8-(3)
角を曲がって、多香子の姿が見えなくなる。
すると、いきなり調子が悪くなった。
バックミラー越しに新堂の視線を感じて、チラリと目を向ける。
「何よ」
また嫌味の一つでも言われるのだろうと身構えていると。
「大丈夫か」と耳を疑う気遣いの言葉がかけられた。
「今、大丈夫かって言った?」わざとらしく再確認する。
「咳は治まったようだな。昼食は摂れたのか?」
新堂は、私の問いかけを無視して続ける。
「いいえ」仕方なく応じる。
「きちんと食べないとダメだ。体の免疫力が落ちて再発しやすくなる」
それはごもっとも!心の中で叫んでから、顔を背けて車窓の景色に目をやった。
程なく、車は片岡総合病院に到着。
私は幾つか検査を受けた。
そして。
何とか新堂のご要望の検査をクリアし、ぐったりしていると…。
「疲れただろう。すぐに帰ろう」
検査結果を手にした新堂が、私の所に戻って来て言った。
一体さっきから、この人はどうしてしまったの?
私への風当たりが、マイルドになったような気がする。疲れただろう、なんて!
そんな事を思いつつ「入院、しなくていいの?」と恐る恐る尋ねる。
「ああ。予想していたよりは悪くなかったのでね。だが…」と言った新堂の表情は、相変わらず凍えるようだった。
考え過ぎだ。この男がそうそう変わるはずがない!
彼が何か続けようとしているにも関わらず、さっさと歩き始める。
どうにも気分が悪かった。
「トイレに寄ってく」と振り返りもせずに言って、女子トイレに直行。
洗面の鏡に映る自分を見て、その顔色の悪さに驚いた。
ため息をつこうとして、大きく吸い込んだけれど。
急に、自分の周りの酸素だけが減ったような気がした。
まただ。まるで、標高の高い山岳にでもいるように苦しい…。
そのまま洗面に倒れ込む。
「おい、大丈夫か」
外から新堂の声が聞こえるけれど、答えられない。
「入るぞ?」
返事がない事を心配したのか、彼が女子トイレに入って来た。
辛うじて洗面台にしがみ付いている私を発見し、慌てて駆け寄って来る。
「大丈夫、ではなさそうだな…」
そう言って私の態勢を起こすと、背中を擦ってくれた。
「用は足したのか」との問いに「は?」思わず聞き返す。
「それとも、吐きに来たのか」
私の青い顔を覗き込みながら、一人で思案を続ける新堂。
「早く出てよ!大丈夫だから!ここ、女子トイレよ?誰か来たら迷惑でしょ」
今目が覚めたとばかりにまくし立て始めた私を、新堂が無表情で見つめる。
「何よ!」
「…いや」
新堂が私から手を離した。
「外で待ってる」
そう言って、彼は女子トイレから出て行った。
私は、彼が出て行く後ろ姿を見つめた。
ぼんやりとする中、無意識に大きなため息をついていた。
いつの間にか、呼吸は正常に戻っていた。
こうして。
マンションに戻り、ベッドに誘導される。
新堂が今の私の状況を丁寧に説明してくれた。
慢性的な酸欠状態になっている事。その原因は、肺の炎症だけではないらしい事…。
だ、か、ら!それはあなたのせいでしょ?
これはいつもの、心の声のはずだった。
「今夜はずっとここにいる。苦しくなったらすぐに言え」
そう言った新堂の顔が一瞬、どこか悲しそうに見えた。
気のせいだろうか。
その答えを出す前に、背を向けられてしまった。
「あの…、新堂、先生?」確認したくて引き止めてしまう。
「何だ」
振り返った新堂の顔は、いつもの無表情で…。
「何でもない!寝る」
何事もない様子に、急にバカバカしくなった。
自分は一体、何を言うつもりだったの?
そんな事を考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。




