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ファウスベルクを歩く



 綺麗だ。

 俺は鼻先の空間を、幻想的に瞬くように輝きを放ちながら、金色の粒子が横切って流れていくのを見て思った。


 ビーナの、ほとんど白に近い乳白色をした蝶の羽根から、麟粉(りんぷん)と思わしき少量の粉末状のものが柔らかな風に運ばれて陽光を反射させながら空気中に消えていく。

 今、ビーナは俺の左肩に止まっているから、それがよく見えたのだ。


 撫で肩のせいで、座り心地は良くないらしく、ビーナは幾度となく姿勢を変えて座りなおしている。その度に、どことなく大福を思い出させる柔らかい太腿と尻の感触が俺の肩に押しつけられる。


 ファウスベルクの街は、もう何事もなかったかのように日常を取り戻しているように見えた。


 街の長と名乗る、初老の恰幅のいい男性が、俺たちを街を救った英雄として歓待したいと申し出てきたのだが、ラームが勝手に、丁重に断ってしまった。


 ここの食べ物が口に合うかは不明なれども、結構、腹が減っているのだが。


「あまり時間に猶予がありません。帝国の追っ手が迫っています」


 ラームは俺に言った。

 彼はよく通るいい声で話す。好青年といった風情だが、どこか融通の効かない人柄なのも短時間のうちに匂わせてくるところがあった。


「殿下は、おそらく先に合流地点に着いているだろう。俺たちも、先を急ごう」


 ついで、デニルが補足する。

 デニルはラームよりは砕けた感じがする。


 俺はやっと、ここにいる面々は俺が言い出さないと次の行動に移らないという事実を理解した。

 それで、デニルとラームは俺に出立を催促しているのだ。


「ティアリィ様、アウセデスの宝珠は帝国には渡してはならないもの。この街には置いてはおけません」


 神官ティアリィは、ラームの言葉に頷いた。


「それは私にもわかっております。宝珠は今、軍師様とともにあるべき運命にあります。ならば、私もまた軍師様と行動をともにいたしましょう」


 宝珠はまだ俺の右手のなかにある。

 ずっと握っているので、手の跡でもついてそうなくらいだ。

 何か入れておける袋のようなものでもあればいいのだが。


 衣服以外の旅行鞄なんかは、あっちの世界に残してきてしまっている。半兵衛の墓参りのとき、地面に下ろしていたからだ。

 財布と電話とカギという、あっちの世界ならこれさえあれば大抵のシチュエーションで、なんとでもなる三種の神器は身に付けているものの、こっちの世界ではものの見事に役に立たない物ばかりだ。


 そして確かに、この宝珠がなければ元の世界には帰れなくなりそうな話だったから、持っていっていいという話にならないと困ってしまう代物ではある。


 ティアリィにも、是非とも仲間として引き続き参加してもらわないと。回復できる仲間がいないのは戦術の幅を著しく著しく狭めてしまう。


 ラームは、まだ近くにいた街の長にも話を通して、宝珠の件について許可を取った。仕事のできるやつだ。

 長によると、もともとアウセデスの宝珠は、アルテツィア王家からこの街に預けられていたものだから、本来の持ち主の意向に沿うのは当然ということだ。


「さてと」


 エルフの女戦士マリーが、俺に一歩踏み出た。

 身長は同じくらいなのだが、高いヒールのサンダルを履いているせいでやや見下ろされるかたちになる。


「ティアリィがこの街を出るなら、私もついていくわよ。ティアリィは、なんと言っても私の恩人だからね」


 マリーの意思表明と同時に、マリーのNPCを示していた青色表示が、俺の指揮下に入ったことを示す緑色に変化した。

 同時に、ステータスの記載も、より詳細な情報が明らかになる。


 年齢は319歳か。

 エルフだからな。


 エルフが人間よりもはるかに長寿な種族だというのは、それこそ、トールキンの指輪をめぐる三部作の頃からのファンタジー世界における定番中の定番ではある。


 しかし、そんなに生きているというのも想像がつかないが。


 俺はなんとなく他の仲間を見まわして、ティアリィが19歳だということに、マリーの319歳発覚の際に感じた以上の驚きを覚えた。

 どの角度からでも、彼女については年下にしか見えない。


 純粋無垢な印象が、幼く見えてしまうのだろうか。


 デニルとラームも19歳だ。二人は、歳のわりにはしっかりしていると思えた。だから、この世界の人間が全般的に年齢よりも若く見えるということでもない。


 こいつらみんな同い年か。


 榎本さんもまだ19歳だったはずだし、マリーだってあえて百の位を見なければ19だ。あえてね。


 俺はなんとなく疎外感を感じた。

 俺だけが17歳で、みんなより年下ということになる。


 まあ、いいけど。


「とにかく、俺は王女様に会いに行くところから始めればいいんだな」


「そのとーりです、軍師様。早いところ、出発いたしましょう」


「私たちは西門に馬を停めてありますが」


「馬? 俺は乗れないぞ。というより、まともに触ったことすらない」


「私も乗馬は苦手です」


 俺に続いて、ティアリィが馬とか無理なことを表明した。榎本さんに顔を向けると、そりゃ当然だめでしょな顔をしながら、彼女は首を横に振る。


「馬車が要りますね」


 ラームが結論を出す。


「私が手配しましょう」


「頼んだわ、騎士様。馬車は私が動かすから、騎士様たちは自分の騎馬に乗るといいわ。私とティアリィは少し、旅支度をさせてもらうわね。少しくらい、いいんでしょ?」


 マリーが、何故か俺に同意を求める。

 軍師って、そういうことなのだろうか。


「いいんじゃないか。なあ、ラーム?」


「おそらくは。では、二刻の後に東門で落ち合いましょう。デニル、お前には物資の調達を頼む」


「わかった任せろ」


「軍師様、以上のとおりでいいでしょうか?」


 ラームがなんだか有能な執事キャラに見え始めた。

 特に変更すべき点も、見つからない。俺の役割が不明なところくらいか。


「うん、いいんじゃないか」


 とりあえず、承認しておくことにした。

 馬車の手配をするラーム。物資の調達をするデニル。荷造りをするティアリィとマリー。


 まあ、着いていくならデニルか。


「俺はデニルの買い物に付き合うよ。榎本さんも、いいですよね」


「え? ええ。ショッピングね」


 榎本さんは、何か違うニュアンスで事柄を捉えている。


「わたくしも、お供しますよ!」と、ビーナ。


「よし、ラーム。金をくれ」


 デニルは、お小遣いをせがむ子供の調子で、ラームに向けて掌を出した。


「無駄遣いするなよ。これは大事な王国の公金だ」


 デニルが差し出した右手に、ラームの手で、ずっしりとした中身の入った布袋が渡される。


「私は、馬車の手配のあとで、お前の馬も東門に移動させる。あとで、落ち合おう」


「おう。わかった。ラーム、ご婦人たちのことは、俺に任せておけ」


「せいぜい、がさつなところを披露して、嫌われないように気をつけるといい」


 溜め息混じりに、ラームはそう言い残して去っていった。

 ご婦人たち?


「デニル、俺は男だぞ」


 念のため言ってみたが、デニルは露骨に嫌そうな顔をする。


「それ、信じないといけませんかね」


「真実だからな」


「軍師様、殿方にいい夢を見せてあげるのが、いい女というものですよ」


 ビーナが余計な口を挟んでくる。


「だから、俺は男だって」


「うふふ。私とマリーも、一旦、失礼しますね。またのちほど、お目にかかりましょう」


 ティアリィとマリーの二人とも別れて、俺たちは買い物に行くことになった。

 

「2ヶ月でしょ? まだ、お土産は早いわよね。下見くらいしておこうかしら?」


 榎本さんは完全に主旨を違えている気がする。観光か?



 結局、空腹だった俺は、保存の利く食糧の調達をデニル一人に任せて、露店で買ったこの世界のB級グルメみたいなものを、榎本さんとビーナの三名で味わった。


 屋外だが、ショッピングモールのフードコートみたいな場があって、ちょうど食事時なのか、たくさんの人で賑わっている。


 食べたことのない謎の肉は意外と旨かった。

 小麦粉に相当する穀物もあるみたいで、お好み焼きモドキみたいな物も食べたのだが、香辛料が独特で癖があるものの、口に合わないこともない。


 食べ物が大丈夫なのはわかった。

 長期滞在になる前提で考えれば、これは何よりなことだ。

 榎本さんも、多少、文句をつけながらも気に入ってはいるみたいだ。


「食感がもっと柔らかかったらいいのに」


「何をおっしゃいます、マキナ様。この歯応えがたまらんではないですか」


「私たちくらいの世代の日本人は、(あご)が鍛えられてないのよ」


 ビーナは榎本さんを、マキナ様で呼ぶことに落ち着いたようだ。とりあえず、俺の肩の上から、食べかすをバラバラ落とすのは止めてもらいたい。


 食事を終えて、小休止しているところに、デニルが戻ってきた。

 両手一杯に大荷物を抱えている。


「重そうだな、少し持とうか?」


「とんでもない」


 俺の親切心を、デニルは断る。

 まさかまだ俺を男と認めないつもりだろうか。


 何を信じる信じないについては、結局のところ個人の自由だから、いいけどね。


「あとは必要な物はないですか?」


 デニルの質問に、榎本さんとビーナは「ない」と答えた。


 俺はアウセデスの宝珠を持ち上げて見せる。


「これを入れておく袋が欲しい」



 最初は袋に入れてベルトに吊るしてみたのだが、思った以上にズボンがずれてしまうために、結局、鞄を買ってもらった。

 肩に斜め掛けするタイプのやつだ。革製で、しっかりした造りをしている。


 左肩に掛けて、右手で物が取りやすいようにしようとしたら、ビーナが座り心地を嫌がったので、右肩に掛けることにした。

 何かを取り出したければ、鞄を体の正面に持ってくれば済むことだ。


 水分補給は人間にとって大事なことなので、水筒も購入した。

 ファンタジー世界らしい、無骨なデザインが気に入った。

 何かの怪物の骨をベースに、金属と皮で補強しているのだが、骨の形状に元からある窪みが、水筒を飲むときに保持しやすくしている点が秀逸だ。この世界の職人はけっこう、いい仕事をする。


「そろそろ、時間だ。少し急ぎましょう。ラームのやつは怒らせるとめんどくさい」


 デニルがそう言うので、買い物はそれまでとなった。


 俺は、街のマップを視界に広げてみた。

 ラームはもう、東門の近くにいる。

 しかし、ティアリィとマリーはまだ教会の敷地内だ。


「まあ、怒らなくても、多少、めんどくさいな」


 ボソリと、なんだか実感がこもった口調でデニルは呟く。

 確かに堅苦しい人間とは長時間、顔を会わせ続けていると疲れてしまうこともあるかもしれない。


「あとで本人に伝えておいておこうか?」


 俺は、悪戯っぽく、デニルに投げかける。

 そんな人間関係にヒビを入れるつもりなんて、本当はないのだが。


「やめてください、人を(もてあそ)ぶ魔性の女ですか」


「しつこいな、俺は男だ」



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