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旅立ち



 東門では、ラームがすでに用意を整えていた。


 昼の最中、門を出入りする者は多く、行商人やら旅人やらが、衛兵と手続きを交わしては街の門を通り抜けていく。

 ドワーフの職人らしき三人組や、半獣人を含んだ冒険者とおぼしき集団など、亜人種が普通に歩いているのも俺には新鮮だ。


 そんななか、人々が口を揃えて噂しているのが、王都陥落の話だ。それが今、最大のトピックスであることは間違いないらしく、混乱をチャンスと捉えて王都を目指す者たちは、逆に、王都方面から避難してきた者たちにしきりに情報を集めようとしていた。


 一方、ラームはというと、新しく手にいれた馬車にむかって、黙々と、馬具に不具合がないかどうか確かめているようだ。

 金具で固定された革のベルトに緩みがないか、一つ一つ引っ張っている。

 真面目なやつだ。


「おう、いい子だ」


 デニルは一頭の馬に歩み寄ると、それを優しく撫でる。

 一目でそれが彼の愛馬なのだということは明白だ。


 馬車は思った以上に良さそうに見えた。


 二頭立てで馬に繋がれた車体は、細くて大きな四輪に支えられていて、箱のような形の個室を積載している。半光沢のブラウンで全面が塗装された車体には左右から乗車できる片開きの扉があり、前側には意外と高い位置に操縦者のための席が備え付けられていた。


 金属の骨組みで車体を支えている足回りには、サスペンションの役割をはたしているらしい、極太のバネがついている。


 俺は、どうやらここは工業的にはそれなりに進歩している世界なんだと実感する。


「お待ちしておりました」


 ラームは俺たちを出迎えると、うやうやしく一礼する。

 やっぱ、なんか、執事っぽい。


「これが馬車ねえ、なんかすごーい」


 榎本さんは、馬車をペタペタ触ったりしながら、感心している。やはり、観光気分なのか。

 あまり馬に後ろから近づかない方がいいと思うな。


「これしか用立てられませんでした。軍師様のお気に召すとよろしいのですが」


「え、俺? 大丈夫だよ。馬車にこだわりはないから。よく知らないし。とりあえず、幌の屋根がついてるやつを想像してたから、ちょっと意外だったけど。ほら、キャラバン?的なやつ」


「そちらがお好みでしたか」


「そうは言ってないよ。俺のRPGのイメージだと白い幌つき馬車なんだ。ほら、食パンみたいなの」


「アルピ? ショクパ? なるほど、さすが軍師様は、若くして博識でいらっしゃいますね」


 ラームに伝わらないことは、わかってはいたが。なんだか、いいほうに解釈してくれるもんだ。

 人間、好印象を持っている相手と、悪印象の相手では、例えまったく同じ発言をしたとしても、解釈が違ってくるものだ。そのへんは、異世界とかは関係ないんだろう。


「ねえ、見てー。中はなんかやたら可愛いよー」


「ほんとですねー。わたくしの乙女心にズキュンとくるデザインですー」


 榎本さんとビーナは、馬車に早くも乗り込んで、はしゃいでいる。

 ビーナに関しては、少し前までモフモフの謎生物だったと思うのだが、もう乙女心が体に染み付いているのだろうか。だとしたら、薄っぺらい乙女心だ。


「この街の商人が、ある貴族の依頼で製作したものだそうなのですが、当の貴族が引き取り前に事業失敗による大量の負債を抱えて没落してしまったため、行き場を失い倉庫に置きっぱなしになってしまっていたという話です。おかげで格安で手に入りました」


 俺は、ラームの説明を聞きながら、自分もこれから乗り込むことになる馬車に近づく。


「どこの世界も世知辛いな。まあ、安かったのは、なんにしてもいいことだな‥」


 さすがは貴族むけに造られただけあって、乗り込み易いように、地面に近い位置にステップがついている。

 このステップが、可動して折り畳める設計なのも、芸が細かい。


 俺は、中を覗き込む。


「うわっ、ピンクじゃねーか!」


 そこは、めくるめく桃色ワールドだった。

 おかげで思わず叫んでしまった。


「そうなのよー。可愛いでしょー?」


「軍師様、どーですこのカーテン。ヒラヒラですよー」


 榎本さんとビーナは、すっかりくつろいでいる。

 中では、扉を挟んで、前と後ろに向い合わせで二人掛けのソファーが備え付けられていた。意外と広い。


 しかし、あまりにも全体的にピンクだ。

 俺にはこれは可愛いとかいう、次元の話ではなく、むしろ生き物の体内を連想させた。ヒラヒラも含めて。


 だから中で普通にしてる、二人の神経がちょっと信じられない。気づかない内に食べられちゃってる人たちみたいに見えた。


「軍師様、やはりお気に召しませんでしたか?」


 外から、ラームが心配そうに声を掛けてきた。

 せっかく彼が用意をしてくれた馬車だ。しかも格安だ。


 これを全否定するのは、あまりに可哀想だし、あと角がたつ気がする。ラームは、たぶんけっこう根に持つタイプではないか。それで、今後、命令を拒否られたりしたら面倒だ。


 俺は、わりと外面(そとづら)がいい人間なのだ。


「大丈夫だ、ラーム。これはこれでいいと思うよ。二人は気に入ったみたいだし、俺も、なんだか改めて、いや、更にかな。異世界にやって来た気分だ」


「はあ。でしたら、いいのですが」


 ラームは、ホッとしたような、納得しないような声を出す。


 俺は一度は登ったステップを、もう一度、踏んで降りる。

 その時がくるまでは、まだ中に居たくはない。


 外から眺めている分には、普通の(たたず)まいの馬車なのだが。


 そうするうちに、マリーが大荷物を背負ってやって来た。

 ビキニアーマーの上に旅用らしき外套を羽織っている。だが、その隙間から見え隠れするビキニアーマーが、かえって、いやらしい感じがしてしまう。


 それにしても、すごい荷物だ。

 マリー本人の体積三人分くらいを背負っているのではないだろうか。それにしては、少しも重そうにしていない。


「どうやら早く、ここを離れたほうがいいみたいよ」


 俺たちに近づきながら、真剣な眼差しで、マリーはそう告げる。


「街の人たちから連絡があったわ。帝国兵の集団がもう西門にまで来ているって。それで、荷造りを切り上げて来たのよ」


 途中でその量になるなら、本当はどんな量だったのだろうか。ほとんど引っ越しレベルではないだろうか。

 しかし、もっと気になることがある。

 どうして、エルフは一人で来たのだろうか。


「ティアリィは?」


 俺は、疑問を口に出した。


「あれよ」


 マリーは自分が来た方角を差す。

 はるか遠いところから、ヨロヨロと走ってくる人影があった。


「ああ、あれ」


 俺は、視界左下のマップを展開してみる。

 確かにあれがティアリィだ。


「荷物は半分持ってあげたんだけどね。あの子、あんなに走れないとは思わなかったわ」


 マリーはデニルとラームに荷物を渡すと、騎士たちは馬車の後方の荷台にそれを縛りつける。

 そこにはすでに、デニルが調達をしてきた食糧も収まっていた。


「あら、お馬さんたち、よろしくね」


 マリーは、馬車を牽く二頭の馬に挨拶をしている。

 馬も心なしか嬉しそうに見える。


 エルフは動物と心を通わせる力があるんだったか。

 ゲームだと世界設定によりけりな気がするが、この世界では、それに該当するみたいだ。


「決めたわ。君が、ライバー。あなたが、レフバーね」


 なんか、適当な名前をつけてしまっている。

 とはいえ馬たちには不満はない様子だ。


 ティアリィはというと、ようやく姿かたちが、はっきり見え始めたところだ。

 たぶんあれが全速力なのだろうが、お世辞にも早いとは言えない。俺は、マップ上を滑るティアリィを示す緑のマーキングが動くスピードを、頭にイメージとして残すように、しばらく注視した。

 今は荷物を抱えている関係上、また戦闘時となればもう少し早く移動できるはずだが、いざ回復が必要となったときに彼女のスピードが問題になる場面は避けていきたいところだ。


 俺は、マップと本物を見比べた。

 ああいう走り方をする女子を、もとの世界でも見たことがあるのを思い出す。あまり同性に好かれないタイプの人に、比較的、多く見られる気がする。まずは腕の振り方からフォームを改善したほうがいいだろうが、速度よりも可愛らしさ重視なのだとしたら間違ってはないかもしれない。

 とりあえず、巨乳が激しく上下に弾んで揺れている。俺は、巨乳のああやって有無を言わせず視覚を奪い取ってしまう、この強引さが嫌いだ。恐ろしいことである。それに、あれは走り難いに決まっている。


「おーまーちーくだーさーぁい!」


 ティアリィが、叫んでいるのが聞こえ始めた。


「軍師ユーキ! あなたも、乗り込んでおいて。あの子が乗り次第、すぐに出るわ!」


 振り向くと既にマリーは、操縦者の席に座って手綱を握っている。デニルとラームも馬上の人だ。


 叫んでいるティアリィの声が、段々と接近している。


 どうやらピンクの世界に入り込まないといけないらしい。

 俺は覚悟を決めた。違うな。諦めた、が今の心境をより正確に言い表す言葉だ。


「わかった!」


 俺は、再度、ステップを踏んで馬車に上がると、ティアリィを確かめる。


「おーまーちー」


「ティアリィさん、こっち!」


「くーだーさーい!」


 ティアリィは、ようやく馬車の傍らにまで到着した。


 だが、消耗が激しいのだろう、すぐには馬車に乗り込めない。

 肩で息をしながら、馬車の扉に寄り掛かる。


 俺は手を差し伸べた。

 ティアリィがそれを掴むと、俺は力を込めて引き上げる。


 馬車の中に、ティアリィを引き入れたあとは、ステップの側から伸びているレバーを引いた。見た目から予想できたとおりに、ステップが折り畳まれて、馬車の下側に収納された。

 よく出来てるなあ。


「マリー、やってくれ!」


「よし、行くわよ!」


 俺はマリーに声を掛けて扉を閉める。


 一連の流れは自分でも、男らしくて格好よかったのではないかと、心中で自賛してみた。ティアリィを引き上げるところとか。紳士的な感じ? 俺って、ジェントルマン?


 だが、わかってもいる。

 客観的な視点からは、女の子同士で助け合っているだけの場面にしか見えないことを。


 馬車は走り始めた。


 窓からは、左右にデニルとラームが馬を並べて進んでいる。


「軍師様、こっちです」


 ビーナが自分の右側の席が空いていると誘う。

 馬車の個室の中で、後ろの右の席だ。

 向かいには榎本さんが座って、となりで息を切らしているティアリィを介抱しているところだ。


 俺は、その空いている席に腰を降ろした。


 すごく柔らかい。

 走り始めた馬車は、かなり揺れているのだが、この柔らかいソファーのおかげで腰を痛めないで済みそうだ。


 俺は、やはりピンクがどうしても受け付けないので、外を見るか、目を閉じるかして車内での時間を過ごすことにする。


 馬車というのは、想像よりも速度が出る乗り物なのがわかった。

 ファウスベルクの街は、ほどなくして俺のはるか後方へと遠ざかっていく。


 しかし、程なくして激しい疲労感と睡魔に襲われ、俺は眠りについた───。



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