった。
『消えた…まさかあの魔法陣、転送妨害の効力もあるようだね…』
『そ、そんな魔法聞いたことがありませんよ!?』
この絶望的な状況で気が狂ってしまったのか、シュミーの顔からはうっすら笑みがこぼれていた。
先程の安堵はやはりフラグだったのか……
そして魔法陣が完全に発動し、陣の中心から爆発の波が広がる。
5人の元に爆発が到達するまで推定10秒。
そんなときスピカは不思議そうな顔をして
『みんなこれ…』
と、もう1つのオーガポーターを差し出す。
何故持っているか皆が不思議そうな顔をしたが、一瞬で我に返る。
『一か八か!』
全員はオーガポーターに触れる。
そしてスピカのものらしき手が上部をひねった。
すると、オーガポーターは輝き始めた。
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どうやら、スピカがなぜか持っていたそのオーガポーターは、爆発する寸前でなぜか発動したらしい。
映像はそこで終わった。