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「おい、朝霧ユイ。起きろ」
誰かが私の名前を呼んでいる。
これは夢…?
「おい!」再び呼ばれて、左腕を掴まれた。
私は無意識の自己防御反応で、腕を掴んで来た相手の手首を、反対の手で取って捻り上げていた。
「どういうつもりだ?」
掴まれた自分の手を、私の腕と共に持ち上げてそう言ったのは、新堂だった。
一気に現実に戻される。
「ああ、悪かったわ。不審者かと思ったの」私は新堂の手を離して言った。
すると今度は、私が両腕を掴まれる。
「痛いじゃない!」
その両腕には、点滴針を無理に引き抜いた跡が残っている。
「勝手な事をされては困ると言ったはずだ。君は一応、私の患者なんでね。さあ、ベッドへ戻るんだ」
そのまま引っ張られて、立ち上がるよう促される。
どうしても気になって、勝手に母の病室にやって来た。
知らずのうちに眠っていたみたいだけど…。
「お願い、お母さんの目が覚めるまでいさせて!話をしたいの…」
何度か懇願して、ようやく承諾を得る事に成功した。
「仕方ない。少しだけだぞ」
彼を見上げて、笑顔で小刻みに頷いた。
それから少しして、ようやく母が目を開けた。
「お母さん!良かった…」目覚めた母に会えて、心から安堵した。
「ユイ、あなたの体調はどうなの?先生から聞いたわよ」
この母の第一声に驚き、「え?…な、何を言ったの!」慌てて後ろにいる新堂を振り返る。
「体調を崩したので、様子見のために入院させていると伝えただけさ」
そう早口に私に答えた後。
今度は声の調子を変えて、ゆっくりと口にする。
「ミサコさん、気分はどうですか?術後の経過は良好ですよ」
母に対する新堂の態度は、あまりにも自分へのものとかけ離れていた。
「本当に、ありがとうございました。それに、娘までお世話になってしまって」
「お母さん、私は何でもないってば!」
「これユイ、あなたも先生にお礼を言いなさい」
引き下がらない母に、成す術なし。
「お構いなく」
新堂の返答は、素っ気ない言葉ながら、どこかほのかな温かみを帯びている。
「私はこんな病気になっても、こうして助けていただく事ができたけれど…。もしこの子が同じように…」
私の頭を撫でながら、感極まっている様子の母。
母の血液型は特殊なものではない。けれど、私は…。
「私は病気じゃないから!そんなに心配しないでよ」そう言って安心させる。
すると新堂が補足するように言った。
「ご安心ください。現時点で、娘さんの体には特に異常はありませんでした」
私の方をチラリと見て、嫌な笑みを浮かべる新堂。
今回の闇新薬治験で起こった副作用の件を、暴露されなかっただけマシか…。
「この子は、あまり体が丈夫な方じゃないので…。それが心配なのです」
新堂に向かって、すがるように母が言う。
そんな母がちょっぴり疎ましくて、「人間、鍛えれば強くなるものよ!お母さん!」と胸を張って宣言した。
私は十分、鍛えられた。そして、人並み以上に強くなったつもりだ。
「それに、マイナスの血の人くらい、探せばいるって!」こう付け足す。
「…そうよね。あなたのおばあちゃんも、そうだった訳だし…」
私達が納得し合う中。
新堂だけは、右手を口元に当てて何やら思案していた。
「新堂先生。この子の事、よろしくお願いしますわね…」この場を締めるように、母がこんな事を言う。
「ちょっと、お母さん?何、その変なお願いは!」
私の言葉など、なかったかのように新堂が答える。
「はい。今後のユイさんの事は、私が責任を持って」
「これで安心ですわ…。ありがとうございます、新堂先生」
こんな調子で、二人は見つめ合って微笑んでいるのだ。
一体全体、どうなっているの!
「ねえってば、お母さん、どういう事?今後の私の事って何?新堂先生、一体何を言ったの!」
つい興奮して、体に負担を掛けてしまったらしく、急に呼吸が苦しくなった。
咳が出始める。
そんな私の状況に気付いた新堂が、私の手を掴み廊下へ連れ出す。
「朝霧ユイ。今後の事と言うのは、君の体調が戻るまでの君の生活の事だ。もちろん詳細は彼女には話していないが」
「何で勝手にそんな事…!」
「この件はすでに母親の了解は得ている。君にとっても、悪い話ではないと思うが?何か反論は」
苦しむ私に、新堂は構わずまくし立てて来た。
「もう!…勝手にして」
倒れそうになる私の腕を、強引に掴んで姿勢を保たせるこの男に、微塵の優しさも感じられない。
「交渉成立だな」ただ一人、満足気な新堂。
納得行かないながらも、再び母の病室に戻る。
「いい事、ユイ。先生の言う事はちゃんと従うのよ?それと、失礼のないようにね」
「う、うん。私、すぐに良くなるから!そしたらまた、一緒に暮らそうね、お母さん!」
「…ええ、そうね」
そう答えた母だが、その言葉はどこか、歯切れが悪く聞こえた。
「では、ミサコさん。お大事に」新堂は笑顔で母にそう言った。
続けて、「さあ、行くぞ」と私にはニコリともせずに言い放つ。
腕を掴まれ、そのまま引きずられて、泣く泣く母の病室を後にする。
元いた自分の病室に戻ると、新堂がてきぱきと私に点滴などを装着し直し始めた。
「あの、新堂先生」
改まって問い掛けた私に、チラリと目を向けた新堂だが、すぐにその視線は外された。
もちろん返事すらして来ない。
それでも構わず、「お母さんの事、助けてくれて、本当にありがとうございました」と、言えていなかった手術のお礼をようやく伝える。
「これ以上、面倒を起こすなよ」
彼はそれだけ言って出て行った。
「もう!こっちがお礼を言ってるのに。答えてくれたっていいじゃない?」
不愉快さだけを残して去って行った新堂に、一人悪態をつく私なのだった。
この新堂という男、本当に何を考えているのか分かりません!




