18-(4)
新堂さんの治療の甲斐あって。
私の左肩のケガは、順調に回復しつつある。
彼の部屋にて。
「ねえ。この手紙って…」
テーブルの上に、散らかったままの郵便物の山。
中を見た形跡すらない物も多数ある。
そこから、養護施設から送られて来た一枚を抜き取る。
「ああ、それか…。そうしてやって来るのは事後報告だ。確認する必要はない」
「事後報告って、もちろんお仕事の、よね?」
「いや…」
新堂さんが、私の持っていた封書を取り上げる。
「全国、津々浦々から来てるみたいだけど…」
やはり、返事はもらえないか。
諦めておどけてみた。「新堂さんて、案外、お友達多いのね!」
「そういう関係ではない。相手は単なる資金の援助先だ。その礼状さ」
「な!何ですって?」
我が耳を疑った。この人が、資金援助だなんて!
「有り余った金を、他にどう使う?必要な所が使えばいい」
「余った、お金、ね…」
間違っているか?と言うように、私の顔を凝視して来る。
「新堂先生の、おっしゃるとおりです!」一体どれだけ余るのか、とても興味がある。
全く羨ましい限りだ…。そんなセリフを言ってみたい!
何せ、彼の報酬と私のでは、桁が違う。
かなり予想外だが。新堂和矢は、ただの金の亡者ではなかった?
けれども。純粋に慈善活動なのかは、私には判断できない。
きっと、真相は永遠に謎のままだろう。
「驚いた…。私はてっきり、自分のために稼いでるんだと…」
私の言葉を遮って、彼が言った。
「おまえと違って、めったに車も故障しないしな。身の回りの物以外、別段必要な物はない。もちろん、依頼遂行のためには、惜しみなく使うがね」
「どうせ私は、散々車をスクラップにしては、乗り換えてますけど!」
そうは言ったが、決して運転技術が劣っている訳ではなく。
単に、無謀なだけ?
数秒の沈黙の後。
私達は、顔を見合わせて笑った。
・・・
このひと月、週一回のペースで会っている。
ケガをすれば、こうして新堂さんに頻繁に会えるのだ。
「何をニヤケている?私の顔に何かついてるか」
近所の喫茶店でお茶をしているのだが。
無意識に、彼を見つめていたらしい。しかも、私の顔は笑っていた模様…。
「別に何も!」普通の恋人同士みたいで嬉しいのよ、などと、言えるものか。
そしてふと思う。逆に言えば、ケガをしないと会えない?
いつもと変わらない、新堂さんの斜に構えるこの感じ。
ただ座っているだけなのに、どうしてこんなに絵になるの!
この彼が、孤児であった事が、思わぬ形で判明した。
かつて、ボロアパートに住んでいた彼。それを知っているからこそ、頷けるこの事実。
いつでも高圧的で、自信たっぷりで。
挫折を知らない、資産家の息子、くらいに思っていたから!
人の心が分からないとか、接し方が不自然だとかの理由は…。
そんな、幼少時代の環境にあると納得したのだが。
それにしても、この人は本当に変わっている!
「そんな事よりも!」テーブルを両手で叩いて、彼の意識をこちらに向けさせる。
「何だ、いきなり」
私にとって重要なのは、もっと別の事だ。
「新堂さんは、私を助け出そうとしてくれたの?」
「何の事だ」
「だから!ルクソールに残った事よ!先に帰ってって言ったじゃない」
「実際、先に帰国したのは私だろ」
「そうだけど!連れて帰ろうとしてたって、言ってたじゃない」
「どうせなら、一緒に帰ろうと思っただけだよ」
「でも!」
エリックから、依頼の電話があった日。
彼は、自分にも同じ地域から依頼が入っている、と言った。
でもこの時、私は行き先の事を、何一つ口にしていない。
あの時は興奮していて、そんな矛盾点に全く気づかなかった…。
「もしかして新堂さん、私を心配して…」あんな口実を作って、ついて来てくれたの?と続けたかったが。
ポーカーフェイスの彼の表情に怖気づいて、言葉を飲み込んだ。
世界中から引っ張りだこの、多忙を極める新堂和矢。
そんな人が、私のために時間を割いてくれたとしたら。
それが意味するのは…。
「もう、いいや」私は追及を断念した。
「おかしなヤツめ」
私の心境を何も知らない新堂さんが、こんなセリフを吐く。
「フンだ!」たちまち膨れっ面に変わる。
それはそうと。
心中事件とあえて呼ぶけれど、例の件について、彼が唯一コメントした言葉は…。
〝ああ…、私のベンツが…!〟だった。
自分より(私よりも!)愛車の心配?
まあ、そこが彼らしい。自分の身の危険なんて、顧みないところが…。
「新堂さんて、泳ぎ、あまり得意じゃないでしょ」
なぜそう思ったかというと。
救助用の浮き輪に、いち早くしがみ付いていたから!
凍てつくような冬の海に投げ出されては、誰でもそうかもしれないけれど…。
こんな質問にも、表情一つ変えずに、沈黙を貫く彼だった。
「それにしても、二人とも、鉄の心臓の持ち主で良かったわ~!」
「だいたい…。おまえの行動は、いちいち、メチャクチャなんだ」
「何よ!あなただって、満更でもなかったくせに」
こんな言い合いをしながら、私達は笑った。
思い返せば、笑い話で終わる(終わらないかもしれない…)この行為だけれど。
自分でも、あの時の心境は、良く分かりません!




