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31.泣く子も黙る魔王

31.泣く子も黙る魔王



「ちくしょー、馬鹿にしやがって・・・ぐす・・・」


私は転移で城へと戻って来ていた。


この城は私が率いる魔王軍の拠点となる場所であり、魔の森の中に存在する。


普段は魔力により隠蔽されており、人間どもにはまず気づかれない仕組みだ。


私が自室までの廊下を歩いていると、私の姿を認めた部下たちが頭を下げたり、怯えた視線を向けたり、逆に顔をそむけたりして来る。


彼らは別に私を敬ったり、逆に嫌ったりしているわけではない。


モンスターの世界はほとんど弱肉強食の論理が貫徹しており、私が強いから彼らは従っているに過ぎない。


今の魔王様だって、前の魔王様に打ち勝つことで下克上を果たした武断派なのだ。


ただ、私が属する「魔族」という種は変わっていて、モンスターの中でも特に理性と知力が高いせいか、確かに強いものに惹かれはするものの、それが決定的というわけでもないのだが。


まぁ、ともかく隙を見せればたちまち寝首を掻かれるというのが、今の私の立ち位置である。


強いものが上に立ち、力で弱者たちを従える。


そういう当たり前の光景であった。


だが、なぜだろう。


普段見慣れたその光景が、今日の私には酷く虚しいものに感じられたのである。


「胸がすーすーとして、穴が空いてしまったような・・・」


あれほど大事だった魔王軍の将という立場も、なぜか今はそれほど価値があるようには思えない。


ミキヒコの奇妙な魔術の影響が残っているのだろうか?


私は彼のことを思い出そうとする。


するとその途端、「仲間になれ」という言葉が脳裏をよぎった。


「馬鹿な!」


私は激しくかぶりを振って、その回想を無理やり中断する。


だが、次に思い出されたのは、ベッドに横たわるミキヒコと女の姿であった。


今度はたちまち、私の胸の中がモヤモヤとした黒い霧で覆われる。


全てを破壊しつくし、そして自分自身をも消し去りたくなる程の、暗い感情に塗りつぶされそうになる。


だが、彼女が・・・ラナ姉さんが言ったセリフを思い返すと、その黒い霧は薄らぎ、反対にとても甘美な痺れが胸に広がったのである。


彼女はこう言ったのだ。


一緒にしますか? と。


・・・あそこで断らなかったらどうなっていただろう?


実はあの時、私はほとんど頷きかけていた。


誘いに乗らなかったのは単に怖かったからだ。


そう、魔族の私をミキヒコが受け入れるはずがないからだ。


私は拒絶を恐れたのである。


だけどもし・・・。


「もし本当に仲間にしてくれるなら、ミキヒコ・・・、私にもラナ姉さんにしてたのと同じ事、してくれるのかな・・・?」


私はミキヒコとラナ姉さんがキスをしていた様子を思い出し、思わず赤面する。


だが、今の私はそんなことでは怯まないほど貪欲だった。


ラナ姉さんの姿を、自分に置き換えてみたのだ。


彼の唇が私の唇と重なり合っていた。


すると、たちまち脳天を貫くほどの鋭い快感が脳を痺れさせた。


背筋がぞくぞくとして、足ががくがくと震える。


余りに快感が強すぎて、頭が痛いくらいだ。


「あぐぅっ・・・。も、もし、本当に・・・そうなら・・・」


「何が、本当にそうなら、なんだい?」


「だっ!?」


誰だ!!


というその言葉を、私は口にする寸前で飲み込んだ。


相手が残酷で容赦ない、そして比類なき強さを持った存在であることに、すぐに気づいたからだ。


「ま、魔王様・・・」


「やあ、クワリンパ、人間どもの粛清は進んでいるかな?」


そう言って一見爽やかそうな青年である魔王シュビルは微笑んだのである。



◆◇◇◆



魔王シュビル。


優男にすら見えるこの青年こそが魔王軍のトップであり、その正体は「悪魔」という種族のモンスターである。


背が高くて手足がほっそりとしていて長い。


髪の毛はくせっ毛のある金髪で、それをかき分けるようにして羊の様な角が生えている。


そして何よりも悪魔的な美しい容姿をしていた。


実際、魔王様の浮かべる微笑は女性を魅惑するテンプテーションの効果があり、魔族の私には効かないものの、サキュバスやセイレーンなどの女性型モンスターらは軒並み魅了され、隷属しているような状況だ。


また、彼自身も自分の美貌をよく理解しているようで、容姿を意識した仕草が多い。


大変な自信家であり、周りの者たちを常に見下し、利用するための道具くらいにしか思っていない。


まぁ、これらだけならば、ちょっと厄介な程度でしかないだろう。


だが、彼が魔王になれた理由は、その狡猾さと残忍さにある。


魔王様は一度でも敵対した相手には決して容赦せず、その種族ごと根絶やしにするといった事を平気でする。現に彼のハーレム入りを断った女性の一族が、腹いせで地上から消滅させられている。


また、闇討ちや毒殺、奸計や謀略、拷問が得意であり、逆らう者がいれば正視に耐え難い方法で容赦なく苦痛を与えてから葬った。


敵対勢力は魔王様と戦う前にその力をことごとくがれているのが常であった。


もちろん、彼自身も比類なき強大な力を持っている。


その力を思うがままに用い、周囲に対しては極めて傲慢に振舞う。


気分によって人間を虐殺し、女を犯し、味方であっても嗜虐心を満たすためにいたぶることすらあった。


魔王様にとって周囲の生き物とは、全て自分を楽しませるためのピエロでしかないのだ。


そんな彼は、普段は遠い別の場所にある魔王城にいるはずの存在だ。


つまり、こんな大陸の僻地にある城にいる訳がないのである。


「魔王様、一体どうしてこんな場所に?」


私が問いかけると、魔王様は髪をかきあげながら、


「なに、君に預けていたボクの部下のゲラゲロが打ち倒されたと聞いてね。どんな奴なのか見に来たのさ」



そう言って私に微笑みかけた。


その笑みはきっと普通の女性ならとろけてしまうような魅力的なものなのだろう。


だが、私はその微笑みの奥に潜む、粘り気のある視線に気がついた。


どうやら魔王様は自分の部下が倒されたことに酷く怒っているらしい。


別にゲラゲロのことを気に入っていたわけではないだろう。


魔王様は自分の持ち物が人間に理不尽に壊されたことが単に気に入らないのだ。

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