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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第三章 一途な想いが届くとき
99/215

20-(6)

大垣の通うトレーニング施設、道場にて。


 最初に仕掛けて来たのは大垣だ。


 巨体と腕力を生かした攻撃。

 私はそれを交わして、足を払う。


 …ビクともしない。反対に、軽々と持ち上げられて投げられる。


 反動を殺すため、空中で回転してから着地する。


 私はこれでも、高校時代、器械体操部に所属(幽霊部員ではあったが…)。

 もともと、空中遊戯は大得意!


 子供の頃、周囲の大人達に、サーカスに売り飛ばされないように気をつけろと、良く言われた。


 あれは、満更からかっていた訳じゃないかもしれない。

 だって義男なら、そんな事もやり兼ねないから!


「想像通りの怪力ね!」大垣に意識を戻して声をかける。


「そっちは、見かけに寄らず、軽やかな動きだ」

「何それ。私が鈍クサく見えるとでも言うの?」思わずムッとして反論する。


 こんな一瞬をついて、再び巨体で潰されそうになる。


 股の間からスルリと抜け出す。


「朝霧ユイ!逃げてばかりじゃ、俺は倒せないぞ!」

「く…!」


 正直、攻撃するのが怖かった。例えこんな怪力野郎でも。

 相手が極悪人であれば、容赦なく攻撃できるのに!

 

 けれど、大垣の言う通り、逃げているだけでは勝てない。

 この男の強さは、生半可ではなかった。


「しまった…!」

「さあ、もう終わりだ。参ったと言え!」


 私はついに、大垣に羽交い絞めにされて、首を絞められた。

 太い腕が、私の首に絡まる。


 息が、できない…!


「何をしている?殺したくはない、早く言え!」


 たまらずに、渾身の力で大垣のみぞおちに肘打ちを加える。 

 大垣が声を上げて退け反る。


 力が緩んだ隙に、体を沈み込ませて脱出を図った。

 そして、即座に足をすくって巨体を倒す事に成功。


 私達は同時に倒れ込んだ。

 咳き込む私と、突然の反撃に、呆気に取られる大垣。


「何てヤツだ!」

 大垣が上体を起こして叫んだ。


「ゴホッ…。やるじゃない、大垣さん」咳き込みつつも、上から目線で言ってみる。


「それはこっちのセリフだ!」


「朝霧ユイ、ここまでとはな…。見事だった」

「まだまだ!あなたはまだ、本気出してないでしょ?」


「そんな事はない。久しぶりに投げ飛ばされたよ。参った!」


「え~!そこで言っちゃう訳?」額の汗を拭いながら大垣を見る。

 こんな終わり方、拍子抜けだ!


「もう十分だろ?」


 おっしゃるとおり、十分確認した。

「…ええ。これで安心した。神崎さんを、これからもよろしくね」


 敵に回したくないくらい、強力なボディ・ガードだという事を。


 けれどこれでは、関係のないこの人を、悪の道に引き込む事にならないか…。

 改めてこんな心配をしていると、大垣が言った。

 

「私はこれまでも、そしてこれからも、神崎社長を全力でお守りする。そんな事、今さらあんたに頼まれるまでもない」


「そっか…」大垣の返答に安堵しつつも。この人が、一体何者なのだろうと考え込む。


 このキハラ並みの強さ。軍隊にでも、所属していたのだろうか。

 それとも、ウラの世界で暗躍する、ヤバい集団の一味だったとか…!


「あの方…龍司さんには、返しようのない恩が、あるんでね」

 ポツリと大垣が呟いた。


 この言葉に、この人の神崎さんへの強い忠誠心を感じた。


「あの方が行く所ならば、自分は、どこなりともお供する」


 それって、神崎さんが継いでしまった、恐ろしい裏家業の事を言っている?


「あの、大垣さん。それって…」

 確認しようとしたけれど、私の言葉は遮られる。


「朝霧ユイ。お前の事は調べ尽くしている。忘れたのか?」


 この答えが、全てを物語っていた。


 大垣は全てを知っている。

 それはきっと、これから自分達が進む道が、悪の道である事も。


「そう、だったね」


「でも…。私のそれって、どこまで…神崎さんに伝わってるの?」

 私の悪事の全てが、彼に伝わっているとしたら…。


 今さらながら、合わせる顔がない。


「全てを報告する必要はない。余計な事を知って、あの方が心を惑わされるなど、無意味な事だ」


「必要な情報かどうか、…どうやって選別するの?」探る様に尋ねてみる。

「企業秘密だ」


 私のために黙っていてくれた、などという事もあるまいが。


「全てはあの方のためだ。私は常に、それだけに心を注いでいる」

「ああ、そうですか…」


 私のため、じゃ、ないらしい。当然か…。


 それにしても恐ろしいほどの忠誠心!

 一体、どんな恩があるのだろう?


「さて。今日の事は、くれぐれも社長に内密に頼む。私があなたに負けたと知れたら、即刻クビにされてしまうからな!」

 いきなり、ざっくばらんな口調になった。


「ふふ…!こちらこそ。逆にお願いしたいわ」


 神崎さんに、あなたのボディ・ガードと一戦交えた、なんて言ったら…。

 腰を抜かされそうだ。


 私達は笑い合った。そして、固く握手を交わした。


 大きな大きな大垣の手を。


 この両手で、強く握り返した。




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