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母を空港で見送った後。
私はその日に、新堂のマンションを出た。
彼が車で、荷物と共にアパートまで送ってくれた。
「空港まで付き合ってもらった上に、私まで。今日は新堂先生に、本当に運転手みたいな事させちゃったね。ごめんなさい」
気にするな、と言うように肩をすくめてから、彼が口を開く。
「これから、どうするんだ?就職の話は嘘だろ」そう言いながら、車から降りた私を目で追う。
「聞いてたの!」地獄耳というヤツか…。
気を取り直して礼を述べる。
「さっきはありがと。いろいろ黙っててくれて」案外話の分かる人になったじゃない?と、心の中だけで続ける。
彼はというと…。
相変わらず、何を考えているのか分からない表情だったが。
「どうするって、もちろん働くのよ。あなたよりも稼いでみせるわ!」
「まあ、せいぜいうまくやるんだな」
彼も車から降りてドアを閉めた。
高級車ならではの、重厚なドアの閉まる音が響く。
私はこの音が結構好きだ。
家にあるようなヤクザのベンツではなく、本物の高級車のこういう音が…。
「どうした?」ぼんやり車を見つめている私に、探りを入れられる。
軽く首を振って笑顔を向ける。
「いい?先生。今度私に救出を依頼したら、きちんと報酬を戴くから。そのつもりで!」
左手をピストルの形にして、前に立つ彼に向け、撃つ真似をしてみせた。
「それはこっちのセリフだ。ケガでもしたら呼んでくれ。いつでも行ってやるよ。ただし代金は、値引きなしでね」
この言葉に、私達は笑いあった。
しばしの沈黙の後。
新堂が口を開いた。
「朝霧ユイ。母親を、あまり心配させるなよ」
「新堂先生には関係のない事よ」冷たく言い放った。
自分が発した言葉なのに、まるで新堂の言葉のようだと思う。
「それもそうだな」両手をポケットに入れたまま、肩をすくめて答える新堂。
「それじゃ、これは正式にお返しするわ」
気を取り直して、預かっていた部屋の合鍵とPHSを差し出す。
「ああ」彼が受け取る。
「お世話になりました」
私は丁寧に頭を下げて言った。
・・・
こうして。
一人暮らしに戻った私は、誰にも縛られない、自由な生活を大いに満喫したのだった。
学生ではない、念願の〝社会人〟としての第一歩を踏み出した。
「想定内、想定内!」
届けられた不合格通知を手に、大声を出す。
母にも語ったように私の夢は警察官。ダメもとで採用試験を受けた。
予想通り、義男のせいで(確信はないけれど)その夢は断たれたが。
―――「いやぁ~、朝霧さん!身長が、足りないんですよ。仕方ないですね、こればっかりは!」担当者はそう説明して来た。
「素質は大いにあるんですがねぇ。全く残念です」―――
大っぴらに義男の事が話題に出されるはずもなく、私はこんな理由で不採用となる。
でも私の正義感は、こんな事ではへこたれない!
ワルの家に生まれてしまった私は、潔く悪の道に入る事にする。
何しろ〝朝霧義男の娘〟というだけで一目置かれるのだ。
もちろん、それを当てにするつもりは更々ないけれど?
幸い、キハラ師匠に徹底的に鍛えられたお陰で、かなりの戦闘能力を持っていると自負している。
射撃の腕だって、義男の才能を受け継いだようで、結構得意だ。
他にも、肝が座っているところや、妙な時に働く直感、悪知恵(!)など。
この闇社会で非常に役に立つ、こんな能力の数々は、義男譲りだろう。
こんな私だけど。
絶対に、ヤツのような悪にだけはならない、それだけは心に誓う。
正義も悪も紙一重だ。警察じゃなくても、悪を正す事はできるはず。
だからこうなったら、こっちの裏側の世界から、この腐った世の中を変えてやろう。
私は秘かに、こんな野望を抱いている。
実際に警察官の採用条件には、身長制限があるのです…。おチビの警官がいてもいいと思う!強ければ?




