2-(3)
『ユイ、最近顔を出さないけど、何かあった?』
夜。入院中の母から電話が来た。
「ううん、何もないよ。ちょっと風邪引いたけど」
いつも学校帰りにお見舞いに行っていた。
それなのに、夏休みに入ってからは一度も顔を出していなかった。例の新たなバイトを始めたせいで。
『まあ…。あなたは良く風邪をこじらせるから。気をつけなさいね。治ってからでいいから、顔を見せに来てね』
いつもの優しい母の声に、思わず涙ぐんでしまう。
「うん。ごめんね、行けなくて」無理に明るい声を出す。
『いいのよ。それで熱はあるの?』
「もう平気。食欲もあるし」
ついた方が良い嘘もあると、私は思う。
まだ熱があった。
風邪ではなく、早速副作用と思われる症状が出ていた。当然、食欲なんてあるはずもなく…。
近況を報告し合った後、電話を切る。
「参ったな…。こんなんじゃ、私、どれだけ病弱な女子高生よ…!」
二学期に入ってからは、こんな体調不良の日々が続いている。
友人にもクラスメイトにも、恋人の赤尾先輩にも、こんな姿をさらし続ける訳には行かない。
例の仕事のせいで、私の体調は常にどこか悪かった。
こんな体調不良の真っ只中。
無謀にも、私は修学旅行に行った。
・・・
「我慢はするなと言っただろう?なぜもっと早く来ない」
旅行から帰っても体調が戻らずに、中里の研究所に入院する羽目になる。
「だって、修学旅行よ?行きたいじゃない!」
「修学旅行?」
繰り返されて、自分が二十一だという事にやっと気がついた。
「間違えた、社内旅行!ほら、親睦を深めないと?」慌てて言い直す。
不審そうな顔で見られる。
さらに、仕事をやめた事になっていたのも思い出す。
「あ!えっと…、だから…」
言い訳を探していると、「良くもまあ、そんな体調で行けたもんだ。褒めてやるよ」と呆れた口調で返された。
どうやら、気づいていないみたい。
ほっとしつつ、「最初は微熱だったし。報告したら、服用をやめて様子を見ろって言ったじゃない」と言い返す。
「そうだ。言ったさ。意味分かってるか?それはつまり、安静にしろって事だ!」
「してたもん」ただの旅行だ。
解熱剤を点滴中の横たわる私を見下ろしながら、中里がため息をついた。
「まあいい。やはり若年層には発熱の副作用あり、か」
「役に立ったかしら」
「大いにね」ため息混じりに答えて来る。
「なら、報酬は追加ね!」
「高熱の割に、良く働く脳ミソだな」
そんな嫌味も何のその。
「褒め言葉って事にしてあげる」そう言って、いつの間にか眠りについた。
翌朝には熱も下がり、食事も摂る事ができた。
「若さってのは武器だな」
感心したように何度も頷きながら私を見る。
出された食事をペロリと完食してふんぞり返る私を、これまたふんぞり返って見ている彼。
もちろん彼の頬は飴玉で膨らんでいる。
この光景を誰かが傍から見ていたなら、私達はどんな関係に見えただろう…?
「あ~、帰って勉強しなきゃ…」
「勉強?」
問い返されて、思わず口に出してしまった本音に焦る。
背伸びして伸ばした両腕をやり場なく下ろして、「あ…。ほら、会社で試験がね!」と言い訳を始める。
「仕事、辞めたんじゃなかったか?」今度はこう突っ込んで来る。
「あ…、え?だから!新たな会社に入るための試験よ」と苦し紛れに誤魔化す。
明らかに怪しいのに「それはそれは。中断させて悪かったな」と全く疑いもしない。
何であれ、納得してくれた事に安堵…。嘘をつき通すって大変だ。
本当は、もうすぐ中間試験なの!
修学旅行直後の試験って、ホント大変でしたよねぇ。(;^_^A