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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第一章 大キライな人を守る理由
3/215

1-(2)


―――あの日。


 それは、いつものバイトからの帰り道。夜になって、酷い雨が降り出していた。


 朝の天気予報で、お天気キャスターが再三雨を訴えていた。

 こんな梅雨真っ只中にも関わらず、傘も持たずに家を出た私。

 

 案の定、コンビニの軒先で雨宿りをする羽目になる。

 

 悪天候に悪態をつきながら、空を見上げる。

 真っ暗な空から降りしきる雨は、一向に止む気配もなかった。

 

 ポケットから煙草を取り出して、残りの貴重な一本を手にする。

「そうなの、私は不良学生。悪しからず!」

 

 一人でそんな突込みを入れながら、ライターの火を咥えた煙草の先端に持って行く。

 火が点いて、煙を吸い込もうとした瞬間。


 軒先から大きめな雨粒が一つ、タイミングを狙ったかのように、その先端を掠めて火を消した。


「あ…」

 口を開いたその拍子に、煙草は下の水溜りに吸い込まれて行った。

「ツイてない…!」


 お財布を取り出して中を覗いたけれど、文字通りカラ。ポケットから、辛うじて百円玉二枚を探り当てた。

「あと二十円、足りないじゃない…」


 そんな事を呟いて煙草を買うのを諦めた時、煙草を落とした水溜りがふいに揺れる。


「良かったら、乗って行くか?」

 突然の声に驚いて顔を上げる。声をかけて来たのは知らない男。


 コンビニに、リムジン!?


 しかも、駐車スペースを示す白線を無視した、迷惑な横付け駐車。

 それは何とも、似つかわしくない光景で…。


 その上、こんな不機嫌な私を誘うなんて。

 

 後部席のパワーウィンドウを全開し、濡れるのも気に留めずに、軽く身を乗り出している。

 ずぶ濡れのカーディガンにジーパンという出で立ちの私を、男の視線が上から下まで移動する。


 私の手にはまだ、空になった煙草の箱とライターが握られていた。


「どうする?」と急かされて、思わず、開かれたドアから中へ滑り込んだ。

「すぐに出して。こんな停め方、他のお客さんに迷惑でしょ」

 私の言葉に運転手が頭を下げた。


 すると、「大垣を責めるな。そうしろと言ったのは俺だ。彼は悪くない」と予想外の言葉が返って来た。


「部下を庇うなんて。優しいのね、見た目と違って」生意気にも嫌味を言ってみる。

「へえ…!俺がどう見えるって?」

 

 この言葉には答えずに、車内を見回す。想像以上に広々としていた。

 

 一通り眺めて、再び目の前の男に視線を戻す。

 

 運転手付きのこんな車に乗る割には、この人はまだ若そう。でもその目は、堂々として自信に満ち溢れていた。


「こんな雨の夜に、客なんて来やしないさ」男が先に口を開いた。

「コンビニに、雨も夜も関係ないでしょ!知らないの?」


 こんな車に乗っている人物だから、本当にコンビニとは無縁なのかもしれない。

 これに対する答えは返って来なかった。


「タバコ、持ってない?」開き直って問いかけてみる。

 今日はどうしても吸いたかった。そうしたい気分だった。


 お金が全ての、この世の中に嫌気が差していたから。


 男は無言で、開けたばかりの箱を差し出して来た。私はそこから一本抜き取ると、握り締めていたライターで火を点けた。


「まずは合格か…」

 男がこんな事を呟いたのが耳に入ったけれど、一先ず聞き流す。

 

 とにかく今日は疲れ過ぎていて、この時は、逆に興奮状態だった。だからこそ、見ず知らずのこんな得体の知れない男の誘いに乗ってしまったのだ…。


「それで、どこに行く気?」

 こんな事をしてしまった自分にハラハラしつつ、煙草を吹かして冷静さを装う。


「行き先など、聞かなくても分かるだろう?」

 足を組み替えながら、薄明かりの中、私の顔をじっと見つめて来る。


 私は再び大きく煙を吸い込むと、据付の灰皿の中で火を揉み消した。

 

 男の視線を感じながらも、それを無視して車窓から見える景色だけを、ただひたすら見つめ続けた。


 しばらく走って、車はとある高級ホテルのエントランスへ入った。


 運転手が恭しく後部席のドアを開ける。

 そのダークスーツにスキンヘッドの大男に、思わず萎縮する。


 手前にいた私は降りるよう促されて慌てて外へ出る。そして後から降り立った男を振り返った。


 高級スーツを着こなすその人は、思ったよりもずっと背が高かった。その上、赤尾先輩に負けないくらいのルックスの持ち主で!

 それは思わず、見惚れてしまうほどの…。


 そんな彼にエスコートされるままに進む。


 向かった先は、最上階のスイートルーム。室内は見た事もないくらい豪勢だった。


「そんな格好では風邪を引く。すぐにシャワーを浴びて温まるといい」

 上着を脱ぎながらそう言って来る。


 細身なように見えたけれど、案外筋肉質な体つきをしているよう。それはシャツの上からでも分かった。


 取りあえず持っていたバッグを一人掛けのソファに置く。


 ここでこれから起こる事を想像して、鼓動は高鳴る。

 けれど、こんな状況にあっても私には自信があった。


 私は決して〝ヤワ〟じゃない。と言っても、男性経験はまだない。そういう意味じゃなく、簡単に言えば、ケンカには自信があるって事?


 家にはいろいろと事情があって、幼い頃から鍛えられていたお陰だ。


「どうした?」立ち尽くしている私に男が近づいて来る。

「…別に!シャワー、借りる」

 知らずに目の前の男を凝視してしまっていた事に気づき、慌てて答える。

 

 男は近づく足を止めて、軽く手を上げた。


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