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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第一章 大キライな人を守る理由
34/215

7-(5)


 翌朝。

 

 私が目を覚ました所は、病院ではなかった。


「いかがお目覚めですか?朝霧ユイさん」

 そう声をかけて来たのは…。


「し、新堂先生…?!」この男がこの場にいる事に、驚きを隠せない。


「気分はどうだ?ここは俺の会社の医務室だ」

 神崎さんが腰を落とし、私と同じ目線の高さになって顔を覗かせる。


 相反して、新堂は腕組みをして立ったまま、いつもの冷ややかな目で私を見下ろす。


 この態度の違いが、明らかに私への想いの深さを表していると思う!


「昨夜、食事中にお前が倒れて。居合わせたこの方に、診ていただいたんだ。何でも、お前の主治医だったんだって?すごい偶然だな!」


「あの場所にいた?ふう~ん。…やっぱり、自分はいい店行ってるんじゃない」


 あんな高級レストランにいたなんて?

 私とは、いつも定食屋だったのに!


 偶然居合わせたという事の信憑性よりも、こんな事に腹を立てる。


「こらユイ、先生にその口の利き方はないだろ?」

 神崎さんから、なぜか母のような指摘を受ける。


「主治医ったって、勝手にその人が…!」

「ユイ!…本当に済みません、先生」そしてなぜか、神崎さんは新堂に謝罪する。


「お構いなく」と素っ気ない新堂。


「だが…お前、やっぱりどこか悪いんだろ!少し前も、酷い顔色してたよな…」


 こんな神崎さんの質問を受けて、新堂が突然語り始める。

「ええ。彼女は母親のためとは言え、見境もなく…」


「あー!余計な事を言わないでよ!」


 慌てて遮る私を見て、可笑しそうに笑っている新堂。

 明らかにこの状況を楽しんでいる様子。


「神崎さん、ご迷惑を掛けて、本当にごめんなさい」新堂を無視してお詫びする。


「気にするな。また今度、穴埋めしてもらうよ。それより、なあユイ…」

 神崎さんが、何か言おうとした。


「何?」

 尋ねても、その先を言おうとしない。


「…まあ、また今度でいい。取りあえず、今日は帰って休め」


 結局、話してくれなかった。新堂には聞かれたくない話?


「ありがと。ごめんね、徹夜、したんでしょ…」

 話題を変えて、神崎さんに改めて詫びを入れる。


「俺よりもこちらの先生が、だな」神崎さんが新堂の方に視線を向けて言った。

 

 上目遣いで新堂を見上げたけれど、すぐに視線は反らされた。


「さあ、帰るぞ。それとも、これ以上、迷惑を掛けるつもりか?」

 そう言われて、慌てて起き出し、横の台に置かれたバッグを掴む。

 

 神崎さんに再び頭を下げて、新堂の後を追い駆けた。


 会社を出て。

 私達は並んで歩いた。


 沈黙を破ったのは新堂だった。


「なぜ出て行った。あんな置手紙なんか残して。何度も連絡を入れたんだが?」


 何も言えずにただ黙り込む私に続ける。

「〝お世話になりました、もう大丈夫です、家に帰ります〟って何だ?何度も言っているが、大丈夫かどうか決めるのは君じゃない」


 まだ無言のままの私に、さらに続ける。

「まあ…。別にどこへ行こうと、そんなのは君の自由だがね」


「だったらいいじゃない!」


 やっと反応を示した私に、新堂がため息をついて言った。

「それから。私は、無断で君の主治医をしている訳ではないからな」


 先ほど神崎さんに言ったセリフを思い返す。


「ミサコさんと、君の治療の約束をした。その責任は果たさなきゃならないんでね」


「鍵、返し損ねてて悪かったわね」

 新堂の話を無視して、マンションの鍵を差し出す。


「まだ、その必要はないだろう?」


 彼のこの言葉が、戻っていいという意味だと察する。


 私は深呼吸を一つしてから答える。

「もう逃げたりしない、むしろ離れない。新堂先生、あなたが嫌だと言っても」


 朝霧義男の次のターゲット。

 命を張ってでも、この人を守る事を決意した。


 それは、彼が母の恩人だからという理由だけじゃない。

 何よりも憎き父親の思い通りにさせたくなかった。


 そんな事を考えていると。


「それは、私が狙われているからか?」と新堂が言い出す。

「どうしてそれを!」


「中里から連絡が入った。君の家の大まかな事情は聞いたよ。まあ、私の事は心配するな」


「そうは行かない!あの男は本当に危険なのよ?先生じゃ太刀打ちできない!」

 必死に訴えた。


「大袈裟だな」

 この答え方からして、取り合ってくれそうもない。

 

 それでも「何かあったら私に連絡して。私が絶対に、あの男から先生を守るから」と、真剣に伝えた。


「守る、か。威勢だけはいいな」

 そう呟いた新堂は、自らのドクターズバッグから何かを取り出した。


「それ!どうしてあなたが!」それは、私の拳銃コルトだった。


「バッグから失敬した。こんな物、君が持つ必要はない。左手の震えは治まったのか?」

 皮肉な笑みを浮かべて言う。


「何よ!子供扱いしないで。それ、大事なものだから返してくれる?」 

 すぐさま言い返して、相棒コルトを取り戻そうと手を伸ばす。


「こういう類の物は私には必要ないが…。君に渡す訳には行かない」


 そう言って、私の手の届かない高い位置まで持ち上げる。


「なぜ?それはあなたが決める事じゃないわ」

 負けずに、散々言われたセリフを言い返す。


「これは私が持っていよう。君は私から離れないんだったよな。だったら問題ないだろ?」


 私はため息をつく。

「いいわ。その代わり絶対に失くさないでね」ここは折れるしかない。


「ところで。あの神崎商事の若社長とは、どういう関係だ?」

「気になる?」


「ああ」

 返って来たのは、珍しく素直な答え。


 実際、彼が本当にこんな事を気にしているのかは、定かではないけれど。


 わざと意味ありげに微笑んでから、言ってやった。


「私のお得意様!」


新堂は高級レストランで、誰と食事をしていたのでしょう…。

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