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新堂の来客用マンションにて。
「ただいま」
昼過ぎに、新堂が帰って来た。
「お帰りなさい。ねえ、どこ行ってたの?」
仕事用の鞄を持たずに行ったので、依頼先でない事は分かっていた。
私の質問に答えずに彼が言った。
「ユイ、確認するが…。最近、変わった事はなかったか?」
「はい?どういう意味かしら」質問の意図が見えずに聞き返す。
「例えば…おまえの周囲に、おかしな人物が現われたりとか…」
「おかしな人物?あなたの事じゃなくて?」
満更冗談でもなく、こう答えたけれど!
「やはり覚えていないのか。…一体、どの辺りからの記憶が…」
私の言葉など無視して彼が呟く。
「ねえ。私、何か忘れてるの?やっぱり昨日、何かあったのね?」
またも質問には答えずに、「その後、頭痛は?」と問いかけて来る。
「だいぶ治まったわ」
素直に応じると、彼が頷いた。
「どうせバレるし…。まあ、いいだろう」
そう言って、彼がテレビをつけてソファに腰掛けた。
無意識にテレビの方に視線が移る。
そこではちょうど、ニュース番組が始まったところだった。
画面には、何だか見覚えのあるような風景が映っている。
「え?ちょっと!ここ、私のマンションじゃない?どういう事!…爆弾?ウソでしょ」
ちょっとしたパニックに陥る。
新堂からテレビのリモコンを奪い、あちこち放送局を変えて見る。
どこの局でも、こぞってマンション爆破事件を取り上げていた。
リポーターの話では、昨日の午後、突然マンションの一角が爆破されたという。
住人は行方不明?それ、私なんですけど!
食い入るようにテレビ画面を見ている私に言う。
「さっき行って来たのは、そこのマンションの所有者の所だ」
「どうして先生が?」立ち上がって尋ねる。
「私が過去に関わった人物が、起こした事なんだ。責任は私にある」
彼は座ったまま答えた。
過去に、関わった人物?
この人の事を恨んでいる人間は、山ほどいそうだが…。
「それでなぜ、私の部屋が狙われたの?」
その時、突然また頭痛が始まり、しゃがんで頭を抱える。
「頭痛か?ここに座るんだ」すぐさま彼にソファへ誘導される。
「うう…。一体、何がどうなってるの!」
彼がテレビを消して、私に向かい合う。
「その頭痛は、二日酔いのせいではない。恐らくあの毒物、もしくは解毒剤の副作用だ」
「毒?」
その恐ろしい言葉に、私は身をすくめた。
「おまえの兄上に、こっ酷く叱られたよ…」
「神崎さんに?…何で先生が叱られるのよ」
「ユイ、本当に申し訳ない…。とんだ事に、おまえを巻き込んでしまった」
私の質問には答えず、謝罪の後に彼がうな垂れる。
「新堂先生…。そんな、やめてよ!」
私は彼の肩に手を置いて、痛む頭を横に振る。
何だか分からないけれど、この人に、こんなに頭を下げてほしくなかった。
あんなに威圧的だったのが、今の新堂和矢はまるで別人。
文句の一つも言ってやろうと思っていたのに…。
そんな気分ではなくなってしまった。
翌日。
「私、一度家へ戻るわ」意を決して彼に訴える。
「まだ行かない方がいい。今、住人のおまえが出て行けば、連中の格好の餌食だぞ」
彼の言う連中とは、マスコミの事。
「でも、やっぱり気になるし!」意地でも行こうとした。
「必要な物があるなら、私が取って来る」彼も透かさず反論する。
「そういうんじゃないの」
私も負けずに、今度は立ち上がって言った。
座っていた彼が、私を見上げる格好になる。
そして彼の手が、私を引き止めた。
「ユイ。頼む、行かないでくれ」彼が、またしても私に頭を下げて来た。
「ちょっと、やめてよ…、新堂さんってば」
しばし固まり、ため息をついた後。
とうとう彼の前に腰を下ろした。
「ねえ?責任を感じてくれるのは嬉しいんだけど。そもそも犯人は、本当に新堂さんの関係者なの?それにあなたこそ、まだ狙われてたりするんじゃ…」
だとしたら、犯人を突き止めて、始末しなければならない。
そういう事なら、私の仕事だ。
何しろ私は、この人のボディ・ガードなのだから?
「その心配はない。犯人はすでに、…この世にはいない」
無表情でこんな事を口にする。
「死んだ、って事?」まさか、自分で殺したのだろうか…?
「私のコルトを使って…あなたが?」
こんな事を言ったのは、弾の残数が、記憶した数と合っていなかったから。
一発足りなかったのだ。
私は記憶を失くしているらしい。何かあったのは間違いない。
この人が使ったのか…。想像もしていなかった。
「答えて。新堂さん」返事をくれない彼に促す。
「確かに。拝借した。私が、彼女を撃ったんだ。軽蔑するか?」
「彼女…」犯人は女、か…。
本当にこの人が撃ったかは定かではないが。
確かな事は、医者が殺しという行為に手を染めた、軽蔑されて当然だと、彼が思っているという事。
事実はどうあれ、私はすぐに言い返した。
「私を守るためにしてくれたんでしょ」
彼が、自分の大事なものを誰かが奪おうとしている、というような事を言っていたのを覚えていた。
前後の記憶はないのに、どういう訳か、そこだけ鮮明に…。
「決まっているだろう。こんな事に巻き込んだ上に、おまえの命まで…。あり得ない!」
珍しく、感極まった様子の新堂。
こんな彼の答えに、安心してこう伝えた。「軽蔑なんて、する訳ない」
「私の命の次に大切なコルトだけど、新堂さんが使ったなら許す」
言った後に、小さく笑って見せる。
彼を軽蔑できるはずがない。
何しろ。
私はその〝殺し〟が最も身近な、裏側の世界に身を置いているのだから。
大切なものの命を守るためならば…。
私は躊躇しない。
例えそれが、人の道を外れる行為であったとしても。




