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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
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12-(4)



 新堂さんが撃たれたあの日から、一週間が経ち。


 私の貧血も、だいぶ治まって来た頃。


「我がままを言って悪いな」

 どうして彼がこんな事を言ったかというと…。


 またも、早々に退院してしまったこの人を、放っては置けず。


 拒絶されるのを覚悟で、しばらく私のマンションに来ないかと誘ってみた。

 すると…。


 意外な事に話に乗って来た(!)という訳。


 自分で誘っておきながら、大いに戸惑ってしまったじゃない…。


 認めてもらえたようで嬉しかったのは事実だけれど。

 何せ、この新堂和矢は、いつでも頑なに他人を排除しようとする人だから…。


 そんな流れで今、私の車で彼をマンションまで移動させている。


「部屋の掃除、大変だっただろ」移動中の車内で彼が言う。


「全然。業者にやらせたから」

 そんな事は専門の人達に任せる。もちろん闇業界のだ。


 間近であんな大量の血なんて…。できる事なら、もう二度と見たくはない。

 

 マンションに到着して。

 ドアを開けると、ツンとした臭いが鼻を突いた。


「これは…オゾンか?」彼が顔をしかめて言う。

「そうみたいね。消臭に使ったんでしょ」と答えながら室内に入る。


「すぐに換気しろ」

「なんで?オゾンって、酸化して酸素に変わるから無害よ」


「いや。オゾンはだな…まあいい。とにかく換気だ。濃度が高過ぎる」


「何よ…そんなに危険?全然そんな感じしないけど」

 これだから医者は、神経質でキライだ!


「もう!分かったから。適当に座って、先生!」

 いつまでも立ったままの彼を、ソファに誘導する。


 相変わらず無駄に広いリビングを、改めて見渡す。


「ちょっと待ってて。部屋を用意するから」

「ああ、悪いな」そう言いながら腰を下ろすのを見守る。


 まさかこんな展開になるとは…。ある意味、広い部屋を選んで正解?


 面積は広いけれど、部屋がたくさんある訳ではない。

 提供するなら、ウォーターベッドの部屋しかない。


 部屋を整えて、どうにか彼をベッドに寝かせ終える。


「私、ちょっと買い出しに行って来るけど。新堂さん、何か必要な物ある?」

「いや。今のところは大丈夫だ。ありがとう」


「そう。部屋の物、何でも自由に使ってね。冷蔵庫の中の物、適当に召し上がれ…って言っても…」

 彼も中身を想像したのか、「ワインしかないんだろ」との指摘。


「あら。アイスクリームもあるけど?」

 実は大のアイス好きで、これのストックも欠かした事はない!


「ああ、そうか」と、気のない返事が返って来たのは言うまでもない。


 そんなやり取りの後。

 私は再び、車で近所のスーパーに出かけた。


 買い出しと言っても、料理を作る気は全くなかった。

 例え、料理好きな母が羨ましがりそうなシステムキッチンが据え付けられていても!


 そして。夕食の時間になる。

 

 食事は、彼の休んでいる部屋で一緒に食べた。

 同居していた事もあり、共に食事を摂る事に違和感はない。


 出来合いのお弁当という、味気ない食事を終える。


 彼の傷口の消毒に、手を貸していた時。

「テレビで報道されてたな。例の男の遺体が、湾内で発見されたって」


 痛みを紛らわそうとでもするように、新堂さんが話し始める。


「ええ。そのようね」消毒液を浸した脱脂綿を当てながら答える。


「弾痕を調べられたら、疑われないか?」

 私の方に顔を向けながら聞いて来る。


「平気よ。あなたのと同様に弾は貫通させた。弾痕だけでは調べようがないわ」

 一旦手を止める。


「さあ、これでいいかしら…」

 脱脂綿を摘まんだピンセットを持ったまま、確認を入れる。

「ああ、ありがとう」と彼が頷いた。


「新堂さん、そんな事、心配してくれてたんだ」私が警察に疑われる事を…。


「…まあ、あの男がどこの誰かを調べるのも、難しそうだしな」

 彼は私の質問に答えずにそう言って、右腕だけを上げて伸びをした。


 はぐらかされた返事の事も忘れて、彼を見つめる。


 思うように動けないというのは、さぞ辛いだろう。

 ケガを負った彼を見て、改めて思う。


 私には大ケガの経験はない。


 中学生の頃、左手の中指を骨折した事があっただけ。

 たった指一本なのに、あの時の不自由さといったら…。

 

 そんな事を思い出して、目の前の彼にちょっぴり同情した。


「ところで、彼女の遺体は見つからないみたいね」

 気になっていた、彼の元恋人の事を話題にしてみた。


 あれから、そういった身元不明遺体のニュースは見当たらなかった。


「本当に、死んだのかしら」と続けるも、何の返答もない。

 質問が直球過ぎたかと不安になり。


「ごめんなさい…」すぐに謝った。


「気にするな。恐らく間違いない。あいつは、こうなる事を望んでいたのかもしれない」 

 彼はこんな事を言った。


「え?」

 元恋人に、殺してもらうために来たというの?そう言おうとした時。


「何となく、そう思っただけだが」とすぐに否定された。


「何て迷惑な!愛した人を殺人者にするだなんて。一体どういうつもりよ!」

「その上、おまえを巻き込んだ。許せる訳ないだろ」


「新堂さん…」改めて彼を見つめる。

 

 彼と目が合う。彼はいつまでも視線を外さない。


 自分の胸が、やや高鳴っている気がした。

 この感じは一体何だろう。


 あり得ない!この人に、ときめくなんて…。私は混乱した。


「ユイ、おいで」さらに、彼が私に手を差し出して来る。


 まるで暗示に掛かったように、その手に向かって、自分の手を伸ばしてしまう。


 またしても引っ張られて、ベッドの彼に急接近!

 病院でのシーンが再現される。


「あ…!」そのまま彼に抱きつく形になる。

「ご、ごめん!痛かった?」


 傷口に当たったんじゃないかと不安になって、体を離そうとしたけれど…。

 力強い彼の腕は、私を離してくれない。


「新堂、さん…?」恐る恐る顔を上げて、至近距離の彼を見上げる。


 彼は、静かに私を見下ろしていた。


 まただ…、と思った。

 いつかも感じた事がある。この人の悲しそうな表情。


 何かを諦めてしまったような、虚無感というか…。何だろう?


「不思議なんだ。朝霧ユイ、…おまえに出会ってから」

「出会ってから、何?」


「私はどうやら、生きる事を強制されているようだ」


 この返答には、正直耳を疑った。

 生きる事を強制されているだなんて…。この人は、死を望んでいるとでも?


「新堂さん、相変わらず言ってる意味、分かんないよ?」

 ここはあえて深入りせずにおこうと、こんな返しをしてみた。


 彼の悲しげな顔が、やや明るくなる。


 気が付くと、私は無意識に彼を抱きしめていた。

 オリーブ色に近い、黒の柔らかな髪が、私の頬に当たる。


 しばしその感触を味わう。


 一回りも年の離れた男の人に、こんな事をしている自分が信じられない。


 私はこの時、この人を守るのは自分しかいないと思った。

 例え新堂さんが、死を望んでいるのだとしても…。


 だって、私が幸せを教えてあげると、あの日、彼に宣言したのだから。


 新堂和矢、覚悟なさい!



カレの心の闇は、相当深そうです…。

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