また、妊娠したんです。
ごぶさたしています。やっと実の妊娠です。今、智勇、由縁、実とルビが必要なおかしな名前をつけたことを後悔しています。 ああ、めんどくさい。読者の皆様は読めますよね!
ここは仲野病院の病室です。由縁と智勇の二重奏の泣き声が収まった頃、来栖先生がやってきました。
「相談なんだが、用済みとなった残り1個の受精卵はどうする?」
しばらく考えて、主人がいいました。
「僕が引き受けてもいいですよね? また、産みたいんてす。」
「そうか。良い判断だ。受精卵は、こちらで処分する・・・何だって!また、産むってか!」
「ええ、せっかく、授かった命です。育ててやりたいんです。」
「授かった命って・・まだ、受精卵だぞ。おまえのことだから、着床に失敗するともないし、途中で流産することもないだろうが・・」
「でも、ぼくが引き受けたら、この世に命をさずかることができるんでしょう?」
「それは、そうだが・・育児の大変さわかっているのか?」
主人は先々までよく考えている人です。このときも二人兄弟より三人兄弟がいいと判断して、もう一度出産することを決めていたようでした。しかし、初めての育児を嘗めていました。双子プラス年子で3人を1辺に育てる大変さを私も主人も実感していなかったのです。
夜中です。由縁と智勇の二重奏が始まりました。主人が反射的に起き上がり、乳房を放り出します。ベビーベッドの上に覆い被さります。二人はちゅぱちゅぱと飲み始めました。これで、静かになりました。主人の目は半分寝ています。私も半分寝ています。
「ダーリン、まかした。」と言って布団に戻りました。
「了解!」と、主人は半分寝たまま、二人を抱きかかえて、お乳を飲ませています。大したものです。とてもできません。乱れた髪が疲れていることを示しています。
昼間のことです。炊事は私の仕事です。私がご飯を作っていると電話が鳴りました。
「はい。日下部ですが・・あ、部長さんですか、主人がお世話になっています。」
「元気かな。いや、メールに反応がないので、大丈夫かと思ってな。」
「え?そうなんですか。大丈夫です。夜泣きがひどくって。今、昼寝しています。起こしましょうか。」
「いやいい。寝かしといてやってくれ。」
「そうですか。起きたら言っておきますので・・」
「お大事に・・」
そう言って電話が切れました。
こちらは会社です。田口部長と井村課長が電話機を前に困った顔をしています。
「うーん。こりゃ。だめみたいだな。」とあきらめ顔の田口部長です。
井村課長もこれには困ってしまいました。
「生後2~3ヶ月は、大変ですからね。どうしましょ。」
「この件は、あいつが一番くわしいからな。うーんどうするかな。」
「研究所に頼んでみますよ。担当者が産休なんで待ってくださいと言おうかな。」
「ばか。そんなの通用するか。」という田口部長です。
「はは、そうですよね。とほほ、困ったな・・」
井村課長も思案顔です。
昼過ぎです。主人はベビーベッドの前で船を漕いでいます。私がベランダで植木鉢に水をやっています。授乳もおむつ替えも主人が一瞬でやつてしまうので、完全に任せきりです。ふと気がつくと、主人が後ろに立っていました。
「良い天気だな。」
「ホントよね。」と私が答えます。
明るい青空を眺めて主人がぽつりといいました。
「桜は終わったかな。」
「もう、とっくに終わったわよ。もう、五月よ。」
「え?そうなのか。今年のゴールデンウィークはどうなったんだ。」と主人が驚きます。
「えーと。あんたが休んでいるから、曜日がわかんなくなって・・あら、終わったわね。」と、私はカレンダーを見て答えました。
「えー。ホントか!あーん、今年の桜を撮り損ねた。花見に行けなかった。」と怒っています。
化粧気のない乱れた髪の主人見ているとかわいそうになって私は提案しました。
「花見にでも行く?」
「もう、終わっているんだろう。そんなの無理だよ。もう、身重だし二人の乳飲み子を抱えてなんて・・・でも、行きたい!」
「そやろ。いこいこ!」
「この頃、わかるんだよ。若いお母さんが育児ノイローゼになる気持ち・・・ビェビェと泣く子供、化粧できず、外出もできず、頼る相手もなく、たっぷりの仕事、何とか黙らしたいという気分なる。」
「そうだよね。」
私はもともと化粧はしないのでどうでもいいですが、いつから主人はおしゃれをしないと不満が感じるようになったのでしょう。確か、スカートを履くのも嫌がっていたはずですが・・
「車で行くか・・・何がいるかな。ベビーシートがねえな。いや、レンタルすればいい。インターネットか電話でできるはずだ。お弁当を作って、カメラをもって、おしゃしれして行くんだ。」
「うんうん、行こう。」
こうして、マイカーで万博公園に行くことになりました。
案の定、後ろの座席で二人が泣き出したのですがそれでも無事に公園に着きました。やむなく、一人ずつだっこして、レンタルした二人用のベビーかーを押して公園を散歩です。暖かい昼下がりです。
「うーん、緑が綺麗だな・・・久しぶりに化粧したよ。」
あんまり、おしゃれはできませんでしたが、久しぶりにばっちり化粧した主人は綺麗です。
「やっぱり、さくらは終わったな。」
桜はほとんど葉桜となり、わずかにちらほらとのこっているばかりです。代わりにチューリップが咲き誇っています。
「チューリップが綺麗やでぇ。」
「本当だな。ちょっと写真撮ってきていいか。」
「うん、二人とも寝ているみたいやし・・」
そっと、二人をベビーカーに寝かせて、主人は満面の笑みでカメラをもって行きました。私はシートを広げて、お弁当の用意をします。子供連れのお母さんがもちらほらいます。平日なので人影はまばらです。老夫婦が散歩しています。
そのときです。由縁と智勇が泣き出しました。大きな声です。みんなの注目があつまります。お母さんはほほえましそうに見ています。
「わーい。どうしよう。ダーリン助けて!」と私はパニックです。
主人があわてて、戻ってきました。
「大丈夫、お腹が空いたんだよ。ミルクあるか。」
「あるある。これよね。」
「そうだ。それをカップ一杯いれて、お湯を注いで・・」
「お湯を注いで・・え?お湯はどこ?」
「あ!忘れた。」
お湯をポットに入れて用意するのは常識です。初めての外出ですっかり失念していました。
「どうするの?」
「うーん・・母乳しかないなあ。でも・・・」
さすがの主人も、うるさそうに見ているみんなの注目の前で、お乳をだすのは恥ずかしいです。ぐるりと周りを見渡して躊躇しています。しかし、わんわんとなく二人です。
「うう・・・えーい!」
意を決して主人は、上着をまくり上げ、ブラジャーを下ろしました。ぷるんとした立派なおちちがあらわにもなります。そして、真っ赤になりながら、二人に乳首を・・
主人は周りを見ますが、みんな微笑ましそうに眺めています。子供はうまそうに一心不乱で飲んでます。老夫婦が声をかけました。
「おやおや、やっと静かになったな。」と言うおじいさんです。
「おなかが空いていたのね。」というおばあさんです。
「かわいいいな。いくつかな。」
「まだ、1ヶ月です。」と主人が答えます。
「そうか。大変な時期よね。」
二人はさりげなく主人の周囲を囲んで目隠しをしてくれました。そのとき、おじいさんが思い出したように言いました。
「そう言えば、あっちに、授乳する部屋があったぞ。」
「え?そんなのあるんてすか。」
「休憩所なんだが、赤ん坊の絵があって、授乳室と書いてあった。」
「そっちへいく?」と私は言いました。
「もういいよ。」と主人は答えました。
幸いにも若い男の視線はありません。
「まあ、私の若い頃はそんな便利なところがないから、電車のなかでも平気でやっていたわよ。そのうち、慣れるわよ。」と笑うおばあさんです。
もう、4ヶ月です。 由縁と智勇もそろそろ首がすわってきました。かなり世話もかなり楽になりました。主人も今月からぼちぼちと出勤し始めました。主人のお腹もめだってきました。まだ、週2日程度ですが・・。
ここは会社の食堂です。主人がうどんを食べています。いつもの黒いスーツに、メガネ美人です。髪の毛をアップにしてまとめています。井村課長が主人を見て、その前に座りました。
「おお、やっと出てきたか。待ちかねたぞ。」
「すみませんね。ご迷惑かけました。これからは会社にくる時間を増やせそうです。」
「頼むぞ。しかし、大変だったみたいだな。」
「出産自体は、大したことありませんでした。1時間ほどであっというまでしたね。でも、その後の家に帰ってからが大変でしたよ。」
「そうか。直後はどこでも大変だからな。最近は、実家に帰るのが多いそうだが、お前は帰らなかったのか。」
「うーん。実家のそばなんですけどね。女になってから・・以外と縁遠くて」
「ふーん。そんなもんかな・・ん?ところで、なんでうどんを食べないんだ。」
「いやあ、なんだか食欲がなくて・・」
「ははは、二日酔いか。それとも、産後のダイエット・・・ん?前にもこんなこと言ったなあ。まさか・・・・」
「ええ、その通りです。実は、また、妊娠したんですよ。これ、つわりです。」と主人は笑顔で答えます。
「おまえ、こないだ産んだばかりだろ。また、つわりと言うことは妊娠したのか!」
「あははは、つわりはウソですけど。妊娠したのはホントです。それがね。受精卵が余っちゃってね。奥さんは産めなくなったし、捨てるのもったいないから、着床してもらいました。そしたら、一発で妊娠してしまいまして・・」
「えーーえ。」
「それで、また、来年には産休しますんでよろしく。」
「産休の期間は、大変だったんだぞ。う・・・またか。お前の仕事は特別だからなあ。アルバイトを雇ってもやくに立たないし・・」
相当な困り顔の井村課長です。
ここは、本屋です。最近、大きな本屋ができたので、家族4人プラス1できました。プラス1はまだ主人のお腹のなかです。私は本が大好きです。子供の頃から本ばかり読んでいて、母が心配したほどでした。今日も主人は、ばっちり化粧をしてベビーカーを押しています。久しぶりのショッピングに心も弾んでます。
「わあ、ずこいなあ。新刊いっぱい出ているでぇ。」
「そうかい。」と主人はにこにこしています。
そこへ、私のの友達の石井幸子がきました。彼女は、私が一時コンビニへ勤めていたときの先輩です。
「あら、日下部さんじゃない。」
「わあ、石井さん。久しぶりね。」
二人で会話が弾みます。主人はにこにこしてそれを眺めています。
「拓也さんも、すっかり、女らしくなったわね。」
「いや、そんなことは・・」と嫌な顔をする主人です。
「ふふふ。あら、お腹が大きいじゃない。ひょっとして、3人目?」
「ええ、実はそうなんです。」
石井幸子さんは地元民です。主人が元男であることもすべてを知っています。
「いつ頃なの。」
「うーん。来年、ぐらいかな。」
「年子を3人も!大変よ。」
「まあ・・・頑張ります。」
その時です。主人が子供のところへ鼻を近づけ、くんくんと匂いをかぎ始めました。まるで、犬です。
「うん?・・・オシッコかな。それにお腹もすいたか。」
「え?解るの。」と驚く私です。
確かにぐずり始めました。
「トイレどこかな。」
「あそこじゃない。」と石井さんがトイレのマークを指さします。
「本当だ。ちょっと行ってくるよ。」と言う主人です。
「了解、私はここにいるから。」
「大丈夫?ついてゆくわ。」と石井さんがついてきてくれました。
女子トイレで、ベビーベットを引き出します。そこに、由縁を寝かせると、おむつカバーを外します。上着をズリあげ、おっぱいを出し、「ほおら、マンマだよ。」と言いながら智勇に乳首をすわせました。その一方、片手で由縁のあたらしいおむつをとさっと入れ替えて、カバーを止めました。授乳と同時にやるのだからずごいです。
「ほう、片手でとは慣れたものね。」と石井さんは感心しています。
さらに,抱いている智勇のおむつをこれまた抱いたまま片手で替えると、由縁を抱いて乳首をすわせました。これで,両方に吸わせたまま二人を抱えています。
「へぇ、見事なものね。お母さんらしなったなあ。しかし、奥さんの千香さんは何もせんの。これじゃ、大きな娘とかわらへんで。」
「いやあ。会社行くときは、全部任せていますから・・・時々、パニックになって電話が掛かったりしていますけど。」
「え? 会社へ行っているの。」
「ええ、週2日の午前中会社ですよ。午後は残りを家で仕事をしています。だから千香がめんどうみてくれないと困るんです。仕事も会社でないと出来ないこともあるんでね。」
「うぁあ。ようやるわ。」
「でも、僕のしているは子育てと洗濯だけですよ。食事と掃除はみんな千香ですから。」
「家でも仕事をしているでしょ。」
「それはそうですが、稼がないといけないんでねぇ。」と主人は笑います。
いやあ、すごいものです。この器用さは私にはありません。しかし、これって、母親としての、私の立場が・・・どんどん危うくなっていく。 ああ・・




