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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
56/215

11-(4)


 明らかに正気を失っている私。


「ワインには強いくせに、ウイスキー二杯でこれか!」

 私を見下ろして新堂が口にする。


 度数の高いアルコールも、構わず一気飲みする。


 当然…。

 ワインよりも酔うペースは早くなる!


「新堂さ~ん…、熱~い」フラフラしながら訴える。


「外の風に当たりに行こう」

 彼が私の腰に腕を回して体勢を保たせつつ、デッキに連れて行ってくれた。


 この時。


 物陰から私達を窺っていた人物が一人、後を追うようにデッキに出たのが分かった。

 それでも、いつもの警戒心はゼロ。


「気持ちいい~!見て見て。キレイな星空ねえ~…」


 こちらのデッキは沖に面していたので、辺りは暗く、満点の星空が堪能できた。

 思い立って、おもむろにスカートをたくし上げる。


「ん?何をしている、こんな所でストリップか?」

 気づいた彼がおどけて言う。


「あの星、一つ、撃ち落としてあげる!あなた、いつまでも私の腕を信用してくれてないみたいだから」


 ふらつきながらも、左腿に巻いたベルトに装着してある、相棒コルトを抜き取り。

 頭上に構えた。


 私達を付け狙う、追跡者にも見えるように、わざと高らかに掲げる。


「おい、冗談だろ?こんな所で!こら…、やめなさい!」

 それを見て、さすがに慌てる新堂。


「きゃ~!邪魔よ~、あははは!」私達がじゃれ合っていたその時。


 ついに、その人物が目の前に現れた。


 それは、輝くようなブロンドで、スラリとした背の高い美女だった。

 まさに私が想像していた通りの…。


 つまりこの人が、新堂の元カノ!


「ショウ、コ…」と、彼がその女に向かって言った。


「やっと会えたわね、カズヤ。そちらがユイ・アサギリ?想像と違ったわ。まだガキじゃない!」

 女は流暢な日本語で答えた。


 私を見て散々な言いよう…。ガキで悪かったわ、オバさん!


「こいつの事まで…。一体どこで調べた?相変わらず!やる事が派手だな、君は。自分が何をしたのか、分かっているのか!」


「あら。お気に召さなかったかしら?だって相手は〝お嬢サマ〟だったから!」

 またも私を小馬鹿にしたようなセリフ。


「中途半端なご挨拶では、失礼かと思って?」


「なぜ今頃、俺の前に現れた?話す事は何もないと、電話でも言ったはずだ。関係のない人間まで巻き込んで…。どういうつもりだ!」


「ふふ!あなたと同じで、悪運だけは強いみたい」

 女は私の存在など忘れて、新堂だけを見つめて陶酔し切って続ける。


「こうして生き延びる事ができたのは、神のお導きよ。あなたとやり直すための。ねえカズヤ。今なら私達、元に戻れるわ。そうすれば最強の…」


 仕舞いには、ブロードウェイ女優のように、大袈裟なジェスチャーまで加わる。


 新堂が、身勝手な言い分を遮るように声を張り上げる。

「断る!そもそも、君が先に俺を見限ったんだろ?」


「お陰で今は、しがらみのない自由な世界で、望みどおりの仕事ができているよ。逆に感謝しないとな」


「望みどおりの仕事、ですって?」


「ああ。危ない橋を渡るのはやめた。今は、ただの全うな外科医さ」

 彼は毅然と言った。


「ウソよ!あなたが医師免許を返上したのは、もっともっと上を目指すためでしょ?法律の垣根を越えたところで…。それ以外に、理由なんてないはず!」


「嘘じゃない。俺はもう、君の知っている新堂和矢ではない。こいつが、彼女が変えてくれたのさ」

 すぐさま言い返し、酔ってふらついている私を強く抱き寄せる。


 私の左手にはまだ、コルトが握られたままなのに。


 女が悔しそうに拳を握ったのが見えた。


 この人は元恋人に、一体何を言っているの?

 新堂を見上げて、ひたすら考え込む。


「何よ!そんな小娘のどこがいいっていうの?あなた、女の趣味まで変わったのね!」 

 女は、さらに私への罵倒を続ける。


「彼女を侮辱するような言葉は慎め。彼女の方がお前よりもずっと大人さ。精神的にね」

「くっ…!」女が一層悔しそうな顔で私を睨んだ。


「それと…。今の俺には、こいつの血が流れているんだ」

 とどめを指すように彼が言う。


「何ですって?それって…」私から女の視線が外れた。

「彼女も、ナルなのさ」


 そうだけど、それが何なの?私は不思議に思う。


 そう言って、意味深な笑みを女に投げつける彼を、ぼんやりと眺め続けた。


 ふいに会話が途切れた。それを見計らって口を挟む。

「ねえ!あなた、新堂さんの元カノね?」


 女が私を見て答える。

「良く生きてたわね!あなたも、相当の悪運よね」


 これを受け、これ見よがしに左手でコルトを弄びながら言った。

「先ほどは、ご大層な爆弾をありがとう!お陰で、ステキな天窓ができたわ」


 女が口を挟む前に続ける。

「良く生きてたですって?そんな事言って、殺すつもりなんてなかったんでしょ!不在の時を狙って爆破した、違う?」


 私の言葉を吟味するように、女は黙り込んでいる。

「確実に仕留めるなら、夜の方がお勧めよ?」私は構わず続けた。


「あなた、頭の回転だけはいいようね。カズヤは優秀な女がタイプなのよ。あなたのそこだけは認めてあげる」

 女は上から目線でこう言い放った。


 カッと頭に血が上る。


 このメギツネが!…いや、キツネは可愛すぎる。メヒョウめ!


 そのメヒョウが、さらにこんな戯言を吐く。

「ご心配なく!いずれにしろあなたは、もう時期死ぬんだから」


 我慢の限界で反論しようとすると…。


「ユイにこれ以上手を出したら許さない!彼女は無関係だ」

 新堂が先に牽制した。


「残念だったわね、もはや時間の問題よ。彼女はもう…」女は私の方を見て言う。


 私を確認した後、女を振り返って彼が叫ぶ。

「何かしたのか!」


「彼女の飲んでいたグラスに、ちょっとね」


 新堂はこの言葉を受けて、慌てて私の様子を再度確認する。

 今の私は、泥酔しているだけ…。


「出任せを言うな。何ともないじゃないか」

「さすがは、怪しげな新薬を幾つも接種している体…。多少、免疫ができているのかもね」


「そんな事まで調べたのか…。なぜそこまで!」

 新堂が私から目を離して、女に向かって叫ぶ。


「やる時は徹底的に!でしょ?そんな事は、もちろんすべて計算済みよ」


 どこまでも憎々しいメヒョウ。


 自分の勝利を確信しているかのような、余裕の笑みを浮かべるのだった。



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