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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
74/215

15-(3)

月日は流れて十月。

 


 あれから早、二ヵ月。


 外はすっかり秋の空気に変わり、私のケガも全快。


 そんなある夜、新堂さんが部屋にやって来た。

「これ。差し入れだ」


 彼が差し出して来たのは、高そうなボトルワイン。もちろん赤。


 新堂さんも赤がお好みのようで。

 二人で飲むのは、決まって赤ワインだ。 


「ありがとう!時間どおりね。待ってたわ、入って」

 ワインを受け取り、彼を招き入れる。


 今夜、彼は、海外からの依頼で日本を発つ予定だ。

 その前に立ち寄ってくれる事になっていた。


 早速、戴いたワインを開けにかかる。


「私がやろう」

 キッチンで、コルク栓を抜くのにてこずる私に代わり、彼があっさり開けてくれた。


「あ、ありがと…」

 未だに、この人の紳士な姿に慣れず…。ただただ呆然としてしまう。


「傷はもういいんだろ?もしかして、左腕に力が入らないとか…」

「いいえ!それはないって、前にも言ったわ」


 新堂さんに左手を差し出す。


 彼が右手で掴んで来たので、「そっちの方がいいかも」と左手を掴み直した。

 そして思い切り握ってやる。


 疑っているなら、私の左手の健在ぶりを教えてあげなければ…!


「イタタっ…!痛いじゃないか!」解放された左手を擦って訴える。


 自慢じゃないけれど、私の利き手の握力は四十以上あるはず。

 新堂和矢のゴッドハンドに、ケガでもさせたら大変!


「全く…。おまえがそんな姿でなければ、間違いなく男と思うところだ」

「小さくて悪かったわね」


「指摘する箇所が、おかしいと思うが?」珍しく新堂さんが突っ込みを入れて来た。


「私の体、確認済みなんでしょ?新堂先生。私は、残念ながら女なの」

 相変わらず私は、自分が女だという事に不満を持っていた。


 新堂さんはしばらく、無言で私を見つめていた。


 そんな視線を無視して、グラスを二つ持ってリビングに移動する。

 彼がワインのボトルを持って後に続く。


 しばし、ワインを傾けながら他愛のない会話を続ける。

 ふいに彼が、ピアノに目を向けた。


 ゆっくりと立ち上がり、ついに、新堂さんがピアノに近づいて行く。


「何か、弾いてくれるの?」思わず、期待を込めて聞いていた。

 あの時、彼のピアノを聞きそびれて以来、初のチャンス到来だ!


 彼はどこか、ピアノを避けている…。


「ユイ、もちろん弾けるんだろ?」

「猫踏んじゃったくらいなら弾けるよ」


 習った事はない。独学で適当に弾いているだけ。


 そんな心の声が聞こえたように、「最高級のピアノが、もったいない」と彼が言う。


「あら。立派なインテリアよ。この寂しい空間に、何か置きたいと思ってたの。存在感あるでしょ?」


 私もグラスを手に、ピアノの所に移動する。

「もったいないから、何か弾いてよ、新堂さん」どうしても聞きたい。


「本当は封印していたんだが…。仕方ないな、そこまで言うなら」


 そう言いつつも、鍵盤の先に向かった指は、それに触れる事を躊躇っているようだ。

 私は何も言わずに、じっと見守った。


 しばらくすると、何事もなく静かにメロディを奏で始めた。


 その細い指が器用に動く様に、つい見惚れてしまう。


 それはどこか、物悲しい曲で。

 どこかで聞いたような気がしたけれど、思い出せなかった。


「ねえ。どうして封印してたの?」

 曲が終わって、彼が両手を膝に乗せた後に、ようやく尋ねた。


「自分に才能がないと分かったのでね。その道を断念した時に封印したんだ」

 彼がピアノを見つめたまま答える。


「その道って、新堂さん、ピアニストになりたかったの…?」


 これには本当に驚いたけれど!

 音楽の道に進んだ方が、良かったんじゃないかと、勝手に思う。


 威圧的な医者になるよりは?


 音楽家には変わり者が多いとも言う。

 大いに変わり者の彼を前に、笑いそうになる。


 その笑いをこらえて続ける。

「それこそ、もったいないわ!こんなに上手なのに…」


「上には上がいるのさ。プロフェッショナルを目指すのは、容易ではないって事だ」


 彼の演奏は、十分プロ並みだったと思うが…。


「でも、あなたは今、医学のプロじゃない」

 医学のプロフェッショナルにだって、簡単になれたはずがない。


 私の言葉に、彼が軽く眉と口角を上げてから、首を横に振った。

 この反応は、謙遜しているのか?


「新堂さんらしくな~い!否定するなんて!」


 無表情の彼を前に。一応、こう突っ込みを入れておいた。



男性がピアノを弾く姿、超惚れます…!(〃▽〃)ポッ

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