11 あるメヒョウの狙い(1)
朝霧ユイ。二十歳春。
フォーミュラーレッドの真新しいコンバーチブルで。
横浜ベイブリッジを快走!
待ちに待った、成人の仲間入りをついに果たして。
今日は、記念すべき最初のイベントの日。
そんな三月の昼下がり。
「この走り、爽快~!」運転席で思わず声を出す。
「やっぱり、まだ寒くないか?かなり目立ってるぞ…」
助手席には、新堂が乗っている。
対向車からの視線が少々気になっている様子の彼に。
意地悪な質問を一つ。
「あら。目立つのはお嫌い?」
当然、返事などなく…。ここの空間だけ、気温が二度ほど下がった気がする。
「…ってのは冗談だけど!」
この空気に耐え切れず、慌てて言い直してから話を続ける。
「仕方ないでしょ、屋根修理中なんだから。大丈夫よ、これくらいで、パトカーはやって来ないから!」
「だから私の車で行こうと言ったんだ」
「イ、ヤ、よ!私、ベンツは嫌いなの。それに、これの方が性能いいから」
何しろベンツを見ると、実家での忌々しい生活を思い出してしまう。
〝ヤクザ、イコール、ベンツ〟という方程式は、子供でも知っている。
「新車なのに、すでに故障しているようだが」嫌味は忘れずに口にする新堂。
現在は、この新車のBMWが新たな友人だ。
彼がお礼だと持って来た、例の現金二千万を早速使わせてもらった。
「ちょっと油断しただけよ。まさか、上空から物が落ちて来るなんてさ~」
「一体、どんな状況だったんだ?そんな危険な目に遭いながらも、オープンカーに乗るとはね」
「私は開放的なのが好きなの。それに屋根があったら、ますます上空の安全確認ができないじゃない?」
「…恐れ入るね」
新堂が反論するのを断念したので、ちょっぴりいい気分!
イベントというのは、神崎さんの会社の創設記念パーティ。
それに招待されて、今向かっているところだ。
カップルでの出席が条件(!)だったため、彼を誘ったという訳。
―――話は一週間前に遡る。
「もしもし、新堂先生?来週の日曜、何か予定ある?」
久しぶりに、新堂の携帯に連絡を入れてみると。
予想外にすぐに掴まった。
『やあユイ、久しぶりだな。どうかしたのか?』
「別に、どうって訳じゃないんだけど…。ちょっとお願いがあるの」
『ケガでもしたか?』
「だとしたら、一週間後の予定なんて聞かないでしょ!」
『それもそうだな。偶然にも、日曜は何も予定はないよ』真面目な調子で返される。
偶然にも、か…。
気を取り直して、本題を切り出した。
「じゃあ、付き合ってくれない?医者としてじゃなく、男性として付き合ってほしいの」
医者としてじゃなく、と念を押して。
回線が切れたかと思うほど、沈黙が続く。
「新堂先生?聞こえてる?」
「ああ。それで、何に付き合えばいいんだ?」
返事をもらっていないけれど来るつもりらしい。
「ところで。先生って、タキシードとか持ってる?」
このパーティには、ドレスコードが設定されていた。
そんな表舞台に、何かと訳ありのこの人を連れ込んで良いものか…という不安もあったけれど。
本人の同意も得た事だし。気にしない事にした。
実を言うと…。
彼のタキシード姿が見てみたかったの!―――
引き続き車内にて。
「だが、本当に私なんかが出席しても、いいのか?」
助手席から、珍しく控えめな発言が飛び出した。
「だって、カップルでって言われたんだもの…」
言葉を切った後に、急いで付け足す。
「でも勘違いしないでよね。別に恋人になってくれなんて、言ってないんだからね?」
招待状を見せながら念を押した。
彼の〝恋愛はしない〟発言を受けて、ここは厳重に説明しなければ。
ああまで言われたのだから、私にだって意地がある。
「しかし。恋人くらいいないのか?」
小馬鹿にした調子で言われて、本当はいないのに「いない事もないわ」と即答。
「…変な男を連れて行ったら、お兄ちゃんキレそうだし…」と小声で付け加える。
恐らく神崎さんは、私が赤尾先輩を誘うと思っているはず。
先輩とは、とうの昔に交際終了…。
「お兄さん、て?」運転中の私の方を見て聞いて来る。
「ああ。彼、腹違いの兄なの。つい最近、知ったんだけどね」軽く笑って答えた。
「とにかく新堂先生なら、兄も文句ないはず。一度会ってるし。それに、あなたなら見栄えもいいし…」
私としても好都合!と心の中だけで続ける。
実際、正装した新堂は、予想通りとても素敵に見えた。
そう、まさに〝見えた〟なのだ。
中身は決して素敵な人間なんかじゃないから。私には断言できる!
「超大型豪華客船に乗れる機会なんてそうそうないからな。私としては大歓迎だがね」
「なら良かった。じゃあ先生?今日だけはあなたの事、先生とは呼ばないからね」
「ご自由に」
ここで会話は一旦終了。
無表情の新堂をよそに、しばしドライビングを堪能する。
「そう言えば、傷の方はもういいんでしょ?」
少しして私から口を開いた。
「ああ、もうすっかりいいよ」軽く笑って彼が答える。
「そう!良かった。それじゃ、そろそろ飛ばすわよ!」
アクセルを強く踏み込んだので、圧が掛かり、体がシートに押し付けられた。
「おい!スピード出し過ぎだぞ」
彼が法令違反を気にしたのは意外だった。
何しろ無免許医の新堂和矢は、最大級に法を犯している訳だから?
そんな事を思いつつ、アクセルペダルを踏み込んだ直後。
今度は、勢い良くブレーキを踏み込む。
「おい!何て運転だ…今度は何だ?」彼が体勢を立て直しつつ訴える。
一瞬、大気の振動を感じたのだ。
バックミラーを通して、後方の建物から黒煙が上がっているのを確認する。
それは距離、方向から、私のマンションの位置と思われた。
私の様子を見て、彼も後ろを振り返る。
「何事だ?火事か?」
違う。ただの火事じゃない。
彼には、爆発時の衝撃が伝わらなかったよう。
それにしても…、一体何が!?




