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大嫌いは恋の始まり  作者: 氷室ユリ
第一章 大キライな人を守る理由
13/215

3-(3)


 どのくらい経っただろう。

 泣き疲れて、今は涙も出ない。


 大きなため息を一つついた時、薄暗がりから靴音が響いた。


 誰かこっちにやって来る。私はその方角をぼんやり見つめた。


 そう、それはさっきのあの男だった。

「あ…!あの、シンドウ、先生?」


 男は、立ち上がった私に気がついたらしく、一瞬こちらに目を向けるも、すぐに反らされた。


「待って…、待ってください!」

 去って行こうとするシルエットに向かって叫ぶ。


 足音が止まり、男が振り返る。

 右手をポケットに突っ込み、左手で黒い鞄を持っている。


「あの、外科医の新堂先生ですよね?」


「そうだが。君は確か…」制服姿の私を上から下まで眺めて呟く。


 彼の言葉の続きを待たずに続ける。

「私、朝霧と言います!先生に、私の母の手術をお願いしたいんです!」


 少し間を置いてから、新堂が口を開いた。

「やってもいいが、いくら払える?」


「今は五十万あります。足りなければ、もう少し何とか…」

 視線を強く感じて口を閉ざす。


「ははっ!本気で言ってるのか?話にならないな」

「あの…」


「まあ、君の年齢にしてみれば、五十万は妥当か。残念だが、交渉決裂だな」

「ちょっと待って!まだ終わってません。いくらなら引き受けてくれますか?」


「私は忙しいんだ。まだこの後に、二本依頼が入っている。すぐに向かわねばならないんでね」

「五分!五分だけ時間をください!料金、いくらなのか教えて。用意しますから…」


 ここで逃したら、チャンスはもう来ない気がした。

 

 少しして、新堂がため息をついて「本当に五分だけだぞ」と言った。

「用意する、か。これは凄い!もしかして君は、どこかの財閥のご令嬢か?」

 私を見て、あざ笑うように続ける。

 

 嫌味な男だと心底思った。


 薄暗い中、怪しげな交渉が続く。


「なあ、こうは思わないか」

「え?」ふいに投げられた言葉に驚く。


「こんな腐った世の中だ。生き続ける方が不幸な場合もある。君がそこまでする必要があるのか、と思ってね」


「どういう意味よ。死んだ方がいいって言うの?死ぬよりもずっとずっと、幸せに決まってるじゃない!」

 何も言わない新堂。


 私は構わず続けた。「医者のクセに、人の命を何だと思ってるのよ。悪いけど、私達は親子二人で幸せに暮らしてるんだから…!」


 この医者は一体、何を考えているの?腐っているのは世の中じゃなく、アンタだ!と言いたいところだ。


「幸せ、か…。そんなものはただの幻想だ。君も、もっと大人になれば分かる」

 新堂がようやく口を開いた。


「幻想?あなたは幸せを感じた事がないみたいね。可哀想な人!だったら、幸せがどういうものか、私達が教えてあげる。だから、お母さんを助けて…!」


 涙をこらえながら、必死で目の前の冷徹な男に訴えた。


「悪いが、私の契約対象は君のような…」私を一通り眺め言いよどむ。

「何よ!」


「失礼。私はね、腐り切った連中に、生きる苦しみを分からせるために仕事をしているのさ」と何の感情も示さず、新堂は続けた。


 生きる事は、この人にとって苦しむだけの時間だとでもいうの?


「あなたが何のために仕事をするかなんて、私には関係ない。お金さえ払えば、文句ないんでしょ?いくら必要なのか、いい加減教えて」


「家が一件建つくらい、だな。言っておくが、値引き交渉には応じない。もっとも母親の命が懸かっているんだ、サービスしろなんて言わないよな!」


「…五千万くらい?」嫌味を無視して答えた。


 家の値段なんて良く知らないけれど、不動産屋の広告に、確かこんな数字が出ていたような気がする。正直、当てずっぽうだ。


「上等だ」新堂が満足気に頷いた。


 どうやら当たったらしい。こんな額を請求されて安心するなんて!

 高校生の私にはまだ、金銭感覚というものが備わっていなかった。


 さらに何を思ったのか、私の中に、急に笑いが込み上げて来た。


 この時の自分は、不敵な笑みすら浮かべていたと思う。それはあの憎き父のような表情で…。


「二週間ください。五千万、用意しようじゃない」


「さっきの院長の様子から察するに、もうそんなに時間は残されていないだろう。もたもたしてると手遅れになるぞ?」新堂は鼻で笑う。


「諦めるんだな」

 そう口にする姿は、心なしか楽しそうにさえ見える。


「いいえ、諦めません!では一週間。一週間だけ待って下さい!」

「君一人で、何ができる」見下した態度で言って来る。


「学生だからって、バカにしない方がいいわ。何だって、やればできるって事を認めてもらうまで、私は諦めないから!母の手術、引き受けてくれますよね?」


 きちんとした答えがほしかった。


「ああ!こちらは、報酬さえいただければ喜んで。楽しみにしているよ、泣き言を言いに来るのをね」

 さらに嫌味を言い放ってから、私に背を向けた。


 去って行く後ろ姿に向かって、「その腐り切った性格、私が叩き直してやるんだから!」と拳を握って叫ぶ。


 何しろ負けず嫌いの私。

 売られたケンカは買うのが基本、そう幼い頃から叩き込まれて来た。


「やってやろうじゃない。こうなったら、何が何でもお母さんを助ける…!」



こんな設定どこかにあった?…気のせいです。この先、盛り上がって行きます!どうぞ引き続き、お付き合いくださいませ。(*^-^*)

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