13-(2)
いざ、新堂の住居へ!
ベンツが向かった先は。
細い路地裏の、古びたアパート。
どう見ても…。
年収数億の外科医にも、高級外車にも似つかわしくない場所だ。
「まさか、…ここ?」
車から降りて、恐る恐る聞いてみる。
「ようこそ我が家へ」
文字通り絶句!
だってそこは、私の年よりも築年数が上回りそうな建物だったのだから…。
「どうした、早く入れよ。濡れるぞ」
アパートの前で、傘も差さずに立ち止まる私を見て、彼が促す。
「え、ええ」どうにか返事を返して、彼について室内に入る。
「お邪魔、しまぁす…」
「あっ、と…。散らかってて悪いね」
透かさず彼が、私の足元にあった書類の束を拾った。
雨のせいか、紙は湿り気を含んで張りが失われ、彼の手の上でしんなりとしている。
「適当に座ってくれ」
そう言われても、座っている場合じゃない。
部屋の中に入って、さらに絶句した。
何しろ、一Kの台所にはカップ麺の空容器が積み上げられ。
シンクには洗われずに放置されたコップ。それも幾つも!
この狭い部屋に、こんな大人数のお客が来たとは思えない。
つまり、このコップ達が私に訴えていたのは…。
洗うのが面倒で買い足したという、驚くべき事実!
何気なく、小さな冷蔵庫を開けてみる。
中はカラだった。
「電源も入ってないじゃない…。私の冷蔵庫の方が、まだマシだわ!」
ワインとアイスクリームで一杯の、自分の冷蔵庫を思い返し…。
食生活については、あまり大きな事は言えないと考え直す。
「ここには寝に帰るだけなんだ。外泊が多くてね」
言い訳のつもり?
「そう!そうよね。あ~、もう!何からコメントしたらいいのやら!」
「順番にお願いするよ」ため息混じりに返って来た。
「そうね、じゃ、まず。ここは危険すぎる。爆弾で呆気なく木っ端微塵よ?」
「容赦ないコメントだね」
そう言いつつも、彼だって例の、爆破された私の部屋を思い浮かべたはず。
あれは、三月のまだ朝晩肌寒い頃だった。
ついこの間の事のように感じる。
鉄筋コンクリートの部屋がああなるなら、ここだったら間違いなく、木っ端、微塵!
「あなた、自分の立場分かってる?世界的名医が、こんな所に住んでいるだなんて…!」
困った顔をしている彼に構わず続ける。
「それから、あれは何?あなたの食生活はどうなってるのかしら」
キッチンを見て、ついに言った。やっぱり言わずにはいられない!
「誰かが手料理を用意してくれたら、解決するんだがね」
「新堂さん!」
「それは冗談だが。忙しいんだよ、私は…。それに、あれはここにいる時だけだ」
「医者の不養生、なんて事にならないでよね…?」
「その点は問題ない」すぐに言い切る。
一体、何を根拠に…。
「とにかく、ここは危険だわ。良くこんな場所で寝起きできたものね。気も休まらないじゃない」
「逆にな、こういう辺鄙な所は狙われにくいんだ」と言う彼を睨む。
「違うか…」小声で言い直すのが聞こえた。
「私が、とっておきの部屋を探してあげる!今すぐ引越ししよう、引越し!」
「移動はすぐにでもできるよ。ご覧のとおり、物がないんでね」
新堂さんは両腕を広げて見せた。
ガランドウの、生活感ゼロの部屋。
「でも、コップはたくさんあるみたいね」
「ああ。そう言えばそうだな」と気のない返事が返って来る。
「あなたの実家は、コップ屋さんとか?」
洗うのが面倒で、というコメントはさすがに控えた。
当然、返事はもらえなかったけれど。
「それで、ここにはいつから?」
そう言って、ここでようやく畳の上に腰を下ろした。
「学生時代からだ」
高校生という事はないだろうから、大学生だろう…と勝手に判断して頷く。
「何か、本当に生活なんてどうでもいいって感じね…」半ば呆れた調子で口にした。
「私に居所を知らせたくなかったのは、こういう事だったのね」
「でも良かった。私が信用されてないんだと思ってたから」
立て続けに私がこう言った後。
「そう言う訳じゃない」と、やっと彼が答えた。
「住む所など、どこでもいい。依頼は世界中から来る。一箇所に留まれる時間は短い」
「そうは言っても、やっぱり戻って来れる場所って必要よ」
「特に不自由は感じないが」
「心安らげる、自分の居場所がなくても平気なんて…、変よ!」
この人には、本当に心がないの…?
そんな事はない。
そうじゃないと信じたい…。
新堂和矢にだって、きっと心はあるはず!




