20-(2)
朝霧邸、中庭にて。
「あなたがどこの誰で、何をしようと。口を挟む気はない」
マキから視線を外して言う。
「勝手に、誰でも殺せばいい」努めて静かな口調で語り、一旦言葉を切る。
「ただし!アイツ以外よ?あんなヤツ、痛みを和らげる必要もないし、安らかな死なんて論外。存分に苦しんでもらうんだから!」
突然声を張り上げた私に、マキは驚いていた。
「…まあ、落ち着いてください。つまり、娘さんはお父上を、どうして欲しいのですか?」
「さっき、扉の外で聞いてたんでしょ?私は娘じゃない!」
「そうでしたね。では、仮に娘だとしたら、どうですか?」
マキは引かない。
「しつこいわね…。じゃ聞くけど、助けてと言ったら、助けられるの?」
「できませんね。おそらく、世界中探しても、治せる医者はいないでしょう」
あっさり言って退ける。
「だったら!私に、何を言わせたいの」
この下らない会話をすぐさま終わらせるべく、イラ立ちながら結論を急かす。
「身内の方の意見を、参考にしたかっただけです」
「まるで、生かすも殺すも自分次第って感じね。教授って、そんなに偉い訳?」
権威を振りかざす人間が、本当に嫌いだ。
そう言った私を見て、また薄気味悪い笑みを浮かべた。
「今はもう、やめたんですけどね」
「法に触れる講義でもして、クビになったのかしら」
「何、法律が私について来れていないだけですよ」そう言ってニヤリとする。
本当に気味の悪い男だ。
私はあからさまに顔をしかめてやった。
「あなたも、お父上同様…人を殺めた事がおありですね」
さらに、さり気なくこんな事を言って来る。
「な!何ですって?」
「残念だが、あなたがどんなに反発しても、お二人は、他人の私が見ても間違いなく親子ですよ。何しろ、同じ〝ニオイ〟がしますから…!」
反応しない私に、マキが続ける。
「もはやその事に、あなた自身もお気づきなのではないですか?」
前にも、こんな事を言って来た奴がいた事を思い出す。
この男、一体何者?
恐怖を覚えつつも、さらに不快になった。
言葉を失っている私に、マキは再び頭を下げた。
「余計な事でしたね。失礼しました」
「また、伺います」と付け加えた後。
男は、この真夏に汗一つかかず、気配もなく去って行った。
私はしばらく、去って行くマキの後ろ姿を、ただ呆然と見つめた。
そんな私の視界に。
ある人の姿が見えて我に返る。「神崎さん…」
「ユイー!」私に手を上げて、笑顔で声を張り上げている。
「神崎さん!」
優しい兄の笑顔のお陰で、少し心が落ち着いた。
私も笑顔で手を振る。
「誰だ?あいつは」
今さっき、自分とすれ違った、怪しげな男の方を見ながら聞いて来る。
「知らない。死神かもね!」
こんな私の答えに、神崎さんは不思議そうな顔をしていたけれど。
それ以上、問い掛けられる事はなかった。
「ところで、親父とは話したか?」
「話になんかならないわ」
「その調子じゃ、腹立てて飛び出して来たってとこか」ため息混じりに言う。
「そういう事!そっちは?」両手を腰に当て、上から目線で聞き返す。
「ああ。内容は把握した」冷静な答えが返って来る。
「それで何て?」
二人で、薄暗い庭を散歩しながら話す。
「ここを誰に相続させるか、って事らしい」
「相続って…。潰せばいいのよ、こんな家!」
「それも一つの手だな。親父の希望は、ユイ、お前に継いで欲しいそうだ」
「はあ~?冗談キツいわ!だいたい、縁切ってるし。私には関係ない」
「俺は会社をすでに相続している。娘のお前にも、何かを残したいそうだ」
フン!とそっぽを向いて、拒絶の意思を訴える。
「それにしても。初めて朝霧の家に来たが、ここも立派な屋敷だな!これだけの土地なら、相当な資産になるぞ」
「いらない」
あっさり言い返す私に、「そうか。分かった」と、意外にあっさり返される。
神崎さんは、私の気持ちを分かってくれている。
私が、どれだけあの男を憎んでいるのかも。
神崎さんだって、同じくらい憎んでいるはずなのだが…。
「それはそうと。ユイ。ようやく腰を据えて、話ができそうだ」
「何?改まって…」
神崎さんが、真っ直ぐに私を見つめる。
私達の身長差では、見下ろされている私は、まるで、お説教を食らう娘のようで…。
「ねえ?それなら、あっちのベンチに座ろうよ」
居心地の悪さに耐え兼ねて、彼の手を掴んで引っ張り、庭先のベンチへと誘導した。
神崎さんの話したい事って、何だろう?




