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それから数日が過ぎた。
「だいぶ、回復が早そうだな」
彼が傷口を確認しながら言う。
「あなたの時よりもね。やっぱり、決定的なのは若さ、かしら?」
「射創と杙創では、相違点がいくつかある」
私のコメントを無視して彼が言う。
「銃創の場合は、火薬や弾丸の破片が貫入していれば、それだけ厄介ね」
負けずに答えてみると。
彼が、驚いた顔で私を見た。
「弾と矢の初速度だって違うし。きっと三分の一くらいね」
こんなウンチクを語ってしまう私も、かなりの負けず嫌いだ…。
そんな自分のコメントで、ふと思った。
義男がなぜ、こんな武器で狙わせたのか。
ボーガン、つまりクロスボウというのは、競技用として作られている。
所持していても、銃刀法違反にもならない。
なぜなら、殺傷能力はないと判断されているから!
つまり、義男は私を殺すつもりはない、という事だ。
まさか!
ボーガンだって、急所を狙えばいくらでも殺せる。
考えてみれば、怪しいのはあのスナイパーだ。
例えプロでなくとも、あの程度の距離で的を外す事は考えにくい。
わざと急所を外したというのか。
敵を仕留めなければ、自分の命が危ういのに…!
ここまで考えた時。
「ユイ?」
名前を呼ばれてハッとする。
彼が不思議そうに私を見ていた。
どのくらい考え事をしていたのだろう…。
「ちょっと考え事!だけど、二人で同じような所をケガしただなんて、面白い偶然よね」
考えていた事は話さずにそう言った。
「左腕の動作に違和感はないか?」
ふいに彼が医者の顔になる。
「動かすと傷口が痛むってくらいよ。どうして?」
鎖骨の辺りには、腕に関係する神経が通っていて、損傷していれば、腕の動きに支障が出るのだと解説してくれた。
左利きの私を、気遣ってくれたようだ。
「傷一つないおまえの体に、傷が一つ、できてしまったな」
ふと、新堂さんがこんな事を言った。
「え?」
「最初にユイを診察した時に思った。見た目は華奢なのに、打って変わって筋肉質なんで、驚いたよ」
「そ、そうなの…?」
「見たところ、大きな傷跡やオペの痕跡は、一つもなかった」
「指の骨折はあるよ。打撲とか、足首の捻挫なら良くしてたけどね」
彼はどこか、物思いにふけっているように見えた。
「ユイ。あまり、無茶をするなよな」
「分かってるわよ…」
・・・
こうして私は、順調に回復して行った。
新堂さんが泊り込みでいてくれたのは、一週間ほど。
その後しばらくは、毎日夕方に一度、様子を見に来てくれた。
「忙しいのにごめんね。もう、来てくれなくても大丈夫よ」
日々ご多忙の新堂先生に、こんなセリフを口にする。
「気にするな。ここへ寄るのはついでなんだ。帰り道だから」
こう言ってくれる彼の言葉は、本音なのか気遣いなのか分からないけれど。
勝手に良い方に解釈しては、つい甘えてしまう。
自分で病院に行くのがイヤだから!
「しかし。おまえも大変だな、妙な親父さんを持って。また狙って来たりはしないだろうな?」
窓際からカーテンを寄せて、外を見ながら言う。
高層階のため、見えるのは下に広がる街並みよりも、空の面積の方が大きい。
「問題ない。そのうち息の根、止めてやるから」
私の怒りを察したのか、彼が話題を変えた。
「そうそう。例のマンション、とても快適だよ。今度こそ、泊まりに来いよな」
「と、泊りにって!何言ってるの、新堂先生…!気は確か?」
思わず声が上ずる。
怒りは一瞬で、どこかへ消えていた。
彼は質問に答える事なく、ただ笑っているだけだった。
もしかして、私の怒りを打ち消すための策略?
そして。
あの日以来、彼はピアノに一切近づかない上に、話題にさえのぼる事はない。
だから私も、あえて触れないでいる。
気になりつつも、触れてはいけない気がしたから…。
そんな、傷口よりも厄介な、消えないわだかまりを抱えて。
リビングに佇むグランドピアノを、ただぼんやりと見つめるのだった。
親族間の殺人が、近年、増加の傾向にあるようですが。
ユイは、実の父親が自分を殺そうとしていると、本気で思っているのでしょうか…。だとすれば、とても悲しい事です。゜(゜´Д`゜)゜




