1 カボチャの馬車、現る!(1)
朝霧ユイ。高校二年生の春。
「ユイ、大丈夫?何だか疲れてるみたい」
午前の授業も終わり、お弁当を囲んで歓談が始まると、友人の多香子が私の顔を覗き込んで言う。
「バイト、入れ過ぎなんじゃない?」さらに知子も続ける。
私が現在通っている高校は、進学校という事もあってアルバイト禁止。
でも、訳あって校則違反中。
仲の良い彼女達には、その事を打ち明けてある。
学校生活のたいていの時間を、この二人を含めてもう一人、チエと四人で過ごす。
多香子も知子もとても背が高い。
小さい事がコンプレックスな私は、二人が椅子に座っている時、机に座る。
躾に厳しい、母の罵声が聞こえて来そうだけど…。
せめてそんな時くらい、二人を見下ろしたいという小さな欲求を満たしている。
「平気、平気!ちょっと寝不足なだけだって!って事で。これ食べたらフケるわ」
こんな調子でしょっちゅう、遅刻・早退を繰り返していた。
現在、両親が別居中で、私は母とアパート暮らし。
病気がちな母は、内職をしているだけだから…。
家計の助けになるために、近所のレストランでほぼ毎日アルバイト。
「え~!また?この不良娘!赤尾先輩に言いつけちゃうんだから」
赤尾先輩は、現在お付き合いしている人。
スタイル抜群で、八頭身のモデル体型!
彼とは部活動で知り合った。
私達は器械体操部に入っているんだけど、二人ともすでに、幽霊部員というものに成り下がっている…。
お付き合いといっても、一緒に通学したり休日に映画を観たりの、まだまだ恋人未満の関係。
「ダメ!先輩には…。受験に専念してほしいから」
三年生の彼は今、受験勉強で大変な時。
絶対に迷惑は掛けたくないと、多香子に向かって大きく頭を左右に振る。
「先輩って、医学部志望だっけ」今度は知子が聞いて来る。
「そう。歯学部から切り替えたの」ちょっと自慢げに言い返す。
「先輩のお家って、確か歯医者さんだったよね」と多香子。
多香子はいつも、先輩との話を親身になって聞いてくれる良き相談相手だから、こんな事にも詳しいのだ。
「お兄さんが後継ぐんだって。だから先輩は、医学部に行ける事になったの」
迷っていた先輩の背中を押したのは私なのだ!と、思いたい…。
「じゃ、そういう事で!たまにはお店に食べに来てよね、二人とも!」
友人達に笑顔を向けると、カバンを引ったくって席を立った。
・・・
母、朝霧ミサコの病は心臓病。
心労のため(原因は間違いなく父との不仲!)もあってか、私の成長と共にその持病は悪化していて。
母が家を出たのは、そんな入退院を繰り返すようになった、私が高校二年に進学してすぐの頃。
こんな母を平気で追い出す父、義男がどんなに憎かったか…。
―――「そんなに気に食わないなら、お前も出て行け。もともと義務教育までしか、面倒を見る気はなかったんだ」
娘に向かってこんな事を言うなんて、父親とは思えない。
「何てヤツ!こっちから縁を切ってやるわ」
そんな父に似て短気な性格の私は、つい、売り言葉に買い言葉で言い返した―――
二人で暮らし始めてからも、母の病状は悪化し続けた。
そして鬱陶しい梅雨に入った途端、ついに入院し、今に至る。
学費や生活費に加え、母の入院、治療代を一人で稼がなければならない。
とても私のアルバイト代だけでは、やって行けなくなり…。
困り果てていたそんな時。
一人の若社長と知り合った。
それはまさに、白馬に乗った王子様と言えるくらい素敵な人なのだ!
神崎龍司、二十八歳。
彼は偶然にも、バイト先のレストランの常連客だったらしい。
その人と初めて会ったのはお店ではなく、その時は名前も聞かなかったけれど。
会って数日後に、店内でちょっとした揉め事が起きて。
驚いた事に、その中心にいたのが何と!彼だったと言う訳。
思わず男を指して、隣りにいた店長に尋ねた。
「あの!あの人は?!」
「ああ、神崎社長ね。カンザキ、リュウジ!男前だろ?ウチの店じゃ有名人だよ。朝霧さん、知らなかった?」
それはまさに、運命を感じてしまうような再会だった。