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緑の章  作者: 叢雲ルカ
緑の章
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第3章 それが死神である

 俺の相棒のトオルは今リアル・ワールドにいて、パラダイス・ワールドにいない。

 8時間。トオルがいない空白の時間だ。

 俺はその間待つしかない。ちなみに俺の名前はルイ。

 死神と言う、パラダイス・ワールドに迷った魂の囚人である。

 死神はリアル・ワールドで死んで、パラダイス・ワールドに留まり人の形を成した霊魂を指す。死神には生前の記憶が無い。しかし、元々人間だったと言えるのは、ごくごく稀に見る記憶を持った死神が存在する故だ。

 その記憶を持った死神が、死神と判定する道具を作ったのだ。

 それで判別し、俺も死人で死神となった。

 まあ、俺には生前の記憶を持つ稀な死神だから、そんな判定も必要無かった。

 大橋類。それが、生前の名だ。

 目を瞑れば、いつでも思い出す。死神は夢を見ないが、今となっては夢のような日々を俺は過ごしていた。

 俺の年齢は見た目22才。実際は18才で死んだ。死神は年を取らない。俺は80年間この姿だ。別に不憫には思っていない、寧ろ、この姿を気に入っている。

 身長182センチ。体重62キロ。血液型はB型で自己中ではないマイペース何だ。

 俺は至って人思いの自分で言うのもおこがましいが、お人好しである。

 そんな俺は今、ルルと言う女の子と一緒にいる。

 彼女は俺みたいな死神でも無ければ、トオルと同じ人間でも無い。

 パラダイス・ヒューマンと呼ばれる、RPGで言うノンプレイヤーキャラに近い生き物だ。

 人間の気持ちが形になった人である。

 ルルは水色のストレート髪が特徴の可愛らしい女の子だ。

 しかし、どうにも俺を敵視している。

「何でこんな悪魔と一緒に、トオル様を待たないといけないの」

 ルルがデザートのプリンを口に入れ、悪態をつく。

 俺とルルは村の中にある、ごく普通の食堂で食事を摂っていた。

 俺は稀な死神に加え、左利きと言う、珍しい人種でもある。

 俺は珍しいとは思わないが、世の中はそう見ている。俺は左手に箸を持ち、ご飯を食べていた。

「あっははは」

 俺は食べながら、苦笑いを浮かべる。

『こんな』も『悪魔』も酷い言い方だ。

 ルルはトオルを勇者とし、尊敬、崇拝までしている。

 まあ、それだけならいいが、俺は目の敵にされるは、信用もされていない。

 この事態には、いくら俺でも困惑した。特に、トオルのいない今と言う時間が。

「なあ、悪魔は止めないか?」

 流石に悪魔はいわれが悪すぎる。

「何故です。あなたは悪魔です。そんな全身黒付く目で、お腹まで黒い気がします」

 はっきり物を言うのはいいが、少しはデリカシーも考えて欲しい物だ。

 お腹の黒さはよく分からないが、俺は黒を基調とする。

 単純な話。1番好きな色だからだ。

 他に理由があるとするなら……黒が1番しっくりくるからかな。

「そりゃ厳しい」

「だから、悪魔何です。それにチャラチャラ耳にピアス付けて、ルルはチャラい人は嫌いです」

 確かに俺の耳には左右足して7個のボール型の、色違いのピアスが付いてある。

 右に赤、緑、黄、茶。左に青、金、白。とある。

 たまに、マイナーチェンジするが、大体この色だ。これにはちゃんと意味があるのだが、今は話す時じゃないだろう。俺もあまり話したくない。

「チャラい男か」

 俺も散々言われたら、流石に落ち込む。

 色んな悪い状況やピンチを笑って過ごす事は多いが、これはあまりにも悪すぎだ。

 ああ、早くトオル帰って来ねーかな。

 恐らく、ルルも同じ事を思っているだろう。

「大体、何でこの人と待たないといけないんですか? トオル様、分からないです」

 確かに嫌なら、一緒にいなければいい話だが、ルルはトオルに言われ、俺といた。

 トオルの言う事は聞く。

『仲良く、ルイと待っていてくれないか?』

 トオルは気を利かせ、そう言っていた。

『はい!』

 ルルは元気よく返事していたが、全く、仲良く無い。

 この敵視剥き出しの女の子をどうするか困ったもんだ。

 大体、女の子はどうして、こうも面倒な生き物何だ?

 死神が属さなければならない、事務所の美人所長リフィルも俺に熱心で、それが返って面倒くさい。

 映画や食事に行こう何て日常的に言われる。

 それを断れば落ち込む。断る理由を考えるのは大変だ。

 美女だから、見ている分には癒やされるんだがな~。

 周りは見捨てているなんて恥だと、俺に後ろ指を指す。

 実際トオルにも始め指された。

 まあ、そうだとしても、出来過ぎ美女と俺では釣り合いが取れない気がする。

 第一、俺の好みでは無い。

 好みじゃない女性とうやむやに付き合う方が、もてあそんでいると俺は思う。

 体、目当てとも思われたく無かった。

 だから、何事も無いようあしらうが、世の中はそれを見てくれなかった。

 ルルと言う女の子も、逆の意味で面倒だ。

 これなら、慣れた所長の熱心さを見ている方が、気が楽だ。

 俺は無意識にタバコをくわえる。

「タバコは止めて下さい」

「分かったよ」

 俺は渋々タバコを箱に戻す。ルルは嫌煙家だ。

 そもそもの、相性が悪いのかも知れないな。

「決めました。ルル、トオル様の為に魔王の情報を集めます!」

 ルルは急に立ち上がる。

 ルルは素直でいい子なのは分かる。トオルの為にじっとしていられないのだろう。

「おい」

「止めないで下さい。ルルはトオル様の為なら何でもするんです」

「いや、止めないよ」

 止める方が後々五月蝿い。

「じゃあ、何ですか!」

「いや、トオルがここに来るまでには帰って来てくれるよな?」

 形式的な忠告である。言わないよりはマシだろう。

「そんなの悪魔に言われなくても分かっています!」

 そう言われるのは分かっていたが、いちいちトゲがある言い方だ。

 まあ、いいけど。

 トオルの為に働く健気な子として、その子を見るのはとても楽しかった。

 ルルは俺に請求書を預けると、店を飛び出した。

 ああ、食事のお金は目の敵でもしっかり俺持ち何だ。

 抜け目無い子だ。

 お金に頓着が無い俺は、普通に請求書を見て微笑む。

 トゲが無い方がもっといいのにな~。

 そう感じていた。


 俺はゆっくり、ご飯を食べていると、俺の正面、ルルが座っていた所に別の人物が座る。

「男はおかずにはならないんだが?」

 俺が箸を止め挑発する。

「そんな簡単な挑発に乗ると思っていますか?」

「思わねーな。確か、ヒロシだったな。何の用だ?」

 目の前に座っていたのは、魔王の側近である。

 近くで見るのは初めてだが、こいつもトオルや俺と同じ黄色人種だ。

 しかし、少し肌の色が薄い。

 赤い髪に赤い瞳をしているが、それ以外顔に特徴は無く、俺の方が格好いいと思った。

「用事と言うのは他でも無い。魔王の居場所を教えようと思いましてね」

 そいつはまた上手い話だ。

 何か裏があるのは誰でも分かる。

「そんな威嚇しないで下さい。悪い話では無いと思いますが」

「ああ、悪く無いな。悪く無いが、怪しさはプンプンするな。何企んでる?」

 その企みに乗っても良かったが、勇者見習いのトオルや、純粋な少女ルルがいる手前、下手な事は出来ない。

 命の危機に瀕してしまっては元も子もないからだ。

 俺には2人を守らなければならない使命がある。

 保護者意識と言う物か?

 何でもいいが、今あの2人を危険にするのはよくない事だ。

「何も企んでいないさ。ただ、興味がありましてね。あなたに」

「俺に? 生憎俺は女にしか興味ないし、女にしかモテたくないな」

 お決まりの言葉を投げかける。

「そう言う事を言っているんじゃありません」

 顔を赤くして、怒鳴る。

 こいつ以外にからかうと面白い。

「あっ、そう」

 俺は平然と返す。

 一応、敵なのだ。警戒は怠らない。

「それで、俺に興味のある変人が俺に何をさせたいんだ?」

「変人ではありません。しかし、ここは我慢して話を進めます」

「何だ。つまんねー」

 俺は舌を打つ。

 俺は性格が曲がっていると言われるが、それは俺が楽しむからこそ、やる事なので、俺自身は曲がっているとは思っていない。

 と、言うか、人をおちょくる事で見えてくる物もある。

 俺は人の本質を知る為にからかうのだ。

 どうやら、ヒロシは真面目な性格。

 優先順位に任務や欲望を上にする人のようだ。

 恐らくこれから話す事もその事についてだろう。

「僕は魔王の居場所を知っています。ですから、それを教えます」

「教えて、あんたや魔王に何か利点はあるのか?」

「魔王には何もありません。これは僕の欲を満たす為にやる事ですから」

「側近が主をハメる何て、普通はやらねーぞ。俺はそんな奴信用出来ねーな」

 主従関係は信頼によって成り立つ。

 ヒロシが今やろうとしている事は、反逆より他に何もない。

 俺はそんな奴は嫌いだ。

「そうですか? しかし、あなたはその情報をノドから手が出る程欲しいのではありませんか?」

「ああ、だがな。俺は上司出し抜いてまで欲しいとは思わないな」

「へー。あなたは意外に仁義を重んじるんですね」

「ああ、そうやって俺は生きていたからな。あんたとは違う」

 俺は周りからの指摘だが、あまり気が長く無い。

 その短気が暴走しないように、こうやって煙をすうようにしている。

 多い時は、1日2箱は平気で消耗させるが、減らそうとは考えない。

 健康増進とかあるが、この世界に老いが無いように、病みも存在しない。

 人間は病む事をこの世界で望まなかったのだ。

 だから、2箱毎日吸っても平気だった。

 病みが無いとは素晴らしい事だ。

「そうみたいですね」

 ヒロシは俺を軽蔑の目で見る。

 そんな風に見なくてもいいのにな。

「ともかくだ。なに考えているか分からない内は話に乗るつもりは無いな。俺が怒る前に帰ってくれない」

 俺はヒロシを睨む。

「なる程、噂通りの短気だ。それでいて、力に自信がある。私はその力に用があるんです」

「俺の力?」

 何となくコイツの目的が読めて来た。

「どうですか、僕と……」

「断る」

 最後まで言わせたく無かった。

「何故です。力を極めんとする者、それが、ぶつかるのは必然だ!」

 確かに、俺は自慢じゃ無いが強い。

 ぶつかるのは必然にしても、出会いは偶然だ。出来る事ならぶつかりたくない。

 それに、俺は力を極めよう等とは思っていない。逆に言えばそれは、力の底が見えてしまうからだ。俺は底を見たく無かった。

「その必然に呑まれるのも反対だし、俺に何かあると、怒る奴が割と多いんだ。今、無茶は出来ないんだよ」

 怒るのは主に所長だ。

 こんな辺境の地で困らせるのも、俺としても心が痛む。

 それにトオルも気がかりで倒れたく無かった。

「全く、平和ボケもいい所だ」

 しかし、そこで引き下がらない。

 分かってはいたが、こいつは厄介だ。

「だったら、どうするんだ? 誰か人質取ってやるのか?」

「そんな汚い事はしません。もっと効果的な方法があります」

「何だ。それは」

「魔王を殺すんですよ」

「なっ、お前正気か?」

 自らの上司を殺める等ご法度もいいところ、しかも相手は、世界の創造主人間である。

 人間は殺してはならない決まりがある。

 この世界の死はリアル・ワールドの死につながるからだ。

「ええ、僕は至って正気ですよ。あなたや勇者は止めようとしている。殺さずに生かそうとしている。それを利用するだけ、人質を取るよりずっと、効率的だ」

「お前、死神だろう。そこまでしてなんになる」

「強くなりたい。それだけだ。安心して下さい。あなたが、首を縦に振り僕と戦うなら、彼の命は取りませんから」

「そうか、分かった。下らないが、いいだろう。そこまで言うなら相手してやる。俺を怒らせた事を後悔させてやるよ」

 俺は口車に乗せられる事にした。これもトオルの為だ。

「ええ、それが懸命かと楽しみですよ。殺し合いが」

 ヒロシが怪しく笑う。

 コイツ完全に逝っちまってる。

 こうなる死神は少なくない。いや、多い方だ。

 永遠がある死神のある種、1つの宿命である。

 戦いや命の駆け引きをするの度に、それが快楽に変わっていくのだ。

 そして、無闇に争いに身を投じ、理性が崩壊し善悪の区別が付かなくなる。

 ヒロシもその死神だろう。

 こうなった死神を止めるのも、死神の仕事、今回は俺の仕事であった。

 俺は望まなくとも、ヒロシとは戦わなくてはいけないようだ。


 大橋類。俺は生前そう名乗っていた。

 パラダイス・ワールドの時間で80年も前の話だ。

 俺が育ったリアル・ワールドでは、殺し合うのが当たり前の世界だった。

 大きな2つの国同士が戦争。どうして、そこまでいがみ合うのか、戦争が長引き、理由は分からなくなっていた。

 昨日の友は今日の敵。騙し騙され、殺し殺されそんなのは当たり前のでも、最低な世界だ。

 そんな世界でも成功すれば富を得る、貧富の差が激い世界でもあった。

 その中、人を殺し続け成果を上げた一族がいた。その1つが大橋家。俺の一族だ。

 大橋家は戦闘能力に特化した家だった。

 どういった経緯でそんな事になったかまでは、一族の末端にいた俺には詳しく分からなかった。

 しかし、結婚する相手は血縁に限られていた。

 その事からも、血を濃く受け継ぎ、戦争の道具を作り上げたのだろう。

 全く、嘲笑するしかない愚かな話だ。

 そんな愚かな血を俺も確かに受け継いでいる。

 大橋家は特殊な体質を持つ事もあるが、1番の特長はずば抜けた身体能力である。

 病弱だった俺でも、走れば普通の人間より速く走れる。高く飛べるし、スタミナもある。

 これは自慢では無く、曲げられない事実だ。

 勿論、怠ければそれだけ弱くなるが、そんな事、大橋家が許すはずもない。

 幼い頃から俺も色んな訓練をされた。

 幼すぎて覚えていない物もある。過酷だったので、今はあまり思い出したく無かった。

 その為、俺は高い身体能力を持ったまま死んだ。

 だから、死神になってもその身体能力は引き継いだ。

 元々、死神になれば、身体能力は上がる。俺も確実に上がっている。

 生きていた時より2倍以上は上がっているように思える。

 死神のパワーアップは1.5倍と考えたら、只、死神になるより上がる計算だ。

 それに基礎である体は元々病弱、弱々だったのもある。

 死神になる事で病みは無くなり、本来の力を取り戻した事も大きいし、記憶があるのも強さの理由だろう。

 大橋家は剣術、武術も独自に開発し、それを会得した。

 日本刀が身長まであるのもそんな理由だ。

 記憶が無くなれば、身体能力だけしか引き継げ無い。

 いくら病弱だったと言えど、俺だって一通り、剣術、武術は体得している。

 それを上手く使う事が出来るから、病弱だった俺も、戦争の道具でしか無いのだが、死神になって、それが生かされているのだから、その力も捨てたもんじゃない。

 俺が力に溺れる事が無いのも、大橋家のお陰かもしれない。

 力を持ち続け、それを客観的に見る事が多かった。

 この力は手段であり道具だ。道具は使う物であり、それに振り回される何てバカげている。

 力を極めるのはいいが、力の為に動こうとしているのは、道具の為に生きているとしか思えない。

 勿論、これは持論だが、俺が修羅に走らなかった1番の理由でもあった。

 だから、ヒロシの考えを理解する事が出来ないのだ。

 しかし、こんな死神は沢山いるので、否定はしない。

 否定した所で生まれるのは争いだけだ。

 そう、今のように────


 村の外れにある荒野に俺とヒロシがやってきた。

「はあ、俺、不戦敗でいいんだけど」

 とりあえず、日本刀を出した。

「そう言う割にはやる気を見せていますね」

「そりゃ、そうしないと、ズバッと斬られそうで怖いからな」

 タバコをくわえ平然と装う。

 人に手の内を見せない戦いの基本だ。

 感情を剥き出しにし易い俺でも、その位は出来る。

 やろうと思えば、感情も消せるが、それは俺の主義に反する行為だから、出来る事ならしたくない。

「では、お言葉に甘えて」

 瞬時に俺の目の前にやって来て、持っていた剣で斬りつける。

 俺は寸前で避け、上手く後退した。

「やっぱ、やるな。そうでなきゃ面白く無い」

 ヒロシは連続的に攻撃を繰り返す。

 恐らく、普通の人間では、目で追うのがやっとであろう。

 それだけ、素早い動きで、そして緻密であった。

「どうしました。反撃してこないのですか? そうかその刀は長くて近くの敵には当たる事が出来ないのか」

 確かに、この日本刀の唯一にして最大の弱点は、この長さである。

 6尺と言う長さはまさに長刀。身長に合わせて刀を選ぶのが、大橋家の習わしだ。

 これでも生きていた時より、30センチは長くなっている。

 ――──俺は確かに小さかった。

 しかし、あれから80年経っている。この刀も使い慣れた。

 使い慣れたからこそ、その弱点を補う事が出来る。それは武術だ。

 大橋家は剣術、武術、どちらも行う。どちらか得意な方に重点を置けばいい。

 不得意な方は弱点のカバーにすればいい。それが、やり方だ。

 俺は剣術が得意だ。

 武術は補う程度だが、殺し屋を生業とする故、それでも破壊力はある。

 俺はヒロシに向かい、人差し指を指し、留める力を使う。

「その力が特技ですか」

 ヒロシは術にかかる寸前で避け、背後に周り俺を斬りつける。

 俺はそれが狙いだった。

「竜神武術・竜の胎動」

 俺は左肘を後ろに下げ、ヒロシの腹部目掛けて突く。

 ヒロシは俺の反撃に気付き、当たる数ミリ前に後退した。

「へー。なかなかやるな。やっぱり、人を殺して財を成す一族の人間だっただけはある」

「お前、何故それを? いや、記憶があるのか?」

「ええ。あります」

 これは1番厄介な相手に当たったようだ。

 記憶があるならまだいいが、俺とヒロシは同じ世界の住人。

 しかも、俺の家も知っている。手の内を読まれる可能性があった。

「大橋類。大橋家本家7人兄妹の4男。大橋家の中では1番冷静沈着で、お人好し」

 俺の家族構成まではっきり話ている。

「そりゃ、どうも。だけど俺はあんたが思っている程、冷静沈着何かじゃねーよ」

 俺は気性が激しい。血がそうさせ、大橋家はそう言った生き物だった。

「そう。あなたは病弱だったから、そう見えただけ」

「そこまで知っているのか~じゃあ、檻から放たれた肉食獣はどうなるか分かっているよな」

 俺は加えたタバコを落とす。

 そして、ギラリと目を光らせ、俺は刀を抜き突撃した。

 ヒロシも反射的に察知し動く。

 ここからは感覚の世界だ。

 俺もどんな動きをしたか覚えていない。

 右かと思えば左かと思ったら右。交互に続かない、背後だったり、正面だったりした。

 法則性何かある訳が無い。

 一歩間違えれば待つのは消滅。そんな命の取引を行っていた。

 しばらくするとヒロシが俺から距離を取る。

「どうした?」

 ヒロシは口角が上がっていた。

「いやね。こんなに楽しい戦いをしていて、それが楽しいのですよ」

「変態だな。俺はそーは思わないな」

 俺はタバコに火をつける。

「それより、僕はまだ、特技を出していませんよね」

「そうだったな。何が出るんだ?」

「それはお楽しみだ。ただ、あなたの特技は通用しない。何故なら、僕には物体が無いのだから」

 ヒロシは闇の粒子となり、俺の周りを囲った。

 確かにこれでは俺の留める力は使えない。

 物体の無い物を留めるのは、確かに得意だが、闇粒子は物体がある。

 ただ、数が多く浮遊している。

 これを全て留めなくてはならないとなると、まず、不可能である。

 俺はその闇粒子を避けるので手一杯となった。

 あれに少し触れただけで、俺の皮膚は切れた。殺傷力ある粒子だ。

「楽しいですね。とても楽しい。何故、生きていた頃に出会わなかったのだろう。僕の一族も大橋家と同じく人を殺していた。ただ、大した力は持っていませんでしたがね」

 俺の耳元に直接聞こえる。

 どうやら、生前は同業者だったようだ。

 話を聞くだけで胸くそが悪い。

 これを回避する方法はあるが、なるべくなら、その方法はとりたくない。

「しかし、残念ですね。この程度ですか」

「何だと」

「ソロソロ、回る頃みたいだ」

「何……うっ」

 俺の体は痺れ動かなくなった。

「隙ありです」

 闇粒子は俺の体に体当たりし、俺を数メートル先まで飛ばした。

 俺は刀を落とし、床に数回叩きつけられ止まった。

「ゴホゴホ」

 砂埃が気管に入り咽せる。

 体はまだ、痺れいた。

 これは間違い無く毒だ。

「どうですか? 僕の特技は?」

 ヒロシは死神の姿に戻った。

「悪趣味だ。もっといいの貰えよ」

 俺は体の痺れを訴えながらも立ち上がる。

「そうですか? 闇の力何ていい能力じゃないですか? しかし、残念ですね。あなたもスキルを2つ持っているのに、役に立たない物で」

 毒の力は元々持っていて、闇の力は貰い物のようだ。

 毒の力は、俺の留める力と同じだ。

 俺は自分で受けた傷を治していた。

 記憶を持つ死神は普通の死神と違い、スキルを2つ持つ事が出来た。

 スキルを持つ事が出来る理由は、世界の記憶1つに特技1つだからだ。

 普通の死神はパラダイス・ワールドの記憶しか無いので、1つしか持てない。

 記憶のある死神はここともう1つ、リアル・ワールドの記憶を持つ。

 記憶がスキルの発動条件になった。

 ではなぜ、スキルを2つ持つか?

 理由は様々だが、俺は他人の為に使い、自らの身を守る為、今みたいな状況の時に使う。この状況に俺はなり易いからだ。

 そして、2つ目のスキルは、例外なくある死神に出会わなければ、貰えないが、この話は今する必要ではないな。

 目の前にいるヒロシを何とかしないといけない。

「いくら、傷の治りが早くても、回った毒は抜く事が出来ない。違いますか?」

「ああ、その通りだ。だが、毒に耐性を持たせれば消えるよな? お前が毒に強いみたいに」

「そんなバカな事が……」

 ヒロシは始めて俺の前で動揺した。

「出来るよ。俺ならな。お前、どうやってこの世界に来た?」

「それは、空間を司る能力者の協力があったからだ」

「俺は自力で来たぜ。まっ、始めは不安定だったけど、今はちゃんと往復出来るようになった」

「まさか」

「耐性完了。まだ、ふらつくが、大丈夫だな。敵にする相手見誤ったな」

 俺は素早く刀を拾い上げ、鞘に収める。

「今度はこっちから行くぞ」

 俺はヒロシの所まで向かう。

「僕に物理攻撃は効かない!」

「そうだったな。だが、これは、どうだ! ファイヤーボール」

 日本刀を鞘に入れたまま頭上に投げ、ヒロシの眼前に人差し指を向け、そこから、火の玉を出し、火の玉は上手く命中しヒロシの髪を焼いた。

「あちっ、あちちち」

 ヒロシは俺から離れ、炎を消していた。

「あっ、効いてる」

 俺は落ちてきた日本刀を左手でキャッチし、タバコを吸った。

「まあ、いいです。そろそろ、終わりにしましょう。お互いにその方がいいでしょうから」

「ああ、お前の頭もな」

 ヒロシの頭は縮れ、アフロとなっていた。

 俺は口を抑え笑ってしまった。

 こんな滑稽なギャグに笑うなら、始めからアフロにしておくべきだった。

「あなたの体もだろう! その力は完全じゃない違いますか?」

「そうだったかな~」

「そんな簡単なハッタリを、一介の死神が使う創造の力は本来の力の半分程度にしか扱えない。私が受けたダメージは完全には消えていないはず、違いますか?」

「お見通しか」

 俺はタバコをポトリと落とす。

 体の痺れがドンドン酷くなる。

 確かに今は気合いで何とか立っていた。

 手が震え、細かい動きは恐らくもう出来ない。

 だが、今、ぶっ倒れ負ける気は無い。

 俺は居合いの構えを取る。

「それなら、僕も」

 闇の剣を出した。何とも禍々しい剣である。

 同じ刃物を扱う俺に取って、それは許せぬ物であった。

『キレイな刀』

 トオルに言われ、俺は嬉しかった。

 俺はこの刀を持つ事に少なからず、プライドを持っている。

 だから、心を無くさず戦うのだ。

 この世界の死神の武器は魂によって、強度も切れ味も美しさも変化する。

 刀は俺のポテンシャルで変わる。心が無くなれば、この刀は力を失う。

 心を消す必要があるのは、気配を消す暗殺と、情報を強要される拷問の時。

 どちらも大橋家では必修科目だったが、暗殺は武器を扱う。

 日本刀の事を考えると、俺には暗殺稼業は出来なかったし、恐らく向いていない。

 ヒロシの武器を見た時、俺は吐き気に似た嫌悪感を抱いた。

 それと同時に、意思も固まった。

 このガキを潰す。

「僕には物理攻撃は効きませんよ」

 ヒロシは最後まで、その事に自信を持っていた。

 その自信をぶっ壊したら、どれだけ、気持ちいいか。

「そう思うなら、とっとと来いよ」

 俺は冷静に言う。腹の中を漁られたく無いからだ。

「では、お言葉に甘えて」

 ヒロシは余裕綽々と俺の元に向かう。

 俺は目を瞑り呼吸を整え、ヒロシと俺は交わる。

 俺は刀を抜いたが、刹那的に決闘が終わった。

 俺は刀を鞘に収めると、膝をつき、咳をした。

 血が混じり、口から溢れるのを手で抑えるのが、やっとで、刀を杖代わりにして、ようやく中腰の体勢が取れた。

「勝負が決したようだ。何故、攻撃が……」

 俺が振り向くと、今まで立っていたヒロシが倒れた。ヒロシも重傷を負った。

「何故、当たったか? お前の力も、盗賊襲った巨人も同じ物質だから。じゃっ、納得いかないなら、本当の事言えば、創造したから、そう、俺が望んだ。ただ、俺は人間じゃねーから、半分しか通用しなかったけどな」

 俺がヒロシをしとめ損ね、攻撃を喰らった理由でもある。

「そうか……まさに神の技か」

 ヒロシは立ち上がり、俺に白い封筒を投げ渡す。

「あなたの勝ちだ。約束通り、場所を教える。その手紙に書かれた通りにやれや」

「信じていいのか?」

 俺は封筒を開け中のメモを読む。

「ああ、約束だからな。僕は約束を破らない。そのメモは金で契約した第3者の情報屋に行く為のメモだ。今回はお前の勝ちだからな」

 ヒロシは性格が変わり、ゆっくりと立ち上がり、メガネをかける。

 いや、こいつの本来の姿だろう。

「ああ、負けちまったな。こんな甘ちゃんなら、勝てると思ったが」

 ヒロシの傷は治っていた。

「お前」

 俺は振り向き刀を構えようとしたが、足下がふらつく。

「止めとけ、それは僕の自慢の毒だ。動けばそれだけ毒が周り、リカバリーが済む前に消滅するだろうからな。しかし、最強の死神が呆れる。この程度で倒れる何て、しかも、手加減した。それで命危うくしたら、意味ねーだろう」

「確かにな。俺は甘いかもな。だが、今はそれでいい。しかし、これ、本当に信用していいのか?」

「くどいな。信じろ!」

「だって、これ、ただの買い物じゃん」

 ヒロシから貰ったメモは、食材が書かれていた。

 それを美味しく作って。公園に持って行き献上しろ。そう、書かれているのだ。

 『これがアジトへ繋がる信じろ』何て、小学生いや、初めてお使いする、幼稚園児でも信じない。

「それが、情報屋の指示だ。僕は知らん」

 最後は完全に開き直って、丸投げしたし。責任持てよ。

「ともかくだ。僕の目的は達成された。だが、次は本当の殺し合いだ。いいな。それまで、身の程を考えて置くんだな。あはっはっはっ」

 責任なすりつけ言いたい事言って、闇粒子となり、消え去った。

 勝手な奴だが、今は助かった。

 この回り回った毒で俺がいつまで戦えるが分からないからだ。

 確かに、俺は甘かった。

 あの位が相手なら、もう少し余裕で勝てたはずだ。

 俺は平和な世界に浸り過ぎたのかも知れない。

 それは、最後の交わりの時に大きく、穴を開けた右の脇腹がそう語っていた。

「あっはははっ」

 俺は自身の不甲斐なさに嘲笑い、込み上がった自身への怒り必死に抑えた。



 数10分後。

 俺はその足で宿舎に戻った。

 しかし、割が合わねー。早くトオル帰って、からかいたいな。

 トオルはからかうと、思った通りの反応が返ってくるから面白い。

「ちょっと、何処行っていたのよ!」

 部屋の中に入るとルルが怒鳴りながら、玄関へ向かう。

「村外れの荒野で、ドンパチあったのよ!」

 誰も怖くて近付けなかったようだが、やっていたのは確認されているようだ。

「ああ、悪い。それ俺だ」

 俺は扉を閉め、横にもたれる。

 立っているのもしんどかった。

「トオル様いないのに何考えているんですか!」

 あくまでトオル中心の考えだが、その通りだ。

 俺もルルと同じで、トオルを守る立場にある。それなのに、こんな事になるなんてな。

「だから、悪いって。なあ、迷惑ついでに頼まれてくれないか?」

「悪魔の頼み何か、まあ、いいです。話だけ聞きます。何です」

 俺は血の付いた白かった封筒を取り出し、ルルに渡す。

「このメモ通りに動いてくれないか? そうすりゃ、魔王の居場所を突き止められるらしい」

 俺は意識が朦朧として来た。

 ちゃんと、ルルの手に渡った事を確認すると、崩れ落ちるように倒れ、ゆっくり目を瞑る。

「ちょっと、何、こんな所で倒れて……血? ルイ。ちゃんと説明しなさい!」

 ルルは俺を揺さぶる。

 意識が遠のく寸前まで、ルルの声が聞こえた。

 何だ。ちゃんと、名前で読んでくれるじゃん。

 俺は安心したのか、力が完全に抜け気を失った。

 無理も無い。

 村外れの荒野まで俺は穴の空いた体を引きずり、血を流したまま戻って来たのだ。

 恐らく、辿った場所や、壁にもその血はベットリと付いているだろう。

 傷はそれだけ深く、俺の体力の消耗も激しい。

 何故、こうなったか?

 毒の体をそのままにする訳にもいかず、毒を治しながら進んで、傷を治す事が出来なかったからだ。

 創造の力は1つしか、対処出来ない。

 毒を抜き、傷の回復を後回しにした結果だった。



 この後、どうなったか分からなが、目を覚ました時には、俺はベッドの上にいて、トオルもそこにいた。

 少なくとも5時間以上は眠っていた事になる。

「なあ、何で、カレーやシチューにしらたき入っているんだ?」

 随分、デンジャーな話を聞いてしまった。

「分からないです。だって、食材買って作っただけですから」

 ルルが申し訳なく話す。

 どうやら、あのメモを読んでくれたようだ。

 しかし、ルルは困っているようだ。

 いや、つーか、その食材は――──

 俺は無理に起き上がる。

 痛みはまだ感じ、体も痺れている。

 どう考えてもまだ完全では無い。

 傷は手当てされ、血は止まっていたが、毒の浄化は終わっていないみたいだ。

 と、言うか、毒の存在は周りには気が付いていないようだ。

 しかし、身体がダルい。

 気分は最悪だ。

 一部屋の広い部屋にベッドが2台と人数分のイスと、それを囲うだけの円テーブルが置いてあるだけの部屋だ。

 キッチンは無いので、テーブルの上に、携帯用のコンロと鍋を置き、ルルは料理を作っていた。

「大丈夫なのか?」

 俺の気配に気付き、トオルが俺を見る。

「ああ、大分楽になった」

「嘘だよな? 顔色悪いんだが。それに汗も尋常じゃなく出ている」

 多分、俺が思っている以上に、俺の身体は悲鳴を上げているのだろう。

 身体は嘘を付けないでいた。

「気にするな。すぐよくなるから……とは言ってみたが、信じてくれねーよな?」

 強くて痛い視線をトオルから感じた。

「当たり前だ。どうしたんだ?」

「魔王の側近とやり合った。ルルに渡したメモは、その側近が渡したメモだ」

「何て物を、こんなの信用出来ません!」

 ルルが大声を上げる。

「まあ、そう言うなよ。叫ぶと傷口に響くし」

 俺は傷口を抑えた。

「トオル様。どうします?」

「うーん。まあ、罠かもだけど、手掛かり無いし、やってみようよ」

「まあ、トオル様が言うのなら」

 本当にトオルが好きだな。

 確かにこのまま、足踏みしている場合ではない。

 それはトオルが1番分かっていた。

「それで、何が書いているんだ?」

「これです」

 ルルがメモを渡す。

「何々、玉ねぎ、人参、ジャガイモ、牛肉、さやえんどう……しらたき。これを作って、公園に持って行け」

「それで、作ったんだけど……」

「これ、肉じゃがのレシピだよな?」

 トオルは俺にメモを渡し確認する。

「ああ、恐らく」

「肉じゃがって何ですか?」

 ルルがトオルに聞く。

「ああ、知らなかったんだ」

 俺とトオルは声を合わせ、納得した。

 まあ、知らなくとも無理は無い。

 世界が違うのだから。

 しかし、トオルも大変だったな。

 俺はトオルをからかおうとしたが、止める事にした。

 ルルの料理の中に小麦粉がダマになり、焦げたホワイトソースとブラウンソースが見えた。

 ルルは不器用な子のようだ。

 まあ、牛乳だけで、シチューを作ろうとした人より、常識があってマシだな。

 それをトオルが、文句を言わずに食べようとしているのだ。

 これはあまりに可哀想だ。

 男は時として、何も言わずに女の子のやった事に対し、首を横に振れない事がある。

「トオルは作れないのか?」

「僕が出来ると思う?」

 逆に問いかけられた。

 そんなイメージが俺には無い。

 恐らく、イメージ通りなのだろう。

「思わないな。仕方ない。俺がやるか」

 俺はベッドから降りようとする。

 まだ、傷が痛む。

 俺は顔が強張ったのだろう。

「無茶するな」

 トオルが心配する。

「大丈夫だよ。この位なら、食材はまだあるよな?」

 体の痛みは何とかなるが、痺れはどうにもならなかったが、大分治まっているので、まあ、何とかなるだろう。

「あるわ。そもそも、作れるの?」

 ルルは俺をバカにする。

 人の事言えるのか?

 まあ、俺が料理を作る姿なんて、見せた事無いから、バカにされてもしょうがないか。

「ああ、簡単な物なら。生きていた頃の話だが、よく作ってた」

 俺は手を洗い、野菜も洗った。

「トオル。ルル。これ持ってくれないか?」

「ああ、うん」

「何で、私が」

 トオルに水の入ったボールを、ルルは何も入っていないボールを渡した。

「んじゃ、やるか」

 右手に包丁を持ちジャガイモ2個と玉ねぎ2個、人参1本を頭上に上げ、スパッと切り、ジャガイモの身をトオルの持つ水の入ったボールに入れ、それ以外をもう1つのボールに、皮をテーブルに置いてあった皿の上に置いた。

「なっ」

 2人は俺の芸に驚いていた。

「まあ、こんな物か」

「ビックリするだろうが!」

 トオルが叫ぶ。

「やめぇい!」

 ルルが俺の耳元で怒る。

「何だよ。いいじゃねーか、ちゃんと切れているんだし」

 俺の包丁さばきにムラは無かった。俺のやった事は完璧である。

「やるなら、言えよ!」

「いや、無事を証明したかったし」

「反省がないな」

「ダメね。これは」

「どうした?」

「何でもない」

「気にしないで」

 2人は憮然としていた。

 意味分からんな。

「そうか、それ聞いて安心したよ」

「もう、やらないよな?」

 トオルは確認する。

「ああ、野菜もうねーし、流石に肉としらたきは難しいよ」

 水分の多いものと、落としたら取り返しのつかない物はやりたくない。

「あっ、そう」

 トオルは安心しているようだ。

「ああ、そうだ。トオルとルルはさやえんどうの筋取ってくれるか?」

「ああ、分かった。やり方は?」

「だから、ルルは……」

 ルルの耳元で話す。

「ルル。今、困っているトオルに筋の取り方を教えるのも、巫女の勤めだろう?」

「はっ、確かに」

「だろう」

 俺に対してずっと悪口と敵意剥き出しだったルルも、トオルの話をしたら、乗ってきた。

「トオル様、私が教えます」

 本当にいい子だ。

「うん。ありがとう」

 トオルも礼を言った。

「そうそう」

 俺は頷き、調理を再開した。


 それから30分後。

「出来たぜ」

 俺は肉じゃがをとりあえず、トオルとルルの為に皿に盛った。

 2人分のご飯も用意する。

「そーいや、料理している時、ずっと右手使っていたな。まだ、傷が痛むのか?」

 くだらない心配しやがって、大体、傷は右だ。

「ちげぇよ。こっちの方がやり易いからだよ。切るのはあまり、問題無いが、コンロの火を調整するのも、とっさに蛇口捻るのも、ありゃ、どう考えても右利き用じゃないか」

「ああ、確かに」

 そう、世界の殆どは右利きの為に出来ている。

 字を書くとバランスが可笑しくなるし、ハサミ、1つ選ぶのも種類が無く探すのも大変なのだ。

 どちらの利き手も可のハサミはあるが、望んだデザインで無い事も多く、欲しいハサミが右利き用しか無い事だってある。左利きの宿命と言う物だ。

 だったら、両利きになり社会に適応した方が得策なのだ。

 だからって、全部を右にしてしまえば、いざと言う時に困るので、矯正はしなかった。

「味は保証出来ねーから、味見頼むよ」

「分かった。頂きまーす」

 トオルが先に食べる。

「まあ、手際は良かったけど、味よ」

 ルルは面白くなさそうに食べる。

 俺は苦笑いを浮かべたが、食べてくれただけありがたい。

「美味いな」

 トオルが褒める。

「まあまあじゃ無い」

 ルルはそっぽ向いて言う。

「そうか、お口に合って良かったよ」

「これを届ければいいんだな」

「ああ、そうみたいだ」

「ルイは行けるか?」

「行かない方がいいよな?」

「ああ、心配だから」

「だよな~いいよ。俺は大人しく寝ている」

 まあ、殆ど体の言う事が効かなくなっているので、確かに有り難い。

 俺はタッパーに肉じゃがを入れ、オニギリを作り、崩れ落ちるようにベッドに潜り込み、すぐ、眠ってしまった。



 朝。

 目が覚めた時、知らない男が目の前にいた。

「誰だ」

「誰だは失礼だな。傷を癒やしてやったんだから」

 中肉中背の男だ。

 金髪の碧眼で細面だが、目つきは悪く、まだ、俺の方が格好いい。

 傷が治せると見て、死神のようだ。

 男は俺を睨むように見ている。

「そー言えば」

 俺の体はダルさが残る物の、動くには支障が無くなっていた。

「俺が癒やしてやったんだ。感謝しろ」

「うーん。感謝はしたいんだが、身元が分からないのに、感謝も出来ないんだが」

「まだ、名乗って無かったか、何だ。早く言えよ」

「開口一番に言っていたぞ」

 この男疲れる。

「お前の声が小さかったんだ。まあ、いい。俺の名前ヒロノブだ。情報屋で死神だ」

 いや、明らかに聞こえていたと思うが?

 まあ、いい。

「死神の情報屋か、ああ、ありがとう」

 この世界の事務所的ポジションでは主に情報を操るいわゆる、情報屋だと言うのを、思い出したよ。

「何、そこで終わらせようとしている。この外道が!」

 いきなり、俺に怒る。

「俺、何で怒られているんだ?」

「気付いていないのか、お前は俺に肉じゃがとおむすびを振る舞ったんだぞ。こんな美味いもん作るから、さぞ、絶世の美女かと思って会いに行ったら、野郎じゃないか。それも、俺よりタレ目不細工な」

 食欲をそそるように作ったつもりが、性欲に反応したようだ。

 バカだ。

 バカはバカだが、言いたい事言いやがって、タレ目はチャームポイントで、俺の方がいい男だ。

 怒りが爆発しそうになったが、ここは抑える。

 一応、俺の傷を治した恩人には変わりないのだ。

「それで、そんな凄い情報屋が何でここにいるんだ」

 皮肉混じりに言う。

「俺が凄いか、そうだろう。野郎でもなかなか見る目あるな。どうだ? 下僕にならないか?」

 この男は好き勝手言い過ぎだ。

「いや、それはいいよ」

「何故だ?」

「何故ってヒロノブが、尊敬に値する人で、俺は足元にも及ばないからさ。下僕になっても、俺はちゃんと働ける自信が無い」

 我ながらオーバーな言い方をした。

 こう言う男は、適当に褒めて言い流すに限る。

「そうか、それは残念だな。まあ、なりたくなったら、言ってくれよ」

 しかし、それが通用する相手だった。

「あっ、ああ」

 俺はこいつがバカで良かったと思う。

「それで、その凄い俺がここに残ったのは、他でもない。情報屋としての使命を果たすつもりだからだ」

「そうか、あのメモ通りに2人は動いたんだな」

「そうだ。だから、俺がいる。そして、2人はそこに向かって旅立った」

「なる程。それで情報は信用していいのか?」

「当たり前だ。人間も絡んでいるし、俺の仕事に抜かりは無い。ちゃんと裏も取ったし、何より、送迎馬車で行ける場所だ」

「馬車……又、随分、人目の着く所にあるな」

「まあ、そうなるな。温泉もあったからな」

「……あっそう」

「詳しい地図はここだ」

 俺に地図を渡す。

「ありがとう」

 俺は確認する。

 確かに温泉宿が建ち並んでいた。

「さて、仕事は済んだ。本題に入らせて貰う」

「まだ、あったのかよ」

 ってか、本題はアジトじゃないのか?

「あるに決まっているだろう。俺は納得して無いんだよ。あの肉じゃがと言い。お前は何人の女を不幸にした!」

 人差し指で俺を指し言う事は、女であった。

「話が見えないんだが?」

「お前の女に対する経歴は調べさせて貰った」

「勝手に調べるなよ。個人情報の保護はねーのか?」

 女性遍歴を調べるのは、人として失格な気する。

「情報屋にそれはご法度だ」

「無視する事じゃねーだろうが、あたたたっ」

 叫べばまだ、傷口が痛んだ。

「全く、俺は確かに治癒を使ったが、内臓までえぐれて、死にかけていたんだぞ。幾ら傷口塞いでいても、まだ、叫ぶのは無理だ」

「ちっ」

 舌を打ち、怒りを表現する。

「まあ、その位大人しい方が、話してくれるとは思うんだがな。お前の罪状は女を見捨て過ぎ罪と、女を悲しませ過ぎ罪だ」

「何だよ。それ」

「俺が作った。文句あるか?」

「はいはい。ありません。それがどうしたんだ?」

 俺はタバコに火を点けた。

「羨ましい」

「はあ?」

「どうやったら、女は近付く」

「知らねーよ」

 何かと思ったら、要はモテない男の妬みであった。

 最も、俺がそこまでモテているとも思わない。

 まあ、女に困った事は無いが……。

「そうやって、お前は女を食い物にして、悲しませて大罪だ」

「してねーよ!」

「いや、している。じゃなきゃ、美人所長、事務所1階の喫茶店のアルバイト2人、事務所正面のケーキ屋のパティシエが近付くはずがない」

 よく動く舌だと関心する位、早口で言う。

 確かにこの4の女性は、俺に興味があるみたいだ。

 所長を除いた3人は、店に寄ると親切にしてくれた。

「と、言われてもな~」

 俺は特に何かをしている訳ではないし、何かした覚えも無い。

 まあ、所長は例外だが……。

「そうか、そー言う態度が、女にウケるんだ」

 本当に面倒な死神だ。

 俺を待たずに2人が行った最大の原因は、こいつのせいかも知れない。

「いや、知らねーし」

「分かったぞ。お前の留めるスキルで、女の心を留めているんだ。そうだ。そうだろう」

 ヒロノブは確信を持って俺に言う。

「そんな面倒な事しねーよ。はあ……」

 俺はため息をついた。

「さあ、吐け」

 と、言って吐く情報は全く無い。

 仕方ない。

 俺はタバコを灰皿に入れる。

「あたたたっ」

 俺はお腹を抑えた。

「嘘、言って逃げようとして無いか?」

「んな訳ねーだろう。俺の傷が酷いのは知っているだろう?」

 ヒロノブの言う通りだが、バカであるのを願う。

「確かに、死神でも死んでいた可能性があったからな」

「あたたたっ、もう、ダメだ」

 俺は苦しそうに言う。

「おい、本当に大丈夫か?」

 ヒロノブは心配していた。

「ダメだ。うっ」

 口を抑える。

「マジかよ」

「ああ、実は毒攻撃もくらっていて」

「おい、そんな大事な事早く言えよ」

「頼む。水を」

「わっ、分かった」

 ヒロノブは急いでコップに水を組みに行く。

 俺はヒロノブが目を離した隙に剣を持ち、開いていた窓から降りた。

「待て、ここは3階だ! って、飛んでる」

 ヒロノブの言葉はここまでしか聞こえていなかった。

 俺は黒い翼広げ、飛び去った。

 とりあえず、トオルとルルに合流するか、いや、温泉行って、傷を治した方がいい気がする。

 俺は地図を頼りに温泉宿に向かった。

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