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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第三章 一途な想いが届くとき
95/215

20-(2)

朝霧邸、中庭にて。



「あなたがどこの誰で、何をしようと。口を挟む気はない」

 

 マキから視線を外して言う。


「勝手に、誰でも殺せばいい」努めて静かな口調で語り、一旦言葉を切る。


「ただし!アイツ以外よ?あんなヤツ、痛みを和らげる必要もないし、安らかな死なんて論外。存分に苦しんでもらうんだから!」


 突然声を張り上げた私に、マキは驚いていた。


「…まあ、落ち着いてください。つまり、娘さんはお父上を、どうして欲しいのですか?」


「さっき、扉の外で聞いてたんでしょ?私は娘じゃない!」


「そうでしたね。では、仮に娘だとしたら、どうですか?」

 マキは引かない。


「しつこいわね…。じゃ聞くけど、助けてと言ったら、助けられるの?」


「できませんね。おそらく、世界中探しても、治せる医者はいないでしょう」

 あっさり言って退ける。


「だったら!私に、何を言わせたいの」

 この下らない会話をすぐさま終わらせるべく、イラ立ちながら結論を急かす。


「身内の方の意見を、参考にしたかっただけです」


「まるで、生かすも殺すも自分次第って感じね。教授って、そんなに偉い訳?」

 権威を振りかざす人間が、本当に嫌いだ。


 そう言った私を見て、また薄気味悪い笑みを浮かべた。

「今はもう、やめたんですけどね」 


「法に触れる講義でもして、クビになったのかしら」


「何、法律が私について来れていないだけですよ」そう言ってニヤリとする。


 本当に気味の悪い男だ。

 私はあからさまに顔をしかめてやった。


「あなたも、お父上同様…人を殺めた事がおありですね」

 さらに、さり気なくこんな事を言って来る。


「な!何ですって?」


「残念だが、あなたがどんなに反発しても、お二人は、他人の私が見ても間違いなく親子ですよ。何しろ、同じ〝ニオイ〟がしますから…!」


 反応しない私に、マキが続ける。

「もはやその事に、あなた自身もお気づきなのではないですか?」


 前にも、こんな事を言って来た奴がいた事を思い出す。


 この男、一体何者?

 恐怖を覚えつつも、さらに不快になった。


 言葉を失っている私に、マキは再び頭を下げた。

「余計な事でしたね。失礼しました」


「また、伺います」と付け加えた後。

 男は、この真夏に汗一つかかず、気配もなく去って行った。


 私はしばらく、去って行くマキの後ろ姿を、ただ呆然と見つめた。


 そんな私の視界に。

 ある人の姿が見えて我に返る。「神崎さん…」


「ユイー!」私に手を上げて、笑顔で声を張り上げている。


「神崎さん!」


 優しい兄の笑顔のお陰で、少し心が落ち着いた。

 私も笑顔で手を振る。


「誰だ?あいつは」

 今さっき、自分とすれ違った、怪しげな男の方を見ながら聞いて来る。


「知らない。死神かもね!」


 こんな私の答えに、神崎さんは不思議そうな顔をしていたけれど。

 それ以上、問い掛けられる事はなかった。


「ところで、親父とは話したか?」

「話になんかならないわ」


「その調子じゃ、腹立てて飛び出して来たってとこか」ため息混じりに言う。


「そういう事!そっちは?」両手を腰に当て、上から目線で聞き返す。


「ああ。内容は把握した」冷静な答えが返って来る。

「それで何て?」


 二人で、薄暗い庭を散歩しながら話す。


「ここを誰に相続させるか、って事らしい」

「相続って…。潰せばいいのよ、こんな家!」


「それも一つの手だな。親父の希望は、ユイ、お前に継いで欲しいそうだ」

「はあ~?冗談キツいわ!だいたい、縁切ってるし。私には関係ない」


「俺は会社をすでに相続している。娘のお前にも、何かを残したいそうだ」


 フン!とそっぽを向いて、拒絶の意思を訴える。


「それにしても。初めて朝霧の家に来たが、ここも立派な屋敷だな!これだけの土地なら、相当な資産になるぞ」


「いらない」

 あっさり言い返す私に、「そうか。分かった」と、意外にあっさり返される。


 神崎さんは、私の気持ちを分かってくれている。

 私が、どれだけあの男を憎んでいるのかも。


 神崎さんだって、同じくらい憎んでいるはずなのだが…。


「それはそうと。ユイ。ようやく腰を据えて、話ができそうだ」

「何?改まって…」


 神崎さんが、真っ直ぐに私を見つめる。


 私達の身長差では、見下ろされている私は、まるで、お説教を食らう娘のようで…。

「ねえ?それなら、あっちのベンチに座ろうよ」


 居心地の悪さに耐え兼ねて、彼の手を掴んで引っ張り、庭先のベンチへと誘導した。


 神崎さんの話したい事って、何だろう?




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