19-(3)
「ねえ新堂さん。もう遅いし、今晩は、泊まって行けるんでしょ?」
近所の喫茶店で、軽い食事を終えた後。
再び部屋へ戻ったところで、探りを入れてみる。
ワインで、すでにいい感じに酔いが回っていた私。
対する新堂さんは、一見何の変化も見られない。
彼だって、かなり飲んでいるはずなのに!いつか、酔い潰してみたいものだ。
「ああ。おまえの不眠の状況も確認したいしね」
この答えに、私の心は高揚する。
新堂さんが泊まって行ってくれる!
「そうよ、薬!くれない?市販のじゃ全然効かなくて…」浮かれる自分を抑えて訴える。
「だから、症状を確認してからな」
こんな事を言って来る、彼の態度が気に入らず。
「ヤダ!私が嘘を言ってると思ってる?」と反論。
「そうじゃないよ」
「でも今夜は、医者としてじゃなく、男性として一緒にいてほしいな」
私にしては大胆な発言だったか…。
彼が驚いて見て来るので、急に恥かしくなって来た。
「珍しいな、ユイからそんな要望が来るとは」
「だから!診察はなしって意味!」慌てて言い直す。
だって今日だけは…。大嫌いな医者と過ごすなんて真っ平!
「今日はユイの誕生日だしな。よし、では添い寝してやろう。案外、眠れるかもな!」
「添い寝って…。子供扱いしないでよ!」
こんな彼の言葉は、ジョークかもしれなかったけれど。
真剣に反論してしまった。
「…それだけ?」
「眠れなければ、ちゃんと薬も出してやるよ」と彼が付け加える。
沈黙を続ける私に、「不満か?」と平然と言い返して来る。
「それだけで、いいの?本当に…」
やっぱり私は、恋愛対象外って事か…。
少しでも期待した自分が嫌になった。って、私、何を期待してるって言うの!
一人、頭に血が上ってカッカしているところへ。
「ユイが安眠してくれれば、それでいい」
今度は優しく微笑んで、彼が言った。
こんな表情を見せてくれるようになったのは、私を受け入れてくれたから。
何にせよ、前より断然、私の事を大事にしてくれる、と、勝手に思っている。
なぜなら。身も凍えるような、出会った頃の新堂和矢ではないから。
それだけで、満足だ。そう自分に言い聞かせる。
沈んだ空気に気づいたのか、彼が別の話題を取り上げた。
「知ってるか?眠りには、遺伝子が関わっているんだぞ」
「眠りの、遺伝子?」
「そうだ。生き物には、生活のリズムを作る生物時計というのがあってな。人以外の動物も、同じ遺伝子を使って眠るらしい」
「ふ~ん。じゃあ、その遺伝子に異常が起きて、不眠になったって?」
「そういう事になるな」
「なら、その遺伝子を治して!」
「無茶言うな。今の医学では不可能だ。それにその辺の領域はすでに、医学ではなく生物物理学だな」
「何よ。治せるから、そんな話を振って来たんじゃないの?」
「残念ながら専門外でね」
「何だか、難解な話になって来た…!もう寝ようかな」
今は、小難しい事を考えたくない…。
「そうそう。寝る前に考え事は良くないよ」
当然のように言う彼に、「自分から難しい話題を持ち出したくせに!」と反論。
眠りの遺伝子か…。だとすると、この遺伝子達が危ない!
なぜなら、私の中には手に負えないワルの遺伝子(!)が、うじゃうじゃいる。
ワルの遺伝子を排除せよ!
ベッドに入って、しばらく、こんなおかしな妄想を続ける。
その妄想は段々とエスカレートして…。
結局、彼の言ったとおりになった。
私はあっという間に、新堂さんの腕の中で寝息を立てていたようだ。
何日かぶりに、ぐっすりと眠る事ができたのだった。
・・・
こんな具合に。
この一年、新堂さんとの距離が、順調に近づいて来たと思っていたら…。
またもや。離れ離れになってしまった。
長期に渡って、海外に滞在する事になったと、連絡が入って。
遅からずこんな日がやって来るのは、覚悟していたけれど。
予想以上にがっかりした自分に、一番驚いた。
「あの人に会えないからって、それが何?変よ、ユイ!」
慌てて一人、声を上げるのだった。
昨今、遺伝子の研究が飛躍的に進んでおります。そう遠くない将来、ワルの遺伝子も、排除可能になるかも?!




