第1章 世界の扉
僕が目を覚ますと、何故か場所も名前も分からない、噴水が目立つ公園にいた。
「よう、目が覚めたみたいだ。良かった」
僕はベンチで眠っていて、僕の隣には見知らぬ男が座っていた。
男はタバコを吸いながら、愛想よく僕に声をかける。
見た感じ悪い人じゃなさそうだ。
しかし、信用はまだ出来ない。
これが両親のシツケである。
男は年齢22、23才位だろう。黒い髪に少し垂れた目に黒い瞳、肌の色は典型的な黄色人種である。
漆黒のスーツを着て、真面目なサラリーマン風かと思ったが、耳に色違いのピアスを八個もしていて、完全にホストであった。
だが、葬式に行くような黒いネクタイをして、格好があべこべである。
しかし、それを全部含め、格好いいか悪いか二つに分けるなら格好いい部類の人。いや、格好いいと断言出来る人だった。
羨ましい。
「あのーここは?」
引っ込み思案の僕が、魅力的な男に勇気を持って声をかける。
こんな格好いい初対面の人に僕がかけられる言葉の限界であった。
「ここか、ここはパラダイス・ワールドだ」
男は待っていましたとばかりに答える。
男には僕が言いたい事が手に取るように分かっているみたいだ。
少し悔しかったが、同じ質問を何度かされた感じの反応でもあった。
内容が同じなら、男でなくとも、僕でも男みたいな反応をするだろう。
そして、この後パニックになるのも男は計算ずくのようだ。
「パラダイス・ワールド! 何処ですかそこ、しかも、僕はどうやってここに! まさか死んだとか、ああ、何で」
パニックに陥っていた。
「落ち着け、順を追って説明するから」
男はバタバタ動く僕を言葉で持って静止させた。
男の持つ言葉の力なのか、男のお陰で、一応、落ち着く事が出来た。
「話す前に喉渇いて無いか?」
男はそう言って、急いで近くの自動販売機まで走り飲み物を買い、オレンジジュースを僕にくれた。
確かに夏のように暑かったから、ありがたい。
僕は素直に受け取った。
ベンチに座っていて分からなかったが、男はモデル体型の長躯と細身の身体だった。
僕みたいなチビとは違い、スタイルもよく、羨ましい限りだ。
「ありがとう」
僕はプルタブを開け、ジュースを飲む。
甘くてとても美味しかった。
男も後からジュースを飲む。その姿も絵になった。
「そーいや、まだ自己紹介してなかったな俺の名前はルイだ。『さん』も『樣』もいらない。只のルイと呼んでくれ」
男は、いや、ルイは又、笑う。
立ち居振る舞いが決まっていたが、ルイは自覚が無いのだろう。
それが、格好いいのだ。
僕もあんな風に自然に振る舞えるようになりたい。
「君は?」
「トオル。皇トオルです」
「トオルか、覚えたぜ」
ルイはジュースと一緒にタバコを吸っている。
「あのー。タバコ、止めてくれませんか?」
「タバコ嫌いなのか? はあ」
僕が注意すると、ため息を尽きながらタバコを消した。
「すみません。僕、体が弱いから」
「何だ。そんな事気にしてたのか。そんなの気にしなくっていいよ。だってここは夢の世界だから」
荒唐無稽な事を言われ、僕は耳を疑った。
「無茶苦茶な事言わないで下さい!」
僕はルイに怒鳴った。
そんな事、いきなり言われても、僕は信じる事が出来なかった。
何故なら夢の中で、味覚は感じられないし、暑さも感じない。
特に暑さ何て、僕は今まで病院の中にいたのだ。暑さを感じる事はない。
この世界が夢の世界何てバカげていた。
「真実だ。パラダイス・ワールドとはそんな世界だ。人間が寝てる時に見る無限に存在する夢が力となり、それが集結し生まれた世界で、この世界に老いや病みは無い。人間が望まない事はこの世界には存在しないからな。その証拠にトオル、君の身体は病んでいると言っていたが、病みは無いと思うんだが?」
「あっ、そー言えば……」
身体の重さや苦しさが全く感じられなかった。
「飛んだり、跳ねたり、走ってみろよ。苦しく無いと思うよ」
「本当だ!」
僕は言われた通りジャンプしたが、何度飛んでも、走っても、すぐ息切れしなかった。
病院とお友達になっている世界がまるでウソのようだ。
「凄いや」
僕は興奮した。
「それがパラダイス・ワールドって奴だ。パラダイス・ワールドは人間が創った世界。夢が集まり、形となった世界なんだ。だから、トオルが望んだ通り、病みが消えたんだな。まあ、最も、病気なんて誰もかかりたくないがな」
僕がいくら喜んでも、この世界がウソである。
少し残念ではあったが、嬉しさの方が遥かに上回っていた。
「へー。んでも、どうして僕ここにいるんだ?」
僕は何度も手を見て、今を実感した。
「この住人になる資格をこの世界から得たんだ。それを覚醒者と呼ぶんだ。資格を得る条件は、誰も分からないんだが、ある日突然、現実と夢との間の扉が開き、トオルはここにやって来たんだ」
ルイは僕がここに来た成り行きを話した。
どうやら世界の気紛れで、僕はこの世界に来たようだ。
「ちなみにどうやって、僕はこの世界にやって来たんだ?」
気を失っていて僕は知らなかった。
「上から」
ルイが頭上を指差した。
「上?」
僕は上空を見る。
晴れ渡った綺麗な青空が広がっていた。
夢の世界。パラダイス・ワールドの空はとても美しい物だ。
「ああ、最初は何処に扉が出るかコントロールが出来ないからな。上に現れたよ」
「それで?」
「落ちた」
「おっ、落ちた」
僕は物凄く大きく反応した。
「ああ、トオルの意識が無かったからな。俺が拾ってなきゃ、大ケガか最悪死んでいた所だな」
対してルイは至って冷静である。
ルイの口振りからすると、ルイは僕が落ちて来たのを、上手くキャッチしたようだ。
「死ぬって、大袈裟な。夢の中で死ぬ何て」
「マジだよ。この世界には痛みもあれば、死も存在してる。ドSがいたんだな。ケガは現実世界、リアル・ワールドに影響でないが、死は影響してしまうんだ。肉体を支配しているのは精神と考えればいい、魂に致命的なダメージが与えられ、消えれば動かす器、肉体は必要無くなり、死んでしまう。この世界とリアル・ワールドの関係だ」
「そうなの?」
僕は半信半疑に聞き返す。
「ああ、信じて無いのか?」
ルイは意地悪そうに僕を見て、いきなり頬をつねった。
「いたたたっ」
本当に痛かった。
少しは手加減してもいいもんだが、ルイには手加減が無かった。
「信じて貰えたか?」
無邪気に笑う。
こんないい男にもそんな姿があるようだ。
「はい。それで、ルイはずっとここにいるの?」
「まあな。俺は死神だからな」
「死神って、魂を運ぶあの死神ですか?」
本で読んだ事のある程度の知識しかない。
黒いローブとフードを着て、全身を黒で強調させる、大鎌を持った死の遣い。
僕の少ない死神知識である。
そうだとして、ルイはそれとは少し違っていた。
確かに葬式に行くような格好をしているが、何処からともなく鎌を出して、魂を狩るような事はしそうに無かった。
「いや、この世界での死神の定義は違うんだ。死んで神になってここにいるのが死神だ。死神には魂はあっても肉体は存在しないんだ」
「死んで魂だけの存在?」
あまりよく分からなかった。
「うーん。死んで肉体が魂と離れて、魂は幽霊になるだろう?」
「うん」
「その幽霊が、擬似的世界のパラダイス・ワールドに迷い込み、魂が留まって実体化してしまったんだ。死んで成仏出来ない何て、牢に閉じ込められた囚人みたいなもんだな。だが、囚人何て言われが悪いだろう? だから、死神って名前になったんだ。死んで神になった人間。それが俺何だ」
「へー」
僕は何となく理解した。
「さてと、説明も終わったし、服買いに行くか? 何時までもパジャマは嫌だろう?」
ルイが立ち上がり、僕に問う。
確かに今、パジャマだった。
「まあ、始めは服装もイメージ出来ないからね」
どうやら、服装もリアル・ワールドの影響を受けるようだ。
「どうした? 金なら心配しなくっていいぞ」
僕が不安そうな顔をしていたのを、ルイは察知したようだ。
確かにルイは悪い人では無さそうだが、このまま着いて行っていいものか、不安は不安だった。
「なあ、ルイは何故そこまで親切にするんだ?」
「ああ、それか? 親切に理由は必要か?」
「必要無いけど」
「と、言い訳混じりに言うが、死神の本分は治安維持を目的に存在しているんだ。だがよ。実際、この世界が存在し、俺がここにいて自由にいられるのは人間のお陰だ。人間がここを創ったからな。人間の力になるのが、死神のこの世界での仕事だと、俺は思っているんだ」
やっと分かった。
ルイが僕を見捨てなかった理由が、僕はルイを少し信じる事が出来た。
それから、1時間後。
「こんなんでいいか?」
「はい!」
僕は何度もルイに礼を言った。
僕に似合う服を選び、ルイがお金を出した。
ジーンズにシャツと簡単な服ではあったが、それでも嬉しかった。
僕は全く、お金を持っていなかったからだ。
ルイが言っていたが、住民登録の手続きをすれば、給付金が支給される。
その住民登録は、ルイの所属する事務所で出来るらしい。
死神は何処かの事務所に属さなければならなく、ルイも例外では無い、あまり詳しくは話さなかったが、上下関係もあるみたいで、治安維持の活動の仕方も変わってくるみたい。
死神と言う仕事は意外に面倒だ。
ちあみにルイはその公園で、ただサボっていた訳では無かった。
治安維持の目的の1つゴミ拾いをやっていたのだ。
ゴミで辺りが散らかっていたら、人間の心も乱れる。
この世界にも犯罪は少なく無いらしい。
人間の心とは弱く出来ているのか、乱れていれば、いくら住み心地がよくとも、犯罪は生まれのだ。
犯罪を未然に防げばそれに越した事は無く、ルイの仕事は犯罪の抑止力を作る事であった。
最も、そんな大層な仕事ではなく、要は奉仕活動である。
ゴミ拾いを含め、イベントの主催から、あらゆる事を行っている何でも屋のようだ。
ルイは気さくに自信の事を話してくれた。
公園は緑豊かな場所であったが、そこを抜ければアスファルトジャングルが待っていた。
公園の中とは違い、湿気と暑さでクタクタになったが、ルイの話で少しは紛れた。
「あっ、ルイさん。丁度良かった。その男を捕まえてくれ」
「ん?」
前から少しメタボ風の男がクタクタになりながら走り、同じく前から向かってくる怪しい男を追い掛けていた。
「ドケ!」
怪しい男は黒いバッグを持っていた。どうやら、バッグを奪い逃げているようだ。
その怪しい男がナイフを持って、ルイに向かって来た。
これって、よくドラマで見るあれだよね?
どうしょう。
僕はパニクってしまった。
「安心しろ」
パニックを起こしている僕に、ルイは優しく肩に手を当て、前に出た。
そして、ナイフが向かって来た。
ルイはいつの間にか、日本刀の鞘を右手に持ち構えていた。
って、日本刀!
僕は思わず二度見した。
ルイの身長と同じ位の長さをルイは軽々と持っていた。
そして、怪しい男に向かい刀を抜こうとした。
ように見えたが、次には怪しい男が持っていたナイフとバッグが落ち、腕を抑えていた。
多分、僕が目で追うよりも早く刀が抜かれ、怪しい男の腕を軽く斬り、刀を鞘に納めたのだろう。
アニメやゲームの中の話であったが、この世界でのそれを簡単に実現させた。
「ルイさん。ありがとうございます」
メタボな男が怪しい男を取り抑えた。
「おう。お安いご用だ」
ルイは男の近くにカバンを置く。
後から2人の人がやって来た。
その人達は警察官で、怪しい男を捕まえ、連れて行こうとした。
こんなシーンドラマで無い限りなかなか見ないので、僕は終始を見届けようとしたが、ルイが僕の肩を叩いた。
「行くぞ」
ルイはいつの間にか日本刀を手に持っていなかった。
何処かに片付けたのだろう。
どうやったのか、僕にはまだ分からなかった。
「ああ。うん」
僕は曖昧に返事をした。
もっと、成り行きを見ていたかったのに。
しかし、その気持ちはすぐ無くなった。
「困るんだよね。しゃしゃり出て、無闇やたらと刀を振り回すの」
この事件の英雄的存在のルイを警察官が責めたのだ。
「だったら、もっと早く走れよ」
ルイは喧嘩腰に答える。
「何だと、上官に楯突くのか!」
胸ぐらを掴もうとしたが、もう1人が止める。
「止めろ。ルイさん。もう少し立場を考えて下さい」
そう言うと、2人は怪しい男を連れて立ち去った。
「悪いなトオル」
ルイは僕に笑顔を見せ謝った。
深い事情があるようだ。
事情を話したがらないのは普通だし、僕も無理して聞こうとはしなかったが、ルイは呆気なく話してくれた。
「まあ、隠すもんでも無いしな」
ルイはそう言って笑顔で僕に話した。
顛末はこうだ。
どうやら、ルイは、いや、ルイの所属する事務所全てが、あの警察官達より、死神としての階級が下、と、言うか正確には、ルイの事務所は全体的に1番下で落ちこぼれらしい。
下っ端が奉仕活動、上官が人間の犯罪抑制が主な仕事だった。
それで、出世しない有能な部下が、無能な上官を目の前に活躍を見せるのは、上の立場として面白く無く、突っかかる。まあ、よくある話しだ。
ルイが警察官達から、素早く遠ざかりたかったのは、後ろ指を指されるのが目に見えていたからだろう。
ルイはルイで不快な思いをしたく無かったようだ。
まあ、当然の話である。
「あのー良かったら教えて下さい。何で出世しないんですか?」
まだ会って数時間しか経って無いが、腕もいいし、愛想も良く、頭も良さそうなのに、下にいるのが、勿体無いと感じた。
「ああ、それな」
ルイは機嫌を悪くしたのか、僕を睨んだ。
ように見えただけで、僕の自意識が過剰に反応しただけかも知れない。
「嫌なら答えなくても……」
僕は動揺しながら、慌てて弁解する。
「嫌じゃ無いが、興味が無い。上は面倒。この仕事が1番楽だからかな」
ああ。なる程、納得した。
ルイに出世欲、自体無いみたいだ。
有能なのに……。
そして、この後、ルイにはもう1つ欲望が無い事を知った。
何処にでもある普通の商店街が立ち並ぶ大通りを、人をかいくぐりながらしばらく歩き、ルイが立ち止まった。
「さて、着いたぞ」
ルイに案内され、行き着いた場所は街の大通りの中の一角、何処にでもある、普通の3階建て雑居ビルであった。
1階は何処にでもある普通のカフェ、2階にルイの所属する事務所、3階には……。
「えっ、何で!」
僕は驚く。
「だって、いちいち往復するの面倒だろう? 部屋空いていたし、住居にした。って言うか、あのビル自体買った」
3階は全てルイの住処となっていた。
割と広いビルを丸々1つ買える財力に驚きだ。
しかも、1階のカフェ以外、つまり2階の事務所には家賃が発生してないようだ。
維持費もあるのに、何つーか、お金の使い方が大胆だ。
「どうせ。泊まる所無いんだし、後で案内してやるよ」
「はあ」
僕は曖昧に返事をした。
階段で2階に上がり、3つの扉があったが、真ん中の扉を開けた。
聞いた話しだが、残り2つの部屋もこの事務所の所有で、物置部屋らしい。
2つも必要かどうかは分からないが、ルイが後で中を見せてくれるらしい。
一体何が入って入るんだろう?
ルイの後に僕が、事務所に入った。
「ただ今」
ルイが元気に挨拶する。
「お帰り。ルイ」
出迎えたのは、それはそれは絶世の美女だった。
絶世の美女何て、本で読んだ時にしか使わない単語なのに、その女性は簡単に使う事が出来る程の美人であった。
女性にしては長身のスラッとキレイな細身の体に大きく膨らんだ胸。
金髪のストレートな髪はキレイに手入れされ、青い瞳に二重瞼、丁度いい鼻の高さに、薄い唇、典型的な白人できめ細かで艶のある肌と。本当に非の打ち所が無い美女である。
「この子がルイの言っていた子?」
僕を見て話しかけた。
声もキレイで目が合っただけで、ドキドキして、思わず目を逸らした。
「ああ、トオルってんだ」
ルイが話す。
ルイはいつの間にか、僕の事を話していたようだ。
「リフィルよ。この事務所の所長をやっているわ」
微笑んだ姿も又、様になっていた。
「皇トオルです」
僕は緊張の面持ちで一礼した。
こんな美女、今まで本当に見た事が無く、どう接していいのか、正直分からなかった。
「トオル君ね。トオル君手続きするからこの書類に目を通して記入してくれる」
手際よく僕に紙を渡し、僕はそれを受け取る。
「はっ、はい」
仕事が出来る女性に見え、余計緊張した。
「ん? どうした。何、緊張してるんだ?」
平然と接しているルイが可笑しい。
これも慣れなのだろうか? 慣れとは怖い物だ。
こんな美女を普通の存在として見てしまうのだから。
僕はソファとテーブルが設置してある所に案内され、席に付き書類に目を通した。
書類の内容を大まかに言えば、役所の住民登録と同じである。
名前や生年月日、血液型等の個人情報の記載が主である。
「それより、ねえ、ルイ」
僕の目の前にアイスティーとイチゴショートケーキを置くと、リフィル所長はルイに話しかけた。
「どうした?」
「今度、映画館行かない?」
「仕事中だろう。公私混同してるぞ」
どちらかと言えば、ルイの方が公私混同し易いイメージだが、これは驚きである。
「いいじゃない」
「いくないから。又、見たいのがあるのかよ」
ルイは面倒くさそうに話した。
「ええ、沢山、あるわ。ルイと行けるならいくつでも」
劇場のチラシをルイに見せる。恋愛、刑事物、バラエティー、SF、果てはアニメまであらゆるチラシがあった。
この世界も現実の世界と同じで、種類が豊富で驚く。
「あっそう」
ルイはゲーム機を出し、ゲームを始めた。
やっぱり、公私混同している。
しかも、最新のゲーム機だ。僕も持っていないのに、羨ましい。
しかし、この事務所に真面目な人はいないみたいだ。
と、言うか、2人以外他に事務所にいなかった。
デスクは5つあったが、姿が見えない。その事について僕はあえてこれ以上の散策はしなかった。きっと仕事をしているに決まっているからだ。
「それより、トオルはこれからどーするんだ?」
ルイが、リフィル所長の話題から逸らす為に急に聞いてきた。
「どうするって何がですか?」
僕も思わず聞き返す。
「やりたい事は何か無いかって事だよ。この世界は夢が叶う世界だ。人間にとっては偽りかも知れないが、それでもやりたい事はあるだろう? 人の道に反れなければ大体の夢は叶うぞ。トオル。君は何がやりたい?」
「僕は……」
考えた。
いつの間にか、ルイが僕の正面に座り、僕を真剣に見ている。
「僕は勇者になりたい。僕は病弱で外で遊ぶ事が出来なくって、ずっとゲームやっていたけど、剣と魔法を使う世界に憧れといました」
僕は勇気を振り絞り言う。
「そうか」
ルイはタバコをくわえ火をつけ、目を細め僕を見ていた。
「あのーダメですよね? そもそもこの世界とはかけ離れているし」
僕は俯き、黙り込んだ。
「面白そうだな。それ」
ルイは肩を叩いた。
「あのー?」
「初めてだよ。そんや事を言う奴は、よし、協力してやる!」
凄く、ルイの目が輝いていた。
「えっ、でも」
僕は躊躇う。
「いいから。いいから。大丈夫だから」
ルイは何処から出ているのか分からない程、自信満々に言う。
後で聞いたが、僕がこの世界にいるのは、僕のいる世界がこれに近いからなのだ。
僕の世界は現代の日本。通称リアル・ワールド。
ここはそれに近い世界で、僕は本能的に望んだ為、この世界に降り立った。
まあ、降り立った後の事を考えれば当然である。
日本に近いのだから、勿論、四季もある。少し蒸し暑かったのもそんな理由からだ。
パラダイス・ワールドとはいくつもの時間、いくつもの並行世界から人間がやってくる。
パラダイス・ワールドもこの世界だけでは無かった。
僕の望んだ世界も勿論、存在するらしい。
ルイはそれを知っていて、快く協力すると言ったのだ。
「ちょっと、ルイ私との映画の約束は!!」
リフィルが言い寄る。
「人間を導くのが、死神の性分、と、言うか俺の心情だ。所長と約束するより、トオルの夢を叶える方が大事だろう」
「まあ、そうだけど、ルイ、ドザクサに紛れて、着いて行くつもりでしょう」
「勿論、導くのは俺の仕事だからな」
ルイはイタズラ坊主のように笑う。
「はあ、私の約束が、デートが」
リフィル所長の思惑が脆くも崩れ去り、机に雪崩落ちた。
つーか、この美女はルイの事が好きみたいだ。
そして、ルイはこの気持ちに気付いているか、いないのか?
「所長、仕事が残っているだろう? 遊ぶのは後だろうが」
真面目な事を言い、はっきり断っている。
「まあ、そうだけど」
リフィル所長は席につき、仕事を続けた。
ルイは気付いていないみたいだ。
罪とは何を持って罪か?
定義は様々だが、少なくともこれは罪だ。
だって、こんな美女を異性として見ないのは、可笑しい!
と、言うか気付いていてわざと、だったら、尚の事たちが悪い。
「本当にトオルの夢は面白そうだ。今から楽しみだ」
脳天気に僕に言う。罪悪感が無いようだ。
気付いているかもしれないが、ルイは、元々性欲が極端に欠けているみたいだ。
格好いいのに勿体無い。
「でも、僕、魔法や剣が使えませんが」
「ああ、気にするな。思い描けば、炎の1つや2つ出せるようになるよ。剣術も慣れだ。この世界に置ける人間の無限の可能性だな」
それはまるで、死神がその力を持っていないかのような言い方だった。
「ちょっと、ルイ。そんな無責任な意地悪しないで、剣の使い方位教えて上げなさい」
そうだ。
ルイの居合い抜きは神がかっていた。
テレビで居合い抜きのシーンは、見た事あったが、あそこまで速いのは見た事が無かった。
この人に教われば、簡単に修得出来ると感じた。
「あのな。俺の刀術は、そんな簡単じゃ」
「あのー」
2人が言い争いを始める前に僕が声をかける。
「何だ?」
「刀見たいです」
「……はあ」
ルイは僕を見て深いため息を付き、六方星の魔法陣を出現させた。
「俺の刀は見せ物じゃ無いぞ」
とか、言っていたが、しっかり魔法陣の中から、ルイは日本刀を出現させた。
日本刀なんて、長くて精々、成人男性の腰の高さまでだが、それは違う。
ルイと同じ位の身の丈、180センチはあった。
長刀と呼ぶに相応しい長さだが、無駄に長すぎである。
ルイの言っていた意味が理解出来た。これは、玩具ではない。
普通の長さの日本刀でも危ないのに、これはそれを超えている。
これを振り回すのだから、只の危険物に他ならない。
ルイはそれを簡単に扱った。
ルイは右手に鞘を左手に柄を持ち、ゆっくりと抜いた。
今まであまり気にしなかったが、ルイは左利きのようだ。
だから、何だと言えばそれまでだが、僕の目から見れば器用な人であった。
「ん? どうかしたか? 見たかったんじゃないのか?」
「ああ、はい。凄い、キレイな刀だ」
刃こぼれ1つ無く、ただただ工芸品のようにキレイな刃だ。
「だろう」
ルイは機嫌を良くして、ゆっくりと刀を鞘に収め、日本刀を消した。
「いいな~僕も欲しいです。所で、これはどうやって出現させたんですか? 僕にも出せますか?」
「出せないよ。これは死神にしか出せないもんなんだ。死神は高い身体能力と1つのスキル、1つの武器を持つ事が出来るんだ。それで治安維持を行うんだよ。その代わり人間は創造が出来る。ほら、そこにあるボールペンあるだろう?」
「はい」
僕が書いていた書類の近くにあったボールペンをルイが指した。
「人間はそいつを創造して、剣にする事が出来る」
「本当ですか!」
「ああ、やってみろよ」
「はい」
僕はボールペンを持って、頭の中に思い描いた。
ゲームや漫画に出てきた。
格好いい剣を創造した。
すると、たちまち剣の姿になった。
「すっ、凄い」
「だろう! 死神にはそれが出来ないが、人間は望めば、空を飛ぶ事も海に長時間潜る事も出来るぞ」
「へー」
僕は関心していた。
「ルイ!」
リフィル所長は少し怒っていた。
「何だ?」
「それ、私のボールペンよ」
「ボールペン位、いいじゃないか。買ってやるよ」
「いいの!」
「たかがボールペン。俺のでいいならやるし」
「いる!」
ルイは引き出しからボールペンを出し、リフィル所長に渡した。
「ありがとう」
リフィル所長はピョンピョン跳ね、辺りを駆け回った。
リフィル所長はとても乙女であった。
こんな純粋な人に愛されているルイが羨ましい限りだ。
「ルイ。大事にするね」
「そんな大袈裟なボールペン位」
「大袈裟じゃないから」
「はいはい」
ルイは適当に返事していたが、その顔には笑みが零れていた。
何度も言うが、何を持って罪と言うのかは人それぞれだが、これは罪も罪、大罪だ。
明らかに、ルイは彼女の気持ちに気付き、もてあそんで楽しんでいるとしか見えない。
男としては最低だ!
僕はルイに対し、とてつもない怒りがこみ上がった。
後で、叱ってやる。
僕はそう心に誓った。
それから数10分後。
「ここは、図書室とゲームとプラモデル保管室」
空調の効いた部屋の中に入った。
「あっ、この漫画読んだ事無いや」
「貸してやるよ」
「いいの!」
「ああ」
一通り書類を書き、リフィル所長に許しを貰うと、ルイが僕に事務所を案内した。
2部屋あるが事務所を出て左は衣装部屋。右はこの保管室であった。
衣装部屋は主に、リフィル所長の部屋である。
あまり見てはいけないから、見るのを控えたが、露出度の高い服やキラキラのドレスまであらゆる服があった。
リフィル所長はプロホーションもいいし、何でも似合うだろう。
それで、男を魅了するのだ。男が近付かない訳は無いが、例外がいた。
勿論ルイだ。
ルイはリフィル所長より、保管室の方が好きみたいだ。
大半はルイの趣味である。
プラモデルに目を輝かせ、好きすぎて写真まで撮り、それを飾っていた。
ルイは大きな子供と呼ぶに相応しい男だ。
だから、僕が勇者になりたいと言った時、賛成してくれたのだろう。
恐らく、そう言う世界に行ける口実を今まで探していたのだ。
しかし、死神は無闇に世界を行き来出来ない。
職務放棄とみなし、それ相応の罰を受ける事になるのだ。
それで、怖じ気づいていたが、いざ、大義名分ができ行くとなると、14才の僕よりずっと子供となり喜んだ。
「凄いや」
「だろう」
ルイが機嫌をよくしている。
子供とは、おだててなんぼであったが、何で僕がおだてないといけないんだ?
「トオル。次は俺の部屋を案内するぜ」
そんな子供が僕に言った。
「はい」
僕は元気よく返事をして、保管室から出た。
3階に上がり、僕はルイの部屋に着き、リビングに案内された。
「自由にしていいよ」
「はっ、はあ」
ルイは上着を脱ぎ、ソファの上に置いた。
1人暮らしにしては大きいソファで、横になって簡単に寝る事が出来た。
僕はとりあえず、そのソファに座る。
まだ、緊張していた。
ただでさえ馴れない環境に放り出され、まあ、優しい人に見つけられたから、間違った道な進まなくって良かったが、これが、怖い場所だったら、ゾッとする。
さっきからそうだが、ここは少し広い部屋だが、逃げ場は無い。
知らない人には着いて行くなと言われたが、混乱していたので、あっさり着いて来ちゃったが、この人が完全な善人とも限らない。
うーん。でも、善人だな。
僕の直感がそう言ったし、今はそう信じるしか無かった。
「ん? どうした。もう、所長はいないぞ」
ルイが又、気楽に声をかける。
「あ、それもあるが、そうじゃ無く……」
僕は曖昧に返事をした。
「ふうん。そうか」
ルイはネクタイを外し、急に僕を睨む。
「お前、俺が何かするんで無いか、警戒しているんだな?」
少しずつ僕に近付く。
今までに無い程、冷たく僕を見ていた。
「うっ、それは……」
「図星みたいだな。そうだよな。信用して襲う何て、よくあるもんな。トオル。出口はあっちだ。逃げたいなら逃げればいい。但し逃げられたらだけどな」
体が凍り付き動かない。
「お前みたいなガキはいくらでも見て来たからな」
僕の体を倒し、上に乗った。
やっぱり僕を……。
声を出そうにも出ない。
ルイの目は真剣その物、いや、何かに憑依して話しを聞いて貰える目では無かった。
「叫ばないのか? 叫んでもいいんだぜ。最もこの部屋広くて事務所を改築した場所だから、防音はばっちりだがな」
完全にはめられた。
僕は手足をばたつかせ必死に抵抗した。
しかし、あんな長刀を軽々と扱う人に腕力で、かなうはずもない。
近くに僕が創造した剣もあったが、届かなかった。
僕はやられるがままだった。
本で読んだ事しか無かったが、この人は……。
徐々に顔が近付いていく。
ああ、これが夢なら、早く覚めて欲しいものだ。これが夢なら。
僕は覚悟を決め、目を瞑った。
「はあ……何だ」
ルイは体を起こしタバコに火を点けた。
「つまんねーの。もうちょい面白いの期待したのに」
「何を期待してたんですか!」
僕は急に元の最初のルイの態度に戻り怒った。
「ベストショット」
ルイは今の僕の顔を、いつの間にか出したカメラで撮った。
「俺にそんな趣味はねーよ。楽しめたらそれで良かっただけで。ああ、楽しかった」
ルイは笑った。
僕は全然楽しく無い。
込み上げた怒りが頂点に達したのは、そんなに遅くは無かった。
僕は近くにあった剣をおもむろに取り出し、鞘を抜きルイに構える。
力があるとは、無謀な事も平気でやってしまう。
少なくとも僕はそれだった。
「そうだ。その位やらないとな」
ルイは余裕でいる。
その後は無我夢中であまり覚えていないが、後で考えたが、何て愚かな事をしたのかと後悔した。
刀の達人に初心者の剣が届く訳が無いのだ。
ルイは僕の剣を軽々と避けた。
「からかわないで下さい!」
さっきの緊張なんてもう無い。
そんな緊張をしていた事がバカらしい。
「稽古も必要だろう? 怒らせるのが手っ取り早いんだよ」
僕の心を読んでいるようだ。
僕はルイの思惑通りに怒りをあらわにした。
しかし、悔しい。
あの男がそこまで計算しているとは思っていなかった。
更にそれでルイへの怒りが加熱する。
「大体、ルイは、あの美人所長を何で異性として見ないんですか、男として最低です!」
「何でそこで、所長が出てくる」
言った僕も驚きだが、ルイはもっと驚いた。
確かに今の状況で関係の無い事だ。
しかし、この事についても僕は怒っていた。
「ルイがあまりにも最低だからだ。男だったら、あの美女を何とかするだろう。気付いて無いのか?」
僕の舌が達者に働き、さっき思っていた事をスラスラ言った。
「知ってるよ。んでもな」
ルイは腕を組み立ち止まった。
僕は息切れをしていて、隙をつく事が出来なかった。
それに引き換え、ルイと言う男は息1つ乱していなかった。持久力もあるようだ。
「すぐ、美女に目移りするお子ちゃまなガキには分からないよ。俺の気持ちなんてな」
「なっ」
「俺はどんな男も目移りする絶世の美女よりも、少しドジで、色々残念でも、そこが可愛らしい女の子の方が好きなの」
ルイはソファに深く座り、タバコを吸ってくつろいでいた。
「好きになるつーのは、そんなもんなんだよ」
煙を吐くと、遠くを見上げ寂しそうな表情を浮かべた。
「簡単に諦めたられる訳ねーだろう? 分かったか?」
ルイは僕を説得する。
「でもよ」
「はあ、面倒だ」
タレ目が僕を見る。
「カワイそうです!」
「トオル。これは理屈じゃないんだよ」
「分かっていますよ。そんな事、でも……」
俯く。
僕はこれ以上何も言う事が出来なくなり、そのまま沈黙した。
確かに気持ちは分からなくは無い。
僕もゲームの中でヒロインの美女よりも、少し勝ち気でツンデレが入った女の子の方が好きだった。
そんな事を考えていると、沈黙を破るように、扉をチャイムする声が聞こえた。
「誰だ?」
ルイが玄関に向かう。
「リフィルよ」
「何だよ。所長か」
ルイはリフィル所長を中に入れた。
「どうした?」
「トオル君の身分証が出来たわよ」
「そうか、仕事早いな」
ルイは奥まで案内をする。
「当たり前でしょ、あっ、トオル君」
リフィルは俯いている僕の所に向かう。
「どうしたの? って、ルイ!」
剣をまだ持っていた僕を見て、リフィル所長が怒ったのだろう。
ルイに叫ぶ。
「ルイ。又、からかったの!」
「いや、だって」
「しかも、トオル君は武器まで持って、からかうにも限度があるでしょ。何やっているのよ!」
「いやさ。ちょっと意見の食い違いが」
「キッカケがあるでしょ。全く、新しい子からかうのもいい加減にしなさい!」
(日常なのかい!)
僕は今まで怒っていた熱が急に冷め、剣を鞘に収め壁にかける。
「トオル。許してくれるの」
「許しません。でも、呆れて、斬る気失せました」
僕はソファに座る。
「そりゃ良かった」
「良くないでしょ。トオル君の機嫌を直しなさい」
「って、言われてもなー」
ルイは僕を見る。
僕は視線を逸らした。
「はあ、仕方ない」
ルイはゆっくりリフィル所長の手を握る。
リフィル所長が顔を少し赤くした。
「所長、いや、リフィル。映画見に行こう」
「えっ、いいの」
リフィル所長が声のトーンが上がる。
「ああ」
ルイがもう一度僕を見る。
僕の顔色を伺うように言っていた。
僕は又、目を逸らした。
「ねえ、ルイ。絶対2人で行こうね」
「当たり前だ」
女を口説くように甘く言う。
そう考えると、ルイも男である。
しかも、経験が豊富だ。
ただのチキンでは無い。
「楽しみ。ねえ、いつにする?」
「そうだな。こいつと相談しなきゃいけないが、こいつに剣も仕込みたいし、1週間後に出発するよ。その間に行こう」
「はい」
ルイは又、僕を見る。
「もう、いいよ。ルイ、水に流すから」
「そうか、ありがとう」
「そうしなきゃ、僕、現実世界に戻れないし、戻り方知っているだろう?」
「知ってはいるが、時が経てば戻れるぞ」
「何だって」
僕は驚く。
「ちょっと、まだ話して無かったの?」
「忘れてた。トオルがあまりにも当たり前な行動するからつい」
「全く、ルイはちゃんと話しなさいよ」
「分かっているって」
「ゴメンね。トオル君、ルイは悪い人じゃ決して無いんだけど、心が体と違って子供だから」
「うん。分かってる」
今までの言動や行動は全て精神の問題だとしか言えない。
善悪はさて置き少なくとも、外見と中身は違った。
少なくとも僕の方が上だ。
しかし、ルイには底知れぬ何かを感じた。
この勘はこの世界にやって来て初めて感じた力だった。
恐らく、世界その物が特別に出来ているのだろう。
その力を僕は感じているだけだった。
「とりあえず、これ、渡しておくね」
リフィル所長から身分証のカードを受け取った。
いつの間にか、僕の写真も付いている。
いつ撮ったか分からないが、ルイがいつの間にか撮ったのだろう。
それをリフィル所長に渡した。
全く、抜け目が無い。
「じゃっ、分からない事があったら、ルイに聞く事。何かされたら、私に言う事」
「はい」
「ルイ、いいね」
「はいはい」
ルイは適当に返事をした。
「さっ、何見るか、考えよう」
リフィル所長は機嫌よく部屋を出た。
僕はそれを見送った。
「それで、どうやって戻るんだ?」
「出て来た時と同じ方法だよ。扉が出現するんだ。そこから帰れる」
「いつ出るんだ?」
「それは分からない。時間が経てば現れるよ」
「その時間つーのはいつ何だ?」
「その前に忘れたのか? この世界が夢の世界だって事を、戻る事は、目を覚ますって事だ。この世界と現実世界の時間の流れ方が違うから、この世界の8時間が向こうの世界の8時間とは限らない。まあ、この世界に数ヶ月いる事は無いが、数日いるかも知れない。その様子を見る為にも1週間何て言ったんだ。経験上、パラダイス・ワールドはリアル・ワールドの2倍の時間が流れている事が多いからな」
「それは分かった」
「何か不服や聞きたい事があるのか?」
「あるとしたら、ルイを信用してういかと言う疑問だ」
「何だ。そんな事か」
普通なら激怒しないまでもかなりの確率で何かしらの反応をするはずなのに、言われた事に眉を1つ動かさなかった。
言われる事もまるで予期したいたような。
いや、僕の行動全てを読んでいてその上で行動しているのかもしれない。
だとしたら、腹の立つ話しである。
心は子供なのに人の心を弄ぶ汚さはしっかり、成人していた。
「そりゃ、好きなようにどうぞ」
そして、出て来た言葉は僕を完全に挑発していた。
「と、言ったら怒るだろうから、本心言っちゃえば信じて欲しいよ。だけど、そうやってすぐ人信じるのもこれからこの世界でやっていくにはちょっと面倒になるから、疑うのも必要と忠告はしとく」
現実世界と何だ変わり無い事を言われた。
いくら、パラダイスと言われても、全てが解放される訳では無いのだ。
「人は心があって、考え方も人それぞれだ。いくら、この世界で自由になれて、力を持っても、それを壊せば、他人に迷惑がかかる。全てを信用しても人は裏切る事もある。所詮ここは現実より少し、欲望が叶うだけの場所何だよ」
ルイが深刻な表情で話す。
ルイは知って欲しいだけなのかも知れない、この世界の在り方を。
死神と言う秩序を守る集団が存在し、ルイが忠告するのも、人間の欲望全てが清いとは限らないからだ。
無秩序な世界程醜い物は無い。
自由は秩序があって初めて存在を許す物だと僕は思う。
夢が叶うのはその次だ。
ルイは僕を見定めてから、からかい試したのだろう。
ルイは僕を本心から、いい方向へ導きたいのだろう。
僕は本当の意味でルイを心から許し、信用する事が出来るだろうか?
僕の心はまだ、そこまでの覚悟が出来ていなかった。
「それより、トオル」
「何ですか?」
「これから、ゲームしようぜ。ほら、沢山あるんだ」
僕はあれこれ考えている時に、ルイが邪魔をした。
いや、これは、僕を煮詰めない為の気配りかも知れない。
真意は分からなかった。
「ああ、うん」
「どのゲームやる? あっ、これなんか楽しいぜどうだ?」
ルイがあれやこれやと、ゲームソフトを、目をギラギラ輝かせ、僕に見せる。
本当に悪い人じゃないが、心と体の差が激しく、周りが疲れ、気を遣う男だ。
しかし、ルイはお構い無しに話しを進める。
「よし、これにしょう。これがいいや」
結局1人で決めた。
僕の意見はまるで反映されない、格闘ゲームを選びゲームを起動させた。
「出来るか? 動かし方はこれな」
話を勝手に進め、勝手に説明書を渡す。
ここまでの事をおさらいするが、僕は一度も意見を言っていない。
ルイが勝手に僕にコントローラーを持たせる。
「さあ、やろう」
ルイがいい、ゲームが始まった。
それから1時間後。
ルイは本気で落ち込んで吠えていた。
「負けたぁぁぁ、トオルもう1回だ」
僕の全戦全勝。はっきり言って弱い。
いや、弱いを通り越し、才能が無かった。
正直珍しい人種だ。
しかも、子供特有の負けず嫌いがあるので、暴れる。
ここは負けるべきか?
ルイより、見た目子供である僕の方が気を使った。
「なあ、お前このゲーム知っていたんじゃ無いのか!」
全くの言いがかりである。
「知らないよ」
勿論、僕は否定する。
こんな事で誤解が誤解を生むのは避けたかった。
「よし、もう1回だ」
「なあ、別のゲームにしようぜ。もっと、そうだな。操作が簡単な奴とか」
正直言ってもう相手したくなかった。
「これなんかどうだ?」
僕がスゴロクのゲームを見せる。
それに、これ以上言いがかりをつけられるのも癪だった。
「それもそーだな。もしかしたら、トオルの知っているゲームに当たるかもしれないしな」
弁解しても、誤解はされたままだった。
もう、いいよ。僕は諦める。
「んじゃあ、やるか」
ルイはソフトを交換し、ゲームがスタートした。
スゴロクのゲームは時間がかかる。
ルイは途中で、お菓子と飲み物を用意してくれた。
そして、格闘ゲームと違い会話もした。
「なあ、トオル。現実世界に戻りたいのか?」
変な事を聞かれた。
そりゃ、戻りたいよ。
僕は頷く。
「そんな物何だな」
急に変な質問してきたので、僕は驚いたが、ルイにはルイなりに考えがあったようだ。
「でもよ。戻ってもトオルには自由が無いんだぞ」
そう、僕は病弱だった。
ルイはその事を聞いているのだろう。
現実の自分には自由が無いのに、戻っても楽しいのか?
確かにその通りだった。しかし。
「僕には優しくしてくれる家族がいるから」
ルイは目を細め、僕の答えに無言となった。
「そうか」
そして、ボソリと呟く。
ルイにとって僕は珍しい人なのかも知れない。
「トオル。その言葉忘れるなよ」
今までに無く、真面目に語りかけた。
その言葉の真の意味を知るのは、又、少し先になるが、僕はその言葉が妙に心に残った。
僕がパラダイスと呼ばれる世界から、現実に戻ったのは、パラダイスの時間で次の日の昼だった。
ざっと、1日いた計算である。
始め、驚いたが、僕の足下に何もない所から円形で金色の扉が現れた。
これが何か?
と、ルイに訪ねたら、笑いながら、それが、現実と夢を繋ぐ、ゲートだと答えた。
この人の脳天気がたまに嫌になる。
ゲートは僕の意思とは関係なく開かれ、僕はゲートに強制的に吸い込まれる。
こうして、僕は覚醒した。
目が覚めた時、僕は重い体に少し落ち込んだ。
夢の世界での体の軽さときたら、もう、夢にまで見た。
いや、夢だったんだが、僕は開放感や自由な体を始めて知った。
あんな風に飛んだり跳ねたりを、今の僕は一生出来ないと思っていたからだ。
しかし、現実は違った。
僕は目覚めた時、病室のベッドで寝ていた。
そりゃそうだ。
僕はそこに眠っていたのだから。
こっちの世界は8時間程、つまり、僕の睡眠時間分しか経っていない。
ルイが言った通り、時間の流れが違った。
しかし、少し安心している。
こっちの世界より向こうの方が長くいられるからだ。
でも、待てよ。
向こうの時間が3倍進んでいると言う事は、僕がこっちで16時間過ごしたら、あっちでは2日経つって事?
それは間隔が空きすぎだよな。嫌だけど仕方ないか……。
向こうの世界は無限に存在するみたいだし。
そもそも又、あの世界に行けるのか?
ルイは「又、後で」と、言っていたが、同じ夢を何度も見る事は無いのだから、同じ世界に行くのは不可能じゃないのか?
僕はあれやこれやと考えている内に、看護士さんや医者が顔を出し、同じ1日が始まった。
僕にとっての現実は、あの世界に比べられない程、単調な物だった。
とか、思っていたその日の夜。
再び向こうのパラダイスの世界へ足を運べた。
つーか、今日も空から落ちてきた。
しかも、今日は意識もはっきりしている。
「なんでぇぇぇ!」
僕は落ちる。
それを助けたのがやはりルイだった。
物凄い跳躍力で落ちた僕を上手くキャッチし、地面に着地した。
「ありがとう」
「ゲートの出現ポイント変えないとな。普通なら、2日目には都合のいい所に出現するはずなんだが」
ルイはボソボソと冷静に分析する。
いや、出来るなら、早くやれよ!
死ぬかと思った。
「よっ、トオル。8時間振り」
「へっ?」
僕は立ち上がり驚く。
辺りは夜の街であった。
ご都合主義と言う言葉があるが、まさにその通りである。
僕がリアル・ワールドで16時間過ごしていたが、パラダイス・ワールドでは8時間、つまりリアルの半分の時間しか、経っていなかった。
時間軸がバラバラだったりするから可能な事で、ある程度は経過するにしても、人間の都合に合わせて、パラダイスの時間が進むようだ。
それがこの8時間であった。
そして、ルイが上手く僕を見つけ、僕をキャッチした。
これもご都合主義の世界だから出来た事だった。
僕とルイは事務所を目指した。
「向こうの世界はどうだった?」
ルイが聞いてくる。
「別にいつも通りだった」
「そうか」
ルイは考える。
「まあ、リアル・ワールドではその方が幸せだって言うもんな」
何処が幸せだ。
毎日薬と検査と自由無き1日を過ごして、何がいい。
僕は少し苛立っていた。
ルイの脳天気さも原因だったが、様態が芳しく無いのだ。
両親は僕を慰めるが、僕は内心いい物では無い。
『死』が確実に近付いて着ている。
手術をして治るのかと言えば五分五分。
僕はその手術を受ける勇気がまだ無かった。
もう少し薬で頑張るつもりだった。もう少し……。
「さて、今日は何しようか? んでも、もう、遅いからな」
ルイも別の意味で困っていた。
「剣の稽古は?」
僕が提案する。
「そうだな。付けてやるか」
ルイはあっさり承諾した。
事務所につきリフィル所長に挨拶すると、僕は剣を持ち、ルイと屋上に上がった。
「さて、始めに言うが、俺は先生じゃないから、あんま器用に教える事は出来ないよ」
そう言い、倉庫から木刀を出す。
流石にケガをするからだろう。
「トオルはそれでいいぞ」
僕には木刀を渡さず、持っていた剣を使えと言ってきた。
確かに僕の攻撃はルイには当たらない。
実戦も兼ねるなら、ルイのやり方は正しかった。
「さあ、来い!」
ルイは木刀を僕に向け、真っ直ぐ構える。
剣の稽古何て、テレビのアニメかマンガでしか見た事ない。
しかし、今、それを体験する。
僕はルイに向かい剣を振った。
ルイは確かに強い。
しかし、強いとただ言うには、あまりにもかけ離れていた。
『強い』
ただ、それだけの言葉を当てはめるなら、恐らくこの世界に星の数程いるはず、この世界の事は、よくは分からないが容易に想像出来る。
そこが、夢の世界で人の夢が叶うなら、強くなりたいと願う人間も多いと思ったからだ。
しかし、ルイはそれとは明らかに違った。
ルイには隙という隙は存在しない。
それは、戦いに置いて重要な要素の1つでもある。
どんなに腕力があって、力でねじ伏せる強さを持っていても隙が多ければ、そこに付け入り、倒してしまう事が出来る。だが、ルイにはそれが無い。
普段、ひょうひょうと振る舞っている分、余計感じる。
そして、もう1つ、ルイには、体に似合わぬ腕力も備わっていた。
木刀その物に特殊加工され、剣と同じ位の強度を持っている。
要は折れない為の強化を施しているのだ。
僕の剣が当たり、折れてしまっては元も子もない。
しかし、ケガをしてもいけないから、木刀なのだ。
ルイはその木刀を僕に振るう。
僕はそれを受け止めるが、1度受け止めるだけで、手が痺れ、まだまだ弱い僕の腕では、片手で止めるのはまず無理だ。
恐らくルイの体は突発的に必要な所に力の重点を置くのだろう。それも上手く、自然に。
少しでも隙があれば、そこを敵につかれる前に、体を上手く動かし、それをカバーする。
効率のいい戦い方をする為に、ルイは、この体格でいるのかも知れない。
まあ、単純にこの体格が理想的な体格だと思っているのかも知れない。
速さと力、両方無駄なく持つ、ルイの無駄な強さは他を圧倒するのは確かだった。
「少し休憩するか」
始めて30分。ルイが言う。
「うん」
僕は頷き、座り込む。
僕は疲れていた。
夢の世界で人間に都合のいい世界なのに、疲れるのは可笑しい事だが、創造していれば、脳が疲れる。それが、身体に伝わるのだ。
そうでもしなければ、脳が休めない。
知らず知らず、疲れと言う物もこの世界では創られたのだろう。
しかし、それはいい事だと、僕は思う。
「いやー疲れたーほれ、飲み物」
僕にジュースを渡す。
今日は炭酸飲料だ。
「ありがとう」
僕はジュースを飲む。
冷たくって美味しかった。
「なあ、トオル。その剣デカくならないか?」
「へっ?」
いきなり質問された。
「いやさ。思ったんだけど、やっぱり勇者になるなら、デカい剣の方が良くない? 目立つし、華やかだし、勇者ぽいし」
ルイの固定概念に僕は少し唖然となる。
剣の腕は申し分ないが、頭は申し分あった。
「そりゃ、ルイの勝手な考えだろう」
それに僕は慣れてきた剣を使いたかったし、これ以上ウエイトを上げるのも嫌だった。
「そうか、残念だ。慣れたら頼めると思ったのに」
ルイはがっかりしていた。
と、言うか、慣れとはどう言う意味だろう。
「いやさ。その剣をデカくするのさ、重さ何かはその剣のままに出来るから、トオルにも持てるだろう。リーチを上げるにもいいと思うんだよな」
とんでもない事を言う人だ。
「えっ、重さ変わらないの!」
「おいおい、何驚いているんだ?」
ルイはタバコを吸った。
「出来るに決まっているだろう。この世界は夢で出来ていて、トオルは人間。その剣は人間のトオルが創り出した物だろう? 質量だって思いのままだよ」
やっと、言葉の意味を理解した。
僕が創り出す剣は僕に合わせているから、僕の思いのままに形を変えられるのだ。
「だとしたら、余計、この剣がいいです」
僕が思い描いた物を簡単に変えたくなかった。
「そうか、じゃあ、諦めるか」
ルイは大人しく身を引いた。
「さて、続きやるか」
「うん。お願いします」
僕とルイは剣の稽古を再会した。
そんな僕の現実世界と夢の世界の二重生活はこうして始まった。
これから、何が待っているのだろう?
こんなワクワクは生まれて始めてであった。