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車内にて。
「おい、ユイ?」
反応しない私に、再度声がかかる。
「…え?あ、ごめんなさい、急ブレーキなんて。あまりに意表を突かれたので…」
「それはいいが…。あの辺て、おまえのマンションに近くないか?」
彼も煙の上がる方角を見て思ったようで、やや心配げな表情を見せる。
「新堂先生、私、ちょっと忘れ物したみたい。戻ってもいいかしら」
「もちろん。まだ時間もある。今日はどこへでもお付き合いするよ。そういう依頼だからな」
今日のこれって、依頼?という疑問が湧いたけれど。
そんな話は後だ。
意を決してギアをバックに入れ、強引に方向転換。
車線変更し猛スピードで来た道を戻る。
「…上等じゃない、誰か知らないけど、たっぷりお礼しなきゃ」
疾走する季節外れのオープンカー。
乗っているのは正装した男女。
周りを走る車は、慌てて道を譲る。
ごめんなさい、緊急事態なの!私はパトカーが現れない事を祈った。
現場に到着すると。
マンションの前にはすでに人だかりが出来ており。
はしご車が、十階の私の部屋目掛けて、勢い良く水を掛けている最中だった。
私達は車から降りて、その様子を見上げる。
「もしかしておまえ、部屋に時限爆弾でも隠し持ってたとか?」
見上げながら彼が言う。
「生憎、そう言ったものに興味はないの」私も上を見上げたまま答える。
「何か、心当たりはあるのか?」
彼が、私の方に視線を移した。
「あり過ぎて検討がつかないわ!」いつかの彼のセリフを真似て言ってみた。
その後まもなく、火は鎮火した。
次第に人だかりも消えつつあったので。
人目を盗んでマンション内に入り、状況を確認しに向かった。
それにしても。
家を出た時は変わった様子はなかった。
不審な荷物も届いた覚えはないから、火元は外…?
角部屋は、こんなふうに外から狙うのには最適だ。
「火事っていうか、やっぱり爆弾だな。大して燃え広がらなかったようだ。良かったじゃないか」
「ええ、そうね。天井が半分なくなったけど?」
屋上に、ダイナマイトでも投げつけられたってところか…。
「しかもピンポイントで、ここだけ被害を受けている」と彼も同じ事を考えた様子。
つまり、私が狙われたという事!
「おい、…大丈夫か?おまえ、一体何を」
こんな無謀な事をする奴は一人しかいない。
でも、娘に対してここまでやるだろうか?
誰であれ、本気で殺す気なら深夜の寝込みを襲うはず。何かの警告のつもりか。
「もう~!誰が修理代払うと思ってるのよ!」
壊された壁を、拳で殴りつけながら叫ぶ。
壁がポロポロと崩れ落ちた。
「やめるんだ。せっかくのドレスが汚れるぞ」と、彼に腕を取られる。
「ドレス…」
改めて自分の服装を見下ろす。
そう、私は今、赤のカクテルドレスを纏っている。
この姿だけ見れば、何かのイベントに向かう途中の、どこにでもいる普通の女子大生。
でも私は、普通でも女子大生でもなく。
今はむしろ戦士でありたい!瓦礫を足でさばきながら、そんな事を考える。
ドレスの色に赤を選んだのは、闘争心をかき立てるためなんかじゃなかった。
まさか、こんな展開になるとはツイてない…。
「そこ、何か書いてあるぞ」
彼が指差した先の壁に、黒のスプレーで殴り書きされていた。
「ゴー・トゥー・ヘル・ユイ・アサギリ。フロム・エス・エフ」
彼が読み上げる。
「まさか…」何か心当たりがありそうだ。
「新堂先生?」
私にはエス、エフのイニシャルに覚えはなかった。
奴ではない事が判明して、ややほっとしたその時。
「済まん。私のせいだ…」彼が声を落として言った。
「え?」意味が分からず聞き返す。
「まさか、ここまでするとは…」
右手を口元にやり、ただただ呆然としている。
「何なに?もしかして、先生の元カノとか!?私、恋人と間違われて、逆恨みされちゃった?」
「ああ、かもな。本当に申し訳ない。私がすべて修理するよ」
「…ホントに元カノ、なの」
この人に恋人がいた事には、心底驚いた。
ある意味、部屋を爆破された事よりも衝撃だったかもしれない。
すると彼は、この女に裏切られて恋愛できなくなったのかも?
凄まじい状況の中、一人で詮索を始めたけれど。
「状況は分かったわ。パーティに向かいましょ。間に合わなくなっちゃう」
彼の腕時計を覗き込んで言った。
今はゆっくり詮索をしている暇はない。
「しかし…」凄まじい現状を眺め回して、躊躇う彼。
「部屋の事なら気にしないで。どうせ、大したもの置いてないし。ね?行きましょ」
そう、ここには、拳銃の弾丸も現金も置いていない。
「まあ、おまえがそう言うなら…」
こうして私達は、改めてパーティ会場へと向かった。
移動中の車内にて。
彼が、元恋人エス・エフこと、祥子・フォードについて一通り話してくれた。
「フォード、って言うと、日本人じゃないの?」
「ああ。確か父親がアメリカ人だ」
彼女は医学部の同期で。つまりナースではなく女医。
彼が怪しげな医療行為に手を出し始めた頃、その助手を自ら買って出たのだとか。
当時、二人は付き合っていた?
信じられない!しかもお相手はハーフのブロンド美人(勝手に解釈)だなんて…。
結局、最後には彼女が裏切って、新堂のしていた違法行為を告発。
お陰で彼は免許剥奪。
「勘違いするな。私は免許を剥奪されたんじゃなく、返上したんだ」
彼が唐突に訂正した。
「ああ…、はいはい!」
医師免許を失くしたのが女のせいなら、恨むのは当然か…。
それにしても、この女は一体、何がしたかったのだろうか。
その上、彼はあえて自分から返上したと言い直す。
こんな女の事を、庇っている?
「それ以来、彼女とは直接は…会ってない」
「何?その遠回しな言い方は」
疑惑の目を向けると、彼は目を細めて言った。
「会うどころか、つい最近まで、あいつはオペ中のミスで感染症に罹って、死んだと聞いていたんだ!」
「それで?」
「それが向こうから連絡があった。てっきり誰かのイタズラだと…」
「ふう~ん…」
連絡、取り合ってたんじゃない!
死んだ人間から連絡があった、という疑問をよそに。
何だか、訳もなく腹が立った。
「別に…私には関係ないけど!」
何だかんだ言って、ヤキモチを妬いている。大嫌いなのに気になる人。これが、恋の始まりなのです!




