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緑の章  作者: 叢雲ルカ
緑の章
3/11

第2章 世界は誰か1人の物ではない

 僕は目覚めると、見知らぬ木造の小屋のベッドで寝ていた。

 病院のベッドでも無ければ、ルイの家でもない。

 ルイ!

 そうだ。ルイは?

 僕が急に起き上がると、パラダイス・ワールドの住人、死んで魂だけの存在、死神ルイの姿は無く、傍らで何故か寝ていた女の子が驚き目を開けた。

「あっ、寝ちゃった。すみません。お目覚めですか? 勇者様!」

 女の子は僕を見るなり目を輝かせ、僕に訴える。

 いや、僕はまだ、勇者になった訳じゃ……。

 僕は勇者志望ではあり勇者にはほど遠い。

 だって、僕はまだ、何もやっていないのだから。

「名前ルルです。この村。ラクネで神託を受け、皆さんを導く勤めををしております」

 女の子が自己紹介をする。要は巫女さんだ。

 よく拾われるが、今回は前よりマシな人に拾われた。

 ルイはマシじゃないだろう。

 勿論、これは僕の見解である。

 水色のストレートな髪に色白の肌。瞳の色も水色で目ははっきり二重瞼。

 歳は僕と変わらないか、少し年下だろう。美しいと言うよりかは、まだまだ幼く、可愛いという言葉が似合う女の子だった。

 ルルは村の前で倒れていた僕を拾い介抱した。ありがたい話である。

 付き添いがいなかったか?

 と、言う質問に対し、ルルは首を大きく横に振った。

 そう。僕とルイは完全にはぐれてしまったのだ。

 話は戻す所、数時間前。だろう。

 正確な時間は僕には分からない。

 僕とルイは別の世界へと旅立つ事になった。

 リフィル所長が寂しい顔をして、ルイを見送ったのも記憶に新しい。

 ルイは僕がリアルとパラダイスを行き来するのと同じ、金色のゲートを出した。

 死神なら誰しもが出せるのか?

 ルイに聞こうとしたが、何故か聞きそびれた。

「これを通れば、別の世界に行けるらしい」

 『らしい』そーいえばルイは断言していなかった。

 それが失敗の始まりと言えば始まりだ。

 僕とルイはゲートを潜った後、その不安定な時空間に足下をすくわれる。

「やっぱり、目的地がはっきりしてないと、不安定になるんだな」

 空間の狭間の中は、無重力空間と同じで、ルイが空間の真ん中で逆さまになり、冷静に分析をしている。

 こらこらこらこらこらこらこら!

 僕はルイをとっちめようとしたが、空間が裂け始めた。それも加速度的にだ。

 はぐれないように、急いでルイは僕の手を僕はルイの手を繋ごうとしたが、一歩届かず、僕とルイははぐれてしまった。

 そして、気が付けば、ルルに助けられたと言う訳だ。

 一歩間違えれば死んでいたに違いない。僕はこれ程までにルイを恨んだ事は無かった。

 ちなみにここはパラダイス・ワールドの通称ファンタジー・フィールド。

 とりあえず、目的地には着いていた。

「勇者様。倒して欲しい人がいます」

 ルルが僕の両手をギュッと握る。僕は少し緊張した。

 こうして、他の女の子の手を握られる何て無いからだ。

「その勇者様は止めてくれないか? 僕、まだ何もしてないし」

 そう、本当に何もしていない。

「僕はトオルって名前だ」

「トオル様ですね」

 無邪気に笑う。

「だから『様』は……」

 僕は困り果てる。

 しかし、その笑顔に負けてあまり強くは言えなかった。

「トオル様、その倒して欲しい人何ですが」

「待ってくれ、何で急に話しを進める」

「だって、空から降りたる人間が現れた時、伝説が始まり、勇者となる。そして、災いを葬り去る。預言書の一節です。これはトオル様を置いて他にいません」

 目を輝かせ、預言書を僕に見せる。

 知らない文字の羅列のように見えたが、それもご都合主義がなせる技、勝手に日本語に変わった。

「はあ、って空から!」

 僕はどうやら、知らない内に上から落ちる癖がついているようだ。

 嫌な癖だ。

「ええ、空からです。しかも、金色の光を輝かせゆっくりと落ちて来ました」

 往年の某有名アニメのような、お決まりの落ち方をしたようだ。

「さあ、助けて下さいトオル様。悪い魔物や盗賊をバッタバッタと倒して下さい」

「はあ、まあ……」

 ここまで言われ断れば、男として失格だ。

 僕はコクコク頷いた。

「ありがとうございます。トオル様! あっ、トオル様お食事にしましょう」

 ルルは僕の前から姿を消した。

「だから『様』はいらないんだが……」

 ルイが頑なに、『さん』と『様』を付けないで欲しいと頼んだ気持ちが少し分かった。

 僕は辺りを見回す。

 質素な部屋だ。ベッドに小さな棚にちゃぶ台。必要最低限の物しかない。

 僕の剣は部屋の隅にあり、僕は剣を持った。

 ちなみに僕の服装は世界に合わせて、チェンジしている。

 身軽な皮の鎧にマント、ブーツも履いていた。

 しかし、今はそれを脱ぎシャツと長ズボンだけの服装となっている。

 装備はちゃぶ台の上に丁寧に置いてあった。

 ルルはそこまで僕を丁重に扱って……。

「大変です。賊が現れました!」

 僕が思い巡らせていた瞬間、ルルが勢いよく扉を開けた。

「賊?」

 僕が聞き返す。

「はい。村を襲う盗賊がもう外に迫っています。トオル様助けて下さい」

「わっ、分かった」

 僕は急いで鎧を纏い、剣をしっかり持つと、飛び出していった。


 部屋を飛び出て、僕は驚いた。

 ひょろひょろとした体格に、漆黒の髪に同じ色の瞳。そして、無駄に付けているピアス。

 スーツ姿では無く、世界に合わせ、黒いダボダボのズボンとジャケットと言った鎧も纏わない軽装備だったが、間違いない。

「何で、何でここにいるんだ。ルイ!」

 ルイが敵側、つまり盗賊の方にいたのだ。

 しかも、部下に指示して、いつの間にか偉くなっている。

「どうしました? 知り合いですか?」

 ルルも武器である鉄バットを取り……バット!

 あの野球に使う銀色のバットだ。

 打撃武器にしては随分お粗末な武器を手に取り、勇敢にも戦おうとしていた。

 この子だけは何でもいいが護ろう。

 余裕は無いが健気な彼女を見てそう感じた。

 そんなルルが僕の異変に気付き話し掛ける。

「いや、何つーか、連れがいるんだけど」

 ルルの無邪気さについ言ってしまった。

「何と! どちらの悪党ですか?」

「あいつだ」

 ルイを指差す。

 ルイは気付いたのか、こっちを見て怪しく笑い、又、目を逸らした。

「何で、トオル様のお連れが、しかも隊長の腕章までしているし、許しません! ルルが相手します。えーい」

 ルルはルイの腕に付いている黄色の腕章を見て、更に怒りを増し、一目散に走る。

「いや、待て。あいつは、ああ」

 僕はルルを止めようとしたが、ルルは止まらなかった。

 はあ……庇うのが勇者だよな。

 僕も向かって行った。

「悪党覚悟!」

 ルルが、ルイに向かいバットを振り回す。

 ルイは腰にぶら下げた剣をゆっくり抜き、右手に持つ。

 左利きだが、右手でも扱えた。

 実際、僕を稽古する時も手加減する為に右手で持っていた。

 そして、愛刀は使わない。

 出発前にルイが話していた。

 死神を快く思わない場所も少なく無いとか。死神自体いない場所もあるとか。

 僕達が行く所はそんな世界かも知れないから、死神と言う身分を隠すと。

 あの長刀は目立つし、長い間出すと、それだけ死神の生死、いや、存在と消滅に関わるから、出したまんまは難しいらしい。ルイが剣を使うのはそんな理由だった。

 しかし、強い事には何も変わらなかった。

 ルイは大きく右手で持った剣を振り、鉄バットを一瞬で真っ二つにした。

「嘘」

 ルルは驚く。

 ルイの剣は容赦なく、ルルの首に向ける。

「抵抗しなかったら、命だけは助けてやっから」

「賊のクセに、賊に命乞い何か出来るか!」

 ルルの怒りが伝わる。

 さっきまでとは、全く違った。

 ルルは真剣にこの村ラクネを守ろうとしていた。

 それに比べ僕は……。

 あれ?

 体が動かない。

 僕の手足は何故か思い通りに動かなくなっていた。

 まるで、金縛りにあっているような。

 別の力が働いているような。

 ともかく、ルルを助けられなかった。

「村を襲って何するのよ!」

「知りたいか?」

 ルイは緊張感が無く、笑っていた。

「答えなさい!」

「実は俺も知らない」

「バカな事言わないで。何で部下に指示出せるの」

 ルルは最もな質問をルイにぶつける。

「ああ、それな。俺、剣の腕立つだろう。自慢じゃないけど、そりゃいっぱしに」

 ルイは指を折り、数えるように説明を始めた。

 その説明は十分自慢している。

「んで、その腕を買われて、お頭が俺を買った訳だ。いや、命の対価にここの指示を任された訳だ。宝を奪えって。説明終わり。さて、そんな哀れな俺をどーする?」

 哀れって自分で言うなよ!

 しかも、強ければ容易に逃げられただろうに。

 こいつは完全に楽しんでいる。

「どーするもこの村から出て行け!」

「そりゃそうだな。もう、帰るか、みんな撤収な」

 粗方お宝を集めたのか、ルイが盗賊達を集めた。

「もういいな。殺生はしてないな」

 ルイが聞く。

「おう!」

 盗賊達が返事をする。

「なあ、可愛い女の子連れ帰りたいんだけど、ダメか?」

 盗賊の1人がルイに聞く。

「ダメ。まあ、持ち帰るなら、この子な」

 ルイはルルを指す。

「何で?」

 ルルも僕も驚く。

「ん? だって、近くにいるから」

「おお、いいぜ」

 盗賊達の士気が上がる。

「んじゃあ、決定な」

 ルイは盗賊の1人から縄を取り、僕の隣にいたルルを縛ろうとする。

「おい、ルイ。彼女を離せ!」

「だったら力ずくで奪ってみろよ。体が動けたらね」

「うっ、確かにさっきから動かない」

 ルイは話ながら、ルルを縛る。

「抵抗しなかったら、痛い事は絶対しないから」

 ルイはルルに囁いた。

「何考えているのよ?」

「勇者様を強くする為さ」

 全部聞こえているぞ。

 この男は、人おちょくって、絶対楽しんでる!

「さあ、終わったぞ」

 ルイは盗賊達を纏めると、ルルを連れ、村を出た。

 その後、僕の体が動くようになった。

 何があった?

 僕は訳が分からなかったが、1つだけ分かる。

 ルイは僕を挑発した。

「勇者様。大丈夫ですか?」

 今まで隠れていた村人がやって来て、僕に言う。

「僕は、でもルルが連れ去られてしまいました。スミマセン」

 僕は俯く。

「でも、絶対助けますから」

 僕は剣を収め、急いで盗賊達を追った。


 僕が未熟だが何事もなく、盗賊のアジトにたどり着いた。

 洞窟の中にアジトがある。

 入り口には見張りが2人いた。

 僕は周りにバレないように、辺りを散策する。

 すると、近くに簡単に出来た小屋があった。

 しばらく張り込むとその小屋にルイとルルが入る。

 僕はもう少し近付き、会話を聞こうとした。

「悪いな。手荒な真似しちゃって」

 木造の小屋である為、隙間から中も見えた。

 ルイはルルの縄を解いた。

「俺はルイ。君は?」

「名乗る名は無い! ルルを村へ返せ」

「ああ、ルルか」

 ルイが笑う。

 名前を1人称で呼ぶルルの弱点だった。

「あっ」

 ルルは顔を赤くした。

「そう言う勢いで向かう子嫌いじゃないよ。でも、残念だ。仲良くなれると思ったんだが、同じ勇者を導く者として」

 ルイはタバコを吸った。

「あんたが、トオル様を導ける訳無いでしょう」

「そうか、そーなんだ」

 ルイは本当に寂しい顔をしていた。

「ルルは清く正々堂々とあの人を導きたいのでし。あなたの目は目が濁っています!」

 しかし、ルルははっきりと意見を言う子だ。少し、尊敬する。

 まあ、これがルイに通用するかは又、別問題だけど。

「そうか? 俺、目の病気何か患ってないぞ」

 そう言う事を言っている訳じゃないから、僕は勿論、ルルも呆れて、一瞬言葉を失った。

 そりゃ、そうだ。

 しかし、これがルイのやり口でもあった。

 相手をからかい、挑発させ、怒らせて、隙をつく。1週間一緒にいて、しっかり学んだ。

 だが、そうやってからかっていても、ルイはしっかり、人を見ている。

 そう、今も。

 僕が見ている方をチラリと見た。

 僕は瞬時に隠れたが、確実にバレている。

 何故なら、ルルをわざわざ浚い、僕を呼び寄せる口実を作った。

 しかも、手の込む事もしている。

 アジトまでの道のりが書いた地図を、僕のポケットに潜ませていた。

 トラップがあるのが、常だが、そのトラップもそこには無く、スムーズに行けた。

 僕はルイの手のひらの上で踊っているような気がした。

「あんたみたいな人に、トオル様は負けません」

「そうか、そいつは楽しみだ。トオルが俺を倒すのか、うん。いつか、超えて欲しいけどな。いや、楽しみだ」

 ルイは大きく頷く。

「あなたはトオル様の実力を分かっていません」

「そう思うか?」

「思います」

「そうか、それは済まない。過小評価して、あいつがいつの間にそんな実力をつけた何て」

「何を言っているんです。まるで、トオル様の実力を知っているような事を」

「知ってるよ。だって、トオルに剣を教えたのは俺何だからな。師を超える事がどんだけ難しい事か、想像出来るよな」

「そんな」

 ルルはこの上ない程の絶望的な顔をした。

 僕はそれを、手をこまねいて見ているしかなかった。


 しばらくして、盗賊の頭が現れた。

 僕は引き続き隠れている。

「ララ姉さん」

 ルルが驚いた。

「えっ!」

 僕も驚く。

 肌は色黒ではあったが、その出で立ちはルルとそっくりだった。

 しかし、ルルより男ぽく、腰に剣を下げ必要最小限にしか、衣服を纏っていなかった。

「やっぱり、頭の妹だったか」

 ルイが笑う。

「ルイ。余計な事を」

 色黒のルルの姉ララが小言を漏らしながら、ルイの近くに立ち腕を組む。

「いいじゃねーか、姉妹何だし」

「よくないわ!」

 ルルが。

「よくないぞ!」

 ララが。

 語尾は違うが2人はルイを真ん中にして責めた。

「仲いいじゃないか」

 ルイは耳を塞ぎ、笑って見せた。

 姉妹には緊張感が漂っていたが、ルイにはそれが全く感じられなかった。

「それで、何でララ姉さんが盗賊何て、村の掟に逆らい、預言を無視し、何を考えているんですか!」

「そんな預言に振り回されるなんて、もうゴメンよ。力さえあれば、そんな古びた占い何て不要だわ」

「いくら力があっても、魔王の力は強力よ。それに勇者様は現れたわ」

「まだ、そんな夢物語を、だったら何故ルルはここにいる。勇者がもしいたらあなたはここにいないわ」

「それはそうかも知れないけど、この人は勇者様の知り合いだから、油断しただけよ」

 ルルはルイを責める。

「知り合い? ルイ、私は聞いて無いぞ」

「聞かれて無いが?」

「貴様、バカにしているのか」

 ララは抜いた剣を、ルイの首筋にちらつかせる。

 それでもルイは焦らず、平然としている。

「しちゃいないが、連れがいるって話はしたはずだ。んでも、頭は剣の腕を買ったんだろう?」

「そりゃ、そーだが」

 どうやら、ルイが村で言っていた事は本当だったようだ。

「俺が襲った村、ルルがいた所にたまたま連れがいて、その連れが、預言書通りにやって来たから、ルルが勇者って言ったんだろう? 偶発的に起こった出来事に剣をちらつかせるのはどーかと思うが、まあ、話は概ね分かった。その魔王を倒せば平和になれるんだな。頭は勇敢にもそれを倒そうと、盗賊団を作り、ルルは預言を信じ待った」

「そうだ」

 ララが剣をしまい頷く。

「そうです」

 ルルは自分の手を組み、首を縦に振る。

「それで、頭は魔王に勝てる自信はあるのか?」

「今はない。だが、もう少し腕の立つ仲間を集め、己を磨けば勝てる」

「ルルは俺の連れ、トオルが魔王に勝てると思うか?」

「思います。トオル様は勝ちます。ルルは信じています!」

「そうか、分かった。トオルはどーする?」

 その問いが急に僕にまで行く。

「答えを知っていて聞くな! 僕はやるぞ」

 僕は急いで扉を開け中に入る。

「そうか、それが聞けて安心した」

「貴様。何故ここを」

 ララが僕に剣を構える。

「トオル様。どうして」

「えっ、いや……」

 僕は少し戸惑った。

「トオルにアジトの位置を教えた」

 この男は結局隠す事をしなかった。

「貴様、裏切るつもりか!」

「違うな。寧ろ手を組もうと考えた。いや、手を組むに値するか見極めたかった」

「貴様、バカにするもいい加減にしろ! 体が動かない」

 痺れを切らし、ララは剣を振り上げ、ルイを斬ろうとしたが、ルイが人差し指を突き出した刹那、その手が止まる。

 又だ。

 僕の時と同様に体が動かなくなった。

 ルイは何かしているのは明白だ。

「悪いな。斬られるのは嫌だから、体を留めさせて貰ったよ」

「留める?」

「ああ、スキルだ」

 そう言えば、死神は1つスキルを持つと聞いたな。

 それがルイの力のようだ。

「もしかして、死神ですか?」

 ルルが聞く。

「あっ、この世界死神いるの?」

「ええ、珍しいですが」

 ルルは死神と聞いてあまり表情を曇らせた。

「良かった。だったら、話は早いや、そうだよ。そして、俺の力は物体を留める事だ。金縛りって訳じゃない」

 ルイはララの持っていた剣を取り上げ、鞘に収める。

「スキルを解いたら、振り下ろされた剣はそのまま動くからな。剣は凶器危ないからね」

「貴様。解放させろ!」

「言われなくてもそーするから」

 ルイが言うと、ララの体が動くようになった。

 ルイを本気で斬ろうとしたのは確かで、体が前に倒れた。

 ルイはそんなララを支えて剣を簡単にララに返した。

「頭、焦るな。確かに頭のやる事は正しい。だが、魔王の力ははっきりしてないが、強大で脅威だろう。なのに村でチンタラ賊やっていたって、前には進まない」

「そうよ。ララ姉さん」

「だが、何もしないで、手をこまねくのも俺としちゃ賛成出来ないな。村の人達だって、俺が見る限り抵抗しないで、ただ、盗まれていたし」

「それは力が無いから」

「無くても抵抗は出来るルルも、俺に勇敢に向かって来ただろう? まあ、命惜しさに抵抗しないなら、仕方ないし、今回は本当に勇者が出たが、出なかったら、魔王に屈伏するのか?」

「それは嫌だ。あんな、村人を食い物にして苦しめる何て」

「だったら、抵抗する力を持つ事も必要じゃないのか?」

「ルイ」

 僕は呆然とルイの話を聞いていた。

 どちらも、間違ってはいない。

 どちらの肩もルイは始めから持ちたくないようだ。

「んで、本題だが、俺は自慢じゃないが強い」

 十分自慢してるぞ。

 リフィル所長が事あるごとに『無駄に強い』と、言っていたが、あの平和な世界で、ボランティア活動だけしているには、確かに無駄な強さだった。

「荒削りだが、俺はトオルに剣を叩き込ませた。強い俺の剣を少しは真似して、強くなっているはずだ。俺はこの勇者見習いのトオルを、本物の勇者にしたい。2人とも手伝ってくれないか?」

「ルルはトオル様の為に働きます」

 ルルは目を輝かせ、僕を見る。

「それはありがたい」

「でも、あなたは嫌いです。トオル様を正しく導けないと思います」

 しかし、ルイには冷たく睨む。

「そいつは、厳しい意見だな」

 流石のルイも憮然とした。

「私は反対だ。この男にその実力があるとは思えない」

「そいつは最もな意見だ。トオルもまだ、実戦経験が無いからな。だったら、頭とトオルが決闘してみるのはどうだ?」

「おい、ルイ」

 僕はルイの見えない考えに異論を唱えようとした。

「トオルにはもっと経験を積んで貰いたいしな。トオルが勝てば、大人しくトオルを勇者にするのを手伝ってくれないか?」

「まあ、いいだろう。だが、負けたらどうする?」

「もし、負けたら、そーだな。トオルを一生、下僕としてこき使ってくれ」

「おい、ルイは損しないのか?」

「何故、俺が損しなきゃならない? トオルを勇者にする為なら、交渉と多少の危険は請け負うが、なるべくなら、危険な事に足を突っ込みたく無いんだ。痛いじゃんか、ああ、でも、楽しい事はどんどんしたいよ。今も十分楽しいし、頭とトオルが腕比べって、見てるだけで面白そうだしな」

「こいつ、最悪だ」

 僕、ルル、ララは一緒になって呟く。

「それで、どうする? やるの?」

 ルイはそれを気にしていなかった。

 こいつのそうやって動じない心は、幼稚な心を持つ割に1人前に大人である。

「まあ、私は構わないが、貴様の不届きを暴くには丁度いいからな」

「トオルは?」

「僕は……」

 正直困っている。

 一生ぱパシられるのは嫌だ。

 勝負に負けるとは決まっていないが、勝てる自信が今の僕には無かったからだ。

 回答に困っていた所に運がいいのか悪いのか、盗賊の1人が扉を開ける。

「お頭大変です!」

「どうした?」

「外に巨大な魔物が、見えます」

「何だって!」

 ララが言う。

「トオル。行くぞ」

「はい」

 僕とルイは一目散に小屋を飛び出した。

「おい」

 ララが止めようとする。

「私も行きます」

 ルルも走る。

「おい、待て」

 ララが忠告するを、僕達は聞く耳を持たなかった。


「確かにデカいな」

 ルイはタバコを吸い、冷静に分析する。

 本当に大きい。

 全長3メートルはあり、黒い巨人と言うべきか、全身がともかく真っ黒。

 しかも夜の闇とマッチし、余計黒く感じる。

「あれは、魔王の遣い魔です」

 ルルが説明する。

「隣の村々はこの遣い魔にやられました」

「そうだ。だから、我々が守ってやっていたんだ」

 ララも遅れてやってくる。

「でも、物を盗むのはよくありません」

「報酬だ。それに、我々がいくら村を守っても、村人は見向きもしないでは無いか、それどころか自警団すら組織しようとしない」

「それは勇者様が守ると信じているからです」

「はいはい。2人とも、今は姉妹喧嘩をしてる場合じゃないだろう?」

 ルイが止めに入る。

「ああ、そうだ。皆の者砲撃準備!」

 ララが声を張り上げ、部下に指示する。

「それが、お頭」

 盗賊の部下が申し訳無さそうに話す。

「どうした?」

「大砲は前の戦闘で損傷し、まだ、修理は終わっていません」

 この盗賊達は大砲を使い、遣い魔を倒していたようだ。

 つまり、今、対抗策が無いのだ。

「ちぃ、確かに前回来た時を考えると日が浅いか」

「頭、お困りのようですね。倒しましょうか?」

 ルイが軽々と話す。

「やれるのか?」

「ええ、トオルが」

「僕!」

「他にいないだろう?」

「ルイがいるだろうが、ルイがよ」

 こう言う時に使うのが、力である。

「俺がやるのは簡単だが、それじゃ、勇者の活躍が無くなるだろう? 何、楽しそうな事だから、補佐には回ってやるよ」

「ありがたいよーな。ありがたくないよーな」

 僕はため息をついた。

 確かに黒い巨人は無数の人型の分身を出した。

 それは人間と同じ位の身長だったが、腕を尖らせ、凶器となっていた。

 それと巨人を1人で相手するのは確かに不可能であった。

「ほら、雑魚は俺がやるから」

 ルイは剣を抜き、右手に剣を持つ。

 僕も剣を抜き構える。

「おい、本気でやるのか?」

「ああ、そのつもりだけど?」

「無茶だ。こいつには物体は無いんだぞ」

 ララが巨人の事を話す。

「へー、なお、楽しいじゃないかーおい、トオル何とかしろよ」

「ちぇ、分かったよ」

 僕は覚悟を決め、ルイと巨人に向かった。


 とは言ったが、まだまだ素人の僕には荷が重かった。

 僕は巨人に傷を付ける事も、怯ませる事も出来なかった。

 だって、あの巨人、斬っても感触無いんだもん。

 僕は何とか攻撃を食らわないようにして、隙を伺い戦っていたが、体力の限界が近かった。

 ルイはタバコを吸いながら、黒い巨人の分身を斬っては消滅させ、斬っては消滅させていた。

 その体力が何処からくるのか全く分からない。

 それに、あの巨人の分身で同じ物質であるはずなのに、よく倒せるなと感心する。

 僕は疲れているのに、ルイは息1つ乱れないでいた。

「トオル、大丈夫か?」

 一応、気にしてはいるようだ。

「無理だ」

「んたく、諦めるなよ。まあ、いいわ。課題は見つけたから、それだけでもやらせた甲斐あったし、トオル下がれ、後は俺がやるから」

 ルイは笑いながらタバコを捨て、足で火を消す。

「貴様では無理だ。相手は物理攻撃が効かないんだぞ」

 ララがもう一度、更に強く言う。

「そう思うから、あいつへの攻撃が届かないんだ。この世界はパラダイス・ワールド。強く望めば、世界は答えてくれる」

「それは人間の特権だろう。貴様は死神だ」

「だから、トオルに任せたんだ。まあ、まだ早かったようだ。トオルにはもう少し世界を知る必要があるみたいだ」

「じゃあ、貴様はどうやって倒す?」

「俺は死神だ。だから、死神の戦い方をするまでだ」

 僕の前に立ったルイは、僕に剣を渡した。

 そして、魔法陣を出現させ、日本刀を出す。

「これが、俺の戦い方だ」

 右手に日本刀を持ち、目を瞑り呼吸を整える。

「行くぞ」

 ルイは一瞬にして姿を消す。

 次には3メートルある巨人の頭上に立っていた。

 死神としての戦い方、それはずば抜けた身体能力と、自らの手で作り上げた武器を使う物だった。

「竜神一刀流奥義『竜の怒り』!」

 ルイは居合い抜きすると、降りる力を利用し、巨人を頭から縦一直線に斬る。

 ルイが着地すると、巨人は真っ二つに裂けていた。

「ダメ。あれでは、修復してしまいます」

 ルルがルイに向かい叫ぶ。

 確かに巨人はくっ付き元に戻ろうとした。しかし、寸前でそれが止まる。

「死神の武器も巨人も、人間の創造と同じ、意思が強ければ、それだけ強く、そして、力を纏う。この程度の創造の産物が俺に勝てる訳が無いんだよ」

 ルイは刀を鞘に収め、日本刀を消滅させる。

「消えろ。キレイな世界に似つかわしく無いゲスが」

 黒い巨人は、傷口から蒸発していき、跡形もなく消え去った。

 凄い。これが、死神ルイの力。反則だよ。強すぎだ。

 僕はまだ見ぬルイの強さに恐怖すら覚えてしまった。



 洞窟の中。

 灯りを灯し、宴会を開いていた。

「流石、ルイだな」

「ああ、サンキュー」

 ルイはララの手下達とお酒を飲んでいた。

 巨人を倒した祝杯であった。

 僕とルルと言えば、一応捕虜と言う扱いになっていたが、ララがぞんざいに扱う事はしなかった。

 そして、僕とルルもお酒の席にいた。

 祝杯をみんなで楽しもうと、ルイの計らいである。

「トオルはあの男を信用しているか?」

 ララが僕に聞く。

「僕は……」

 信用に値するのか?

 僕は考えていた。

「確かに言動や行動は可笑しかったり、怪しかったり、意味分からなかったりするけど、ルイはルイなりに考えているんだと思います。多分」

 僕はコップを強く持った。

「多分か、やっぱりな。それでこれからやっていけるのか?」

「やって行きます」

「そうか」

「トオル様なら出来ます。そして魔王、いや、ルイも倒せますよ」

「へー。俺を? そいつは凄いな」

 タイミング悪く、ルイが話に入る。少し酔っているようで、僕の体に密着する。

 ルイは嗜む程度にしか飲まないが、飲めば絡み酒になる。

 と、リフィル所長が言っていた。

 あと、落ち込んでいる時と飲み過ぎには注意して欲しい。

 とかも言っていたが、実際どうなるか分からない。

 ルイは垂れた目は余計垂れ下がり、少し呂律が回らないでいる。

「そうやって、返り討ちにあった奴、沢山知っているぜ」

 恐らく本当の事だろう。

 ルイのやり方は何処か挑発的で挑戦的で、自らを危険に、足を突っ込んでいる感じだった。

 しかし、それを繰り返し強くなっているのなら、ルイはルイできちんと責任持って行動している。この位なら、許容の範囲内の絡みだ。

「ルイさん。もっと飲みましょうよ」

「いや、もういいや。十分だ」

 こうやって、断る事も出来た。

 理性があるので、僕も安心した。

 しかし、酔いが回っている男達には関係無かった。

「勿体ないな。この酒は飛びっきりうまいぜ」

 男がルイに真っ赤な果実酒を注ぐ。

「そうですか?」

 ルイは一口飲む。

「どうだ?」

「確かに美味いな。もっとくれ」

「ああ」

 男がどんどん入れる。

 嫌な予感が僕の頭をよぎる。

 それが、結果となって現れたのは、ルイが3杯目を飲み終わった時だった。

「なあ、2人とも可愛いな。僕、可愛い人に酒注いで貰いたいな」

 ルイが飛んでもない事を言い始める。

 僕を含め、ララ、ルルは驚いた。

 普段のルイには想像出来ない言動、いや、普段は理性で抑えているだけかも知れない。

 しかも『僕』って言っているし。

「活発なララと、しとやかなルル。リフィルと違った可愛さがあって、どっちもいいな~」

「こら、貴様何を言っている!」

 ララは剣を構える。

「そうです。ルルはあなたには興味ありません!」

 ルルは肩に手を置いたルイの手を払う。

「冷たいな~」

 ルイはそれでも近付こうとしていた。

「ってか、所長の事呼び捨てにしてるし」

 僕はつい、この事が気になり、突っ込んでしまった。

「リフィルは僕の女だよ。いや、リフィルもか、あんな美女他にいないだろう?」

「まあ、確かにいない」

 ここは納得する所じゃないが、納得してしまった。

 ルイは絡み酒で、女好きときた。

「なあ、注いでよ」

 ルイはお酒を飲み続けていた。

「無礼だ。貴様」

「嫌です」

 姉妹ははっきり断り、困り果てる。

 ララは痺れを切らし、剣を抜こうとしたが、ルイが大笑いした。

「あゃはははっ、2人とも、何、怒っているの? 笑おうよ。笑わないと損だよ」

 さっきのが、第1段階なら、笑い上戸は第2段階だ。

「あはははっ、可笑しい。全部が可笑しいや」

 今のルイは世界の在り方全てが笑いの対象らしい。

 飲んでは笑い、飲んでは笑いを繰り返し、しばらくすると、笑い声がピタリと止む。

 疲れたのかと僕と姉妹は安心したが、それが間違いの始まりだった。

 ルイは虚ろな目をしたまま、日本刀を出す。

 そして、ゆっくり刀を鞘から抜こうとした。

「おい、貴様、何やろうとしてる」

 いち早く、ララが行動に移す。

 ルイの利き手である左腕を掴んだ。

「離してくれ、僕がいたって仕方ないんだ。どうせ僕はダメな人間だ。誰も愛してくれないなら、僕をひと思いに死なせてくれ」

 第3段階へ移行した。こいつが1番厄介だ。

 何たって、凶器手にしているからだ。

 ルイはむくっと立ち上がり、涙を流し、暴れ始める。

 リフィル所長の忠告を聞くべきだった。

 恐らく、あの姉妹はルイがいなくなっても構わないだろう。

 まあ、お酒の席で切腹された日には寝覚め最悪だから、止めるだろうが。

 僕は? 僕は困る。

 まだ、教えて欲しい事も、協力して欲しい事もある。

 僕はルイの持っていた日本刀を、何とか取り上げようとした。

 それをルルは察知したのか、ルイを嫌っていたが、僕に協力的だった。

「離せ、僕は僕は……独りは嫌だ」

 日本刀を消滅させると、ルイは座り込む。

 体育座りをし、顔を下にする。

 酒を飲めば、本能が出ると言うが、ルイは本当の意味で幼稚である。

 恐らくルイは知らない間にストレスを溜めているのだろう。

 そう、ルイすらそれに気付いて無いのだ。

「悪い。もう寝る」

 ルイは立ち上がり、ノロノロと歩き去り、洞窟を出て、小屋に入った。

 ルイが去ると、ララが大声を上げる。

「2度とあいつに酒を飲ませるな」

 もっともな言葉だ。

 こうして夜が過ぎ去っていった。



 次の日の早朝。

 小屋の中。

「頭痛い」

 ルイは見事に二日酔いになっていた。

「全く、世話が焼ける」

 僕は小言を漏らす。

 ルイと僕は同じ部屋を与えられた。

 もう、捕虜だと言う事を忘れていた。

 と、言うか、あの姉妹はルイの世話をしたくないので、必然的に僕になる。

 捕虜と言う立場を忘れるのも無理は無い。

「深く反省してる」

 ルイだって後悔するようだ。

「姉妹にも謝らないとな」

「覚えているのか?」

「ああ、大体は。飲んだ量は忘れたが、何をやったかは覚えてる」

 そいつは凄い事だ。

 そりゃ、反省も後悔もしたくなる。

「どうにかならないのか?」

「どうにもならないから、惨事になったんだろう」

 そりゃそうだ。

 唯一の手は酒の量を減らすだけだ。

 そう考えると全ての責任がルイにある訳では無かった。

 忠告されたのに、止めなかった僕にも少なからず、責任はある。

「トオル。水くれ」

 ルイはゾンビみたく僕に手を差し伸べ、力尽き手を下ろす。

「分かった」

 こりゃ、今日はダメみたいだ。

 何か、今日は平和に過ごせそうだ。



 と、思ったのは部屋を出るまでだった。

 ララとルルが姉妹喧嘩をしていた。

 どうやら、僕にはトラブルがついて回るようだ。

「どうしたの?」

 僕は恐る恐る聞いてみる。

 女の喧嘩に口を挟むのはあまりよくない。

 ロクな事が起きないのは目に見えているからだ。

「あっ、トオル様。おはようございます」

 ルルが目を輝かせ僕を見る。

「あっ、おはよう」

 僕も挨拶する。

「トオル様も聞いて下さいよ。ララ姉さんが、トオル様は魔王退治には荷が重いって言うんです」

「こいつじゃ無理だ」

 ララが僕を指差し言う。

「はっきり言うなよ」

 僕だって今のままではダメだと分かっている。

 だが、つい反抗したくなる。

「僕だって出来ます」

「ほう、そう言えば、私との戦いがまだだったな」

「受けて立ちます」

 つい、ララの挑発に乗ってしまった。

 しかし、後悔はしていない。

「いつにする? 私はいつでもいいのだが」

 僕の足下を見て聞く。

 金色の扉が現れ、帰る時間だった。

「8時間後に戻って来ます」

 扉が開き、僕は現実世界に戻った。



 僕は目を覚ました。

 パラダイス・ワールドとの行き来は大分慣れたが、起き上がった時の体の重さは、耐えられない物だった。

 しかし、睡眠には何の影響もない。

 これがご都合主義であるパラダイス・ワールドの最大の特徴である。

 僕は実際に寝ている。

 睡眠障害とかそんな事は起こっていなかった。

 僕は朝食を摂り、隣の病室に向かう。そこには僕の友達がいるのだ。

「あお君。今、暇?」

 名前は青山とおる。僕と同じ『とおる』である。

 あお君は僕と同い年でもある。

 その為、自然と仲良くなった。

「やあ、トオル君」

 あお君んはベッドの上で読書をしていたが、それを中断して僕の方を向く。

 僕より、大人っぽい顔立ちに、体調が悪いのか、顔面蒼白ではあったが、それでもいつか治る病気らしい。

 あお君は僕に病気の事を話したがらない、僕もあまり話さないので、アイコである。

 深い詮索はしなかった。その方が上手くいく事もある。

 僕の事を『トオル君』と呼んでいたが、僕は名前で呼ぶのに違和感があって可笑から、『あお君』と、呼んでいる。

 本当は親しみを込めて「とおる」と呼んだ方がいいけど、あお君は特に気にしていないので、直さなかった。

「あっ、忙しかった?」

「いや、大丈夫だよ」

 こうやって僕とあお君は時間が経つのを忘れ、話をする。

 これも病院での生活の気分転換になる。

 僕が一方的に話、あお君が聞くと言う図式だが、それでもお互いの気持ちは伝わっていた。

「なあ、あお君はパラダイス・ワールドを知ってる?」

 ふと、この話がしたくなった。

「パラダイス・ワールド? 知らないよ」

 あお君の顔が一瞬曇ったように思えたが、笑顔で答えた。

「そうか、素晴らしい世界でね……」

 僕が時間を忘れ熱心に説明する。説明の内容はこうだ。

 その世界のお陰で自由動ける。死神の事。勇者の事。僕の周りにいる姉妹の話もした。

 そう言えば、あの姉妹は死神でもなければ、人間でもない、そこに存在する人みたいだが、どんな立ち位置なのか、後でルイにでも聞いてみようて思う。

 僕の話を静かに、あお君は聞いていた。

「それでね」

 病室に医者が出て来た。

 ひょろ長の男の先生で、僕やあお君の体を見ていた。

 名前は松本隆である。

 一応凄腕のお医者さんだが、一応なのは、何故かたまにお姉が出るからだ。

 正直気持ち悪い。それで、妻子持ちのなのも驚きだ。

「トオル君」

「先生、どっちの事言っているんだ?」

 僕が皮肉混じりに聞く。

 松本先生がいると言うのは、楽しい時間の終わりを迎えているからだ。

「トオル君の方よ」

 お姉言葉になった。

「何だ。僕か」

 僕はガッカリする。

「何だって、いつもの事でしょう?」

 そう、僕の方が先に診察に入る。

「分かったよ。んじゃあな、又、後で」

「うん」

 渋々、承諾し、僕は松本先生と病室を出た。

「それにしても、トオル君も覚醒者だったのね」

 松本先生が僕に言う。

 どうやら、僕の話を聞いていたようだ。

「も、と言う事は?」

「私も覚醒者よ。奇遇ね」

「はい!」

 僕は少し嬉しくなり、話をした。

「その姉妹は恐らく、パラダイス・ヒューマンね」

 まずは分からない事を聞いた。

「何ですかそれは?」

「あの世界の住人で人間が必要と思い創造したのよ。必要で無くなったら、消滅する運命さだめも、背負っているわ」

「そんな。じゃあ、あの姉妹も」

「ええ、恐らくいつかは、でも、今、トオル君は彼女達を必要としているのだから、消える事は無いわ」

「そうか、良かった」

 僕は一先ず安心した。

「それで、その死神は無駄に強いんだけど、美女はほっとくし、自分勝手でワガママで、傍若無人で」

 今度はルイの話をした。松本先生が注射している時である。

 松本先生とこんなに楽しく話したのは初めてだった。

「へー。そう」

 松本先生は目を細め、静かに聞いている。

「信用していいのか分からねーんだ」

「信用してもいいんじゃないかな~死神でしょう?」

「うん」

「しかも、無駄に強いと」

「うん」

「確かにその死神は対人に難はあるかも知れないけど、腕は一級品よ。しかも、その世界の中の死神では最強の部類の死神だわ。トオル君は運が良かったのね」

「知っているのですか?」

 僕は驚く。

「ええ、彼は有名な死神だから、向こうに行ったら彼に宜しくね」

「はあ……」

 僕はどう返事していいのか、分からなくなった。



 それからパラダイス・ワールドでの八時間後。

 もう、日が沈みかけていた時に僕はもといた場所に戻って来た。

 もう、落ちる事はない。ルイが位置をズラしたのだ。

 しかし、ルイは不思議な男だと、改めて思う。

 確かに底が見えない程強いが、何より、そのスキルである。

 死神は1人1つが大原則だが、ルイはそれに反している気がした。

「よっ」

 大分落ち着いたルイが顔を出す。

「大丈夫なのか?」

「ああ、まだ完璧じゃないが、動くには支障無い。それより、聞いたぜ。頭と戦うんだって」

「何、目を輝かせて、面白がってる」

「普通に、面白いし、まあ、それは静かに見守るが、ほれ、これやる」

 中央に白い石が円状に散りばめられた、赤いリストバンドをワンセット、2個くれた。

「これは?」

「増幅装置。ちょい反則だが、こいつがあれば、昨日の用に雑魚に手間取る事は無くなる」

 昨日とは巨人の戦いを指しているのだろう。

 確かに課題があるとは言っていたが、それとこれが関係するのか?

「こいつは何を強くするんだ?」

「何だと思う?」

 悪戯坊主のそれと変わらない表情をする。

「腕力か?」

「そんな能力、俺には無い。それは努力で補え」

「まあ、そうだが、じゃあ、何だよ」

「そいつは、トオルの創造の力を留める物だ。トオルに足りないのはこの力だからな。昨日のあの巨人だって、誰かが創造した物だ。倒す創造をして無かっただろう。いや、出来なかった。そいつに毎日、力を蓄えろ。そうすりゃ、ちっとはマシになるから」

「留めるって、そんな事も出来るのか?」

 確かに、ルイの能力留めるだが、これは明らかに目に見えない物だ。

「出来るよ。いや、寧ろこっちが本来の力だ。俺は無形を留める事に長けているんだ。有形を留めるのはオマケだな」

 意外だった。

 その力にはそう言ったオプションがついていたなんて。

「んで、蓄えるってどうやってだ?」

「頭の中で、何でもいいから創造する。そいつをリストバンドに移すイメージをするんだ。最初はリストバンドを頭やオデコに密着させ蓄えるといいだろう。普段付けていても、多少は溜まるから、付けているといい。力が溜まったらそれを解放するんだが、これは溜まってからでいいな。ともかく、トオルには創造の力を鍛えないといけないからな」

「うん。ありがとう」

 僕は早速付ける。

 只のリストバンドにしか見えない。もしかしたら、ハッタリかもしれないが、それでも気持ち強くなるなら、まあ、それでよかった。

「それより、松本隆って人知ってる? 僕の主治医何だけど」

 松本先生の話を僕はする。

「松本? 隆? 知らねーな」

 タバコをふかす。

「えっ、でも、松本先生はルイの事知っているみたいですよ。何か親しいみたいだし」

「俺はあそこじゃ、割と有名だからな~」

 そりゃ、派手に動いていたら有名にもなる。

「本当に知らないんですか?」

「疑うな~分かった。調べるよ。どんな奴だ?」

 ルイは黒い携帯電話を取り出す。

 ここでは圏外で使えないが、持ち歩いていた。

 ルイは黒を基調とする事が多い。スーツも黒いし、黒い手帳も持っている。

 今着ているこの世界に合わせた服装でも、黒かった。

 しかし、何故か時計、それも懐中時計なんだが、それだけは色が、金色だった。

 何か意味があるようだが、あえて聞かない事にしている。

 黒をテーマカラーにしているのは、1番似合っているからと、それはルイが勝手に話した。

 別に他の色でもいいらしいが、似合う色を選ぶ方がいいに決まっている。

 だから、黒にしているのだ。

「えーと、ひょろ長の体で、腕のいい医者何です。妻子持ちだが、でもお姉言葉を使って、パラダイス・ワールドの事も詳しいな、僕の知らない事何でも答えてくれたし……」

 僕が松本先生の特徴を話す。

 まあ、僕がまだ、新人って事もあるが、松本先生は確かにこの世界に詳しかった。

 ルイは手を止め携帯電話を折り畳み、頭を掻いた。

「思い出しましたか?」

「ああ、まあ」

 ルイの歯切れが悪い。

「ちなみにだが、そいつの好きな花は何だ?」

 ルイじゃなくとも、そんな質問は普通しない。

 普通じゃない事態がルイの頭の中で展開しているのだろう。

 僕はルイの頭を見る事は出来ないが……。

「スミレです」

 何でも色や花の形、何より名前が好きらしい。

 名前が好きって理由はどうだろう?

「はあ、そうか」

 ルイは珍しく深くため息をした。

「こっちでも会いたいんだけど、どこにいる?」

「止めておく事を俺はオススメする」

「何でです?」

 ルイが強く止めようとするのは、よっぽどの危機的状況以外無かった。

 まあ、大概は楽しむから、止める事その物が珍しいし、人に会う、しかも親しい人間に会うだけなら、危険を伴う可能性の方が低い。

 僕は理由を聞かない訳にはいかなかった。

「いや、まあ……客のいないバーで情報屋やってる、それから、1番大事な事だがオカマだ。それがこの世界での松本隆の特徴だ」

 バーの裏の姿が情報屋なのだろう。

 別にこの世界では珍しく無い事だと思う。って……。

「オカ、マ?」

「そうオカマ。名前はスミレ、腕のいい医者つーのは知っていたが、まさか小児科医とは思わなかったよ」

 僕も以外だったよ。オカマをやっていたなんて。

 ルイはオカマとしての松本先生しか、見た事は無いし、僕はオカマとしての松本先生を見た事が無い。

 世の中、見ない方が幸せだと考え、僕に警告したのだろう。

「俺の耳に穴開けたのも、彼、彼女だ」

 ルイも松本先生の表現方法に困っていた。

 そりゃな~。

 言い直しても、腑に落ちない物だった。

 まさか、あのお姉言葉がここで生かされているとは思わなかった。

「そっ、そうか」

 ルイが会わない方がいいと言うのなら、ここは身を引くべきだと考えた。

 実際、僕も嫌な予感がしてきた。

 これも、この世界特有の物か?

 いや、これは本来持つべき、人間の本能なのかも知れない。

「トオルいるか!」

 急に部屋の扉が開き、ララが顔を出す。

「いつまで、話している。さっさとやるぞ」

 ララからお呼びが掛かった。

「あっ、ああ」

「頑張ってね」

 僕はルイに見送った。

「って、見ないの?」

「ちょっと用事があるからな」

 ルイは怪しく笑う。

 絶対何か企んでいる。

「うん、分かった」

 僕はララと一緒に部屋を出た。


 僕とララの戦いは一瞬で終わった。僕が勝った。

 ルイに戦い方を叩き込まれた結果、知らず知らずの内に僕は強くなっていた。

 居合い抜きして、ララの剣を弾き飛ばした。

 剣が手元から離れたから、僕が勝ったのだ。

「流石、トオル様」

 ルルが褒める。

「ありがとう」

「何故だ。何故こんな男に」

 ララは対照的に落ち込んでいる。

「やはり、あの男の影響か、おい、ルイはどうした?」

「何か、用事があるから立ち会わないって言っていたが」

「そうか、トオルあいつに会うぞ」

 ララは僕を無理矢理連れて行こうとする。

「何で?」

「あいつに剣を指南して貰う」

「……そうですか」

「トオル様。置いていかないで」

 僕達はルイがいた部屋に向かったが、誰もいなかった。

「何で?」

 僕と姉妹は驚いた。

 物の数分前までいたはずなのに、いなくなっていた。

「おい、何処行った!」

 僕に詰め寄る。

「知らないよ。用事があるとは言っていたが」

「きっと、逃げたのよ」

 ルルが嬉しそうに言う。

「逃げる必要あるのか?」

「怖じ気づいたのよ。トオル様の強さに」

「いや、それはないから」

 そう、この強さはあくまで模造だ。

 ルイの居合い抜きを真似しただけ。

 それでもその力には届いている訳が無い。

 それこそ、力に怖じ気づく事は有り得ないのだ。

「ちぃ、探すぞ」

 ララは苛立ちながら、手下を集め、アジト中を探した。

 しかし、何処にもいなかった。

 僕は部屋に戻り手掛かりを探した。

 まあ、見つかるはずが無い。

 一体何処へ?

 僕が途方に暮れていると、ララとルルが血相を変え中に入った。

「どうした?」

「逃げるぞ」

「えっ?」

 僕は大きな事件に巻き込まれていった。


 そう、とても大きな出来事だった。

 次々とララの仲間、盗賊達が殺されて行ったのだ。

 僕はルイから話しを聞いて実際目をしたのは初めてだが、この世界の死は消滅である。

 死と呼ばず、消滅と皆が言うのもそんな理由からだ。

 それは、ある意味残酷である。

 斬った時に血は無数に飛び散っているが、肉体は残らない。

 それは、お別れすら出来ないのだ。

 意味が分からないし、速過ぎて正体が掴めないが、黒い物体が次々と盗賊を剣で斬り、斬った瞬間消滅している。確実に急所をついているのだ。

 そんな事が出来るのは、そうそういない。腕の立つ敵だった。

 腕が立つ……。

 まさか、ルイじゃ?

 そんな不安を感じた。

 しかし、今、ルイはいない。

 黒色と言えば、ルイである。

 そう考えれば、このアジトに侵入出来たのも頷ける。

「トオル様。何を考えているんですか、行きますよ」

「あっ、ああ」

 ルルに言われ去ろうとする。

「みんな、このアジトを放棄する」

 ララは声を張り、仲間を逃がそうとする。

 その目には涙を溜め、今にも流れ落ちそうになっている。

「ララ」

 僕は目を離せずにいた。

「ララ姉さんが心配なの?」

 ルルが指摘する。

「ああ、まあ」

「ルルもです」

 しばらく、僕達は隠れて見守った。

 盗賊達は逃げ、ララが1人になる。

「覚悟しろ! ルイ」

 ララは剣を抜き、黒い物体に向かった。

「姉さん!」

「止めろ!」

 僕とルルはララを止める為、正体不明の黒い物体に向かった。

 黒い物体はターゲットを見つけ、ララに剣を斬りつけようとする。

 ララはその速さに手が出せなかった。

「ララ姉さん」

 ルルは手を伸ばそうとしたが、届かない。

 ララが斬られる寸前に、ララの目の前に風のように人が現れた。

「全く、数時間開けただけで、何でこうなっているんだ?」

 黒いジャケットを着たルイがララを庇い、身を屈め黒い物体の剣を長刀で受け止めていた。

「ルイ」

 黒い物体は威力を無くし、後ろに下がり、姿を現した。

「よくもこのアジトを潰したな」

 ルイがタバコをくわえ睨む。

「魔王様の計画に取って、邪魔な存在だから消したまでだ」

 黒い物体が人の形となった。持っていた剣にはべっとり血がついている。

「へー。邪魔ね~」

 ルイは煙を吐いた。

「俺がいるんだ? 身を引いてくれないか? 今、お互い戦ったら、只じゃ済まない。そうだろう?」

 ルイは長刀を鞘に収め、いつでも戦闘準備している。

「そうだろうか? 魔王様」

 敵の後ろから、僕と同じ位の背丈で仮面を付けた男が現れた。

 仮面を付けているから、声が曇っている。

 あれが、魔王で、盗賊を襲ったのはその側近であった。

「あなたは何を握っているのです?」

「魔王の正体とかかな? 正体バレたく無いから仮面つけているんだろう?」

 ルイは確かに知っているようだ。

 まあ、お決まりのハッタリかも知れないが。

「だが、ここであなたを殺したら、闇の中に葬れる。違いますか?」

 魔王はルイを挑発しているように思えた。

「それが、出来ると思うか? 俺はこっから、3人連れて逃げるのは可能だぞ」

 それは完全にハッタリだ。

 僕達を連れて逃げるのは無理である。

 ルイにはその力は無いだろうから……。

「ふっ、面白い。流石に名高い死神だけはありますね」

「なったつもりはねーけど?」

「しかし、有名でしょう?」

「まあ、それに関しては否定しないな」

 少しは周りを考えろよ。

 僕はのん気に答えるルイに苛立ちを隠せないでいた。

「本当に面白い。ここを襲った甲斐があったよ」

「俺に会いたいからって、ここを襲う理由にはならねーだろう?」

「さっきから、そんな虫けらを庇うような事をこんなその他大勢を消滅させても、何の問題も無いでしょう?」

「貴様、黙って聞いていれば」

 その言葉に怒りが頂点に達したのは、ララである。

 頭はすぐに斬り掛かろうとしたが、ルイが体を張って止めた。

「止めるなルイ。こいつだけは」

「分かってる。だけど、無駄死にさせるつもりは無い。俺だって、頭にきていない訳じゃねーんだ」

 ルイは2人の敵を睨む。

「ガキが、いい加減にしろ」

 ルイの殺気が飛ぶ。

 すると魔王の仮面にひびが入った。

 ルイも怒る事があるようだ。

「へー。たかが、パラダイス・ヒューマンをやっただけで怒るんだ」

 魔王も同じ事を思ったようだ。

 しかし、魔王には善悪を感じていないらしい。

 パラダイス・ヒューマンだって、人だ。僕も怒りを覚えた。

「お前、バカにするな。俺はそこまでお人好しじゃねーんだよ」

 鞘に収まった日本刀を地面に刺すと、地面にひびか入り、それが、魔王にまで届いた。

 ルイは怒れば怖いな。

 リフィル所長の注意事項にルイが怒った時の話をしていた。

 ルイは短気の部類に入る死神だ。

 タバコを吸い始めたのは、短気を抑える為らしく、タバコを吸っても怒りを沈められ無い場合は、下手に手や口を出さない方がいいらしい。巻き込まれる可能性があった。

「そう、らしいね。まあ、いいや。邪魔な盗賊団は壊滅状態だし、やる事やったから。帰ろうヒロシ。楽しかったよ。ああ、僕の正体ね。話してもいいよ。この仮面カッコイイって思ったから付けていただけだし、じゃあね。又、会おう。トオル君」

 ヒロシと呼ばれる魔王の側近は魔王を連れ、テレポートをして、姿を消した。

 トオル君? まっ、まさかね。

 しかし、僕はその最後の言葉に背筋の冷たさを感じた。

「墓標作らねーとな」

 ルイは残った生々しい血の後をなぞり、肉体の無い、服と装飾品を見ていた。

「何故だ。何故……」

 ララはルイの前に立った。

「貴様がいれば、ここまでにはならなかった。貴様さえいなければ」

 ララは剣を抜く代わりに、屈んでいたルイの頬を叩いた。

 ルイは何も言わず、左頬をさすった。

「何で反論しないのよ。少しは言い返しなさいよ」

 ララの目には涙を溜めていた。

「悪かった」

「貴様」

 ルイはララの顔を胸に当てる。

「ゴメンな」

「何故、貴様が謝る。謝らないでくれ……」

 ララはそのまま泣き崩れた。

 ルイは優しく頭を撫で、背中をさすった。

 しばらく僕も動かなくなった。



 数時間後。

「これで全部か」

 ルイが手を合わせる。

 僕、ルイ、姉妹の他に、生き残った盗賊達で、墓標を立てた。

 頭であるララは当然だが、新米のルイも盗賊の顔と名前をしっかり把握していた。

 これはある意味特技である。

 元々50人近くいたが、今は四分の一以下にまで減り、盗賊としてやって行くのも問題であった。

「なあ、ルイ」

 一段落した時、僕はルイに声をかけた。

「何だ?」

「何処へ行っていたんだ?」

「そうだな。こうなった以上話さないとな」

 ルイは僕と姉妹を呼んだ。


 小屋に集められ、ルイは話を始めた。

「俺はある人に会いに、俺の世界に戻っていたんだ」

 そう言えば、この男は何故か世界を簡単に、行き来出来るんだった。

「でも、何でこのタイミングなのよ」

 ララが落ち込んでいて、無口になっていたので、ルルが代わりに聞いた。

「そいつは、俺が会いたかったのは人間で、この時間にしか、その人間はいなかったから」

 ルイは携帯電話を出し、ボタンを押した。

「その人間からメールが着てな」

「でも、この世界は圏外だろう?」

 今度は僕が聞く。

「人間は望めば届くんだ。それが電波を超えたんだろう」

 全く、ご都合主義だ。

「んで、その人間がどんな用事で呼んだんだ?」

 再び、僕が聞く。

「魔王に関してだよ」

「魔王?」

 僕とルルが声を揃える。

「ああ、魔王を止めてくれ。それが正式な依頼の内容だ」

 依頼と言っても、無償で行うボランティアだ。

 危険な事も死神は人間の為にやらなくてはならない。人間あっての死神だからだ。

「ルイは魔王の正体を知っていましたよね?」

 ルルが聞く。

「ああ、その話も依頼者から聞いたんだ。依頼者の名前はスミレ。いや、松本隆と言うべきか。俺が信用している情報屋だ。トオルにはこの意味、分かるよな?」

「まさか」

 やはり、そうだ。

 僕は墓標を立てていた時もずっと否定し続けた。

 しかし、それは無駄だった。

「ああ、魔王は青山とおる。スミレは魔王の主治医で、トオルにとって魔王とは親友だ」

 僕は言いながらも、放心状態に陥った。

「貴様が、許さん!」

 ララが立ち上がり、剣を抜こうとするのを、ルイが人差し指を出し、ララの体を留める。

「それは違うだろう。ルル。お願いしていいか?」

「あなたのお願いは聞きたく無いけど、トオル様に何かあるといけないから、仕方ないわ」

 ルイに言われ、ルルはララを連れ、小屋を出た。

「何で、あお君、この世界の事知らないって言っていたのに」

「知らねーよ。だが、嘘はいくらでもつける。この世界に入り、欲望が解放されて、あんな事したんだろう」

「僕、リアルに戻って止めてみます」

 僕が決意表明すると、ルイは僕に携帯電話を渡した。

 このページを読めと言う事だろう。

 ルイはその後、無言で小屋を出た。

 小屋の前でルイはタバコを吸っていた。

 隙間から見えた。

『トオル君へ』

 僕はメールを読んだ。

『ビックリした? 私よ』

 ……松本先生だ。

 もうこの事に関してビックリしない。私生活が本当に影響している人だ。

『それで、ルイちゃんが話したと思うけど』

 ルイを『ちゃん』付けで呼ぶとは……。

 『さん』も『様』もいらないって、始めに言っていたが、ルイは何度か訂正を求めたが、徒労に終わり諦めたのだろう。

 容易に想像出来る。

『魔王はとおる君よ。最近トオル君はパラダイス・ワールドに来たけど、とおる君も偶然にも最近なの。届け出た書類があって、私は2人が来たのを知っていたの。これは偶然だったのね。魔王がとおる君と言うのを知ったのもその情報網からよ。トオル君はパラダイス・ワールドで止められ無いと考え、リアル・ワールドで止めようとしていると思っているけど、実はとおる君は……』

 僕はこの後の言葉を読んで、体が固まった。

 ルイは気を利かして、小屋を出たんだ。

 あお君は……。

『危篤よ』

 松本先生はいつかこうなるのを、予期していた事も綴っていた。

 あお君は僕よりずっと、病気が重かったのだ。

 そのストレスから、魔王になり、世界を統べようとしているのだろう。

 そして、あお君は僕のように優しい死神に出会っていなかった。

 色んなファクターから、あお君はこうなった。

 僕も、もしかしたら、こうなっていたのかも。

 ルイが僕を上手く導いていたのだ。

『トオル君。とおる君を止めて』

 最後に松本先生はそう書いていた。答えは決まっている。

 僕は立ち上がり、小屋を出た。


 大きな月が見える。

 ルイはタバコをくわえ、傍らに缶ビールを置き、その月を見ていた。

「ん? どうした?」

 僕に気付き振り向いた。

「事情は分かったよ」

 僕はルイに携帯電話を返し、隣に座る。

「そうか、迷いは無いみたいだな」

「うん。僕はあお君を止めます。この世界で魔王に何かさせない」

 これ以上の罪は、あお君の為にはならないからだ。

 僕はあお君の為に止めたかった。

「分かった。俺は全力で協力する」

 ルイも答えは決まっていたようだ。

「ありがとうございます!」

「いいさ。俺もトオルや魔王の境遇は理解出来るからな。だから、止めたいトオルの気持ちも」

 ルイはタバコを消し、新しいタバコに火を点けた。

「そう言えば、ルイは生前どんな人だったんだ?」

 死神は死してこの世界に囚われた魂。なら、生きていた頃の話も出来ると思ったのだ。

「そう言う質問は他の死神にするなよ」

「何で?」

「死神には生前の記憶が無いからだ。死んだショックで失うんだ」

 確かにデリカシーの無い質問だった。

「それじゃ、ルイも?」

「いや、俺はある。ごく稀にだが、そう言う特別な奴もいるんだ。数は1%にも満たないがな。この姿は俺の生前の時に抱いていた理想の姿だな。身長高くなりたかったんだ」

 死んで、魂が囚われ死神になる時に望んだらしい。

 だから、身長が伸びたようだ。

「そう何だ」

「俺はそりゃもう医者が匙投げる不治の病を抱えてね。トオルは今、何才だっけ?」

「14です」

「俺、18で死んだ。何も知らないガキでさ~。この世界は全てが新鮮で、楽しいんだよ。こっち来て80年経つが、俺の好奇心は尽きねーのな。すげぇよ」

 ルイは目を輝かせ僕に訴える。

 そうか、ルイが純粋に物を見るのは、こう言った理由があるのだ。

「トオル位の歳の時には病床に伏せてたな。長く生きられないって医者に言われたし、その前からも病気がちで、外に殆ど出れなかったしな」

 ルイにはおよそ子供が持てる自由が無かった。

 18年か……。

 確かに考えさせられる。

「この世界は確かに素晴らしい世界だ。だが、依存して貰いたくは無いんだよ」

 そうか、だから、僕を試していたのか、ルイはルイで不器用ながらも色々分かっているようだ。

「って事はルイが女性関係に疎いのは、そう言った理由からか、それは確かに仕方ないか」

 僕は1人頷く。

 死神は心の成長が難しいのだ。それは世界がそうさせている。いくら、80年死神をやっていても、心は18才のままである。

 まあ、18才にしては精神的な年齢も低いが……。

「なっ、何、言ってる。自慢じゃないが、俺はモテる」

 その呟きは聞こえていたのか、物凄く動揺しながらも、反論する。

 自分でモテると、言ったら苦労は無い。

「だから、女には困っていないし、ってか、最初から困る要素がない」

「何で?」

「俺には最愛の人がいたからだ。リアル・ワールドに」

「えっ?」

 僕は驚く。

「俺はトオルと違い妻がいたんだよ」

「マジか!」

「ああ、可愛いぜ。自慢の女だ」

 写真は無いが、嘘をついているようには思えない。

 どうやら、ルイがリフィル所長という、最上級の美女に手を出さないのは、こういった理由のようだ。人は見かけによらないな。

「さて、トオル。俺はもう寝るぞ。明日も早いからな。止めたいんだろう? だったら、体力蓄えないとな」

 ルイはタバコの火を消し、小屋に入る。

「あっ、待てよ」

 僕もルイの後に入った。



 次の日の昼頃。

 僕とルイは旅立つ事になった。

「頭はどうするんだ?」

 何とか立ち直ったララだが、まだ、落ち込んでいるのは明白だ。

 目が真っ赤でやつれている。

 ルイが今後を聞いているが、出来れば、もう、首を突っ込んで欲しく無い。

「私はここに残り新たな同志を探すつもりだ」

 しかし、意外にも盗賊団の再建を口にした。

「そうか、頑張れよ」

 ルイは笑って見せる。

 この答えを望んでいたみたいだ。

「だから、協力出来ぬ。スマンな」

 あの決闘の事を僕に謝っていた。

「いえ、大丈夫です」

 始めから、僕は断るつもりだった。

 無茶苦茶なルイの話を真面目に乗るのが可笑しいのだ。

「トオル様」

 大きなリュックを背負ったルルがやってくる。

 リュックのてっぺんには鉄バットが見え隠れする。

 あっははは……。

 これが武器か。

 後でルイに相談するべきかも。

「ルル?」

 僕は驚く。

 そのリュックの中身もあるが、何より、それを持っている理由だ。

「ルルは決めました。トオル様に着いて行きます」

 ルルは僕の手を握り締め、瞳を潤ませば訴える。

 あのリュックはやっぱり、旅立つ為のリュックか……。

「えっ、えーと」

 勿論、僕は困る。

「もう、村には許可してます。いえ、トオル様に遣えるなら、許可なんかいりません。行きましょう」

 ルルが僕を連れて行こうとする。

「ルイ~」

 僕はルイに助けを求める。

「いいんでないか?」

 完全に楽しんでいた。

 少し腹が立つ。

「トオル様。ルルは悲しいです。ルルよりもこの悪魔を頼る何て」

 ルルは指差して、悪魔と言う。

 悪魔。まあ、ある意味悪魔かも知れない。

「悪魔、そいつは又、厳しいな」

 ルイは苦笑いをする。

「ルルはあの悪魔よりずっと何倍も役に立ちます。だから……」

「わっ、分かった。一緒に行こう」

 僕はルルに押し負けた。

「はい。ありがとうございます。トオル様の為なら例え火の中、水の中。さあ、行きましょう」

 ルルは無理矢理僕を引っ張り歩き出した。

「元気だな」

「ルイ。頼んだぞ」

「分かってる」

「おーい。いつまでだべっているんだ。行くぞ」

 僕が手を振る。

「ああ、元気でな」

「当たり前だ」

 ルイは走って僕達の所へ向かう。

 それを見送るララは優しい笑みをこぼしていた。

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