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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
92/215

19-(2)

引き続きユイのマンションにて。


「人聞きの悪い…。私は依頼を遂行しただけ」


 ワインを、一気に飲み干してから続けた。


「それに。殺して来たというよりも、ある人達を助けて来たと言いたいわ」


 身に付けたままだったコルトを抜き、おもむろにテーブルに置く。

 心なしか、辺りに火薬の臭いが漂った気がした。


「そんな物出して。どういうつもりだ」拳銃には目もくれずに、私だけを凝視して言う。

「私はそれが、大の付くほど嫌いなんだが?」


 これが、医者が好意を持つようなシロモノでない事は分かる。

 けれど…。


 コルトから目を反らし続ける彼に、この上ない寂しさを感じてしまう。


 カレは、決して私を裏切らない、唯一の相棒だから。


「ごめんなさい…。でも聞いて?新堂さん、あなたには分かって欲しいの!」


 私はコルトを手にして、愛おしく、労わりながら告げた。

「これは、人を殺すためのものではなく、大切な人を守るためのものだって事」

 

 あなただって、私を助けるために一度、使ったじゃない?と言おうとしたが。


 あの時の事は、新堂さんにとっては、とても辛い出来事のはず。

 元恋人とはいえ、一度は愛した女性を…。


 そんな事を思い出させて、苦しめたくない。


 相棒コルトの大切さを、他にどう表現できるだろう…。

 必死に考えをめぐらせていると。


 ふいに、彼が鼻で笑った。

「単なる言い逃れにしか聞こえない!詰まるところは、誰かが死ぬんだろう?」


 事実なので、これには何も言い返せない…。


「まあ…。おまえが、どこで何をしようと、私には関係ないが」

 透かさず、お得意の冷酷なセリフを、容赦なく浴びせて来る。


 今の気持ちを言い表すなら。

 手の届く距離にいた新堂さんが、急に百メートルくらい遠ざかった、だろうか。


「あっそ!だったら、余計な事、聞いて来ないでくれる?」


 こっちは、あなたが傷つかないようにと、こんなに気を遣って話しているのに?

 急激に怒りが込み上げて来る。


 しかし。

 この後の新堂さんの言葉は、意外なものだった。


「おまえがそんな顔、してるからだろ」じっと私を見て言うのだ。


 自分の顔に両手を当てて、聞き返した。

「私が、どんな顔してるっていうの?」


「なぜ、おまえはそんなふうに、いつも自分を苦しめるんだ。何がそうさせる?やっぱりあの、親父さんが原因か…」


「苦しめる?」

「どう見たって、今のおまえの顔は、苦しんでいる顔だ」


 さすがは長年、私の主治医をしているだけある。こんな判断もお手のもの?

 

 けれども、私は否定した。

「自分を苦しめているつもりはない。ただ、できる事を、信念に基づいてしているだけ」


「信念、とは?」

「罪のない人達が、悪人に巻き込まれて不幸になって行くのを、阻止するのよ」


「何のために?前に、私よりも稼いで見せる、とか息巻いていたが…」

 一旦言葉を切って、彼が続ける。「その報酬のためか!」


「違うわ」彼は本気でそう思ったのだろうか。…だとしたら、悲しい。


「もちろん、生きて行くためにお金は必要よ。それが働くって事だし」

「正論だな」


「それなら。あなたの提示する、使い道に困るほどの莫大な金額は?何なのよ!」

 私のは高額と言っても、この人の足元にも及ばない。


 質問が予想外だったのか、彼はやや驚いていた。

 無言の彼に言葉を続ける。どうせ、答えはもらえないだろうから。


「新堂さん、言ってたよね?仕事に命を張ってるって」


 これも例の元カノの事件の時だ。彼女の恋人(?)が乗り込んで来て。

 撃たれた新堂さんが、片岡先生の所に入院している時に、言った言葉。


「私は別に、仕事に命を張っているとは言ってない。生きるか死ぬか、どちらかしかないと言ったんだ」


 確かにその通りだが…!


 以前にも感じた、この人が生きる事も死ぬ事も、どうでもいいと思っているかもしれないという疑惑が、再び湧き上がる。


 目の前の何の感情も示さない瞳を、どんなに見つめても。

 結論は出ない。


 …この厄介な問題は、また別の機会に考える事にしよう。 


 大きく一つ息を吸い込んで。自分の考えを口にした。


「生きるか死ぬかの瀬戸際でする、重い仕事よ。それを依頼するんだから、それなりの覚悟を示してもらわないと」


 何も、お金に目が眩んで、高額な報酬を要求する訳じゃないと。

 

「だから、報酬を値切って来るようなヤツからの依頼は、受けない!って事でしょ?」


〝値引き交渉には応じない〟かつて私が、彼に言われた言葉。

 これには、きっとこんな意味も、込められていたのだろう。


 そう信じたい。


 否定される前に、再び私から話を進めた。


「私の報酬の使い道だけど。新堂さんが、施設に資金提供してるって聞いてね。ユニセフ募金、始めたの」


 彼のように、あり余っているから!とは言えないが。

 例え少額でも、それで、誰かの命が救われるならと。


 彼は何も答えなかった。

 この人が、何を考えているかを知る方法があれば、どんなにいいか…!


 無言のままの新堂さんを見て、思うのだった。


「それで…。話を戻してもいいか」

「え?」


 話題が逸れていた事にも気づかない私。


「信念とやらの話だ。誰が不幸になろうが、おまえに関係があるのか?」


 唖然としてしまった。

 やっぱりこういうところは、理解できないらしい。


 報酬の使い道よりも、こちらの方が、この人にとっては重要だったようだ。


「勘違いしないで。不幸な人が可哀想だから、助けたいなんて思ってないわよ?」


 はっきり言って、私はお人好しではない。むしろ、その点ではシビアな方だ。

 自分にも、相手にも。


 あくまで私が助けたいのは、罪のない人。

 真剣に、熱い思いで、一つの事に取り組んでいる人。


「私は!世の中のそういう、理不尽な事が許せないの!」


 つい、力が入ってしまった…。


 気を取り直して、逆に質問する。

「なら、あなたは?何のために仕事をするの?」


 お金のためでも、人助けのためでもないのなら?何のためなのか。


「私は、自分のできる事を全力でしているだけさ。ただそれだけだ。何のためでもない」

 とても曖昧な答えだった。


 何のためかはさて置き…。

 彼の仕事は、私とは正反対の、万人が認める素晴らしい行為だ。


「医者は得よね。その存在だけで善だわ」


「だが、私の場合は特に、偽善、かもしれないけどな」

 おどけて答える彼に、「それは問題だわ!」と笑って答えてみた。


 新堂和矢は、普通の医者ではない。無免許という時点で、すでに犯罪者。

 どんなに良い行いをしても、〝善〟にはなれない?


 殺し屋がどんなに良い行いをしても、〝善〟にはなれない。

 それはつまり、募金などという行為も…偽善か。


 しばらく私達は、押し黙ったままワインを味わった。


 医者と殺し屋のカップル、か…。


 でも、それもいいかもしれない。


 何しろ彼はただの医者じゃなく、私はただの殺し屋じゃない。

 そう。朝霧ユイは決して〝殺し屋〟なんかではない!


 私達は立場的に、何だか似ている気がする。


 自分ができる事を、全力でやるという点でも。

 その行為が、偽善かもしれない点でも…。


 今日初めて、こんな事を思った。



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