8-(2)
引き続き保健室にて。
枕元で響く男の声。
目を閉じたまま、しばしその声について考える。
神崎さん?…じゃない。彼の声はもっと低い…。
じゃあ、誰だろう。
「目が覚めたか」その声が私にそう言って来る。
目を開けて、その声の主を確認する。
「…新堂先生?何でいるの!」
思わず飛び起きた私を、津田先生が優しくベッドに戻す。
「私が呼んだのよ。何かあったら呼ぶように、新堂先生に頼まれていたから」
「はぁ~?一体、いつそんな事頼んだのよ!」
「誰が主治医でもそうすると思うが?」
新堂が、相変わらず嫌味に言い放つ。
「左腕に気をつけろ。点滴中だ」と畳みかける。
起き出そうとしたところを、透かさず指摘された。
透明の液体が、チューブを通して自分の体内に流れ込んでいる。
それを憎らしげに見つめる。
「気分は?」と言う新堂の確認の言葉までが、嫌味のように聞こえた。
「落ち着きました、お陰さまで!」と返事をしたものの、私の心は全然落ち着いてなんかいなかった。
「やはり、今日は休ませるべきだった」
「フンだ!」力いっぱい顔を背ける。
そんな私を見て、頭を左右に振りながらため息をつく新堂。
「朝霧さん、主治医の先生の言う事は、聞かなきゃダメよ」
津田先生までが彼の味方をする。
私の寝ている間に、すっかり新堂に丸め込まれたらしい。
「別に逆らってないし!大丈夫かって聞かれたから、大丈夫だって答えただけじゃない?」
「これのどこが大丈夫なんだ?」
「それは…」
「まあまあ!今日はもう、帰って休みなさい」
そんな私をなだめる津田先生。
「本当にご迷惑をお掛けしました」と改めて詫びを入れる新堂。
「いいえ!」
若い津田先生は、完璧なルックスを持つ新堂に釘付けのよう…。
そんな様子を見ていて、何だか味方が減った気がした。
少しして。
友人達がやって来た。
「失礼します」多香子の声に続き、「しま~す!」と元気な知子の声。
「二人とも!来てくれたのぉ…!」二人が天使のように見えた。
「大丈夫?ユイ、…あ」
二人が新堂の存在に気づいて言葉を失う。
それはちょうど、私の左腕から点滴針を外しているところだった。
「運転手の人、だよね?」と多香子が私に改めて確認する。
「あの…」
私が口ごもっていると。
「初めまして。彼女の主治医の新堂と申します」新堂が勝手に挨拶を始める。
「…主、治、医?」ポカンとする二人。
大きなため息が漏れた。
「何でわざわざ自己紹介するかな…!」
憎々しげに新堂を見上げた後、二人に説明する。
「違うの、この人はお母さんの主治医!ついでに診てもらってるだけ。運転手は嘘じゃないよ。…ね?」
念を押すように新堂を見ると、辛うじて彼が頭を動かした。
本当なら、医者が運転手などを兼務する訳がないけれど…。
「な~んだ、そういう事!そっか。お母さんの手術、上手く行ったって言ってたけど、この先生か~」
多香子があっさり納得してくれたので、心からほっとした。
「それはそれは!優秀なお医者様に診てもらえて、良かったじゃない、ユイ」
「医者とは相性が最悪だって、いつだかボヤいてたモンねぇ。いい先生に巡り逢えた訳だ!」と知子までが新堂を評価する。
今だってサイアクですけど!と新堂の方を睨みつけたけれど。
今度は彼の視線が私に突き刺さった。
いい先生だなんて…。頷くのもシャクに障る!
微妙な表情のまま、固まってしまった。
「さあ。では帰らせてもらおうか、ユイ」
「…はい」ここは従うしかない。
靴を履こうと下を向くと、またもや胸に圧迫感を感じて、発作が始まりそうになる。
それに気づいた新堂が、気を利かせて友人達に言う。
「悪いが、彼女の荷物を私の車まで運んでくれないか」
「もちろんです!」
そう口を揃えて答え、うまい具合に二人が出て行った。
その直後に、私はベッドから降りてうずくまる。
新堂が腰を屈めて私をゆっくり起こす。
「まだ治まらないか?少々気に掛かる…。検査が必要だな」
「お大事に…」津田先生が心配そうに声をかけてくれた。
「歩けるか?」
珍しく新堂が、そんな気遣いの言葉をかけて来る。
きっと、津田先生がいるからに違いない。外面ばかりいいんだから!
ムッとしながらも、彼に支えられないと歩けない自分がもどかしい…。
「あ、ありがとう」それでも一応、礼を述べておいた。
こうして時間をかけて、何とか車の所まで到着した。
「なるべく、胸部を圧迫しない姿勢でいなさい」
後部席に乗せられて、そう言われる。
「ねえ、病院、…行くの?」
「ああ。そろそろ一度、確認したいしな。これからすぐに向かう」
病院はキライだ…と、ブルーな気持ちでいっぱいになっていた時。
羽織ったコートの下から、短めのプリーツスカートを旗めかせた女子が、走って来るのが見えた。
鞄を持って来てくれたのは多香子だった。
車の外で待っていた新堂がそれを受け取り、軽く礼を述べているのが聞こえる。
「ごめんね、ありがと…」
窓を全開してそこから顔を出し、私も多香子に礼を言う。
「無理しちゃダメだよ?ノート、取っといてあげるから、授業は心配しないで」
「サンキュ」笑顔で答える。
多香子の優しさは、時に涙が出るほど嬉しい。
私達の会話が終わった事を確認した新堂は、「それでは、失礼」と断りを入れて、ドライバー席に乗り込んだ。
いつもとは打って変わって、ゆっくりと車が動き出した。
私は後部席から、多香子にいつまでも手を振った。




