そして、戦場へ
◇
「お、起きましたね、軍師様!」
目覚めると、顔の近くにビーナがいた。
あまりに近すぎて寝起きでの感覚では、棚にあったはずのフィギュアのどれかが、落ちてきたのかと思ってしまった。
しかし、ここは自宅のベッドじゃなくて馬車の中だ。
しかも馬車は結構な速さで走っている。
「おはよう、勇輝くん」
「おはようございます、軍師様」
榎本さんとティアリィは、俺が寝ている間に、向かいのソファーに座っている。
「おはよう」
俺は眼を擦りながら車外を見る。
馬車は、山中の道を飛ばしている。
「今、何時ですかね?」
「ここの世界の時間はよくわからないけど、もう昼過ぎよ」
「なるほど、このピンクのソファーは、人をダメにするソファーであることが実証されたわけですね」
実際のところ更に二度寝しても、まだまだ眠れそうだ。
外を眺めていると、並走する騎手のなかに、見知らぬ顔がいくつかあるのが見えた。
若くて可愛い女の子ばかり。
だが、綺麗な顔なのに、一様に渋い顔をしている。
「聖剣とやらを、取りに行ってた班が戻ったんだ」
俺は、一人言のように呟く。
「軍師様、そうなんですが聖剣の確保には失敗してしまったということなんです」
「そりゃ、残念だ」
それで美少女たちが無念そうな顔をしていることも理解できる。
俺は、仲間たちのリストに、既に3人の新しい名前が含まれていることに気づいた。
とりあえず、職業の表記が、魔法戦士、魔法戦士、神官戦士と、いずれも複合系の職種なのを確認した。
いずれも、レベル1。
名前は、コリス、リリナ、エマ。とある。
まあ、追々(おいおい)、覚えていけばいいだろう。
「それにしても急いでいるな」
「敵に追われてますからね」
「近いのか?」
ビーナは頷く。
そして、俺に今朝からの出来事を語る。
朝早い段階で、3人の少女たちが合流したこと。
聖剣ファルクラーレンはすでに時遅く、帝国の手に落ちてしまっていたということ。
やむを得ず、手ぶらでの合流を決めた3人だが、なにしろレベル1の3人組だ。どうやら尾行されたらしく敵の追っ手を連れてきてしまったということらしい。
怒るムート。
睨むカイザ。
慰めるラームとアグニパ。
3人娘は半泣き。
「ビーナ、人が怒られてる場面の、詳しい説明とかはいらない」
「え。あ、そうですか」
「まあ、それで逃げてるんだな」
「そうですよ。カイザさんが、得意のリザードマンズ・トラップを仕掛けてくれたので、少しは時間が稼げたのですが。逃げ切れるかどうかは、わかりませんです」
「いや、無理だな」
「何をおっしゃいます軍師様。みんな真剣に逃げてるってときに」
俺は、視界の右上を指差す。
「見えてるんだ。例の数字が」
「ああ、じゃあ、戦闘ですね」
ビーナは、切り替え早く納得した。
戦闘開始前に現れるという、カウントダウンが、今まさに目の前で始まっている。
馬車が急停止した。
「前に敵よ! 待ち伏せされたみたい!」
マリーが叫ぶ。
前に敵、後ろからも敵。
見事に挟み撃ちにされたらしい。
「軍師様、お仕事の時間ですよ!」
「まずは状況を把握しないとな。外に出よう」
俺たちは、揃って外に出た。
道が狭い。
まずそれが印象だ。
進行方向に向かって、右側はすぐ木々が立つ登り坂になっている。馬車や馬での侵入は不可能だ。
左は、切り立った崖っぷちが続き、遥か下に河が物凄い勢いで流れている。落ちたらただでは済まない。
前方、まだ遠いところだが、敵と解る集団が待ち構えている。
後ろにも、敵。
こちらの方が更に遠い位置にいるが、もっと人数が多い。
どちらかを突破するしかないだろう。
馬車や荷物を捨てれば、山の中に逃げ込めるかもしれないが、なにしろ王女様一行だし、こっちは軍師様として期待されているみたいだから、選択肢としては除外する他ない。
とすれば、前方の敵に仕掛けていくのが自然と導かれる戦い方になるか。
やりなおし前提でいいんだ。
まずは新戦力の強さを確認していきたい。
後ろの敵に対する備えは、デニルとラーム、マリーを置くとして、ムートとティアリィは馬車の近くに。
残りの、アルセウス、アグニパ、3人娘で前の敵にアタックを掛けてもらおう。
NPCのカイザがどういう動きに出るかもチェックしていきたいところだ。
「軍師ユーキ」
王女ソフィレシアが、俺に歩み寄る。
緊張感がある眼差しだが、不思議と恐怖を抱いているような風には見えない。
まだ、子供なのに、自分を狙ってくる集団を目の当たりにしても、この落ち着きぶりはなんだろう。
「危険ですから、王女様は馬車の中にいてください」
「心得ています。私が外にいては皆が戦い難くなることでしょう。私にも、戦いの役に立つ力が有ればよいのですが」
「その気持ちだけで、みんな頑張りますよ」
「お願いします、軍師。私の命に、一国の命運が掛かっています。国のため、民のため、私はここで果てるわけにはいかないのです」
「わかりました。何とかします。してみせます」
俺の言葉に、ソフィレシアは笑顔を見せる。
そんな可愛い笑顔をされたら、俺としてもこの少女を守らないといけないという気持ちが芽生えようというものだ。
王女は俺に声をかけたかっただけらしく、後は大人しく馬車の中に戻った。
やはり、見ず知らずの少年に命を預けるのだから、一言伝えたくなる気持ちも、わからなくはない。
仲間たちは、慌ただしく馬と三台の馬車──王女のと俺たちの、そして荷馬車の三台だ──を繋ぎ止めたりと、作業をしている。
騎馬に乗って戦うのは、アルセウス、デニル、ラームの3名。残りの馬は非戦闘員である侍女らが手綱を引いて、馬車と一緒に戦場を誘導してくれるということだ。
「軍師様、マップをご確認下さい」
俺は、ビーナに言われるままマップを広げる。
「えらく、長細い地図だな」
「今回の戦場です。西の端が光ってますでしょう。ここに、姫様と三台の馬車を移動させられたら、わたくしたちの勝利です」
「なるほど、脱出地点に連れていく系のミッションなんだ。敵は全部、倒さなくていいんだ」
「そうみたいですね」
俺は、脱出地点を目視しようとしたが、待ち伏せの敵の先は、道が右に曲がっているため見えない。
確かにマップ上でも、緩やかに湾曲した道が認められた。
ということは、前回の戦いと同じで、視認されていない敵が、まだ前にも後ろにもいるかもしれないということだ。
更には、視界の外にいる味方には命令できないんだから、その辺り、考えたほうがいいかもしれない。
各員の戦闘準備は、整ったように見えた。
戦闘開始まで残りわずかだ。
東からの敵を牽制、押し留めながら馬車と中の王女を進行させ、西にいる敵は排除してゴールを目指す。
おおまかには、こんな感じだな。
まずは敵の強さ、味方の強さを見て、場合によっては東西の担当を入れ換える。
これで、大丈夫だろう。
「ビーナ、巻き戻し前提で、まずは様子見をするからな」
「えー。ああ、まーいいですけど」
「榎本さんは、一緒にいてくださいね」
「了解よ、軍師様っ」
榎本さんは、警察式の敬礼をする。
ビーナと榎本さんだけ、他とテンションが違い過ぎるな。
カウントダウンが終わる。
戦闘開始だ───!
ここから次の投稿まで、しばらく掛かりそうな感じがしています。