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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
89/215

18-(3)

引き続き車内にて。


「違うんだ…」


 くぐもった声で、彼が言った。


「謝るのは私の方だ。つい、ユイに当たってしまった。悪かった」

「いいのよ!気にしないで」


 急いで言い返して、そのまま見守り続ける。


 少しして落ち着いたようで、彼が顔を上げたけれど。


 すぐに私に背を向けた。

 しばらく彼は、左手に広がる海を見ていた。


「…私が育った児童養護施設の、世話になった園長夫人が亡くなったんだ」

 ふいに彼が語り始めた。


「え…?」

 新堂さんは施設で育った…?衝撃の事実だった。


 そう言えば…。

 彼の元に送られて来ていた郵便物の中には、養護施設からの手紙がたくさんあった。


 あれは、何か関係するのだろうか。


「あの日。おまえを何とか連れて帰ろうと、張り込んでいた時に、連絡が入った」

 こんな彼のセリフによって。


 私の中で、この疑問が再燃する。

「そうよ!張り込んでたってどういう事?エリックのケガも、診てあげたって…」


「それだけでも、役に立てて良かったよ」

「何よ、それ…!」


 頭が混乱する中。新堂さんが話題を戻した。


「彼女は…すでに危篤状態だった。遅かった、遅すぎたよ!なぜ言ってくれなかった?手紙には、そんな事は今まで一言も、書かれていなかった…!」


 悔しそうに下を向いて、彼が続ける。

「こういう時に役に立てなくて、何が医者だ!俺は何のために…!」


 今、新堂さんは、自分を〝オレ〟と呼んだ。


 私と話す時はいつも、〝ワタシ〟と、他人行儀に言うのに!


 これは、もしかしたら彼の心の声かもしれない。

 閉ざされた心の扉が、一瞬だけ開いたような気がした。


 彼の苦しみがジワジワと伝わって来て、私の胸までが痛み出した。


「それで、その人とは話せたの?」

 他にも多々、聞きたい事はあったけれど、これだけ尋ねた。


「ああ。これからも、人の役に立つ事をしてくれと、笑ってたよ。最も救うべき人間さえ救えない俺に!…自分は一体、何をして来たんだ?」


 彼が呆然と立ち尽くす様子が、目に浮かんだ。


「新堂さん…」

 かける言葉が見つからなかった。


「死んだ人間を、生き返らせる事ができたらと、本気で思ったよ。だが、神でもあるまいし!そんな事は不可能だ。誰にも…!誰にもできないんだよ、ユイ…」


「…ごめんなさい、私、軽々しく助けられるなんて、そんな事言って…」 

 少し前の自分の発言を、すぐさま謝った。


「この悔しさを、どこにぶつければいいのか、分からないんだ…!」


 私には、いつでも憎む対象がいた。

 父親やテロリスト、腐りきった裏社会の連中…。


 だから私は、そんなヤツらに怒りを向ければ済んだ。


 でも新堂さんは?

 彼は自分を責めている。大切な人を助けられなかった自分を。


 何とかして、この人を救いたい…。


 どうすれば、いいのだろう?


「こういう場合、死ぬ気で詫びる以外にないんじゃない?」

 単純な私には、こんな発想しかなかった。


 サムライは、腹を切って詫びる。


「ユイ?」

 驚いて振り返る新堂さんに、「私も付き合うわ」と笑顔で言う。


「運転、代わってくれる?」

 そう言って彼を車から降ろすと、ポジションを交替した。


「お、おいユイ!何をする気だ?ケガしてるんだぞ、運転は…」


「さあ新堂さん、あなたの怒りを全て海にぶちまけて、懺悔するのよ。愛車のベンツと共に…!」


 痛む左腕をハンドルに乗せると、右手で彼の手を掴みウインクする。


「ふふっ!ユイ、私と心中でもするって言うのか?」


 エンジンを思い切り吹かすと、アクセルを目一杯踏み込んだ。

 後続車がいないのを確認して、左に急ハンドルを切る。


 頑丈なベンツは、橋の欄干を突き破り、瞬く間に空へ飛び出した。


 何て迷惑な行為だろう…。


・・・


 その後。

 私達があらゆる方面の人達から、数多くのお叱りを受けたのは言うまでもない。


 この行為で、どれだけあの人の心が癒せたのかは分からない。


 でもその後、彼はまたいつもの彼に戻った。


 いつもの、クールで考えの読めない男に!



どんなに血迷っても、橋から車ごとダイブするのはやめましょう。

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