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新たな出会い



「──勇輝くん、起きて」


 俺は、榎本さんに揺さぶられて目を覚ました。


「ラームさんが、もうすぐ目的地ですって」


「‥そうですか」


 榎本さんの背景で、ピンク色の世界が揺れている。

 起きたと思ったがむしろ夢の中みたいに思えた。


「どのくらい寝てました?」


「二時間くらい? 勇輝くん、寝顔だけ見てると、ただの女の子にしか見えなかったわよ」


「‥そうでしょうね」


 自分で自分の寝顔を見たことはないが想像はできる。

 榎本さんに、二時間のあいだそれを鑑賞されたことは、恥ずかしい気持ちはあるものの、逆に、この場に男がいないことが良かったと思う。

 それはいろんな意味で危険な行為だ。


 男に、俺の寝顔を見せないほうがいいことは、中学の修学旅行の際に実証されている。あのときのことは、何かと騒ぎになったうえ、最終的には教師たちと同室で就寝させられるという、とてつもなく嫌な思い出として俺の記憶に刻まれている。


「何か寝言を呟いてるのも、可愛かったわ」


「ああ。意味不明な夢を、観てましたから」


「どんな?」


「異世界に転移したと思ったらシューティングゲームでした」


 榎本さんは、それがどんな夢だったのか、思い描いてみた様子だが、すぐに断念した。まあ、そうだろう。


 夢の中での自機が複座型で、後部座席に榎本さんが搭乗していた件は報告不要だろう。どんな風だったかを質問されても、ただ後ろで叫んでいるだけだったからだ。


 とにかく、機体が前後と上下にしか動かせないのが最悪だった。横スクロールのゲーム世界だったんだろうが、あくまでコクピットからの主観視点で戦うわけで、やりにくいことこの上ない。ほとんど、敵からの弾幕を避け続けていたイメージしかない。しかも、この敵弾がチラついて視認しにくくなるのが、もっと最悪だった。


 でも、まあ、夢なんてそんなもんだ。


 俺は窓越しに馬車の外を眺めた。


 街道は、ファウスベルクの街を出たあと、なだらかな丘陵地帯が続いていたが、今では山の中に入っている。


 車内が全体的に傾いているのは、斜面を登っているせいだと理解した。ライバーとレフバーの二頭は、力強い足取りで山道を進んでいる。


 やがて、別の道が合流する地点で、ひとりの騎士が俺たちを出迎えた。デニルが馬を寄せると、何か言葉を交わしている様子が窓からでも見える。


 騎士は、デニルと横並びに見ると、その体格の太さが目立つ。

 重厚でボリュームのある合板鎧の下に、おなじだけの肥満した肉体が詰まっているかまでは、ここからでは確認できないが。


 とりあえず、乗られている馬が可哀想という気持ちにはなる。

 馬も鍛えられているのだろう。四肢が発達して太い。それとも、そういう種類の馬ということなのか。


 ラームが、窓に近寄って、車内の俺たちに話しかける。


「道を外れたところで、姫様が待っています」


 出迎えの騎士が先導して、俺たちの一行も後に続いた。

 このまま、馬車に乗っていていいみたいだ。


 やがて道なき道を進むと、街道からは巧みに見られないようにして、一台の立派な馬車が隠されていたのがわかった。


 俺たちが乗っているのとは、比べ物にならないくらい豪奢で大きな馬車だが、それが山中で木々と岩の影に突然と姿を現したのは違和感が強い。


 王女様のものであろうことは、これまでの話からしても間違いないだろう。

 後部には(すす)けた後や、刀傷のようなダメージがあり、陥落した王都から困難を越えて逃れてきたことを物語っている。


 更にむこうに、テントが二つ、張られているのが見えた。


 どちらかに王女様がいるのだろうか。

 王族が使っているというには簡素なテントだが、それでも、辛くも逃亡中であるという話から考えると、随分とアウトドアの用意がいいようにも思える。

 どこか、途上で入手してきたものなのかもしれないが。


 俺たちの馬車が、騎士の誘導で停められた。


「着いたみたいね」


 榎本さんが腰を上げる。

 馬車の中に飽きているのだろう。顔を見ればわかる。


「ソフィレシア様にお会いするのは、はじめてです。どうしよう、緊張してきました」


 ティアリィは、胸元に手を当てながら、深呼吸する。

 いわゆる、王族というものに出会うのは、そう言われてみれば、俺だって初めてになる。


 やばい、俺も緊張してきた。


 礼儀作法とか、さっぱりわからないんだが。それどころか、そもそもオタクだから他人との接し方にも不馴れなのだ。

 こっちの世界では自分も他人も、どこかゲームキャラ気分で考えることにして、コミュニケーションを乗りきっている感は否めない。


 今回も、そっちのノリでやりきれたらいいんだが。


「王女様って、どんな人なの?」


「とても綺麗な方ですよ」


 榎本さんの質問にビーナが答えたが、何のイメージの追加にもならない。王女様で想像するからには、綺麗な女性なんだろうということは、とっくに考えていることだ。

 もっと実体に迫る、他のプリンセスにはない特徴とかエピソードとかは出てこないものか。


 まあ、会えばわかる。そういうことではある。


「ほら、みんな降りて」


 マリーが、馬車の扉を開けて呼び掛ける。


 まず、榎本さんが、次いでティアリィが降りた。

 俺はビーナを肩に乗せて、最後に降りた。


 先導してくれた騎士が、手を貸して降ろしてくれた。

 先に降りた二人と違って、俺は騎士様に手を貸してもらうようなレディーではないのだが、断るのもなんか悪い気がして、つい貸してもらってしまった。


 彼のことを、やっと近くで見ることができた。


 鎧に合わせて、体も大きく、かなり太っている人物なのは、顔を見れば一目瞭然だった。大きな丸い顔は、クラスメイトに必ず一人はいた肥満少年のそれだ。

 くせのある短い髪は、茶色がかった金髪で、色白のふくよかな顔はシルエットの印象がただただ丸い。そんな顔の中心に寄せて集まるように目と鼻と口が納まっている。

 悔やまれることなのかどうか、目も鼻も口も、それぞれのパーツはイケメン用の仕様だ。


 整った太い眉の下にある瞳はサファイアブルーで、涼しげに優しい光が宿っているし、鼻は高く筋が通っていて、大きな口は凛々しく結ばれている。


 ダイエットして、それが成功した暁には、大変なイケメン騎士が誕生するのではないか。


 年齢はたぶん若くて、俺と同じか、ひょっとしたら年下かもしれない。


 でも、こういう、なんだかちょっと残念な人のほうが、俺は親しみがもてるので安心できて好きだ。

 それに彼に対して好感を抱かない人間も、めずらしいのではないかと思わせてしまう、第一印象の好感度の高さがある。

 バイトの面接とかは、採用されやすそうだ。


「ありがとう」


 俺は礼を述べた。

 ちょっと、顔が笑っていたかもしれない。

 初対面で失礼にならないようにと、気を付けていたのだが、でもやっぱり笑っていたのだろう。


 とたんに、騎士の顔が真っ赤になった。


「そ、そんな‥ボクは、ただ‥」


 完全に駄目なパターンだ。

 このリアクションは過去に経験済みのものだ。


 彼は今、女の子に優しく微笑みかけられたと思ったのだろう。うぶな少年にありがちな反応である。


 まず、俺の性別に関する誤解を解かないといけない。


 こうしてみると、制服という記号によって、黙っていても他人に対しての性別判断を間違わせずに提示できた学校という空間が懐かしくなる。

 いっそのこと、こっちの世界では女で通したほうが楽なんだろうという気もする。

 ただ、そこからいけない泥沼にハマりそうな予感がするので、絶対やらないが。


「ええと、ごめんよ、俺は──」


「ボクはこれで、監視の任務がありますので失礼します!」


 そう叫んで、メタボの騎士は、太っている人にあるまじき速さで俺の前から去っていった。


 いきなりやってしまった。

 これはまた、後でめんどくさい。


「だめじゃない、勇輝くん。また、純情な男の子をたぶらかしたりして」


 榎本さんは、そう言って責めるが、目が笑っている。


「勝手に誤解するのがおかしいんですよ」


「軍師様は、無意識な小悪魔キャラというやつなのですね!」


「違うぞ」


 馬を繋いで置いてきた、デニルとラーム、マリーが合流した。


「どうかなさいましたか? アグニパが、赤い顔をして走っていったのですが」


 困惑した様子で、ラームが言った。

 先程の騎士はアグニパという名前らしい。


「軍師様が彼を魅了なさったのです」


 ティアリィが欠陥だらけの答えを返す。


「していません」


「無意識の魅了みたいです」と、ビーナ。


「違うって」


「なるほどわかります。彼には後で、私から事情を説明しておきましょう」


「ん、頼んだ、ラーム」


 背後で榎本さんが笑いを噛み殺している気配がわかる。


「こちらです、どうぞ」


 ラームに導かれて、俺たちはテントへ進む。


 テントの前では、一人の老人が、岩の上に腰かけていた。

 上半身を自分の身長より長いのではないかと思わせる長さの、固そうな木製の杖に寄りかからせている。

 シワだらけの顔に、細い白髭が口許から垂れ下がっている。

 頭髪は殆ど残らないが、白い眉だけは濃く、伸びてボリュームもあり鋭い目にやや架かっている。

 まさに老人そのものだが、頭の左右から真横に向けて尖った耳が人間ではない種族だということを物語っている。


 こういうとき、軍師としての目が役に立つ。


 魔導師。男。ノーム。


 そういう表示が、老人のいる空間の斜め上に浮き出して現れた。

 ノームが亜人種で仲間になるのは、最近ではめずらしいのではないかという思考が俺の頭をよぎる。俺の知る限り、ゲームでは古きよき時代と古参ゲーマーたちが懐かしがる時代の、枠線ダンジョンRPGくらいなのではないだろうか。

 どちらかといえば、土属性の妖精として、パーティーキャラ以外での登場が多いと思う。


 ゲームはゲーム。この世界はこの世界だ。


「戻ったか、小僧ども」


「ムート様」


 デニルとラームは揃って敬礼する。


「なにやら見知らぬ顔が多いな」


「ムートさん、ただいま戻りましたよおー」


 ビーナは、ムートの前に進み出て、ヒラヒラと舞うように飛び回る。

 魔導師の目に、疑惑の色が浮かんだあと、それは理解とともに見開かれた。

 あまり老人を驚かせるものではない。


「おぬし、ビーナか。ニンフの姿を借りるとは、どういう風の吹き回しかのう」


「可愛いでしょ?」


「ワシはもっと胸があるほうが好みじゃ」


「ムートさん、気をつけないとセクハラですよ。これは軍師様の好みですから変えられません」


 いやまあ、そうなんだけど、言わなくていいし。


「軍師とな?」


 半分を眉の下に隠されたムートの眼光が鋭く輝いたように見えた。彼は、この場に並ぶ新顔を一つずつ見比べたが、それと確信できる顔は見つけられないようだった。


 ビーナが、ファウスベルクの街に、宝珠回収の任務を達成するにあたって起きた、諸々の事柄を老人に説明した。不足な点が多いところは、割ってラームとティアリィが補足を加えた。


「この者が軍師か」


 あらためて、ムートは俺を値踏みするように睨み付けてきた。


「少年よ」


 俺は、初対面で女子扱いされなかったことに、軽い感動を覚えた。取っ付きにくい老人と見せかけて、実はいい人かもしれない。


「なんでしょうか?」


「今では伝説とまで呼ばれ、人々から称賛される軍師ノォーヴだが、あれが異世界より呼び出されたのは、かれこれ四百年以上の昔になる」


 その名は、一度どこかで聞いた気がする。


「ムートさんは会ったことがあるんですよねー」


「左様、しかし、ノォーヴはこの世界に現れたとき既に齢にして五十に近い壮年の男であり、戦に慣れ、それだけの知恵と経験をもった人物であったぞ。それに比べ、この者は見たところ若者ではないか。まことに、軍師の務めが果たせるのかどうか、ワシには心配じゃのう」


「まー。わたくしの選んだ軍師様にケチをつけるんですか!」


「心配しとるだけじゃよ。ビーナはこう言っとるが、ユーキとか言ったのう。おぬし、大丈夫なのか?」


 あらためて、そういう風に訊かれるのは、なかなか返答に困る。

 実際のところ、例え失敗して上手くいかなかった場合でも、リトライができる前提で考えているのだから、大丈夫かと訊かれれば大丈夫ではある。ようは俺が諦めなければいいのだから。


 四百年前の伝説の軍師とやらが、どんなに凄かったのかは知らないが、彼と比べて、俺が負けていないだろうと思えることだってある。

 ゲーマーとしての経験値だ。


 ゲームをこれまでの人生で、やり込んできた分だけ、それがこの世界では活かせる。そう考えて間違いないだろう。


 伊達(だて)に、学校以外の時間は引きこもって生きてきたわけではない。

 しかしこうして考えると、学校なんて行ってる場合ではなかったのかもしれない。あれは時間の無駄だった気がする。

 こういう事態になるのだったら、もっと真面目に引きこもっていれば良かったのだ。


 とは言っても、まだ戦闘も一度やっただけだし、不安要素は多い。


「正直なところ、やってみないとわかりません」


「ふむ。まあ、変な根拠のない自信があるよりはいいのかもしれぬが」


「ビーナが選んだ者でしたら」


 テントの中から声がした。

 若い女性の声。


「私たちはそれを信じるべきです」


 テントから、その人が姿を現した。

 若い。というよりは、幼い。


 年の頃なら、小学生の高学年くらいだろうか。

 長い金髪を複雑な形に結わえている。

 白を基調にして、淡いブルーをアクセントにするようにデザインされたシンプルなドレスは身分の高さを意識させた。

 物腰は上品で、小さな顔に浮かぶ微笑みは、まるで生まれて以来ずっと継続している表情であるかのように自然で嫌味がない。


「はじめまして。アルテツィア王国王女ソフィレシアと申します」



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