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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
54/215

11-(2)

車内にて。

「おい、ユイ?」


 反応しない私に、再度声がかかる。


「…え?あ、ごめんなさい、急ブレーキなんて。あまりに意表を突かれたので…」


「それはいいが…。あの辺て、おまえのマンションに近くないか?」

 彼も煙の上がる方角を見て思ったようで、やや心配げな表情を見せる。


「新堂先生、私、ちょっと忘れ物したみたい。戻ってもいいかしら」

「もちろん。まだ時間もある。今日はどこへでもお付き合いするよ。そういう依頼だからな」


 今日のこれって、依頼?という疑問が湧いたけれど。

 そんな話は後だ。

 

 意を決してギアをバックに入れ、強引に方向転換。

 車線変更し猛スピードで来た道を戻る。


「…上等じゃない、誰か知らないけど、たっぷりお礼しなきゃ」


 疾走する季節外れのオープンカー。

 乗っているのは正装した男女。


 周りを走る車は、慌てて道を譲る。

 ごめんなさい、緊急事態なの!私はパトカーが現れない事を祈った。


 現場に到着すると。


 マンションの前にはすでに人だかりが出来ており。

 はしご車が、十階の私の部屋目掛けて、勢い良く水を掛けている最中だった。


 私達は車から降りて、その様子を見上げる。


「もしかしておまえ、部屋に時限爆弾でも隠し持ってたとか?」

 見上げながら彼が言う。


「生憎、そう言ったものに興味はないの」私も上を見上げたまま答える。

「何か、心当たりはあるのか?」


 彼が、私の方に視線を移した。


「あり過ぎて検討がつかないわ!」いつかの彼のセリフを真似て言ってみた。

 

 その後まもなく、火は鎮火した。


 次第に人だかりも消えつつあったので。

 人目を盗んでマンション内に入り、状況を確認しに向かった。


 それにしても。


 家を出た時は変わった様子はなかった。

 不審な荷物も届いた覚えはないから、火元は外…?


 角部屋は、こんなふうに外から狙うのには最適だ。


「火事っていうか、やっぱり爆弾だな。大して燃え広がらなかったようだ。良かったじゃないか」

「ええ、そうね。天井が半分なくなったけど?」


 屋上に、ダイナマイトでも投げつけられたってところか…。

「しかもピンポイントで、ここだけ被害を受けている」と彼も同じ事を考えた様子。

 

 つまり、私が狙われたという事!


「おい、…大丈夫か?おまえ、一体何を」


 こんな無謀な事をする奴は一人しかいない。

 でも、娘に対してここまでやるだろうか?


 誰であれ、本気で殺す気なら深夜の寝込みを襲うはず。何かの警告のつもりか。


「もう~!誰が修理代払うと思ってるのよ!」

 壊された壁を、拳で殴りつけながら叫ぶ。


 壁がポロポロと崩れ落ちた。


「やめるんだ。せっかくのドレスが汚れるぞ」と、彼に腕を取られる。

「ドレス…」


 改めて自分の服装を見下ろす。


 そう、私は今、赤のカクテルドレスを纏っている。

 この姿だけ見れば、何かのイベントに向かう途中の、どこにでもいる普通の女子大生。


 でも私は、普通でも女子大生でもなく。

 今はむしろ戦士でありたい!瓦礫を足でさばきながら、そんな事を考える。


 ドレスの色に赤を選んだのは、闘争心をかき立てるためなんかじゃなかった。


 まさか、こんな展開になるとはツイてない…。


「そこ、何か書いてあるぞ」

 彼が指差した先の壁に、黒のスプレーで殴り書きされていた。


「ゴー・トゥー・ヘル・ユイ・アサギリ。フロム・エス・エフ」

 彼が読み上げる。

「まさか…」何か心当たりがありそうだ。


「新堂先生?」

 私にはエス、エフのイニシャルに覚えはなかった。


 奴ではない事が判明して、ややほっとしたその時。


「済まん。私のせいだ…」彼が声を落として言った。

「え?」意味が分からず聞き返す。


「まさか、ここまでするとは…」

 右手を口元にやり、ただただ呆然としている。


「何なに?もしかして、先生の元カノとか!?私、恋人と間違われて、逆恨みされちゃった?」


「ああ、かもな。本当に申し訳ない。私がすべて修理するよ」

「…ホントに元カノ、なの」


 この人に恋人がいた事には、心底驚いた。

 ある意味、部屋を爆破された事よりも衝撃だったかもしれない。


 すると彼は、この女に裏切られて恋愛できなくなったのかも?


 凄まじい状況の中、一人で詮索を始めたけれど。


「状況は分かったわ。パーティに向かいましょ。間に合わなくなっちゃう」

 彼の腕時計を覗き込んで言った。


 今はゆっくり詮索をしている暇はない。


「しかし…」凄まじい現状を眺め回して、躊躇う彼。

「部屋の事なら気にしないで。どうせ、大したもの置いてないし。ね?行きましょ」


 そう、ここには、拳銃の弾丸も現金も置いていない。


「まあ、おまえがそう言うなら…」 


 こうして私達は、改めてパーティ会場へと向かった。


 移動中の車内にて。


 彼が、元恋人エス・エフこと、祥子・フォードについて一通り話してくれた。


「フォード、って言うと、日本人じゃないの?」

「ああ。確か父親がアメリカ人だ」


 彼女は医学部の同期で。つまりナースではなく女医。


 彼が怪しげな医療行為に手を出し始めた頃、その助手を自ら買って出たのだとか。


 当時、二人は付き合っていた?

 信じられない!しかもお相手はハーフのブロンド美人(勝手に解釈)だなんて…。


 結局、最後には彼女が裏切って、新堂のしていた違法行為を告発。


 お陰で彼は免許剥奪。


「勘違いするな。私は免許を剥奪されたんじゃなく、返上したんだ」

 彼が唐突に訂正した。

「ああ…、はいはい!」


 医師免許を失くしたのが女のせいなら、恨むのは当然か…。


 それにしても、この女は一体、何がしたかったのだろうか。


 その上、彼はあえて自分から返上したと言い直す。

 こんな女の事を、庇っている?


「それ以来、彼女とは直接は…会ってない」

「何?その遠回しな言い方は」


 疑惑の目を向けると、彼は目を細めて言った。

「会うどころか、つい最近まで、あいつはオペ中のミスで感染症に罹って、死んだと聞いていたんだ!」


「それで?」

「それが向こうから連絡があった。てっきり誰かのイタズラだと…」


「ふう~ん…」

 連絡、取り合ってたんじゃない!


 死んだ人間から連絡があった、という疑問をよそに。

 何だか、訳もなく腹が立った。


「別に…私には関係ないけど!」



何だかんだ言って、ヤキモチを妬いている。大嫌いなのに気になる人。これが、恋の始まりなのです!

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