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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
65/215

13-(2)

いざ、新堂の住居へ!


 ベンツが向かった先は。


 細い路地裏の、古びたアパート。


 どう見ても…。

 年収数億の外科医にも、高級外車にも似つかわしくない場所だ。


「まさか、…ここ?」

 車から降りて、恐る恐る聞いてみる。


「ようこそ我が家へ」


 文字通り絶句!

 だってそこは、私の年よりも築年数が上回りそうな建物だったのだから…。


「どうした、早く入れよ。濡れるぞ」

 アパートの前で、傘も差さずに立ち止まる私を見て、彼が促す。


「え、ええ」どうにか返事を返して、彼について室内に入る。

「お邪魔、しまぁす…」


「あっ、と…。散らかってて悪いね」

 透かさず彼が、私の足元にあった書類の束を拾った。


 雨のせいか、紙は湿り気を含んで張りが失われ、彼の手の上でしんなりとしている。


「適当に座ってくれ」

 そう言われても、座っている場合じゃない。


 部屋の中に入って、さらに絶句した。


 何しろ、一Kの台所にはカップ麺の空容器が積み上げられ。

 シンクには洗われずに放置されたコップ。それも幾つも!


 この狭い部屋に、こんな大人数のお客が来たとは思えない。


 つまり、このコップ達が私に訴えていたのは…。

 洗うのが面倒で買い足したという、驚くべき事実!


 何気なく、小さな冷蔵庫を開けてみる。

 中はカラだった。


「電源も入ってないじゃない…。私の冷蔵庫の方が、まだマシだわ!」


 ワインとアイスクリームで一杯の、自分の冷蔵庫を思い返し…。

 食生活については、あまり大きな事は言えないと考え直す。


「ここには寝に帰るだけなんだ。外泊が多くてね」


 言い訳のつもり?

「そう!そうよね。あ~、もう!何からコメントしたらいいのやら!」


「順番にお願いするよ」ため息混じりに返って来た。


「そうね、じゃ、まず。ここは危険すぎる。爆弾で呆気なく木っ端微塵よ?」

「容赦ないコメントだね」


 そう言いつつも、彼だって例の、爆破された私の部屋を思い浮かべたはず。

 あれは、三月のまだ朝晩肌寒い頃だった。


 ついこの間の事のように感じる。


 鉄筋コンクリートの部屋がああなるなら、ここだったら間違いなく、木っ端、微塵!


「あなた、自分の立場分かってる?世界的名医が、こんな所に住んでいるだなんて…!」

 困った顔をしている彼に構わず続ける。


「それから、あれは何?あなたの食生活はどうなってるのかしら」

 キッチンを見て、ついに言った。やっぱり言わずにはいられない!


「誰かが手料理を用意してくれたら、解決するんだがね」

「新堂さん!」


「それは冗談だが。忙しいんだよ、私は…。それに、あれはここにいる時だけだ」

「医者の不養生、なんて事にならないでよね…?」


「その点は問題ない」すぐに言い切る。


 一体、何を根拠に…。


「とにかく、ここは危険だわ。良くこんな場所で寝起きできたものね。気も休まらないじゃない」


「逆にな、こういう辺鄙な所は狙われにくいんだ」と言う彼を睨む。

「違うか…」小声で言い直すのが聞こえた。


「私が、とっておきの部屋を探してあげる!今すぐ引越ししよう、引越し!」


「移動はすぐにでもできるよ。ご覧のとおり、物がないんでね」

 新堂さんは両腕を広げて見せた。


 ガランドウの、生活感ゼロの部屋。


「でも、コップはたくさんあるみたいね」

「ああ。そう言えばそうだな」と気のない返事が返って来る。


「あなたの実家は、コップ屋さんとか?」

 洗うのが面倒で、というコメントはさすがに控えた。


 当然、返事はもらえなかったけれど。


「それで、ここにはいつから?」

 そう言って、ここでようやく畳の上に腰を下ろした。


「学生時代からだ」


 高校生という事はないだろうから、大学生だろう…と勝手に判断して頷く。


「何か、本当に生活なんてどうでもいいって感じね…」半ば呆れた調子で口にした。

「私に居所を知らせたくなかったのは、こういう事だったのね」


「でも良かった。私が信用されてないんだと思ってたから」

 立て続けに私がこう言った後。


「そう言う訳じゃない」と、やっと彼が答えた。


「住む所など、どこでもいい。依頼は世界中から来る。一箇所に留まれる時間は短い」


「そうは言っても、やっぱり戻って来れる場所って必要よ」

「特に不自由は感じないが」


「心安らげる、自分の居場所がなくても平気なんて…、変よ!」


 この人には、本当に心がないの…?


 そんな事はない。

 そうじゃないと信じたい…。


 新堂和矢にだって、きっと心はあるはず!




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