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「ああ、おはよう
この様子だと、彼にラブレターを
渡せたようだな」
翌朝、職場に行くと
変人がそう話しかけてきた
「渡せたと言い切れる理由か?
そりゃ、おそらくは
一晩経っても
未だ真っ赤な顔と
不安が混ざった
表情を見れば
すぐに分かるが?」
そう言われてから
近くにある洗面台に
備え付けられてある鏡に
顔を映すと
そこにいたのは
熟したリンゴのように
顔を真っ赤に染めながら
失恋の恐怖に怯えている
自分自身の顔だった
「打てる手は打ち終えたのだから
あとは運に結果を
委ねるしかない
自分が望む結果なんざ
時を読み、流れを引き寄せない限り
手繰り寄せなどしないのだからな
さて、仕事前の運動といくかね」
変人はそう呟くと
毎朝恒例のラジオ体操のために
外へと向かって行った
結果を考えても仕方ないと
伝えたかったのかも
知れないけど
ちょっと分かりにくい
けど、それが変人らしさかもしれないと思うと
どこか微笑ましく感じている自分がいた――
13
仕事中、彼と一緒の時間が
刻一刻と迫って来ると
考えるたびに、心音が早鐘を響かせて
休憩時間が来なければいいのにと
思っていたけれど
無常にも、時間が来てしまった
そばに居たくないと考える自分と
ラブレターの結果を知りたいと思っている自分
心の中で二人の自分が争ってると
心の中のどこからか
愛猫が「ニャーニャー」と
鳴いている声が聞こえた
此処にはいないから
幻聴だと思うけど
愛猫の鳴き声を聞いてると
「正直になればいい」と
言っているように
聞こえてきた
――そうだ、正直になればいいんだ
そう思うと、ラブレターの結果が知りたいと
思えてきて
いつの間にか、そばに居たくないと思う自分が
いなくなっていた――
14
彼のもとへ来てみると
自動販売機で
いつものペットボトルの
コーラを買っている
最中だった
自分が近くに寄ると
彼が気づいたみたいで
不意に視線が合い
彼にラブレターを渡したこともあってか
こちらがこっぱずかしく感じて
顔を背けてしまう
我ながらヘタレだと思うけど
こればかりは仕方ないと諦める
ヘタレていると
彼が話しかけてきた
「昨日もらったラブレターだけどさ
最初はびっくりしたよ
何らかの冗談だと思っていたから
でも、何回か読んでさ
キミがオレのことを
冗談じゃなく本気で
好きだと言うのが
伝わってきたよ
ありがとう」
彼の口から出る言葉に
ドクン、ドクンと
心音が一音一音
強く鳴り響き
胸が締めつけられるように感じて
顔が真っ赤になって
苦しそうで
温かく感じて
ラブレターを渡せて
良かったと思った
「こ、こちらこそ、
よ、読んでく、くれて
あ、ありがとう
あ、あはは、緊張して
声が、で、出にくいや」
緊張に陥りながらも
なんとか、彼に返事をする
「顔が真っ赤だから
そうだろうと思った
明日の仕事終わりにさ
オレの気持ちを
ラブレターで伝えても
いいかな?
口に出して言えればいいけど
オレにはそんな勇気
ないからさ
こんな形でごめんな……」
「じゃ、じゃあ、
指切りげんまんでもする?」
「キミが良ければ」
指切りげんまん、嘘ついたら
針千本飲ーます、指切った
と、昔から伝わる
指切りの歌を歌いながらの
彼との約束は
微笑ましく感じた――
15
その日の晩のこと
愛猫のお腹を撫で回しながら
ゆっくり過ごしていると
急に彼のことを
彼との約束を思い出した
そう言えば
彼に近づく前に
愛猫の幻聴が
勇気をくれたんだった
「あの時はありがとね
大好きだよ」
「にゃあ? にゃー」
お礼を言いながら
愛猫を抱きしめる
愛猫への気持ちは
LOVEじゃなくて
LIFEだってことに
気づいたから
親愛の情を込めて
愛猫を抱きしめた――
16
彼と交わした約束の日の
その仕事終わり
いつもだったら
愛猫のために
すぐに帰るけれど
約束があるから
彼のもとに向かった
いつものところで
顔を赤に軽く染めながら
彼は待っていた
「仕事お疲れ様
これ、昨日約束した
オレの想いを描いた
ラブレターだけどさ
良かったら、ここで読んで
くれない?」
彼はそう言って
渡してきたのは
一通の手紙
ゆっくりと封を開けて
描かれた文章を読むと
涙が出てきた
悲しくて出る涙じゃなく
嬉しくて出てきた涙に
顔を濡らした
描かれていた言葉は
不安のイバラに
絡みつかれながらも
心の底から望んでいたものだったから
「返事、ありがとう
ラブレターを渡せて
本当に良かった
そして、これからも
恋人としてよろしく」
「こちらこそ、よろしく」
描かれていた言葉は
「キミのことが好きです」という
ストレートなものだった――