18-(3)
引き続き車内にて。
「違うんだ…」
くぐもった声で、彼が言った。
「謝るのは私の方だ。つい、ユイに当たってしまった。悪かった」
「いいのよ!気にしないで」
急いで言い返して、そのまま見守り続ける。
少しして落ち着いたようで、彼が顔を上げたけれど。
すぐに私に背を向けた。
しばらく彼は、左手に広がる海を見ていた。
「…私が育った児童養護施設の、世話になった園長夫人が亡くなったんだ」
ふいに彼が語り始めた。
「え…?」
新堂さんは施設で育った…?衝撃の事実だった。
そう言えば…。
彼の元に送られて来ていた郵便物の中には、養護施設からの手紙がたくさんあった。
あれは、何か関係するのだろうか。
「あの日。おまえを何とか連れて帰ろうと、張り込んでいた時に、連絡が入った」
こんな彼のセリフによって。
私の中で、この疑問が再燃する。
「そうよ!張り込んでたってどういう事?エリックのケガも、診てあげたって…」
「それだけでも、役に立てて良かったよ」
「何よ、それ…!」
頭が混乱する中。新堂さんが話題を戻した。
「彼女は…すでに危篤状態だった。遅かった、遅すぎたよ!なぜ言ってくれなかった?手紙には、そんな事は今まで一言も、書かれていなかった…!」
悔しそうに下を向いて、彼が続ける。
「こういう時に役に立てなくて、何が医者だ!俺は何のために…!」
今、新堂さんは、自分を〝オレ〟と呼んだ。
私と話す時はいつも、〝ワタシ〟と、他人行儀に言うのに!
これは、もしかしたら彼の心の声かもしれない。
閉ざされた心の扉が、一瞬だけ開いたような気がした。
彼の苦しみがジワジワと伝わって来て、私の胸までが痛み出した。
「それで、その人とは話せたの?」
他にも多々、聞きたい事はあったけれど、これだけ尋ねた。
「ああ。これからも、人の役に立つ事をしてくれと、笑ってたよ。最も救うべき人間さえ救えない俺に!…自分は一体、何をして来たんだ?」
彼が呆然と立ち尽くす様子が、目に浮かんだ。
「新堂さん…」
かける言葉が見つからなかった。
「死んだ人間を、生き返らせる事ができたらと、本気で思ったよ。だが、神でもあるまいし!そんな事は不可能だ。誰にも…!誰にもできないんだよ、ユイ…」
「…ごめんなさい、私、軽々しく助けられるなんて、そんな事言って…」
少し前の自分の発言を、すぐさま謝った。
「この悔しさを、どこにぶつければいいのか、分からないんだ…!」
私には、いつでも憎む対象がいた。
父親やテロリスト、腐りきった裏社会の連中…。
だから私は、そんなヤツらに怒りを向ければ済んだ。
でも新堂さんは?
彼は自分を責めている。大切な人を助けられなかった自分を。
何とかして、この人を救いたい…。
どうすれば、いいのだろう?
「こういう場合、死ぬ気で詫びる以外にないんじゃない?」
単純な私には、こんな発想しかなかった。
サムライは、腹を切って詫びる。
「ユイ?」
驚いて振り返る新堂さんに、「私も付き合うわ」と笑顔で言う。
「運転、代わってくれる?」
そう言って彼を車から降ろすと、ポジションを交替した。
「お、おいユイ!何をする気だ?ケガしてるんだぞ、運転は…」
「さあ新堂さん、あなたの怒りを全て海にぶちまけて、懺悔するのよ。愛車のベンツと共に…!」
痛む左腕をハンドルに乗せると、右手で彼の手を掴みウインクする。
「ふふっ!ユイ、私と心中でもするって言うのか?」
エンジンを思い切り吹かすと、アクセルを目一杯踏み込んだ。
後続車がいないのを確認して、左に急ハンドルを切る。
頑丈なベンツは、橋の欄干を突き破り、瞬く間に空へ飛び出した。
何て迷惑な行為だろう…。
・・・
その後。
私達があらゆる方面の人達から、数多くのお叱りを受けたのは言うまでもない。
この行為で、どれだけあの人の心が癒せたのかは分からない。
でもその後、彼はまたいつもの彼に戻った。
いつもの、クールで考えの読めない男に!
どんなに血迷っても、橋から車ごとダイブするのはやめましょう。




