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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第一章 大キライな人を守る理由
44/215

9-(3)


 一週間後。


 風邪もすっかり回復して、元気な自分に戻る事ができた。


 普段の生活をするうちに気づいた事なのだが。

 どういう訳か、私の肺活量は以前よりも大幅に増えたよう。


 例の〝高山トレーニング〟の成果?


 そう思えば、あれらの苦しみは価値あり!

 こんな常に前向きな私なのだった。


・・・


「ひっど~い!」


 私の机に広げられた、期末試験の英語の答案用紙を見て、多香子が嘆いた。


 それもそのはず…。

 点数は、四十二点なのだから。もちろん百点満点の試験でだ。


「赤点ギリギリじゃん」知子も横から覗き込んで来る。


「だってだって!ここんとこ調子悪くて…勉強できてなかったんだもん!」

「だから言ったじゃん?マラソンで優勝するより、こっちの方が大事だって」


 知子様のおっしゃる通りでした…。


「マラソン張り切って、カゼ引くなんてねぇ」多香子も困り顔だ。


「え~ん!」もう泣くしかない。


「だけど変だよねぇ。ユイってば、会話はあんなにベラベラできるのに!」

「全くよ。アンタって、帰国子女とかじゃないよね?先生よりレベル高いよ!」


 そう。会話だけなら大得意!でも、文法やら何やらは全くチンプンカンプン。


「何でテストには、会話ってのがないの!」

「ヤダヤダ!私苦手だから、勘弁して~!」知子が透かさず返して来る。


 かく言う知子の英語の得点は…八十八点なのだった。


「何なら、フランス語でもロシア語でも。会話ならば、このユイ様にお任せあれ!」

「マ、マジ…?よし!そんじゃ、海外旅行に行く時は、ユイを連れて行こう!」


 驚く事なかれ。

 我が師匠キハラは、英、仏、露、独、伊の五ヵ国語をマスターしていたのだ!


 それはつまり、私も伝授されているという事。

 ただし、テストは落第だけど?


 そうこうするうちに、高校生活最後の貴重な日々が、あっという間に過ぎて行った。


 そして。


 ついに卒業式の日がやって来た。


 あんな点数を取っていた私だけど…。

 何とか無事に、卒業証書が授与された。


 この日、校門付近にはたくさんの車が停まっていた。いつもとは違う光景が広がる。


「今日はお迎えの人数が凄いね~。私も、カレに迎えに来てほしかったな!何て、いないんだけどね~」

 チエがボヤく。

 さらに私を見て、「ユイはいいな~」と、また始まる。


 やれやれ…。事情を知れば、絶対に羨む事なんてなくなるはずだけど。


「チエ、これからだよ!私達、花の女子大生活が始まるのよ!合コンしよ、合コン!」

 知子が場を盛り立てる。


 チエと知子は女子大に進学する。


「ごめんね、ユイ。悪気はないのよ…」

 進学をしない私に、気を遣ってくれる多香子。


「いいって!気にしなくて。その分あなた達は、勉強だって大変なんだし?私は学校、あんまり得意じゃないからさ…」


 散々私が、遅刻や早退を繰り返していた事を知る多香子は、苦笑いした。

 

 こうして私達仲良し四人組は、また集まろう、と約束を交わして解散となった。


「さて、と…。先生、今日は用事があるって言ってたし…」

 今朝の話では、来てくれるとは言っていなかった。


 親や恋人と楽しげに語らう周囲の人達を、羨ましげに見渡す。


 一人寂しく帰ろうと、校門に向かった時。


 多くの車の中に、見覚えのある車を発見した。

 車の前では談笑する男女。一見どちらもスラリとしていて、見栄えのするカップルだ。


 近づいて行くと、男性の方は新堂でもう一人は何と、母だった。


「お母さん?!」


 私の呼びかけに、母が顔をこちらに向けた。

「本当に来てくれたのね!」私は真っ先に母の胸に飛び込んだ。


「ユイ。卒業、おめでとう。いろいろあったけど、この日を迎える事ができて、私も本当に嬉しいわ」

 私の顔をしみじみと眺めて母が言う。


「私からも、おめでとう」

 新堂が横から、ピンク色のユリの花束を私に差し出した。


「私に…?」不自然なほど驚いてしまう。


「早く受け取れ」

 やや照れながらそう呟くこの人が、今初めて可愛く見えた。


「きれい…。ありがとう、新堂先生」受け取って素直に礼を言う。


「新堂先生ね、それ、とっても真剣に選んでたのよ」

 母が微笑みながら教えてくれる。


「ミ、ミサコさん!そんな事は言わなくても…」新堂が慌てて母の話を遮る。

「何なに?詳しく教えて、お母さん!」


 こんなピンクの可愛いらしい花を、新堂が選んだなんて予想外だった。


 でも、意外な反面、何だか嬉しかった。

 私の体調以外の事について、この人が時間をかけて考えてくれた事が…。


 照れ隠しのためか、新堂が口を開く。

「それから、もう一つ卒業祝いだ。自宅に戻る事を許可しよう」


「ホントに?!やった~!!」

 私は文字通り、飛び上がって喜んだ。


 こんな私の態度にため息をつきつつも、新堂の表情は穏やかだった。


「あら新堂先生、ユイはまだ先生のお世話に?」


 母が不思議そうに尋ねているのを見て、しまった…と思わず呟いてしまう。


「ひと月程前に、風邪をこじらせましてね。様子を見るためですよ」

「まあ…そうなの」


「なあ、ユイ?君が体育の授業で、無茶して五キロも走るからだ」


 ところが。

「まあ、五キロ?案外少ないじゃない」との母の返答に、思わず後ずさる新堂。


「新堂先生、分かった?そういう事!」彼の背中を叩いて、さらに笑う。

「どうしたの、二人とも」


 事情が分からない母は、終始不思議そうな顔をしていた。


「ねえ、これから三人で、ユイの卒業祝いに美味しいものでもって思ってるんだけど、どうかしら?」

 母が話題を変えた。


「さ、三人て、この三人で?」指を指して再確認する。

「そうよ。他に誰かいる?」


 口をあんぐりと開けたままの私に、新堂が言う。

「親子水入らずで行ってらしては?私は遠慮しますよ」


 良く言った、新堂先生!

 そうそう、それでいいのよ、と思ったのも束の間。


「ダメよ!新堂先生も来ていただくわ。先生にもきちんとお礼しないと。今日はご予定入ってらっしゃらないって、ちゃんと確認しましたわよね?」

 新堂に向かって念を押している。


 はあ、と困った様子で答える新堂だが…。


「お母さん、先生困ってるわ。私達にこれ以上巻き込んだら悪いよ?」

 私がこんな発言をした途端に、「私は別に困ってはいない。そこまでおっしゃるなら、喜んでお供しますよ」


 今度は手の平を返したように、誘いに乗って来たじゃない!


 すぐに新堂を母から遠ざけて、「絶対に余計な事、言わないでよね?」と念を押しにかかる。

「例えばどんな?」新堂が、とぼけて聞き返して来る。


「あ~ん、もう!とにかく、先生はしゃべらないで!」

 

 言ってほしくない事だらけだった。



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