第5章 旅の終焉とそれから
温泉街に着いた。
着いた所で僕は現実世界に戻る事になる。
「トオル様、又後で会いましょう」
「うん。無茶はするなよ」
「はい。温泉に入っています」
「分かった、それじゃ」
僕はリアル・ワールドに戻った。
8時間後。
「ただ今!」
「お帰りなさいトオル様」
浴衣姿のルルが出迎えた。凄く可愛い。
僕はつい見とれてしまった。
「どうしましたか?」
「あっ、いえ何でも無いです」
「そうですか良かったです」
ルルは微笑む。
「それより、トオル様」
「何?」
「ご飯にしましょう」
「ああ、うん」
又、ルルが作った物かな?
そう、考えると少し気が重くなる。
「トオル様。お寿司って知っていますか?」
「ああ、うん」
僕の好物である。
この世界ではあまり生魚は食べ無いので、寿司は珍しいようだ。
「ルル。それが食べたいです」
ルルが僕に訴える。
「そうか」
何だ。良かった。
「ダメですか?」
「うん。いいんじゃないか?」
「じゃあ、行きましょう」
僕はルルに連れられ、寿司屋に行く事になった。
「トオル様。ここがいいです!」
ルルと僕は寿司屋の前に立っていた。
「と、言うか、本当にここがいいの?」
僕は聞く。
「はい。美味しそうですから」
「時価は無理。僕、そんなに持ち合わせ無いから」
我ながら小さい男だと思う。
ここはドーンと誘うのが、1番格好いいのだろうが、笑いたいなら笑え!
「ほら、回るお寿司屋さんとかにしない」
回転寿司にしょうと僕は誘う。
「回る? それも確かに見てみたいです」
「んじゃあ、そっちに……」
僕とルルは回転寿司に場所を移動しようとした。
「お2人さん。デートとは熱いね。でも、男は女のワガママ聞いてこそだよ。ちゃんと予算は確保しとかんと」
背後から、聞き覚えのある声で僕をからかう。
「五月蝿い。僕だって、その位は……」
僕は振り向く。
そこにはゆっくりと降り立つ黒い翼を背中に広げた、ルイの姿があった。
「ルイ」
「よっ」
ルイは挨拶もそこそこに、黒い翼を消した。
創造の力は何でもありだな。空を飛ぶのも許されているみたいだ。
しかし、黒い翼はまるで悪魔だ。
「やっぱり、悪魔です」
ルルも同じ事を思い呟いていた。
ルイは苦笑いを浮かべた。
「それより、もう大丈夫なのか?」
「ああ、ゆっくり温泉に浸かって、飯食ったらすっかり良くなったよ」
ルイもちゃっかり、浴衣姿である。
浴衣も黒で、何処までも拘る人だ。
「ゴキブリ以上にしぶとく無いか?」
「そうですね。トオル様」
僕もルルも呆れる。
「それで、2人には心配かけちまったからお詫びしたいんだが、この店で食べたいなら、食べさせてやるよ」
ルイは僕とルルの背中を押し、前進させる。
「ルルはトオル様と回るお寿司がいいです」
「それは、2人で行けばいいだろう? 何でもいいから、約束しときゃ、トオルはバカな事しなくなるんだ。約束を破るのは勇者、いや、男がしちゃいけない事の1つだ。ルルだって悪い事は無いはずだ。今、ここで美味い寿司食って、後でトオルと二人で食べに行けばいいんだ。楽しみが増えるだろう?」
「あっ、そっか」
ルルは納得し頷く。
ルイは完璧にルルを上手く扱う事に成功している。恐るべき創造の能力者。
まあ、そうやって女を泣かしてきているのかもな……罪だ。
しかも、気付いているのか、いないのか。
「さあ、トオル様行きましょう」
「うっ、うん」
ルルを味方にしたら、僕に反論の権限がなくなる。
そもそも、反対する理由が無いのだから、ルイの思惑通りに事が進むのであった。
「へい、らっしゃい」
扉を開けると、板前の気前のいい声が聞こえ、僕達はゾロゾロとカウンターに座る。
「何にいたします?」
気前よく聞く。
「そうだな~2人は何がいい」
「僕、値札の付いていないメニュー見るの初めて」
僕は緊張している。
凄い。
あくまでも夢の中だが、こんな店に入る日が来るなんて思わなかった。
「ルル初めてだし、何が美味しいんですか?」
ルルは何か分からないのだ。
「どれも、美味しいよ。そうだな。今日のオススメを頼むよ」
「はいよ」
ルイが適当に注文した。
しばらくするとキレイに並べられた寿司が出てきた。
「いただきまーす」
ルイが左手に箸を握り食べ始めた。
ルイは甘エビを口に入れる。
「うん。美味い」
「トオル様、美味しいです」
ルルも既にアナゴを食べていた。
「んじゃあ、僕も」
僕もマグロを食べた。
「美味い!」
どんどん手が進んだ。
「そうか、良かったな。他も好きに頼んでいいよ」
ルイが爽やかに笑う。
ガラガラガラ。
扉が開く。
「へい、らっしゃい」
板前が叫ぶ。
僕の隣に座る。
「やあ、トオル君」
「あお君」
僕の隣にいるのは青山とおるであった。
「魔王。トオル様!」
ルルが立ち上がり、指を指す。
「まあまあ、僕はご飯を食べに来ただけだから、僕、海鮮ちらし寿司下さい」
「はいよ」
「信用出来ま……」
「ルル。今、すんごい美味い料理が出るよ」
ルイがルルの言葉を遮る。
「えっ?」
ルイは何時の間にか茶碗蒸しを頼んでいた。
それが、ルルの目の前を通り、ルイの手元に置かれる。
「これ、知ってる?」
「知りません」
「こいつはなかなかの美味だぜ。作るのも大変な一品だ。食べる価値あると思うぜ」
湯気が立ち込める。ルイが匙で掬う。
ルルは唾をゴクリと飲む。
「ルルも食べたいです」
「そうか、もう1つくれ」
「はいよ」
すぐに茶碗蒸しが来た。
ルルはそれを食べ始め、大人しくなった。
ルイは僕に合図すると、僕とあお君はその間に席を移動した。
「完全に餌付けている」
ルルがこんなに食いしん坊だとは思わなかった。
「美味しいか?」
「はい。とても」
「良かった。ほら、どんどん好きなの食べていいから、後でレシピ入手するから、トオルの為に作ってやると喜ぶぞ。きっと」
「はい!」
ルイは異性として見てると言うよりか、小動物として、ルルを見ているようだ。
と、言うか、変な事擦り込ませなくていいから!
ああ、又、首横に振れないのかな。
「面白い人達ですね」
あお君が笑っている。
「それより、あお君。何故?」
「何故は随分な言い方だね。僕達、友達でしょう?」
あお君は運ばれてきた、ちらし寿司を食べた。
「そうだけど、こんな事するなんて思わなかった」
「そんな事……ああ、パラダイス・ヒューマンの虐殺ね。別に現実で人がどうこうなっているんじゃないんだ。問題は無いのに、何故、怒るの? 僕はそっちの方が不思議だな」
あお君に、善悪の区別がついていなかった。
「あお君」
僕は怒りの爆発をこらえる。
「それよりも、仲間にならない?」
「仲間?」
僕は驚き、あお君を見る。その目は真剣であった。
「うん。それで世界を手に入れよう。何だったら、君の仲間も一緒に」
「それは出来ない」
僕は友達の頼みを考える事無く断った。
だって、僕にはあお君のやっている事に賛成出来ないからだ。
「何でだよ。トオル君」
「僕、あお君の考えに納得してないから、僕はここの人達がただの人だとは思わない。それを簡単に犠牲にするなんて出来ないから」
「そうか、やっぱり」
「何で、そんな事するんだ」
「それは、トオル君も分かっているでしょう? あんな世界、自由の無い世界。だが、ここは自由がある。僕は自由を手に入れた。その自由を有効に使いたいんだよ」
「その為に誰かを犠牲にするのは可笑しいよ。あお君目を覚ましてよ。そんな事する人じゃ……」
「トオル君は何か誤解しているよ。この世界は欲望が解放される場所だ。何を我慢しているの? 僕はこの世界の理に従っただけだよ。何でトオル君はその理に従わないの?」
「僕は今でも十分楽しいよ。僕はこの世界に来て良かったと思っている。何で、そうやって普通に楽しまないの?」
「楽しむ理由が分からないよ。僕達は選ばれここにいるんだよ。世界は僕達を選んだ。だから、それを有効に使うのはは必然だ。僕はそれで、世界が欲しくなった。その為に、不必要な住人は排除する。そうしないと世界何か手に入らない。それに僕はやり遂げたいんだ。大きい事を、世界を手中に入れたいんだ」
「あお君……」
僕はあお君がこんなに話す人とは思わなかった。
少し圧倒される。
でも、考えてみたら、僕がずっと話していて、僕の話に何かを感じていて、でも、何も話さなかっただけかも知れない。僕はあお君の事を知らなさすぎた。
「でも、トオル君は分かってくれなかった。僕達同じような境遇なのに、分かり合え無いみたいだね。残念だよ。トオル君。こうなったら、僕と勝負しよう。明日、この場所に来て、どっちが正しいか証明しよう」
あお君は手紙を渡した。
「分かったよ。もう、後戻り出来ないんだよね」
僕は覚悟を決める。
そうしなきゃ、あお君は止まらない。僕はあお君を止めたかった。
「ああ、僕達は分かり合え無かったからね。ご馳走様お勘定お願い」
「はいよ」
あお君は店を出た。
僕はあお君を止める事が出来なかった。
「ルイ、僕」
「分かってる。トオルのせいじゃないよ」
ルイは優しく言う。
「トオル様。私、応援します」
「うん。ありがとう」
「さて、宿に戻るか、ご馳走様」
ルイは精算をする。
「所で前から気になっていたけど、お金持っているのか?」
ルルが聞く。
「ん? 何、今更そんな心配しているんだ?」
と、クレジットカードをちらつかせる。七色に光るカードである。
「そっ、そのカードは」
ルルが驚く。
「ああ、これ知ってる?」
「はい。世界万国共通、政府直属の人達が持つのを許される特別なカードです。上限無し、好きなだけ借りられる究極のカード。本当に偉かったんですね」
「そうみたい何だ。絶対無くすな。とか、大事にしろとか色々言われたな」
「本人は偉い事に無自覚何だな」
僕は脳天気に振る舞うルイが羨ましかった。
あれで色んな事があった何て言わない。
恐らくルイは色んな事を経験していると思う。
ただ、表に出さないだけなのだ。ルイは強い男だ。
僕はあお君を止める事が出来ず、落ち込んでいるのに。
ルイは七色のカードで支払いを済ませ、寿司屋を出た。
数10分後。
僕とルイは温泉に浸かっていた。
ちなみに、隣の温泉でルルも入っている。
「なあ、覗かないのか?」
ルイのお決まりとなった、からかいである。
「覗きません」
僕は即答する。
全く、困った死神だ。
「な~んだ。つまんねーの」
「ルルが許さないだろう」
「バレなきゃいいじゃん」
「こう言うのは、バレるパターンが多いだろう」
古今東西、漫画やアニメの温泉シーンの覗きシーンは、大概男が痛い目を見る。
と、言うか、スケベな男が多過ぎる。
「ああ、そうかも」
ルイは指を折り、何かを確認した。
「だろう。僕、ルルに殺されたくない」
ヒロノブも食らったあの正拳突きは強力過ぎる。恐怖すら覚えた。
あれを食らって平気でいるヒロノブが、正気な人では無いのだ。
「そうか、ルルは真面目だもんな」
ルイはタオルで顔を拭く。
「そうですよ」
ルイは笑っていたが、僕は俯いた。
「それより、僕はあお君に勝てるかな」
僕はルイに不安をぶつける。
勿論、ルイはその不安も分かっている。
だから、からかったのだと思う。
「さあな。トオル次第だ」
「そうだよな。それとさ。僕がもしが戻りたくないって、言ったら怒る?」
「怒る」
分かっていても、つい聞いてしまった。
「だよな」
「最初に話しただろう?」
「うん」
「約束守れない奴を俺は助けないぞ。気持ちは分かるけどさ。あまり、調子よく無いんだろう?」
「うん。手術が必至だって」
「そっか」
「ルイ。僕……」
いいかけてルイが邪魔をした。
「泣くなら、ルルの胸元にしてくれよ」
「これ以上からかうな。僕は……」
「だから、言ったんだが? 女つー生き物は男をいくらでも強くするぜ。俺は15年しか生きられない所を3年も長く生きられたからな」
「そんなに?」
「ああ、温泉にも行けたしな~混浴じゃなかったが」
「そりゃ、そーだろう」
「何で何だろうな。隠すもんねーと思ったんだが、胸は少し残念だったし」
「それだよ。それ」
僕は精神年齢の低さに、呆れるばかりだ。
ただ、一途にその人を思う心には、感心する。
僕も誰かをそんな風に愛する日が来るのだろうか?
「何、俺の事、尊敬してるの?」
ルイが顔を見る。
「何でルイを尊敬の眼差しで見なきゃいけないんだよ」
実際は尊敬しているが、素直に認めたく無い。
「俺がそう言った器の男だからだ」
「バカじゃないの。あんたより、尊敬出来る人は、沢山いる」
「例えば、誰だよ」
「リフィル所長とか、あんな上出来な人はいないよ」
「何で所長が出て来る」
「絶世の美女だからだ! そう思わないのか?」
「別に」
「酒飲んでいる時と違うのな」
「あれはその場の勢いだ」
「勢いでそんな事言えないから」
「んだと、トオル言うようになったな。お前何かこうしてやる!」
僕を羽交い締めにして湯船に顔を入れる。
「やったな。甲斐性なし」
僕もお湯をかけやり返す。
僕とルイは少しの間現実を忘れ、楽しんだ。
次の日。
僕は松本先生に洗いざらい、あお君の事を話した。
「そう、止められなかったのね」
「はい」
「まあ、私はあなたの方が心配よ。トオル君まで、なっちゃったら、しょうがないでしょう?」
「うん」
「私はトオル君の意思を尊重するけど、それを許さない人がいるのも、忘れないでね」
「両親ですか?」
「それもあるけど、ルイちゃんよ」
「ルイが?」
「ええ、ルイちゃんよ。あの子、あれで、心配性なのよ。それにお節介で、あの子あなたには言って無いけど、私に手術の成功率を聞いてきたわ。記憶を持つと大変なのね~ルイは怖いのは分かるけど、助かるのに、何もしない事に人知れず苛立っているのよ。悔いが残る生き方したみたいだから、勿論、そんな事、本人は言わないけどね。彼なりに気遣っているみたいなのよね。その気遣いのせいで、いつか、消えてしまいそうなのも事実で、私はそれが心配なのよ」
「消える? 何で?」
「ルイちゃんは無茶するからよ。覚え無い?」
「ある」
傷付いているのに、動き回っているのを思い出した。
「そんな無茶を続けていたら、いつか体が壊れてしまうと思うのよ。死神と言っても、体は人間と変わらないでしょう? 医学に携わる私としては、体の付加が気になるのよ。オマケに病院嫌いだし、彼、定期検診すら、嫌うのよ。病気だった事が相当トラウマなのね。病みが無い世界だから、まだ、いいけど」
「トラウマか……」
ルイの事を考える。
そう言えばあまりルイの事を考えた事が無かった。
ルイは笑って話していたが、病弱で、しかも大事な人がいた。
大事な人を残して死ぬのは、小説や漫画の中でよくあるが悲しい話だ。
もっとずっと、生きたかったのだと思う。
僕は長生き出来る可能性があるのに、恐怖を理由にみんなに甘えている。
「ルイ……松本先生僕の体は……」
僕は松本先生と今後について話した。
夜。
僕とあお君はとうとう勝負する事になった。
僕は戦いたく無い。だって大事な友人だもん。
「よく逃げないでここに来たね。治る体なのに逃げているトオル君が」
あお君は僕に嫌みを言う。
その通り、僕は弱虫だ。
だから、いつまでも、手術を拒んでいる。
そして、あお君との決闘から逃げようとしている。
「さあ、始めようか」
あお君は剣を抜き、僕に向ける。
僕も渋々剣を抜いた。
「トオル様、頑張って下さい」
ルルが応援する。
ルイがその隣で、静かに見ている。
あお君の後ろには、あの死神ヒロシもいた。
ヒロシも手を出そうとはしない。
もし、手出しするなら、ルイが止めると約束した。
『この間のようなヘマはしない。この勝負を邪魔するなら、俺は俺の持つ力でもって、あいつを滅する』
何か覚悟するかのように、ルイは誓いを立てていた。
あまり見せないその姿は、もしかしたら、あんな大ケガをしなくとも、簡単に勝つ方法があって、わざとその方法を取らなかったか、あるいは取れなかったか……。
覚悟が必要としなきゃ使う事の出来ない大技に違い無い。
ルイの力はまだまだ底が見えなかった。
創造の力にそもそも底があるのが可笑しい。
しかし、ルイの言い方はそんな簡単な物でも無いような気がして、違和感を覚えた。
出来る事なら、そんな事にならないで欲しい。
「トオル君。行くよ」
「うん」
僕は気が進まないまま、勝負が始まった。
あお君が近付き、剣が交わる寸前、僕はリストバンドを光らせた。
「波動砲!」
僕は空気を圧縮させた弾を出す。
形にするまで時間がかかった。ルイのお陰で出す事の出来る僕の技の1つである。
「へー、凄いや」
あお君は軽々と避け、僕に剣を振る。
僕はそれを受け止める。
「何で、あお君は、この世界の壊そうとする! 人を困らせるの? 可笑しいだろう」
「どっちがだ。全部がくだらない。だってそうだろう? 何で、みんな笑って過ごせる? 全然笑えない、僕はあんな世界が憎い。でも、僕には自由が無い。だから、願った。破壊したいと」
「だから、この世界で? ただの八つ当たりじゃん」
「そうかも。でも考えた事あるか? 助からない人の気持ち、トオル君はいいよね。助かるから」
「何言っているの? あお君だって……」
僕は思いの限りをぶつけようとする。
これで、止まるなら。
しかし、勝負は思いもよらぬ展開で終わってしまった。
「あお君?」
あお君は急に立ち止まり、剣を落とし、膝をついた。
「どうしたの?」
僕が近付く。
あお君は頭を抱え叫んだ。
「うぁぁぁ。嫌だぁぁぁ!」
「ねえ」
僕は体に触れようとする。
すると、体が透け触れる事が出来なかった。
「ルイ。何だよこれ。誰がこんな事を!」
僕はルイを見る。ルイは僕から逸らす。
「何だよ。教えてくれよ。ルイ」
僕が必死に聞く。
「ああ、そうだな。死ぬんだよ。そいつの命が尽きたんだ」
「そんな、僕、何もしていないよ」
「ああ、してない。が、それでもこうなる事がある。肉体が滅ぶんだ」
「肉体が……って、まさか、あお君」
「ああ」
ルイが小さく頷く。
その目に冗談が無かった。
「嘘、だろう。嫌だよ。なあ、何とならないのか? ルイの力で」
「俺は死神を創った創造主じゃない。俺には出来ない。ごめん」
ルイはそれ以上話そうとはしなかった。
ルイの力が及ぶのは、この世界だけ、肉体が滅ぶのなら、干渉するべきはリアル・ワールド。ルイの力はリアル・ワールドに干渉するのは不可能。
かと言って、この世界に留める程、ルイの力は強く無かった。
冷静に考えれば、すぐに分かる事だった。
「そんな。ねえ、あお君。気をしっかり……」
「ありがとう。もういいよ」
消えゆく透が力を振り絞り話す。
「何で、諦めるんだよ。僕は嫌だ」
「僕だって嫌だよ。でも、僕の体は簡単に負けてしまった。トオル君、おめでとう。君の勝ちだ」
「何の事だよ。僕はそんな物は興味は無いよ。僕はただ、あお君と一緒に遊びたかっただけだよ。なのに……」
僕だって1つ間違えていたら、あお君のようになっていた。
僕には、ルイやルルや、あらゆる優しい人に囲まれた。
だから、こんな事を考え無かったのも、事実であった。
「うん。本当にありがとう」
あお君は笑顔を見せ、ゆっくり目を瞑った。
「案外、あっけなかったな。僕の一生って、でも、楽しかった――」
あお君はそう言い、完全に姿を消した。
「あお君……嫌だ。嫌だよ!」
僕は駄々をこね、泣き出した。
僕は結局何も出来なかった。
後悔と、悲しさが僕を襲う。
大事な友を失ったから。
「全く、滑稽ですね」
それを邪魔し、ヒロシが笑う。
「何だと!」
僕はヒロシを睨む。
友人の死をそんな風に言われたく無かった。
こいつは、あお君を導いていただろう。許せない。
僕は剣を強く握り締める。
「トオル。こんな奴に刃を向ける必要は無い」
ルイがヒロシの後ろに立ち、いつの間にか出した、脇差しをヒロシの首筋に向けた。
「私には、効かないって分かっているだろう?」
「そう思うなら、斬られてみるか?」
ルイも怒っていた。
「へー。少しは感覚が戻ったようだな。殺人鬼の」
「どうだかな。だが、前みたいな事にはならないよ。どうする? 又、やり合うか?」
ルイの目がギラリと光る。
「止め時ますよ。楽しみは取って置くタイプ何で、又、会いましょう」
ヒロシは闇の粒子となり、消え去った。
「追わないのか?」
「追わない。まあ、今回はいいや。それよりトオル。とりあえず、元の世界に戻れ」
僕の足下に扉が現れていた。
そうか。
誰かが僕を起こしているんだ。
僕はゆっくり頷くと、扉の中に入って行った。
現実の世界に戻り、僕はすぐ、あお君の病室に向かう。
あお君は二度と目を開ける事は無かった。
僕は涙が溢れ、止まらなかった。
傍らで、あお君の両親も泣いている。
僕が死んだら、僕の両親もこうやって悲しむと思う。
僕が死んだら――――
「松本先生。僕、手術受けます。あお君の分まで長く生きたいから」
僕も所詮は子供だ。子供の考えしか浮かばない。
誰かの分まで、長く何て、死者に取っては、何の意味も持っていない。
でも、その死は背負い続けなければならない気がする。
僕の場合は孤独な友人の早過ぎる死を。
パラダイス・ワールドに戻り、ルイとルル、そして僕は宿に戻った。
「なあ、ルイ」
屋根に登り、ルイの名を呼ぶ。
「ん?」
宿舎の屋根に寝っ転がり、タバコを噴かせている。
「なあ、ルイは最強の死神だよな?」
「そう思うか?」
「いや、ヒロシに負けていたし、実際はそうでも無いと思う……」
僕は正直に答える。
「負けちゃいない!」
それに対して反論する。
「俺は勝てた。って、そんな事言いに来た訳じゃ無いよな?」
「そうだ。僕、手術する事にした」
「そっか」
ルイは起き上がり、目を細め僕を見る。
「んで、俺は何をすればいいんだ? それだけなら、俺に言う必要は無いだろう?」
「うん。ルイはリアルとパラダイスの世界を繋ぐ扉の位置を移動する事が出来たけど、その扉を一時的に封じる事は出来るか?」
僕は手術が終わるまで、この世界と離れる決意をしていた。
「何故、それをする必要があるんだ?」
「僕の手術が失敗した時、あお君みたいになりたくないから……」
「そうか、それは、ルルには話したのか?」
「まだ」
「話しておけよ。確かに封じる事は出来るが、俺の力だと、2度とこっちの世界に戻れないかもしれない。死神が無理に扉を閉めると言うのは、そう言う事何だ。勿論、トオルが望めば又、開かれるだろうが、それでも、かなりの運が必要になる。やるなら覚悟して欲しいんだ」
「分かった。ルルに話すよ。ルイ、ありがとう」
「別にいいさ。トオルが決めた事だからな。俺こそ楽しかったぜ」
ルイは笑って見せた。
初めて会った時とその笑顔は変わらない、とてもカッコイい物だった。
「うん」
僕は屋根から降り、ルイから離れた。
僕はルルに会いに部屋に戻った。
「ルル。話があるんだが……」
「トオル様。丁度良かった。トオル様の為にレンジを借りて、クッキーを焼いたんです」
ルルが満面の笑みを浮かべ、クッキーを出す。
今回は焦げていない。
「トオル様が落ち込んでいると思いまして、食べてくれますか?」
「あっ、うん」
僕は恐る恐る1枚食べる。
「うっ」
何がどうしてこうなったか、全く想像出来ないが、噛み切れない。
このクッキーは恐ろしく固かった。
「どうしましたか?」
困った顔して、僕を見る。
「いっ、いや」
僕の歯型が付いたクッキーを、ルルが見る。
「美味しく無かったですか?」
「あっ、いや。そう言う訳じゃ全く無いんだが……」
僕は曖昧に返事する。
「そうですか?」
ルルも食べる。
「かっ、固い。何で? この料理本が可笑しいんですかね。あの悪魔はとんだ嘘の本を渡したんだ」
ルルがメラメラと怒りを燃やし『誰でもカンタンに出来る初めての料理』と、題した本を僕に見せる。
名前の通り、初心者が作る簡単な料理本である。
悪魔と言うのは、ルイだから、ルイが渡したのだろう。
そんな話をしていた気する。
僕はその本を読む。
別に普通の本だ。料理が出来なくとも、出来ると銘打っているだけあって、イラストと文章で簡単に書かれている。
ルイも気を利かせているのは、手に取るように分かった。
しかし、ルルの不器用はルイの想像を遥に超えていたようだ。
「本当に酷いです!」
「えーと、そっ、そうだね。あはははっ」
僕はルルを傷付け無いよう。ルルの意見に賛成した。
ルイ、ゴメン、分かってくれ。
「それより、トオル様、話って何ですか?」
「ああ、そうだ。実はさ……」
ルルに僕の決意。扉の封鎖。ルイに言われた事。全て話した。
「トオル様、ルルはトオル様を応援します」
とは言っていたが、凄く悲しい目をして、僕を見ている。
話しの途中からどんどん、涙を溜め、もう、溢れていた。
「ルルはルルは……」
ルルは途中で泣き出した。
「ゴメン。ルル」
「いいえ。ルルが悪いんです。トオル様が決めた事なのに、こんなに涙が溢れて止まらないなんて」
「ルル。必ず帰るから、あっ、その間に料理のレパートリー増やしといてよ。僕、楽しみにしているから」
ルイの真似では無いが、ルルとの約束を交わした。
僕だって又、ここに来たいし。
「そうですね。はい。ルルは料理の腕を上げて、ずっと待ってます」
ルルは涙を拭いて笑顔を見せた。本当に素直でいい子だ。
こんな子が現実の世界にいてもいい物だ。
「うん。楽しみにしてる」
「はい。あっ、ルル。あの悪魔に文句言って来ますね」
料理本を持った。
「分かった」
ルルはそう言って走り去った。
その目はやっぱり、泣いていた。
しばらくこのままがいいのかもしれない。
次の日。
僕の足下に扉が出ていた。
「トオル。覚悟はいいな?」
「うん」
「んじゃあ、やるか」
ルイは刀を出した。
「トオル様、元気でいて下さい。病気も治って下さい」
ルルの目は真っ赤になっていた。
「分かってる。ルルも元気で」
「はい」
扉が開かれ、僕はゆっくり、その扉に入っていく。
ルイは刀をいつの間にか鍵の形に変形させていた。
扉に鍵を掛け、扉を開けられないようにするのだ。
「トオル。じゃあな……」
僕の潜った扉が閉められ、ルイが上から閉まるまで見ている。
『運が良かったら、又、会おう』
閉まる寸前にルイが言った言葉だった。刹那。扉は閉められ、消滅した。
僕はこれで、目が覚める。
僕の短い冒険は、こうして終わった。