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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第一章 大キライな人を守る理由
37/215

8-(3)


 角を曲がって、多香子の姿が見えなくなる。


 すると、いきなり調子が悪くなった。


 バックミラー越しに新堂の視線を感じて、チラリと目を向ける。

「何よ」


 また嫌味の一つでも言われるのだろうと身構えていると。

「大丈夫か」と耳を疑う気遣いの言葉がかけられた。


「今、大丈夫かって言った?」わざとらしく再確認する。


「咳は治まったようだな。昼食は摂れたのか?」

 新堂は、私の問いかけを無視して続ける。


「いいえ」仕方なく応じる。

「きちんと食べないとダメだ。体の免疫力が落ちて再発しやすくなる」 


 それはごもっとも!心の中で叫んでから、顔を背けて車窓の景色に目をやった。

 

 程なく、車は片岡総合病院に到着。

 私は幾つか検査を受けた。


 そして。


 何とか新堂のご要望の検査をクリアし、ぐったりしていると…。


「疲れただろう。すぐに帰ろう」

 検査結果を手にした新堂が、私の所に戻って来て言った。


 一体さっきから、この人はどうしてしまったの?

 私への風当たりが、マイルドになったような気がする。疲れただろう、なんて!


 そんな事を思いつつ「入院、しなくていいの?」と恐る恐る尋ねる。


「ああ。予想していたよりは悪くなかったのでね。だが…」と言った新堂の表情は、相変わらず凍えるようだった。


 考え過ぎだ。この男がそうそう変わるはずがない!

 

 彼が何か続けようとしているにも関わらず、さっさと歩き始める。


 どうにも気分が悪かった。

「トイレに寄ってく」と振り返りもせずに言って、女子トイレに直行。


 洗面の鏡に映る自分を見て、その顔色の悪さに驚いた。


 ため息をつこうとして、大きく吸い込んだけれど。

 急に、自分の周りの酸素だけが減ったような気がした。


 まただ。まるで、標高の高い山岳にでもいるように苦しい…。


 そのまま洗面に倒れ込む。


「おい、大丈夫か」

 外から新堂の声が聞こえるけれど、答えられない。


「入るぞ?」

 返事がない事を心配したのか、彼が女子トイレに入って来た。


 辛うじて洗面台にしがみ付いている私を発見し、慌てて駆け寄って来る。

「大丈夫、ではなさそうだな…」


 そう言って私の態勢を起こすと、背中を擦ってくれた。


「用は足したのか」との問いに「は?」思わず聞き返す。

「それとも、吐きに来たのか」


 私の青い顔を覗き込みながら、一人で思案を続ける新堂。


「早く出てよ!大丈夫だから!ここ、女子トイレよ?誰か来たら迷惑でしょ」

 今目が覚めたとばかりにまくし立て始めた私を、新堂が無表情で見つめる。


「何よ!」

「…いや」


 新堂が私から手を離した。


「外で待ってる」

 そう言って、彼は女子トイレから出て行った。


 私は、彼が出て行く後ろ姿を見つめた。

 ぼんやりとする中、無意識に大きなため息をついていた。


 いつの間にか、呼吸は正常に戻っていた。


 こうして。

 マンションに戻り、ベッドに誘導される。


 新堂が今の私の状況を丁寧に説明してくれた。

 慢性的な酸欠状態になっている事。その原因は、肺の炎症だけではないらしい事…。


 だ、か、ら!それはあなたのせいでしょ?


 これはいつもの、心の声のはずだった。


「今夜はずっとここにいる。苦しくなったらすぐに言え」

 そう言った新堂の顔が一瞬、どこか悲しそうに見えた。


 気のせいだろうか。


 その答えを出す前に、背を向けられてしまった。

「あの…、新堂、先生?」確認したくて引き止めてしまう。


「何だ」

 

 振り返った新堂の顔は、いつもの無表情で…。

「何でもない!寝る」


 何事もない様子に、急にバカバカしくなった。


 自分は一体、何を言うつもりだったの?


 そんな事を考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。



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