7-(5)
翌朝。
私が目を覚ました所は、病院ではなかった。
「いかがお目覚めですか?朝霧ユイさん」
そう声をかけて来たのは…。
「し、新堂先生…?!」この男がこの場にいる事に、驚きを隠せない。
「気分はどうだ?ここは俺の会社の医務室だ」
神崎さんが腰を落とし、私と同じ目線の高さになって顔を覗かせる。
相反して、新堂は腕組みをして立ったまま、いつもの冷ややかな目で私を見下ろす。
この態度の違いが、明らかに私への想いの深さを表していると思う!
「昨夜、食事中にお前が倒れて。居合わせたこの方に、診ていただいたんだ。何でも、お前の主治医だったんだって?すごい偶然だな!」
「あの場所にいた?ふう~ん。…やっぱり、自分はいい店行ってるんじゃない」
あんな高級レストランにいたなんて?
私とは、いつも定食屋だったのに!
偶然居合わせたという事の信憑性よりも、こんな事に腹を立てる。
「こらユイ、先生にその口の利き方はないだろ?」
神崎さんから、なぜか母のような指摘を受ける。
「主治医ったって、勝手にその人が…!」
「ユイ!…本当に済みません、先生」そしてなぜか、神崎さんは新堂に謝罪する。
「お構いなく」と素っ気ない新堂。
「だが…お前、やっぱりどこか悪いんだろ!少し前も、酷い顔色してたよな…」
こんな神崎さんの質問を受けて、新堂が突然語り始める。
「ええ。彼女は母親のためとは言え、見境もなく…」
「あー!余計な事を言わないでよ!」
慌てて遮る私を見て、可笑しそうに笑っている新堂。
明らかにこの状況を楽しんでいる様子。
「神崎さん、ご迷惑を掛けて、本当にごめんなさい」新堂を無視してお詫びする。
「気にするな。また今度、穴埋めしてもらうよ。それより、なあユイ…」
神崎さんが、何か言おうとした。
「何?」
尋ねても、その先を言おうとしない。
「…まあ、また今度でいい。取りあえず、今日は帰って休め」
結局、話してくれなかった。新堂には聞かれたくない話?
「ありがと。ごめんね、徹夜、したんでしょ…」
話題を変えて、神崎さんに改めて詫びを入れる。
「俺よりもこちらの先生が、だな」神崎さんが新堂の方に視線を向けて言った。
上目遣いで新堂を見上げたけれど、すぐに視線は反らされた。
「さあ、帰るぞ。それとも、これ以上、迷惑を掛けるつもりか?」
そう言われて、慌てて起き出し、横の台に置かれたバッグを掴む。
神崎さんに再び頭を下げて、新堂の後を追い駆けた。
会社を出て。
私達は並んで歩いた。
沈黙を破ったのは新堂だった。
「なぜ出て行った。あんな置手紙なんか残して。何度も連絡を入れたんだが?」
何も言えずにただ黙り込む私に続ける。
「〝お世話になりました、もう大丈夫です、家に帰ります〟って何だ?何度も言っているが、大丈夫かどうか決めるのは君じゃない」
まだ無言のままの私に、さらに続ける。
「まあ…。別にどこへ行こうと、そんなのは君の自由だがね」
「だったらいいじゃない!」
やっと反応を示した私に、新堂がため息をついて言った。
「それから。私は、無断で君の主治医をしている訳ではないからな」
先ほど神崎さんに言ったセリフを思い返す。
「ミサコさんと、君の治療の約束をした。その責任は果たさなきゃならないんでね」
「鍵、返し損ねてて悪かったわね」
新堂の話を無視して、マンションの鍵を差し出す。
「まだ、その必要はないだろう?」
彼のこの言葉が、戻っていいという意味だと察する。
私は深呼吸を一つしてから答える。
「もう逃げたりしない、むしろ離れない。新堂先生、あなたが嫌だと言っても」
朝霧義男の次のターゲット。
命を張ってでも、この人を守る事を決意した。
それは、彼が母の恩人だからという理由だけじゃない。
何よりも憎き父親の思い通りにさせたくなかった。
そんな事を考えていると。
「それは、私が狙われているからか?」と新堂が言い出す。
「どうしてそれを!」
「中里から連絡が入った。君の家の大まかな事情は聞いたよ。まあ、私の事は心配するな」
「そうは行かない!あの男は本当に危険なのよ?先生じゃ太刀打ちできない!」
必死に訴えた。
「大袈裟だな」
この答え方からして、取り合ってくれそうもない。
それでも「何かあったら私に連絡して。私が絶対に、あの男から先生を守るから」と、真剣に伝えた。
「守る、か。威勢だけはいいな」
そう呟いた新堂は、自らのドクターズバッグから何かを取り出した。
「それ!どうしてあなたが!」それは、私の拳銃コルトだった。
「バッグから失敬した。こんな物、君が持つ必要はない。左手の震えは治まったのか?」
皮肉な笑みを浮かべて言う。
「何よ!子供扱いしないで。それ、大事なものだから返してくれる?」
すぐさま言い返して、相棒コルトを取り戻そうと手を伸ばす。
「こういう類の物は私には必要ないが…。君に渡す訳には行かない」
そう言って、私の手の届かない高い位置まで持ち上げる。
「なぜ?それはあなたが決める事じゃないわ」
負けずに、散々言われたセリフを言い返す。
「これは私が持っていよう。君は私から離れないんだったよな。だったら問題ないだろ?」
私はため息をつく。
「いいわ。その代わり絶対に失くさないでね」ここは折れるしかない。
「ところで。あの神崎商事の若社長とは、どういう関係だ?」
「気になる?」
「ああ」
返って来たのは、珍しく素直な答え。
実際、彼が本当にこんな事を気にしているのかは、定かではないけれど。
わざと意味ありげに微笑んでから、言ってやった。
「私のお得意様!」
新堂は高級レストランで、誰と食事をしていたのでしょう…。




