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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
73/215

15-(2)



 それから数日が過ぎた。


「だいぶ、回復が早そうだな」

 彼が傷口を確認しながら言う。


「あなたの時よりもね。やっぱり、決定的なのは若さ、かしら?」


「射創と杙創よくそうでは、相違点がいくつかある」

 私のコメントを無視して彼が言う。


「銃創の場合は、火薬や弾丸の破片が貫入していれば、それだけ厄介ね」

 負けずに答えてみると。


 彼が、驚いた顔で私を見た。


「弾と矢の初速度だって違うし。きっと三分の一くらいね」

 こんなウンチクを語ってしまう私も、かなりの負けず嫌いだ…。


 そんな自分のコメントで、ふと思った。

 義男がなぜ、こんな武器で狙わせたのか。


 ボーガン、つまりクロスボウというのは、競技用として作られている。


 所持していても、銃刀法違反にもならない。

 なぜなら、殺傷能力はないと判断されているから!


 つまり、義男は私を殺すつもりはない、という事だ。

 まさか!


 ボーガンだって、急所を狙えばいくらでも殺せる。


 考えてみれば、怪しいのはあのスナイパーだ。

 例えプロでなくとも、あの程度の距離で的を外す事は考えにくい。


 わざと急所を外したというのか。

 敵を仕留めなければ、自分の命が危ういのに…!


 ここまで考えた時。


「ユイ?」

 名前を呼ばれてハッとする。


 彼が不思議そうに私を見ていた。


 どのくらい考え事をしていたのだろう…。

「ちょっと考え事!だけど、二人で同じような所をケガしただなんて、面白い偶然よね」 


 考えていた事は話さずにそう言った。


「左腕の動作に違和感はないか?」

 ふいに彼が医者の顔になる。


「動かすと傷口が痛むってくらいよ。どうして?」


 鎖骨の辺りには、腕に関係する神経が通っていて、損傷していれば、腕の動きに支障が出るのだと解説してくれた。


 左利きの私を、気遣ってくれたようだ。


「傷一つないおまえの体に、傷が一つ、できてしまったな」

 ふと、新堂さんがこんな事を言った。


「え?」


「最初にユイを診察した時に思った。見た目は華奢なのに、打って変わって筋肉質なんで、驚いたよ」

「そ、そうなの…?」


「見たところ、大きな傷跡やオペの痕跡は、一つもなかった」

「指の骨折はあるよ。打撲とか、足首の捻挫なら良くしてたけどね」


 彼はどこか、物思いにふけっているように見えた。


「ユイ。あまり、無茶をするなよな」

「分かってるわよ…」


・・・


 こうして私は、順調に回復して行った。


 新堂さんが泊り込みでいてくれたのは、一週間ほど。

 その後しばらくは、毎日夕方に一度、様子を見に来てくれた。


「忙しいのにごめんね。もう、来てくれなくても大丈夫よ」

 日々ご多忙の新堂先生に、こんなセリフを口にする。


「気にするな。ここへ寄るのはついでなんだ。帰り道だから」


 こう言ってくれる彼の言葉は、本音なのか気遣いなのか分からないけれど。

 勝手に良い方に解釈しては、つい甘えてしまう。


 自分で病院に行くのがイヤだから!


「しかし。おまえも大変だな、妙な親父さんを持って。また狙って来たりはしないだろうな?」

 窓際からカーテンを寄せて、外を見ながら言う。


 高層階のため、見えるのは下に広がる街並みよりも、空の面積の方が大きい。


「問題ない。そのうち息の根、止めてやるから」


 私の怒りを察したのか、彼が話題を変えた。

「そうそう。例のマンション、とても快適だよ。今度こそ、泊まりに来いよな」


「と、泊りにって!何言ってるの、新堂先生…!気は確か?」

 思わず声が上ずる。


 怒りは一瞬で、どこかへ消えていた。


 彼は質問に答える事なく、ただ笑っているだけだった。

 もしかして、私の怒りを打ち消すための策略?


 そして。


 あの日以来、彼はピアノに一切近づかない上に、話題にさえのぼる事はない。


 だから私も、あえて触れないでいる。

 気になりつつも、触れてはいけない気がしたから…。


 そんな、傷口よりも厄介な、消えないわだかまりを抱えて。


 リビングに佇むグランドピアノを、ただぼんやりと見つめるのだった。



親族間の殺人が、近年、増加の傾向にあるようですが。

ユイは、実の父親が自分を殺そうとしていると、本気で思っているのでしょうか…。だとすれば、とても悲しい事です。゜(゜´Д`゜)゜


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