20-(6)
大垣の通うトレーニング施設、道場にて。
最初に仕掛けて来たのは大垣だ。
巨体と腕力を生かした攻撃。
私はそれを交わして、足を払う。
…ビクともしない。反対に、軽々と持ち上げられて投げられる。
反動を殺すため、空中で回転してから着地する。
私はこれでも、高校時代、器械体操部に所属(幽霊部員ではあったが…)。
もともと、空中遊戯は大得意!
子供の頃、周囲の大人達に、サーカスに売り飛ばされないように気をつけろと、良く言われた。
あれは、満更からかっていた訳じゃないかもしれない。
だって義男なら、そんな事もやり兼ねないから!
「想像通りの怪力ね!」大垣に意識を戻して声をかける。
「そっちは、見かけに寄らず、軽やかな動きだ」
「何それ。私が鈍クサく見えるとでも言うの?」思わずムッとして反論する。
こんな一瞬をついて、再び巨体で潰されそうになる。
股の間からスルリと抜け出す。
「朝霧ユイ!逃げてばかりじゃ、俺は倒せないぞ!」
「く…!」
正直、攻撃するのが怖かった。例えこんな怪力野郎でも。
相手が極悪人であれば、容赦なく攻撃できるのに!
けれど、大垣の言う通り、逃げているだけでは勝てない。
この男の強さは、生半可ではなかった。
「しまった…!」
「さあ、もう終わりだ。参ったと言え!」
私はついに、大垣に羽交い絞めにされて、首を絞められた。
太い腕が、私の首に絡まる。
息が、できない…!
「何をしている?殺したくはない、早く言え!」
たまらずに、渾身の力で大垣のみぞおちに肘打ちを加える。
大垣が声を上げて退け反る。
力が緩んだ隙に、体を沈み込ませて脱出を図った。
そして、即座に足をすくって巨体を倒す事に成功。
私達は同時に倒れ込んだ。
咳き込む私と、突然の反撃に、呆気に取られる大垣。
「何てヤツだ!」
大垣が上体を起こして叫んだ。
「ゴホッ…。やるじゃない、大垣さん」咳き込みつつも、上から目線で言ってみる。
「それはこっちのセリフだ!」
「朝霧ユイ、ここまでとはな…。見事だった」
「まだまだ!あなたはまだ、本気出してないでしょ?」
「そんな事はない。久しぶりに投げ飛ばされたよ。参った!」
「え~!そこで言っちゃう訳?」額の汗を拭いながら大垣を見る。
こんな終わり方、拍子抜けだ!
「もう十分だろ?」
おっしゃるとおり、十分確認した。
「…ええ。これで安心した。神崎さんを、これからもよろしくね」
敵に回したくないくらい、強力なボディ・ガードだという事を。
けれどこれでは、関係のないこの人を、悪の道に引き込む事にならないか…。
改めてこんな心配をしていると、大垣が言った。
「私はこれまでも、そしてこれからも、神崎社長を全力でお守りする。そんな事、今さらあんたに頼まれるまでもない」
「そっか…」大垣の返答に安堵しつつも。この人が、一体何者なのだろうと考え込む。
このキハラ並みの強さ。軍隊にでも、所属していたのだろうか。
それとも、ウラの世界で暗躍する、ヤバい集団の一味だったとか…!
「あの方…龍司さんには、返しようのない恩が、あるんでね」
ポツリと大垣が呟いた。
この言葉に、この人の神崎さんへの強い忠誠心を感じた。
「あの方が行く所ならば、自分は、どこなりともお供する」
それって、神崎さんが継いでしまった、恐ろしい裏家業の事を言っている?
「あの、大垣さん。それって…」
確認しようとしたけれど、私の言葉は遮られる。
「朝霧ユイ。お前の事は調べ尽くしている。忘れたのか?」
この答えが、全てを物語っていた。
大垣は全てを知っている。
それはきっと、これから自分達が進む道が、悪の道である事も。
「そう、だったね」
「でも…。私のそれって、どこまで…神崎さんに伝わってるの?」
私の悪事の全てが、彼に伝わっているとしたら…。
今さらながら、合わせる顔がない。
「全てを報告する必要はない。余計な事を知って、あの方が心を惑わされるなど、無意味な事だ」
「必要な情報かどうか、…どうやって選別するの?」探る様に尋ねてみる。
「企業秘密だ」
私のために黙っていてくれた、などという事もあるまいが。
「全てはあの方のためだ。私は常に、それだけに心を注いでいる」
「ああ、そうですか…」
私のため、じゃ、ないらしい。当然か…。
それにしても恐ろしいほどの忠誠心!
一体、どんな恩があるのだろう?
「さて。今日の事は、くれぐれも社長に内密に頼む。私があなたに負けたと知れたら、即刻クビにされてしまうからな!」
いきなり、ざっくばらんな口調になった。
「ふふ…!こちらこそ。逆にお願いしたいわ」
神崎さんに、あなたのボディ・ガードと一戦交えた、なんて言ったら…。
腰を抜かされそうだ。
私達は笑い合った。そして、固く握手を交わした。
大きな大きな大垣の手を。
この両手で、強く握り返した。




