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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第一章 大キライな人を守る理由
36/215

8-(2)

引き続き保健室にて。


 枕元で響く男の声。


 目を閉じたまま、しばしその声について考える。

 神崎さん?…じゃない。彼の声はもっと低い…。


 じゃあ、誰だろう。


「目が覚めたか」その声が私にそう言って来る。


 目を開けて、その声の主を確認する。

「…新堂先生?何でいるの!」


 思わず飛び起きた私を、津田先生が優しくベッドに戻す。

「私が呼んだのよ。何かあったら呼ぶように、新堂先生に頼まれていたから」


「はぁ~?一体、いつそんな事頼んだのよ!」


「誰が主治医でもそうすると思うが?」

 新堂が、相変わらず嫌味に言い放つ。


「左腕に気をつけろ。点滴中だ」と畳みかける。

 起き出そうとしたところを、透かさず指摘された。

 

 透明の液体が、チューブを通して自分の体内に流れ込んでいる。

 それを憎らしげに見つめる。


「気分は?」と言う新堂の確認の言葉までが、嫌味のように聞こえた。


「落ち着きました、お陰さまで!」と返事をしたものの、私の心は全然落ち着いてなんかいなかった。


「やはり、今日は休ませるべきだった」

「フンだ!」力いっぱい顔を背ける。


 そんな私を見て、頭を左右に振りながらため息をつく新堂。


「朝霧さん、主治医の先生の言う事は、聞かなきゃダメよ」

 津田先生までが彼の味方をする。


 私の寝ている間に、すっかり新堂に丸め込まれたらしい。


「別に逆らってないし!大丈夫かって聞かれたから、大丈夫だって答えただけじゃない?」

「これのどこが大丈夫なんだ?」


「それは…」


「まあまあ!今日はもう、帰って休みなさい」

 そんな私をなだめる津田先生。


「本当にご迷惑をお掛けしました」と改めて詫びを入れる新堂。

「いいえ!」


 若い津田先生は、完璧なルックスを持つ新堂に釘付けのよう…。

 そんな様子を見ていて、何だか味方が減った気がした。


 少しして。

 友人達がやって来た。


「失礼します」多香子の声に続き、「しま~す!」と元気な知子の声。


「二人とも!来てくれたのぉ…!」二人が天使のように見えた。

「大丈夫?ユイ、…あ」


 二人が新堂の存在に気づいて言葉を失う。


 それはちょうど、私の左腕から点滴針を外しているところだった。


「運転手の人、だよね?」と多香子が私に改めて確認する。

「あの…」

 私が口ごもっていると。


「初めまして。彼女の主治医の新堂と申します」新堂が勝手に挨拶を始める。


「…主、治、医?」ポカンとする二人。


 大きなため息が漏れた。

「何でわざわざ自己紹介するかな…!」


 憎々しげに新堂を見上げた後、二人に説明する。

「違うの、この人はお母さんの主治医!ついでに診てもらってるだけ。運転手は嘘じゃないよ。…ね?」


 念を押すように新堂を見ると、辛うじて彼が頭を動かした。

 

 本当なら、医者が運転手などを兼務する訳がないけれど…。


「な~んだ、そういう事!そっか。お母さんの手術、上手く行ったって言ってたけど、この先生か~」

 多香子があっさり納得してくれたので、心からほっとした。


「それはそれは!優秀なお医者様に診てもらえて、良かったじゃない、ユイ」


「医者とは相性が最悪だって、いつだかボヤいてたモンねぇ。いい先生に巡り逢えた訳だ!」と知子までが新堂を評価する。


 今だってサイアクですけど!と新堂の方を睨みつけたけれど。

 今度は彼の視線が私に突き刺さった。


 いい先生だなんて…。頷くのもシャクに障る!


 微妙な表情のまま、固まってしまった。


「さあ。では帰らせてもらおうか、ユイ」

「…はい」ここは従うしかない。


 靴を履こうと下を向くと、またもや胸に圧迫感を感じて、発作が始まりそうになる。


 それに気づいた新堂が、気を利かせて友人達に言う。

「悪いが、彼女の荷物を私の車まで運んでくれないか」


「もちろんです!」

 そう口を揃えて答え、うまい具合に二人が出て行った。


 その直後に、私はベッドから降りてうずくまる。


 新堂が腰を屈めて私をゆっくり起こす。

「まだ治まらないか?少々気に掛かる…。検査が必要だな」


「お大事に…」津田先生が心配そうに声をかけてくれた。


「歩けるか?」

 珍しく新堂が、そんな気遣いの言葉をかけて来る。

 

 きっと、津田先生がいるからに違いない。外面ばかりいいんだから!

 ムッとしながらも、彼に支えられないと歩けない自分がもどかしい…。


「あ、ありがとう」それでも一応、礼を述べておいた。


 こうして時間をかけて、何とか車の所まで到着した。


「なるべく、胸部を圧迫しない姿勢でいなさい」

 後部席に乗せられて、そう言われる。


「ねえ、病院、…行くの?」

「ああ。そろそろ一度、確認したいしな。これからすぐに向かう」


 病院はキライだ…と、ブルーな気持ちでいっぱいになっていた時。


 羽織ったコートの下から、短めのプリーツスカートを旗めかせた女子が、走って来るのが見えた。

 鞄を持って来てくれたのは多香子だった。


 車の外で待っていた新堂がそれを受け取り、軽く礼を述べているのが聞こえる。


「ごめんね、ありがと…」

 窓を全開してそこから顔を出し、私も多香子に礼を言う。


「無理しちゃダメだよ?ノート、取っといてあげるから、授業は心配しないで」

「サンキュ」笑顔で答える。


 多香子の優しさは、時に涙が出るほど嬉しい。

 

 私達の会話が終わった事を確認した新堂は、「それでは、失礼」と断りを入れて、ドライバー席に乗り込んだ。


 いつもとは打って変わって、ゆっくりと車が動き出した。

 

 私は後部席から、多香子にいつまでも手を振った。


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