19-(2)
引き続きユイのマンションにて。
「人聞きの悪い…。私は依頼を遂行しただけ」
ワインを、一気に飲み干してから続けた。
「それに。殺して来たというよりも、ある人達を助けて来たと言いたいわ」
身に付けたままだったコルトを抜き、おもむろにテーブルに置く。
心なしか、辺りに火薬の臭いが漂った気がした。
「そんな物出して。どういうつもりだ」拳銃には目もくれずに、私だけを凝視して言う。
「私はそれが、大の付くほど嫌いなんだが?」
これが、医者が好意を持つようなシロモノでない事は分かる。
けれど…。
コルトから目を反らし続ける彼に、この上ない寂しさを感じてしまう。
カレは、決して私を裏切らない、唯一の相棒だから。
「ごめんなさい…。でも聞いて?新堂さん、あなたには分かって欲しいの!」
私はコルトを手にして、愛おしく、労わりながら告げた。
「これは、人を殺すためのものではなく、大切な人を守るためのものだって事」
あなただって、私を助けるために一度、使ったじゃない?と言おうとしたが。
あの時の事は、新堂さんにとっては、とても辛い出来事のはず。
元恋人とはいえ、一度は愛した女性を…。
そんな事を思い出させて、苦しめたくない。
相棒コルトの大切さを、他にどう表現できるだろう…。
必死に考えをめぐらせていると。
ふいに、彼が鼻で笑った。
「単なる言い逃れにしか聞こえない!詰まるところは、誰かが死ぬんだろう?」
事実なので、これには何も言い返せない…。
「まあ…。おまえが、どこで何をしようと、私には関係ないが」
透かさず、お得意の冷酷なセリフを、容赦なく浴びせて来る。
今の気持ちを言い表すなら。
手の届く距離にいた新堂さんが、急に百メートルくらい遠ざかった、だろうか。
「あっそ!だったら、余計な事、聞いて来ないでくれる?」
こっちは、あなたが傷つかないようにと、こんなに気を遣って話しているのに?
急激に怒りが込み上げて来る。
しかし。
この後の新堂さんの言葉は、意外なものだった。
「おまえがそんな顔、してるからだろ」じっと私を見て言うのだ。
自分の顔に両手を当てて、聞き返した。
「私が、どんな顔してるっていうの?」
「なぜ、おまえはそんなふうに、いつも自分を苦しめるんだ。何がそうさせる?やっぱりあの、親父さんが原因か…」
「苦しめる?」
「どう見たって、今のおまえの顔は、苦しんでいる顔だ」
さすがは長年、私の主治医をしているだけある。こんな判断もお手のもの?
けれども、私は否定した。
「自分を苦しめているつもりはない。ただ、できる事を、信念に基づいてしているだけ」
「信念、とは?」
「罪のない人達が、悪人に巻き込まれて不幸になって行くのを、阻止するのよ」
「何のために?前に、私よりも稼いで見せる、とか息巻いていたが…」
一旦言葉を切って、彼が続ける。「その報酬のためか!」
「違うわ」彼は本気でそう思ったのだろうか。…だとしたら、悲しい。
「もちろん、生きて行くためにお金は必要よ。それが働くって事だし」
「正論だな」
「それなら。あなたの提示する、使い道に困るほどの莫大な金額は?何なのよ!」
私のは高額と言っても、この人の足元にも及ばない。
質問が予想外だったのか、彼はやや驚いていた。
無言の彼に言葉を続ける。どうせ、答えはもらえないだろうから。
「新堂さん、言ってたよね?仕事に命を張ってるって」
これも例の元カノの事件の時だ。彼女の恋人(?)が乗り込んで来て。
撃たれた新堂さんが、片岡先生の所に入院している時に、言った言葉。
「私は別に、仕事に命を張っているとは言ってない。生きるか死ぬか、どちらかしかないと言ったんだ」
確かにその通りだが…!
以前にも感じた、この人が生きる事も死ぬ事も、どうでもいいと思っているかもしれないという疑惑が、再び湧き上がる。
目の前の何の感情も示さない瞳を、どんなに見つめても。
結論は出ない。
…この厄介な問題は、また別の機会に考える事にしよう。
大きく一つ息を吸い込んで。自分の考えを口にした。
「生きるか死ぬかの瀬戸際でする、重い仕事よ。それを依頼するんだから、それなりの覚悟を示してもらわないと」
何も、お金に目が眩んで、高額な報酬を要求する訳じゃないと。
「だから、報酬を値切って来るようなヤツからの依頼は、受けない!って事でしょ?」
〝値引き交渉には応じない〟かつて私が、彼に言われた言葉。
これには、きっとこんな意味も、込められていたのだろう。
そう信じたい。
否定される前に、再び私から話を進めた。
「私の報酬の使い道だけど。新堂さんが、施設に資金提供してるって聞いてね。ユニセフ募金、始めたの」
彼のように、あり余っているから!とは言えないが。
例え少額でも、それで、誰かの命が救われるならと。
彼は何も答えなかった。
この人が、何を考えているかを知る方法があれば、どんなにいいか…!
無言のままの新堂さんを見て、思うのだった。
「それで…。話を戻してもいいか」
「え?」
話題が逸れていた事にも気づかない私。
「信念とやらの話だ。誰が不幸になろうが、おまえに関係があるのか?」
唖然としてしまった。
やっぱりこういうところは、理解できないらしい。
報酬の使い道よりも、こちらの方が、この人にとっては重要だったようだ。
「勘違いしないで。不幸な人が可哀想だから、助けたいなんて思ってないわよ?」
はっきり言って、私はお人好しではない。むしろ、その点ではシビアな方だ。
自分にも、相手にも。
あくまで私が助けたいのは、罪のない人。
真剣に、熱い思いで、一つの事に取り組んでいる人。
「私は!世の中のそういう、理不尽な事が許せないの!」
つい、力が入ってしまった…。
気を取り直して、逆に質問する。
「なら、あなたは?何のために仕事をするの?」
お金のためでも、人助けのためでもないのなら?何のためなのか。
「私は、自分のできる事を全力でしているだけさ。ただそれだけだ。何のためでもない」
とても曖昧な答えだった。
何のためかはさて置き…。
彼の仕事は、私とは正反対の、万人が認める素晴らしい行為だ。
「医者は得よね。その存在だけで善だわ」
「だが、私の場合は特に、偽善、かもしれないけどな」
おどけて答える彼に、「それは問題だわ!」と笑って答えてみた。
新堂和矢は、普通の医者ではない。無免許という時点で、すでに犯罪者。
どんなに良い行いをしても、〝善〟にはなれない?
殺し屋がどんなに良い行いをしても、〝善〟にはなれない。
それはつまり、募金などという行為も…偽善か。
しばらく私達は、押し黙ったままワインを味わった。
医者と殺し屋のカップル、か…。
でも、それもいいかもしれない。
何しろ彼はただの医者じゃなく、私はただの殺し屋じゃない。
そう。朝霧ユイは決して〝殺し屋〟なんかではない!
私達は立場的に、何だか似ている気がする。
自分ができる事を、全力でやるという点でも。
その行為が、偽善かもしれない点でも…。
今日初めて、こんな事を思った。




