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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
93/215

19-(3)



「ねえ新堂さん。もう遅いし、今晩は、泊まって行けるんでしょ?」


 近所の喫茶店で、軽い食事を終えた後。


 再び部屋へ戻ったところで、探りを入れてみる。


 ワインで、すでにいい感じに酔いが回っていた私。

 対する新堂さんは、一見何の変化も見られない。


 彼だって、かなり飲んでいるはずなのに!いつか、酔い潰してみたいものだ。

 

「ああ。おまえの不眠の状況も確認したいしね」

 この答えに、私の心は高揚する。


 新堂さんが泊まって行ってくれる!


「そうよ、薬!くれない?市販のじゃ全然効かなくて…」浮かれる自分を抑えて訴える。

「だから、症状を確認してからな」


 こんな事を言って来る、彼の態度が気に入らず。

「ヤダ!私が嘘を言ってると思ってる?」と反論。


「そうじゃないよ」

「でも今夜は、医者としてじゃなく、男性として一緒にいてほしいな」


 私にしては大胆な発言だったか…。


 彼が驚いて見て来るので、急に恥かしくなって来た。


「珍しいな、ユイからそんな要望が来るとは」

「だから!診察はなしって意味!」慌てて言い直す。


 だって今日だけは…。大嫌いな医者と過ごすなんて真っ平!


「今日はユイの誕生日だしな。よし、では添い寝してやろう。案外、眠れるかもな!」

「添い寝って…。子供扱いしないでよ!」


 こんな彼の言葉は、ジョークかもしれなかったけれど。

 真剣に反論してしまった。


「…それだけ?」


「眠れなければ、ちゃんと薬も出してやるよ」と彼が付け加える。

 沈黙を続ける私に、「不満か?」と平然と言い返して来る。


「それだけで、いいの?本当に…」


 やっぱり私は、恋愛対象外って事か…。

 少しでも期待した自分が嫌になった。って、私、何を期待してるって言うの!


 一人、頭に血が上ってカッカしているところへ。


「ユイが安眠してくれれば、それでいい」

 今度は優しく微笑んで、彼が言った。


 こんな表情を見せてくれるようになったのは、私を受け入れてくれたから。


 何にせよ、前より断然、私の事を大事にしてくれる、と、勝手に思っている。

 なぜなら。身も凍えるような、出会った頃の新堂和矢ではないから。


 それだけで、満足だ。そう自分に言い聞かせる。


 沈んだ空気に気づいたのか、彼が別の話題を取り上げた。

「知ってるか?眠りには、遺伝子が関わっているんだぞ」


「眠りの、遺伝子?」


「そうだ。生き物には、生活のリズムを作る生物時計というのがあってな。人以外の動物も、同じ遺伝子を使って眠るらしい」


「ふ~ん。じゃあ、その遺伝子に異常が起きて、不眠になったって?」


「そういう事になるな」

「なら、その遺伝子を治して!」


「無茶言うな。今の医学では不可能だ。それにその辺の領域はすでに、医学ではなく生物物理学だな」


「何よ。治せるから、そんな話を振って来たんじゃないの?」

「残念ながら専門外でね」


「何だか、難解な話になって来た…!もう寝ようかな」

 今は、小難しい事を考えたくない…。


「そうそう。寝る前に考え事は良くないよ」

 当然のように言う彼に、「自分から難しい話題を持ち出したくせに!」と反論。


 眠りの遺伝子か…。だとすると、この遺伝子達が危ない!

 なぜなら、私の中には手に負えないワルの遺伝子(!)が、うじゃうじゃいる。


 ワルの遺伝子を排除せよ!


 ベッドに入って、しばらく、こんなおかしな妄想を続ける。

 その妄想は段々とエスカレートして…。


 結局、彼の言ったとおりになった。


 私はあっという間に、新堂さんの腕の中で寝息を立てていたようだ。


 何日かぶりに、ぐっすりと眠る事ができたのだった。


・・・


 こんな具合に。


 この一年、新堂さんとの距離が、順調に近づいて来たと思っていたら…。


 またもや。離れ離れになってしまった。


 長期に渡って、海外に滞在する事になったと、連絡が入って。

 遅からずこんな日がやって来るのは、覚悟していたけれど。


 予想以上にがっかりした自分に、一番驚いた。


「あの人に会えないからって、それが何?変よ、ユイ!」


 慌てて一人、声を上げるのだった。




昨今、遺伝子の研究が飛躍的に進んでおります。そう遠くない将来、ワルの遺伝子も、排除可能になるかも?!

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