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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第三章 一途な想いが届くとき
98/215

20-(5)



 あれほど悩まされた、宿命の天敵が。


 この世から消えた。


〝Y・アサギリ〟裏の世界で名を轟かせた、らしい男。


 ただ、あの人の射撃の腕を受け継いだ事だけは、感謝している。

 これによって私は、この世界でやって行けると言っても過言ではないから。


 そんな父の葬儀は、二度執り行われた。

〝朝霧義男〟そして〝神崎啓造〟として。

 

 朝霧家については。

 神崎さんが、一切を引き継いだと後から聞いた。


 これで表裏ともに、神崎龍司が実権を握った事になる。


 朝霧家の面々が、突然現れた神崎さんに、驚いた様子が目に浮かぶ…!


 そんな中、彼はあっけらかんと言ったそうだ。

 自分は朝霧の隠し子だ、と!


 とてもあの人らしいと思う。ストレートで。そこが大好き!


 そんな大好きな兄、神崎龍司は…。

 これまで以上に、命を狙われる危険が増えるはず。


 それだけが、どうしても心配だ。


・・・


「大垣さん、だったわね」

「あなたは…」


 時刻は、夜の二十二時を回っていた。

 神崎商事、オフィスビル前の通りにて。


 今、私の目の前には、巨体のスキンヘッド男がいる。

 何とか掴まえる事ができた。


「お願いがあって来たの」その巨体の、上の方を見上げながら告げる。


 それにしても相変わらず、デカい!

 まともに会ったのは高校生以来だが、この男は何も変わっていない。


「社長なら、ご自宅へ帰られましたが?」大垣が、やや困った様子で答える。

「今日は、あなたに用があるの」


「私に、ですか?」とても驚いた様子で私を見下ろす。

「少し、時間をくれない?」


「私と、本気で手合わせしてほしい」

「…はい?」


 神崎さんのいない所で、この人物に接触を図った理由。

 それは、この男がどれだけの力を持っているのかを、確認するためだ。


 大垣とは、いつか手合わせ願いたいと思っていた。

 もちろんそんなのは、ほんの興味本位での話だった。

 

 けれど、状況が変わった。


 万が一、神崎さんに危険が及んだなら。

 本人の実力はさて置き、頼れるのはこの人しかいない。


 私の大切な兄を守れる力があるかどうか、見極めておかなければ。


 単なる見掛け倒し(!)かもしれないから?


「何をバカな。もう遅い。早く帰れ」

 案の定。全く取り合ってくれる様子もない。


「ちょっと待ってよ!私はもう、あの頃のような学生じゃないわ!」


 一度背を向けた大垣が、振り返る。

 街灯に照らされた、スキンヘッドが眩しい…。


 そんな事を思いつつも、私は真剣な眼差しを向け続けた。


 場合によっては、コルトで脅してでも…。


 そう思った時、大垣のため息が聞こえた。


「昔から感じていたが。お前のその殺気は…、どうも見過ごせんな」

「褒め言葉として、受け取っておくわ」


 殺気、か…。

 それは、コルトに手を掛けた瞬間に、私が発したに違いない。


 でも、昔からというのは?

 こんな疑問を抱きつつ。少しだけ緊張の糸を緩めた。


「手加減はなしよ。どちらかが参ったと言うまで続ける、いいでしょ?」

「ケガをしても知らんぞ。本当にいいんだな?」


 どうやら受け入れてくれたようだ。


 それはつまり。

 私が、自分と対等に戦えるレベルにあると、判断したという事。


「ええ」

「神崎社長はこの事を知っているのか?」


「それなら、わざわざあなたを待ち伏せて、お誘いしたりなんかしないわ」

「…龍司さんはこんな事、決してお許しにならない」


 大垣が、幾分思いつめたような表情で続けた。

「あの方は、妹のあなたの事を、大いに可愛がっていらっしゃる…」


 それは、この人にとって喜ばしい事なのか、そうでないのか、私には分からなかった。


「ついて来い」

 元の表情に戻った大垣が、私に背を向けて歩き始めた。


 大垣について歩く事、二十分弱。


 辿り着いたのは、日頃使っているという、トレーニング施設の道場。

 遅い時間帯だったためか、人の気配はない。


 そこで私達は、道着に着替えて向かい合う。


「決してケンカでも、リンチでもないからな」大垣が確認するように言うので。


「もちろん。殺し合いでもなくね!」と言い返した。

「それじゃ、始め!」


 七年越しに。


 ついに念願の戦いが、始まろうとしていた。




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