何れくる別れの日まで。
心情描写が多いです。
ふと違和感があったのは、自我を覚え始めた幼少期。
時折見る、少女の夢。妙にリアリティのある一人の少女の記憶。
それをお父様やお母様、お兄様に言ったら、ただ微笑ましいものを見るような目で見られた。
違和感を感じながらも、私は成長した。
その違和感の正体を知ったのは、四歳の冬。
「鈴はこの方と結婚するんだよ」
お父様がそういって、私に紹介してくれた年上の綺麗な男の子。
艶のある黒髪に、外国の血が混じっているのか灰色の瞳。綺麗という言葉が誰よりも似合って、美しいという言葉を体現しているような男の子。
その人を見た瞬間、めまいがした。
私の頭の中にある、一人の少女の記憶の中に彼は居た。
その事実が、私を混乱させた。
だけれども幼いながらにお父様の面子を保つために混乱するのは駄目だと思ったから、冷静を装った。
「帝君、この子が私の娘である葛島鈴だ」
「葛島鈴ですわ。よろしくお願いしますわ」
お父様に促されるままに、混乱したまま挨拶をした。
きちんと礼をとれていただろうかと、やってから不安になった。
「そうか。俺は伊集院帝だ。これからよろしく」
私の挨拶に、彼はぶっきらぼうにそういった。
『伊集院帝』――――――その名が、私の頭に酷く残った。そして、何処か懐かしさを感じた。
帝様との初対面を終えて、部屋に戻った私は倒れた。
一杯一杯だった。混乱が収まらなかった。
そして、次に目を覚ました時、私は全てを理解した。
一人の少女の記憶が、私の前世であるということ。
この世界は私が前世において好んで読んでいた少女漫画の世界だという事。
上級社会のお嬢様や御曹司の通う学園で繰り広げられる恋愛漫画。
私は葛島家の令嬢――。帝様はトップクラスの家柄の御曹司。
その漫画の世界において、私はヒロインではなかった事。
何れ帝様が高校二年生の時期にヒロインと出会い、恋に落ちること。
私は帝様の婚約者で、本当に思う相手が出来た帝様から「幸せになってくださませ」と身を引くこと。
帝様とヒロインが結ばれて、幸せを迎えること。
目が覚めて、お母様達が突然倒れた私を心配して声をかけてくる中で、思い出した事実が私の脳内をずっとめぐっていた。
そうか、今日であったあの綺麗な男の子は、何れヒロインと結ばれるのかとただ冷静に感じた。
好きにならないようになろうと思った。
何れ別れがくるならば、好きにならない方がいい。『別れ』を知ってしまったからそう思った。
好きにならなければ、きっと傷つかずにすむのだから。
『好きにならないようにしよう』。
そう思った。
そう決意した。
だというのに、婚約者として過ごすうちに帝様を好きになってしまった。愛してしまった。
――――…ああ、何て私は馬鹿なんだろう。知っているのに。だから、好きにならないのが正解なのに。
恋愛感情に気付いたのは、小学一年生の夏。
帝様は私よりも三つ年上だった。三つの年の差は大きい。原作で私ではなくヒロインが選ばれたのは年の問題もあるのだと思う。
帝様は私を可愛がってはくれてるとは思う――…、だけど原作で彼はいっていた。『妹のように大切だ』と葛島鈴に向かって。
苦しくなって、しばらく帝様に会えなかった。
そんな私を帝様は心配してくれたけれど、四か月まともに会えなかった。
だけどその間に冷静になった私は思ったのだ。
別れが来るからなんなのだと。
好きな人の婚約者でいられる―――、好きな人が自分を可愛がってくれている。それだけで幸せじゃないかと。
前世の記憶があるから、不幸な物語も沢山しってる。前世の私は漫画が大好きだったみたいで、沢山読んでいたようだ。
好きな人に無関心でいられるとか、疎まれるとか、そんなのより断然幸せじゃないか、私は。
私は帝様が好きなのだ。子供の恋愛だって笑われるかもしれないけど大好きなのだ。
冷たいように見えて優しい一面を持ち合わせている所も。
小学生だというのに大人びている所も。
責任感が強い所も。
家を継ぐために努力をしている所も。
完璧に見えるけれどもハ虫類が苦手な所も。
跡取りとして完璧でいようとするそんな所も。
近くに居るからこそ、そういった帝様を知れた。帝様の事を見て、帝様を好きになれた。それはある意味幸せなことだ。だって完璧でいようとする帝様の内面は、近くにいないと知ることが出来ないから。
そうだよ、好きだから。帝様が大好きだから。
原作の『葛島鈴』になろう。帝様が好きなのに、帝様がヒロインと結ばれて幸せになることを誰よりも応援した少女のように。笑って、「幸せになってください」と言えるようになろう。
好きな人が幸せになる事は良い事なんだから、と心から祝福して、帝様の幸せを願った原作の『葛島鈴』に私はなる。
何れ、帝様の前にヒロインが現れた時、私は祝福しよう。
それでいいじゃないか。好きな人が幸せになるのだから、いいじゃないか。
そう、割り切った。
何れ別れが来るというなら、今を思いっきり楽しもう。思い出を作ろう。そしてその幸せで仕方のない記憶を、大人になってからも宝物にしよう。
そう思った。
そう感じたらさ、四か月も帝様に会わなかったことがもったいなく感じた。四ヶ月間を無駄にしてしまった。これからは一日も無駄にしたくないと思った。
幸せな思い出を作りたい。
何れ、『婚約者である』ことが過去になり、『帝様の隣に居る』ことが当たり前ではなくなるのだから、今、幸せに浸るの。
「帝様ー-!」
「…いきなり後ろから抱きつくな。びっくりするだろ」
「ごめんなさい。帝様の背中が見えたから思わず…」
学園で帝様にじゃれつけば、帝様は私の頭を優しく撫でてくれた。
帝様に頭を撫でられただけで、幸せな気持ちになった。
「帝様、大好きですわ」
幸せな思い出を作ると決心した私は、帝様に思いっきり甘えて、大好きだと口にする。だって、何れその言葉も言えなくなってしまうのだから。
子供のうちに甘えられるだけ甘えるの。
言えるうちに言えるだけいうの。
だって私は帝様が大好きだから。
――――何れくる別れの日まで。
(何れくる別れの日まで、私は幸せな思い出を作るの。帝様が大好きだから、甘えられるうちに甘えて、言えるうちに言うの。大好きだって。
別れが来る時、帝様の幸せを心から願える私でいたい)
葛島鈴
前世の記憶を夢として見ている少女。夢として見ていて、あれが自分の前世だと納得しているが、自分とは別物という認識。そのため、精神年齢は前世抜きの年齢。大人びているのは夢のせいと、葛島家の令嬢として教育されたせい。
知っているから好きにならないようにしようとしたけど、帝様が大好きになってしまった。そのため、原作の『葛島鈴』のように笑って帝様を祝福したいと思っている。
お人形さんみたいに綺麗な子供。
伊集院帝
原作においてヒロインとくっつき、鈴を振る男。
現実の帝の現状の思考は本人しかわからない。
原作では『皇帝』と呼ばれていたりして、生徒会長にもなってたりする人。
美しいという言葉を体現したような黒髪灰眼の男。
少女漫画の世界に転生したお話。原作前。こういうの書くの好きです。
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