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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第二章 いつの間にか育まれていたもの
53/215

11 あるメヒョウの狙い(1)

朝霧ユイ。二十歳春。



 フォーミュラーレッドの真新しいコンバーチブルで。


 横浜ベイブリッジを快走!


 待ちに待った、成人の仲間入りをついに果たして。

 今日は、記念すべき最初のイベントの日。


 そんな三月の昼下がり。


「この走り、爽快~!」運転席で思わず声を出す。

「やっぱり、まだ寒くないか?かなり目立ってるぞ…」


 助手席には、新堂が乗っている。


 対向車からの視線が少々気になっている様子の彼に。

 意地悪な質問を一つ。


「あら。目立つのはお嫌い?」


 当然、返事などなく…。ここの空間だけ、気温が二度ほど下がった気がする。


「…ってのは冗談だけど!」

 この空気に耐え切れず、慌てて言い直してから話を続ける。


「仕方ないでしょ、屋根修理中なんだから。大丈夫よ、これくらいで、パトカーはやって来ないから!」


「だから私の車で行こうと言ったんだ」

「イ、ヤ、よ!私、ベンツは嫌いなの。それに、これの方が性能いいから」


 何しろベンツを見ると、実家での忌々しい生活を思い出してしまう。

〝ヤクザ、イコール、ベンツ〟という方程式は、子供でも知っている。


「新車なのに、すでに故障しているようだが」嫌味は忘れずに口にする新堂。

 

 現在は、この新車のBMWが新たな友人だ。

 彼がお礼だと持って来た、例の現金二千万を早速使わせてもらった。


「ちょっと油断しただけよ。まさか、上空から物が落ちて来るなんてさ~」


「一体、どんな状況だったんだ?そんな危険な目に遭いながらも、オープンカーに乗るとはね」


「私は開放的なのが好きなの。それに屋根があったら、ますます上空の安全確認ができないじゃない?」


「…恐れ入るね」

 新堂が反論するのを断念したので、ちょっぴりいい気分!


 イベントというのは、神崎さんの会社の創設記念パーティ。

 それに招待されて、今向かっているところだ。


 カップルでの出席が条件(!)だったため、彼を誘ったという訳。


―――話は一週間前に遡る。


「もしもし、新堂先生?来週の日曜、何か予定ある?」


 久しぶりに、新堂の携帯に連絡を入れてみると。

 予想外にすぐに掴まった。


『やあユイ、久しぶりだな。どうかしたのか?』


「別に、どうって訳じゃないんだけど…。ちょっとお願いがあるの」

『ケガでもしたか?』


「だとしたら、一週間後の予定なんて聞かないでしょ!」

『それもそうだな。偶然にも、日曜は何も予定はないよ』真面目な調子で返される。


 偶然にも、か…。


 気を取り直して、本題を切り出した。

「じゃあ、付き合ってくれない?医者としてじゃなく、男性として付き合ってほしいの」  


 医者としてじゃなく、と念を押して。


 回線が切れたかと思うほど、沈黙が続く。

「新堂先生?聞こえてる?」


「ああ。それで、何に付き合えばいいんだ?」


 返事をもらっていないけれど来るつもりらしい。


「ところで。先生って、タキシードとか持ってる?」

 このパーティには、ドレスコードが設定されていた。


 そんな表舞台に、何かと訳ありのこの人を連れ込んで良いものか…という不安もあったけれど。

 

 本人の同意も得た事だし。気にしない事にした。

 

 実を言うと…。

 彼のタキシード姿が見てみたかったの!―――


 引き続き車内にて。


「だが、本当に私なんかが出席しても、いいのか?」

 助手席から、珍しく控えめな発言が飛び出した。


「だって、カップルでって言われたんだもの…」


 言葉を切った後に、急いで付け足す。

「でも勘違いしないでよね。別に恋人になってくれなんて、言ってないんだからね?」


 招待状を見せながら念を押した。


 彼の〝恋愛はしない〟発言を受けて、ここは厳重に説明しなければ。

 ああまで言われたのだから、私にだって意地がある。


「しかし。恋人くらいいないのか?」


 小馬鹿にした調子で言われて、本当はいないのに「いない事もないわ」と即答。

「…変な男を連れて行ったら、お兄ちゃんキレそうだし…」と小声で付け加える。


 恐らく神崎さんは、私が赤尾先輩を誘うと思っているはず。

 先輩とは、とうの昔に交際終了…。


「お兄さん、て?」運転中の私の方を見て聞いて来る。

「ああ。彼、腹違いの兄なの。つい最近、知ったんだけどね」軽く笑って答えた。


「とにかく新堂先生なら、兄も文句ないはず。一度会ってるし。それに、あなたなら見栄えもいいし…」

 私としても好都合!と心の中だけで続ける。


 実際、正装した新堂は、予想通りとても素敵に見えた。


 そう、まさに〝見えた〟なのだ。

 中身は決して素敵な人間なんかじゃないから。私には断言できる!


「超大型豪華客船に乗れる機会なんてそうそうないからな。私としては大歓迎だがね」

「なら良かった。じゃあ先生?今日だけはあなたの事、先生とは呼ばないからね」


「ご自由に」


 ここで会話は一旦終了。

 無表情の新堂をよそに、しばしドライビングを堪能する。


「そう言えば、傷の方はもういいんでしょ?」

 少しして私から口を開いた。


「ああ、もうすっかりいいよ」軽く笑って彼が答える。

「そう!良かった。それじゃ、そろそろ飛ばすわよ!」


 アクセルを強く踏み込んだので、圧が掛かり、体がシートに押し付けられた。


「おい!スピード出し過ぎだぞ」

 彼が法令違反を気にしたのは意外だった。


 何しろ無免許医の新堂和矢は、最大級に法を犯している訳だから?


 そんな事を思いつつ、アクセルペダルを踏み込んだ直後。

 今度は、勢い良くブレーキを踏み込む。


「おい!何て運転だ…今度は何だ?」彼が体勢を立て直しつつ訴える。


 一瞬、大気の振動を感じたのだ。


 バックミラーを通して、後方の建物から黒煙が上がっているのを確認する。

 それは距離、方向から、私のマンションの位置と思われた。


 私の様子を見て、彼も後ろを振り返る。

「何事だ?火事か?」


 違う。ただの火事じゃない。

 彼には、爆発時の衝撃が伝わらなかったよう。


 それにしても…、一体何が!?



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