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それから。
新堂が私の携帯に連絡をして来たのは…。
二ヵ月後の、クリスマスだった。
あえてクリスマスに会う約束なんて!
偶然なのか狙ったのかは、全くもって不明。
「こんばんは」
声を受けて玄関ドアを開けると、新堂が立っていた。
「いらっしゃい。時間どおりね」
彼は、約束の時間きっかりにやって来た。
本当に時間だけは守る人で(!)
不思議な事に、そこだけは、いつもなぜか徹底している。
遅刻魔の私は、この人とは絶対に付き合えない気がする…。
「プレゼント・フォー・ユー」
流暢な発音でそう言うと、後ろに隠し持っていた豪勢な花束を差し出して来た。
深紅のバラの花束なんて!
「すっご~い…。どうしたの、これ!」私は驚いて、ただただそれを見つめた。
「受け取ってくれないのか?」手を出さない私に彼が言う。
「あ…、せっかくだから、もらっとく…。ありがとう」
この人に花をもらうのは、卒業式以来二度目だ。
彼を部屋に入れ、リビングのソファーに案内する。
「ねえ、先生。ワインでもいかが?」
冷蔵庫を開けて見せる。中身をほぼ占めているのはワイン。
大人への第一歩は、何と言ってもアルコール?
この行為には大した意味はないけれど。
ただこの時も、少しでも早く大人になりたいと強く思っていた。
新堂が、驚いた様子で冷蔵庫を眺めている。
「戴きたいが…、車なんだ」
「何ならここに泊まれば?ベッド、二つあるし」
「なぜ二つあるんだ?」
「変に思わないでよね、私は一人暮らしよ?二つとも私の。少し前に、スウェーデン製のとてもいいウォーターベッドを見つけたの!極上の寝心地よ」
それを、思わず衝動買いしてしまった。
そんな資金が、今では余裕にある。
これだから闇の家業はやめられない!
「それは是非試してみたいね」思わず彼が乗って来る。
「でしょ!」
「どうせなら、一緒に寝てみるか」
この言葉に私は固まった。
本気のはずがないけれど、こんな冗談を言える人だった?
その表情からは、真偽が全く読み取れない。
「困ったな、冗談だったんだが…」ポツリと呟いた新堂。
…バカ!ドギマギしてしまった自分が恥かしくて、気の利いた返答が浮かばない。
「それじゃワイン、戴こうかな」ふいに新堂が言った。
「どうかしたか?」
返事を返さない私を見て不思議そうにする。
「いいえ。喜んで!」気を取り直して、笑顔でそう答えた。
ワイングラスを二つ出してリビングへ運び、並べてそれぞれへ注ぐ。
「そう言えば…おまえ、いくつだっけ?」
忘れていていいものを、彼が探りを入れて来る。
私が二十歳を迎えるのは二ヵ月後。
「イヤだわ、もう成人よ。もう、すぐ…?」
彼が疑わしげにこちらを見ている。
私はにっこり笑いながら、自分で注いだワインを一気に飲み干して見せた。
それからしばらく、主治医の経過観察が始まる。
少しして。
飲酒後の私に何の変化も見られず、問題なしと判断したようだ。
「ま、いいか。美味いじゃないか、このワイン!」
ようやく彼が飲み始めた。
「本当?良かった!ラベルの好みだけで選んだの」
「おいおい…」
十九歳のユイさんに、ワインの良し悪しなんて分かる訳がないじゃない?
「ところで新堂先生。どうして、真っ赤なバラなんて選んだの?」
空き瓶に生けた、今飲んでいるワインのように真っ赤なバラに顔を向けて尋ねる。
普通、こういう物は恋人に贈るもの。もしかして、私の事…?
「ちょうどクリスマスだろ。だから」
意味不明の答えが返って来る。
「は?何それ」この人はクリスマスを何だと思っているの!
それ以上、答えは返って来なかった。
私はバラを見つめながら、別の質問をしてみる。
「ねえ先生?深紅のバラの花言葉、知ってる?」
「いいや」
これは予想通りの答えだったのだが。
それどころか、彼はこんな事を言った。
「私は誰とも恋愛をするつもりはない。この先もずっとな」
「え、何で…?」予想外の答えに戸惑うばかり。
「女の裏切りはたくさんだ。もうそんな、下らない事には関わりたくない」
「裏切られたの…?女に」
何だか気が立っている様子。問い返してもそれ以上の答えはない。
「ああ、そうですか!何があったか知らないけど、そんな事言われなくても私だって…」
あなたなんかと、恋愛なんてゴメンよ!と続けたかったのだが…。
「始めに言っておくよ。おかしな期待をされても困るからな」と、先を越されてしまった。
真っ赤なバラをプレゼントしておきながら、何という言い草?
冗談じゃない。こっちから願い下げ!
何て失礼な男!
「あなたの言動は、矛盾しすぎてる!」
お酒の勢いもあって。こんなような事を、何度も何度も新堂に訴えた。
いつものように、全く相手にされていなかったけれど…。
翌朝。
新堂はすぐに部屋を出た。
さすが超ご多忙の外科医。朝から超難関のオペがあるらしい!
昨夜に一体、何本ワインを空けたのか。冷蔵庫の、残りのワインの数を見て驚いた。
「これだけ飲んでも、翌朝ケロリとしてるあの人って、かなりの酒豪?」
自分の事を棚に上げて、こんな事を呟いた。
カレの心を開くのは、容易ではなさそうです…。




