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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第一章 大キライな人を守る理由
20/215

4-(4)


「おい、朝霧ユイ。起きろ」


 誰かが私の名前を呼んでいる。

 これは夢…?


「おい!」再び呼ばれて、左腕を掴まれた。


 私は無意識の自己防御反応で、腕を掴んで来た相手の手首を、反対の手で取って捻り上げていた。


「どういうつもりだ?」

 掴まれた自分の手を、私の腕と共に持ち上げてそう言ったのは、新堂だった。

 

 一気に現実に戻される。


「ああ、悪かったわ。不審者かと思ったの」私は新堂の手を離して言った。

 すると今度は、私が両腕を掴まれる。


「痛いじゃない!」


 その両腕には、点滴針を無理に引き抜いた跡が残っている。


「勝手な事をされては困ると言ったはずだ。君は一応、私の患者なんでね。さあ、ベッドへ戻るんだ」

 そのまま引っ張られて、立ち上がるよう促される。


 どうしても気になって、勝手に母の病室にやって来た。

 知らずのうちに眠っていたみたいだけど…。


「お願い、お母さんの目が覚めるまでいさせて!話をしたいの…」


 何度か懇願して、ようやく承諾を得る事に成功した。

「仕方ない。少しだけだぞ」


 彼を見上げて、笑顔で小刻みに頷いた。


 それから少しして、ようやく母が目を開けた。


「お母さん!良かった…」目覚めた母に会えて、心から安堵した。


「ユイ、あなたの体調はどうなの?先生から聞いたわよ」

 この母の第一声に驚き、「え?…な、何を言ったの!」慌てて後ろにいる新堂を振り返る。


「体調を崩したので、様子見のために入院させていると伝えただけさ」

 そう早口に私に答えた後。


 今度は声の調子を変えて、ゆっくりと口にする。

「ミサコさん、気分はどうですか?術後の経過は良好ですよ」


 母に対する新堂の態度は、あまりにも自分へのものとかけ離れていた。


「本当に、ありがとうございました。それに、娘までお世話になってしまって」

「お母さん、私は何でもないってば!」


「これユイ、あなたも先生にお礼を言いなさい」

 引き下がらない母に、成す術なし。


「お構いなく」

 新堂の返答は、素っ気ない言葉ながら、どこかほのかな温かみを帯びている。


「私はこんな病気になっても、こうして助けていただく事ができたけれど…。もしこの子が同じように…」

 私の頭を撫でながら、感極まっている様子の母。


 母の血液型は特殊なものではない。けれど、私は…。

「私は病気じゃないから!そんなに心配しないでよ」そう言って安心させる。


 すると新堂が補足するように言った。

「ご安心ください。現時点で、娘さんの体には特に異常はありませんでした」


 私の方をチラリと見て、嫌な笑みを浮かべる新堂。


 今回の闇新薬治験で起こった副作用の件を、暴露されなかっただけマシか…。


「この子は、あまり体が丈夫な方じゃないので…。それが心配なのです」

 新堂に向かって、すがるように母が言う。


 そんな母がちょっぴり疎ましくて、「人間、鍛えれば強くなるものよ!お母さん!」と胸を張って宣言した。


 私は十分、鍛えられた。そして、人並み以上に強くなったつもりだ。


「それに、マイナスの血の人くらい、探せばいるって!」こう付け足す。

「…そうよね。あなたのおばあちゃんも、そうだった訳だし…」


 私達が納得し合う中。

 新堂だけは、右手を口元に当てて何やら思案していた。


「新堂先生。この子の事、よろしくお願いしますわね…」この場を締めるように、母がこんな事を言う。


「ちょっと、お母さん?何、その変なお願いは!」


 私の言葉など、なかったかのように新堂が答える。

「はい。今後のユイさんの事は、私が責任を持って」


「これで安心ですわ…。ありがとうございます、新堂先生」


 こんな調子で、二人は見つめ合って微笑んでいるのだ。 

 一体全体、どうなっているの!


「ねえってば、お母さん、どういう事?今後の私の事って何?新堂先生、一体何を言ったの!」


 つい興奮して、体に負担を掛けてしまったらしく、急に呼吸が苦しくなった。

 咳が出始める。

 

 そんな私の状況に気付いた新堂が、私の手を掴み廊下へ連れ出す。


「朝霧ユイ。今後の事と言うのは、君の体調が戻るまでの君の生活の事だ。もちろん詳細は彼女には話していないが」

「何で勝手にそんな事…!」


「この件はすでに母親の了解は得ている。君にとっても、悪い話ではないと思うが?何か反論は」

 苦しむ私に、新堂は構わずまくし立てて来た。


「もう!…勝手にして」

 倒れそうになる私の腕を、強引に掴んで姿勢を保たせるこの男に、微塵の優しさも感じられない。


「交渉成立だな」ただ一人、満足気な新堂。


 納得行かないながらも、再び母の病室に戻る。


「いい事、ユイ。先生の言う事はちゃんと従うのよ?それと、失礼のないようにね」

「う、うん。私、すぐに良くなるから!そしたらまた、一緒に暮らそうね、お母さん!」


「…ええ、そうね」

 そう答えた母だが、その言葉はどこか、歯切れが悪く聞こえた。


「では、ミサコさん。お大事に」新堂は笑顔で母にそう言った。

 続けて、「さあ、行くぞ」と私にはニコリともせずに言い放つ。


 腕を掴まれ、そのまま引きずられて、泣く泣く母の病室を後にする。


 元いた自分の病室に戻ると、新堂がてきぱきと私に点滴などを装着し直し始めた。


「あの、新堂先生」


 改まって問い掛けた私に、チラリと目を向けた新堂だが、すぐにその視線は外された。

 もちろん返事すらして来ない。


 それでも構わず、「お母さんの事、助けてくれて、本当にありがとうございました」と、言えていなかった手術のお礼をようやく伝える。


「これ以上、面倒を起こすなよ」

 彼はそれだけ言って出て行った。


「もう!こっちがお礼を言ってるのに。答えてくれたっていいじゃない?」


 不愉快さだけを残して去って行った新堂に、一人悪態をつく私なのだった。


この新堂という男、本当に何を考えているのか分かりません!

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