15-(3)
月日は流れて十月。
あれから早、二ヵ月。
外はすっかり秋の空気に変わり、私のケガも全快。
そんなある夜、新堂さんが部屋にやって来た。
「これ。差し入れだ」
彼が差し出して来たのは、高そうなボトルワイン。もちろん赤。
新堂さんも赤がお好みのようで。
二人で飲むのは、決まって赤ワインだ。
「ありがとう!時間どおりね。待ってたわ、入って」
ワインを受け取り、彼を招き入れる。
今夜、彼は、海外からの依頼で日本を発つ予定だ。
その前に立ち寄ってくれる事になっていた。
早速、戴いたワインを開けにかかる。
「私がやろう」
キッチンで、コルク栓を抜くのにてこずる私に代わり、彼があっさり開けてくれた。
「あ、ありがと…」
未だに、この人の紳士な姿に慣れず…。ただただ呆然としてしまう。
「傷はもういいんだろ?もしかして、左腕に力が入らないとか…」
「いいえ!それはないって、前にも言ったわ」
新堂さんに左手を差し出す。
彼が右手で掴んで来たので、「そっちの方がいいかも」と左手を掴み直した。
そして思い切り握ってやる。
疑っているなら、私の左手の健在ぶりを教えてあげなければ…!
「イタタっ…!痛いじゃないか!」解放された左手を擦って訴える。
自慢じゃないけれど、私の利き手の握力は四十以上あるはず。
新堂和矢のゴッドハンドに、ケガでもさせたら大変!
「全く…。おまえがそんな姿でなければ、間違いなく男と思うところだ」
「小さくて悪かったわね」
「指摘する箇所が、おかしいと思うが?」珍しく新堂さんが突っ込みを入れて来た。
「私の体、確認済みなんでしょ?新堂先生。私は、残念ながら女なの」
相変わらず私は、自分が女だという事に不満を持っていた。
新堂さんはしばらく、無言で私を見つめていた。
そんな視線を無視して、グラスを二つ持ってリビングに移動する。
彼がワインのボトルを持って後に続く。
しばし、ワインを傾けながら他愛のない会話を続ける。
ふいに彼が、ピアノに目を向けた。
ゆっくりと立ち上がり、ついに、新堂さんがピアノに近づいて行く。
「何か、弾いてくれるの?」思わず、期待を込めて聞いていた。
あの時、彼のピアノを聞きそびれて以来、初のチャンス到来だ!
彼はどこか、ピアノを避けている…。
「ユイ、もちろん弾けるんだろ?」
「猫踏んじゃったくらいなら弾けるよ」
習った事はない。独学で適当に弾いているだけ。
そんな心の声が聞こえたように、「最高級のピアノが、もったいない」と彼が言う。
「あら。立派なインテリアよ。この寂しい空間に、何か置きたいと思ってたの。存在感あるでしょ?」
私もグラスを手に、ピアノの所に移動する。
「もったいないから、何か弾いてよ、新堂さん」どうしても聞きたい。
「本当は封印していたんだが…。仕方ないな、そこまで言うなら」
そう言いつつも、鍵盤の先に向かった指は、それに触れる事を躊躇っているようだ。
私は何も言わずに、じっと見守った。
しばらくすると、何事もなく静かにメロディを奏で始めた。
その細い指が器用に動く様に、つい見惚れてしまう。
それはどこか、物悲しい曲で。
どこかで聞いたような気がしたけれど、思い出せなかった。
「ねえ。どうして封印してたの?」
曲が終わって、彼が両手を膝に乗せた後に、ようやく尋ねた。
「自分に才能がないと分かったのでね。その道を断念した時に封印したんだ」
彼がピアノを見つめたまま答える。
「その道って、新堂さん、ピアニストになりたかったの…?」
これには本当に驚いたけれど!
音楽の道に進んだ方が、良かったんじゃないかと、勝手に思う。
威圧的な医者になるよりは?
音楽家には変わり者が多いとも言う。
大いに変わり者の彼を前に、笑いそうになる。
その笑いをこらえて続ける。
「それこそ、もったいないわ!こんなに上手なのに…」
「上には上がいるのさ。プロフェッショナルを目指すのは、容易ではないって事だ」
彼の演奏は、十分プロ並みだったと思うが…。
「でも、あなたは今、医学のプロじゃない」
医学のプロフェッショナルにだって、簡単になれたはずがない。
私の言葉に、彼が軽く眉と口角を上げてから、首を横に振った。
この反応は、謙遜しているのか?
「新堂さんらしくな~い!否定するなんて!」
無表情の彼を前に。一応、こう突っ込みを入れておいた。
男性がピアノを弾く姿、超惚れます…!(〃▽〃)ポッ




