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明らかに正気を失っている私。
「ワインには強いくせに、ウイスキー二杯でこれか!」
私を見下ろして新堂が口にする。
度数の高いアルコールも、構わず一気飲みする。
当然…。
ワインよりも酔うペースは早くなる!
「新堂さ~ん…、熱~い」フラフラしながら訴える。
「外の風に当たりに行こう」
彼が私の腰に腕を回して体勢を保たせつつ、デッキに連れて行ってくれた。
この時。
物陰から私達を窺っていた人物が一人、後を追うようにデッキに出たのが分かった。
それでも、いつもの警戒心はゼロ。
「気持ちいい~!見て見て。キレイな星空ねえ~…」
こちらのデッキは沖に面していたので、辺りは暗く、満点の星空が堪能できた。
思い立って、おもむろにスカートをたくし上げる。
「ん?何をしている、こんな所でストリップか?」
気づいた彼がおどけて言う。
「あの星、一つ、撃ち落としてあげる!あなた、いつまでも私の腕を信用してくれてないみたいだから」
ふらつきながらも、左腿に巻いたベルトに装着してある、相棒コルトを抜き取り。
頭上に構えた。
私達を付け狙う、追跡者にも見えるように、わざと高らかに掲げる。
「おい、冗談だろ?こんな所で!こら…、やめなさい!」
それを見て、さすがに慌てる新堂。
「きゃ~!邪魔よ~、あははは!」私達がじゃれ合っていたその時。
ついに、その人物が目の前に現れた。
それは、輝くようなブロンドで、スラリとした背の高い美女だった。
まさに私が想像していた通りの…。
つまりこの人が、新堂の元カノ!
「ショウ、コ…」と、彼がその女に向かって言った。
「やっと会えたわね、カズヤ。そちらがユイ・アサギリ?想像と違ったわ。まだガキじゃない!」
女は流暢な日本語で答えた。
私を見て散々な言いよう…。ガキで悪かったわ、オバさん!
「こいつの事まで…。一体どこで調べた?相変わらず!やる事が派手だな、君は。自分が何をしたのか、分かっているのか!」
「あら。お気に召さなかったかしら?だって相手は〝お嬢サマ〟だったから!」
またも私を小馬鹿にしたようなセリフ。
「中途半端なご挨拶では、失礼かと思って?」
「なぜ今頃、俺の前に現れた?話す事は何もないと、電話でも言ったはずだ。関係のない人間まで巻き込んで…。どういうつもりだ!」
「ふふ!あなたと同じで、悪運だけは強いみたい」
女は私の存在など忘れて、新堂だけを見つめて陶酔し切って続ける。
「こうして生き延びる事ができたのは、神のお導きよ。あなたとやり直すための。ねえカズヤ。今なら私達、元に戻れるわ。そうすれば最強の…」
仕舞いには、ブロードウェイ女優のように、大袈裟なジェスチャーまで加わる。
新堂が、身勝手な言い分を遮るように声を張り上げる。
「断る!そもそも、君が先に俺を見限ったんだろ?」
「お陰で今は、しがらみのない自由な世界で、望みどおりの仕事ができているよ。逆に感謝しないとな」
「望みどおりの仕事、ですって?」
「ああ。危ない橋を渡るのはやめた。今は、ただの全うな外科医さ」
彼は毅然と言った。
「ウソよ!あなたが医師免許を返上したのは、もっともっと上を目指すためでしょ?法律の垣根を越えたところで…。それ以外に、理由なんてないはず!」
「嘘じゃない。俺はもう、君の知っている新堂和矢ではない。こいつが、彼女が変えてくれたのさ」
すぐさま言い返し、酔ってふらついている私を強く抱き寄せる。
私の左手にはまだ、コルトが握られたままなのに。
女が悔しそうに拳を握ったのが見えた。
この人は元恋人に、一体何を言っているの?
新堂を見上げて、ひたすら考え込む。
「何よ!そんな小娘のどこがいいっていうの?あなた、女の趣味まで変わったのね!」
女は、さらに私への罵倒を続ける。
「彼女を侮辱するような言葉は慎め。彼女の方がお前よりもずっと大人さ。精神的にね」
「くっ…!」女が一層悔しそうな顔で私を睨んだ。
「それと…。今の俺には、こいつの血が流れているんだ」
とどめを指すように彼が言う。
「何ですって?それって…」私から女の視線が外れた。
「彼女も、ナルなのさ」
そうだけど、それが何なの?私は不思議に思う。
そう言って、意味深な笑みを女に投げつける彼を、ぼんやりと眺め続けた。
ふいに会話が途切れた。それを見計らって口を挟む。
「ねえ!あなた、新堂さんの元カノね?」
女が私を見て答える。
「良く生きてたわね!あなたも、相当の悪運よね」
これを受け、これ見よがしに左手でコルトを弄びながら言った。
「先ほどは、ご大層な爆弾をありがとう!お陰で、ステキな天窓ができたわ」
女が口を挟む前に続ける。
「良く生きてたですって?そんな事言って、殺すつもりなんてなかったんでしょ!不在の時を狙って爆破した、違う?」
私の言葉を吟味するように、女は黙り込んでいる。
「確実に仕留めるなら、夜の方がお勧めよ?」私は構わず続けた。
「あなた、頭の回転だけはいいようね。カズヤは優秀な女がタイプなのよ。あなたのそこだけは認めてあげる」
女は上から目線でこう言い放った。
カッと頭に血が上る。
このメギツネが!…いや、キツネは可愛すぎる。メヒョウめ!
そのメヒョウが、さらにこんな戯言を吐く。
「ご心配なく!いずれにしろあなたは、もう時期死ぬんだから」
我慢の限界で反論しようとすると…。
「ユイにこれ以上手を出したら許さない!彼女は無関係だ」
新堂が先に牽制した。
「残念だったわね、もはや時間の問題よ。彼女はもう…」女は私の方を見て言う。
私を確認した後、女を振り返って彼が叫ぶ。
「何かしたのか!」
「彼女の飲んでいたグラスに、ちょっとね」
新堂はこの言葉を受けて、慌てて私の様子を再度確認する。
今の私は、泥酔しているだけ…。
「出任せを言うな。何ともないじゃないか」
「さすがは、怪しげな新薬を幾つも接種している体…。多少、免疫ができているのかもね」
「そんな事まで調べたのか…。なぜそこまで!」
新堂が私から目を離して、女に向かって叫ぶ。
「やる時は徹底的に!でしょ?そんな事は、もちろんすべて計算済みよ」
どこまでも憎々しいメヒョウ。
自分の勝利を確信しているかのような、余裕の笑みを浮かべるのだった。




